バタン!
 背中で小さな扉を閉めると、そのまま背中を預けてずるずると座り込んだ。ほっとすると同時に、涙腺が緩む。
「もう嫌だ……なんで僕がこんな目に合わなきゃならないんだ……?」
 こんな小さくなちゃって……これからどうしたらいいんだろう。
 ぐっと目を瞑った時、突然、頭上から柔らかい声が降ってきた。
「どうしました?」
 顔を上げてみて僕は固まった。そこには眼鏡を掛けた男の人が立っていた。だ、誰だこの人!
「何を泣いているんですか?」
 眼鏡の男性は丁寧な言葉使いで尋ねる。
「ききき君、誰……?」
「私は牙琉霧人ですよ」
「ガ、ガリュウ……?」
 僕は目の前の人物をまじまじと見詰める。整った顔立ち、金色の髪、切れ長の目、すらっとした身体を覆う、群青色のスーツ。よく見てみると格好良い人だ。本に載ってるモデルの人みたい。
「どうして僕の事務所に貴方が……?」
「はい?」
 僕の質問に、牙琉は怪訝そうな表情になった。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……あ、あの……」
「………はい?」
 だめだ。僕以上に、訊かれた本人が悩んでいる。
「もういいよ……気にしないで……」
 このままじゃ永遠に話が進みそうに無い。僕は質問を打ち切った。牙琉はそうですか、とニコニコ笑っている。そういえばさっき女の人の幽霊も見たんだ。見慣れない男性が居る事くらい、どうって事無い……
「!?」
 び、びっくりした!
 いつの間にか、牙琉の顔がドアップで迫っていた。
「な、何……?」
「うん?何がですか?」
 何がって、その顔の近さ、あんまり普通じゃないと思うんだけど……。
「ところで、貴方はここで何をしてるんです?」
 物凄い至近距離で牙琉は質問した。
「ぼ、僕は……所長室で寝ていたんだ……そしたら、着物の……」
「はい」
 距離を取ろうと身を引いたけれど、牙琉は尚も近づいてくる。
「変な子がっ……」
「はい、それで?」
 ……無理だ!こんな状態で喋るのは無理だ!
「えーと………ちょっとカオ、近すぎ……」
 僕はやんわりと牙琉の顔を押し返した。
「はい?あぁ、すみません、つい――」
 気を悪くした様子も泣く、牙琉はようやく離れてくれた。
「それで?」
「え、ああ、うん、えーと……」
 なんだか説明するのも面倒になってきた。最初から事情を話と長いし、上手き説明出来る自信も無いし……。
「……困ってるんだ」
 僕は物凄く端的に状況を述べた。
「そうですか、困ってるんですか」
 牙琉は生真面目な顔をして僕の前に正座する。
「だって小さくなっちまったし……服も脱げちまうし、事務所から出られないし」
「嫌ですね、ちっとも小さくないですよ」
 牙琉はひらひらと手を振った。
「元の僕はもっと大きいんだよ!僕は、元の大きさが良い……」
「そうですか?そのくらいの方が可愛いですよ」
 ……慰めてくれるのは、ありがたいんだけど、また顔が近づいて来てる……。どうしてそんなに顔を近づけるんだろう。
「……僕、何か変な臭いする?」
 汗臭いんだろうか。僕は心配になって、自分の臭いを嗅いでみた。あんまり分からない……でも、自分だからわからないのかも。
「いいえ、しませんよ。変な匂いなんて、全然」
 牙琉は手を振った。
「……ならいいんだけど」
 そんな僕をほんの少し黙って見ていた牙琉は、ややあって僕の顔を覗きこんだ。
「……あの、貴方はもしかして」
 牙琉の鼻先が、僕の鼻先にぴとっとくっついた。
「え?」
「ナルホドくんじゃないですか?」
「ち、違うよ!」
 折角ナルホドくん呼ばわりする紫着物の女の子から逃げてきたのに、この男までナルホドくんとか言い出すのか。
「そうですか……違うんですか……」
 牙琉はがっくりと肩を落とした。
 な、何もそんなにがっかりしなくても……。
 あまり激しく落ち込まれたので、僕は何だか申し訳ない気分になった。
「ナルホドくんって言うか……成歩堂、なんだけど」
 僕の名前の名前は、という後半部分は、多分彼の耳には届かなかっただろう。がつっと僕の方を掴んで、牙琉は叫んだ。
「成歩堂なんですね!?」
 何だ、この勢いは。
「やっぱりね、そうだと思ったんですよ。だって匂い――」
「?」
「……………」
 な、何で急にそこで黙るんだ?
「匂いが……何だって?」
「はい?いえ、別に?」
 ……ほんとか?
「そんな事より、成歩堂、お帰りなさい」
「わぁッ」
 力任せに抱き着かれて僕は動揺する。僕は生粋の日本人なのでこういうスキンシップには慣れていない。
「私は幸運です。成歩堂に会えるなんて最高ですね」
「いっ、いたたた」
「噂には聞いていたんですよ。私はまだ新入りなので成歩堂には会った事が無くて、もう会えないんじゃないかなんて周囲には言われてたんですけどね。でも私はずっと夢見ていて、いつか絶対――」
 そこで牙琉は再び黙り込んだ。

   「クク」

「………い、今笑った?」
「はい?いえ、別に?」
「……そうか?」
 何だか不穏な笑い声が聞こえたような気がしたんだけど。
「ねぇ、成歩堂、是非私の事務所にお越しください」
 牙琉は僕の両手をぎゅっと握り締めた。
「事務所って?」
「私の事務所ですよ。服だってご入用でしょう?私の所には貴方の服がありますから」
「僕の服?」
「さぁ、ご案内しますね。すぐそこですから」
「うわ」
 牙琉はものすごい力で僕の手を引っ張った。僕は殆ど引きずられるようにして立ち上がる。
「で、でも、僕はサイフ持ってないし……」
「お金なんて要りませんよ。お金なんてね」
 牙琉は何故かうっとりした顔で言ったのだった。

 僕は牙琉に連れられ、一階へ向かった。えっちらおっちらと階段を下りて行く。段が殆ど自分の背の高さと同じくらいある為、階段を降りるのも一苦労だ。三階、二階はまるで元々存在していないかのように壁で封じられいる。立ち寄る事は出来なかった。
「はい、こちらですよ」
 ある部屋の前で牙琉は振り返った。
「さぁ、どうぞ」
 僕は牙琉に促されて中に入った。
 部屋の中は、僕の事務所と似たり寄ったりな造りになっている。
「こっちですよ、成歩堂」
 牙琉は部屋の奥へと進む。僕はそれに続いた。一体此処はどうなってるんだろう。可笑しな所だ。
 ……まぁ僕だって縮んじまったりして、あんまり『普通』とは言い難いしな……それなのに他人ばっかり普通を期待するのも悪いよな……
 自分で自分を宥めていると、ふと牙琉と目が合った。
「服を取って来ますから、貴方はそこで待ってて下さい」
 牙流は僕を置いて、ドア続きの隣部屋へと向かった。
 ……なんだか良く分からないけど、服をもらえるみたいだ。良かった。ハンカチじゃ心許無いもんな。僕は椅子に腰を降ろして牙琉を待つ事にした。
 ややあって、牙琉は大きな白い箱を持ってきた。
「お待たせしました」
「これ……随分大きくないか?」
 箱は敷き布団を二枚並べたくたいの大きさがあった。ただし、今現在の僕から見たら、である。
「いいえ、これが成歩堂の服ですから」
 そう言って牙琉は蓋を開けた。中には見慣れた青いスーツが入っていた。その脇には何か白い布と靴も入っている。僕は牙流の側に近づいて服を見下ろした。
「……やっぱり、凄く大きいじゃないか。子供にならいいけど、今の僕には大きすぎる」
「……………」
「?……聞いてる?」
 反応が無かったので顔を上げると、僕を凝視する牙琉と目が合った。
「あ……いえ、大きくありません。全然大きくありませんよ」
 牙琉は緩々と頭を横に振る。
「?………」
「さぁ、向うの部屋に運びますから」
 絶対大きいよ、という僕の主張は綺麗に聞き流され、奥の部屋に服の箱ごと押し込まれる。最後にニコッと僕に笑いかけると、牙琉はドアを閉めた。
 ……絶対大きいって言ってるのに。
 僕は箱入りの服を見下ろした。仕方無い。着て無理だって事を分かって貰うしかない。服を箱から引きずり出してみる。やっぱりどう考えても大きい。十歳くらいだったら、合ったかもな。
「……!?」
 服の下に入っていたものを見て、僕は一人、ばたばたと慌てる。
 し、下着!?なんでこんなものまで用意されてるんだ!?まるで僕が素っ裸になる事をわかっていたみたいだ。ありがたいけど……ちょっとコワイ。
 仕方なくシーツに袖を通してみる。もちろん本気じゃなかった。袖だけで体がすっぽり入りそうな大きさだ。サイズが合うとか合わないとかの次元じゃない。けれど、袖を通した途端、ぶかぶかだった袖がひゅっと縮まって、吸い付くように僕の腕にフィットした。
「!?」
 な、何だこれ!?何なんだ、これ!!
 着てみると次々に服は縮み、最終的に僕にぴったりになった。
 …………。
 ……全く理解は出来ないけど、どうして、とか、なんで、とかはもう考え付かれた……。考えた所で、多分僕の脳の中に答えは存在していない。……世の中って僕が考えて居るよりも、ずっと不思議に出来ているんだ。
 僕が世界の不思議をしみじみと受け入れていると、
「どうですか、成歩堂」
「!!」
 ふいに声を掛けられて、僕は必要以上に慌てた。
「は、はい!あ、いや……もう少し待って!」
 僕は中途半端に着ていた服を一旦脱いだ。
 ひょっとしてこれも……。そう思って下着を着けてみると、やっぱり服のようにしゅるっと縮んでフィットした。
 ……ううん、便利かも。
 僕は揃えられた服をありがたく身に着けた。靴も服同様、ぴったりと僕の足に嵌った。鏡に映った自分の姿を眺めてみる。それはいつもの青いスーツだった。
「成歩堂、よろしいですか?」
 ドアの向こうから牙琉の声がする。
「……うん」
 返事をするとドアが開いた。
「ああ、お似合いです。よく似合う」
 軽く言いながら牙琉が近寄って来て、ネクタイを直してくれた。
「やっぱり……成歩堂はこうでなくては」
 妙にうっとりした声で牙琉は頬を緩ませた。
「………そうかな?」
 恐る恐る聞くと、牙琉は大きく首を振った。
「ええ。むしろ成歩堂はその格好でないと、こっちが落ち着きません」
「?……よく分からないけど……ありがとう」
 少し照れるけど、お世辞でもそういって貰えると少し嬉しい。
「それで、えーと……お代……とかは?」
 さっきいらないと言われたけど、そういう訳にも行かないだろう。生地も仕立てもしっかりしている。普通に貰ったら、それなりのお値段のシロモノだ。……縮む辺り、値段なんてつけられないのかもしれないけど。
「お代なんていいんですよ」
 牙琉が言う。
「お代はいいんですが、その代わり1本頂けませんか?」
「1本って……何を?僕は、今何も持ってないけど……」
「嫌ですね、持ってるじゃないですか」
「持っている物ならいいけど……何を1本欲しいんだ?」

   「腕」  

「………は……い………?」
「腕、1本下さい」
 牙琉はとんでもない要求をにこやかに言ってのけた。
「………は?」
「2本もあるんですから、一本くらいいいでしょう、ね?」
 そう言いながら牙琉は僕の右腕を掴んだ。
「う、腕って……腕って……どういう事?腕なんか、何するんだ……?」
 何だか突然の展開に頭がついていかない。
 腕が欲しいって……何だ?
「嫌ですよ、成歩堂。食べるに決まってるじゃないですか」
「食べ……!?じょっ……冗談だろう……?」
 けれど、牙琉の爛々と輝く目が、冗談で無い事を物語っていた。
「おっ……美味しくないよ、僕の腕なんてッ!絶対美味しくない!」
 僕は千切れそうな程首を振った。
「何言ってるんですか成歩堂、美味しいですよ。成歩堂は、すごく良い香りがするんですよ」
 なんか、さっきから近寄ってると思ってたら……匂いを嗅いでたのかよ!?
「成歩堂の肉は甘くて蕩ける……この世に一つの極上の肉……」
 牙琉は夢見るような顔で呟いている。こいつ……本気だ……。
 ………く、食われる……?
「い……嫌だッ!!」
 逃げ出そうとした僕を牙琉が床に引き倒した。がん、と顎を強かに打ちつける。
「大丈夫ですよ、成歩堂。すぐ済みますから」
 頭上で、シャキン、と軽やかな音がした。
「!!!」
 牙琉が構えていたのは、巨大な切断バサミだった。
「嫌だッ!やめろ!腕はだめッ!腕はだめッ!!」
「あ、では足でも」
「足もだめッ!!全部だめ―――!!」
「だめですよ成歩堂、動くと余計痛いですよ」
「切ったらどっちにしても痛いだろ!酷ぇ!親切だって思ってたのに――!!」
 僕の恨み節に牙琉は何故か慌てたように首を振った。
「私は成歩堂が大好きなんですよ」
「じゃぁこんな事するなよ!」
「ほら、よく言うじゃないですか、食べちゃいたい程好きだって」
「それは言葉のあやだろ!本当に食べるなよ――!!」
「では、せめて指1本ではどうですか?」
 とりなすように牙琉が言った。
「 嫌 だ ッ !!!」
「成歩堂、心配ありませんよ。美味しく残さず食べますから」
「そんな事心配してるんじゃない―――!!」
 力では敵わない。僕の右腕はぐいぐいと床に押し付けられる形で伸ばされた。肩口に裁断バサミの歯が当てられる。
 嘘だろ。こんなの。
 血の気が引く。気を失いそうだ。だけど気を失ったらそれこそ腕が無くなる。
「では、いきますよ」
 僕は目を瞑って大声を上げた。
「いやだぁぁッ!誰かっ!誰か助けてくれ――――――!!!」
「うわっ!」
 ……?い、今の……誰の悲鳴だ?
 僕じゃない……
 恐る恐る目を開けるとそこには、宙ぶらりんになった牙琉の姿があった。
「!?………」
 その後ろに、巨大なにこにこ顔が見えた。
「……真宵ちゃん……」
「何をしてるのー?」
 言いながら真宵ちゃんは、牙琉を地面に降ろした。
「……おや、真宵さんじゃないですか」
 牙琉は穏やかに笑った。
「あんまりナルホドくんを苛めると……食べちゃうよ?」
 食うのかよ!
「分かってる、分かってますよ」
 では仕事しますか、と牙琉は静かに言って、ドアの向うに消えて行った。
 僕は呆然とその姿を見送ってから、巨大な真宵ちゃんの顔を見上げた。相変わらず、にこにこしている。その顔を見ていたら、涙が出そうになった。
 この子も、僕を食べようとしている?その大きな口を開いて、僕を飲む込む?
 僕はうううう、と唸った。
「ぼ、僕、僕は、美味しくないよ……!!」
 真宵ちゃんは僅かに首を傾げた。
「ナルホドくんは美味しいよ」
「美味しくないっ……だから食べたりするなよ……!」
「あたしはナルホドくんを食べないよ」
 僕は巨大なにこにこ顔を見上げた。表情が変わらないので真偽を判断する材料に乏しい。
「……ほ、本当?それなら、」
「美味しそうだけどね」
「!……」
 油断、ならない。
「服を貰ったんだね」
 良かったね、と言って真宵ちゃんは乱れていたスーツの裾を、ちょいちょいと指でつついて直してくれた。
「さぁナルホドくん、お姉ちゃんを追いかけよう」
「嫌だ、追いかけない……」
 僕はそっぽを向いた。
「皆、ナルホドくんは好きだからねー、一人で居ると――」
 真宵ちゃんは一層にこっとした。
「食われるよ」
「!………」
 それは、嫌だ。そういう食材としての好かれ方は、嫌だ!
「行くっ、一緒に行く!!」
 僕は素早く前言を撤回した。
「いい子だね、ナルホドくん」
 真宵ちゃんは満足そうに頷いて、僕を手に拾い上げた。僕はその手に従いながら、諦めと共にこっそりと呟いたのだった。
「だから、ナルホドくんって……」

「でもどうやって探すんだ?お姉さんと、どこで逸れたの?」
 僕は真宵ちゃんの手の中で、にこにこ顔を見上げた。
「さぁ?」
「さぁって……それじゃ探しようがないだろ」
「欠片が落ちてるよ」
「欠片?」
「お姉ちゃんの記憶の欠片」
「……ごめん、言ってる意味が分からない。なんだ、それ」
「お姉ちゃんが通った後には記憶の欠片が零れているんだよ」
「………………」
 説明されて、更に分からなくなった……。
 ……いいや。それはひとまず横に置いておこう。要はこの子のお姉さんを探せばいんだから……ええと。
「まず、名前は?」
 まず、そこから聞いていこう。
「名前?千尋って言うんだよ」
 ふぅん……千尋って言うのか。
「ナルホドくんより、4つ年上だね」
 そうか。なら、さん付けして千尋さんと呼ばないといけないな。
「どういう人なの?」
「どういう?」
 オウムのように真宵ちゃんは繰り返した。僕の質問がいまいちよく解ってないような反応だ。
「だから、オシャレ好きな人なら、アクセサリーの店とかに行ってるかもしれないだろ?」
「お姉ちゃんはアクセサリーなんか好きじゃないよ」
「そうなの?女の人ってお洒落するのが好きかと思ったんだけど」
「お姉ちゃんが好きなのはナルホドくんだよ」
「………食べるのが?」
「食べるのも、だよ」
 ……………。………この子にしてその姉あり、だな。悪食だ。人間なんて食べたらお腹壊すと思うぞ!
 ……!!
 僕ははっとした。
 まさか……僕をエサにしてお姉さんをおびき出すつもりなんじゃ……!
「ぼ、僕、食べられるのは嫌だからな!腕一本も指1本も、嫌だからな!?」
 真宵ちゃんは鷹揚に頷いた。
「ナルホドくんの嫌な事はしないよー」
「………」
 そうだろうか……もう十分嫌な事をされてような気がしないでもないけど。僕は胡散臭いニコニコ顔を見返す。
 まぁいいか……確かに助けて貰ったしな。お礼と言えば、お姉さんを探すくらい……
「千尋さん……結局は地道に探すしかないって事かな」
 僕は誰に言うでもなく呟いた。
 どうしよう?
 僕はとにかく辺りを探してみる事にした。とりあえず、この事務所には居そうにない。僕と真宵ちゃんは別の部屋へと移動する事にした。

 事務所の横には、何故かテレビ局みたいなスタジオがあった。不思議ではあるけど、今まで起きた一連の出来事からすると、それほど不思議でもない。人間は環境に順応していくものだ。
 入ってみるとカーテンが閉め切られていて、中は薄暗かった。分厚い遮光カーテンの隙間から、夕暮れの赤い光が漏れている。天井から白いロールスクリーンが下りていて壁を覆い隠していた。部屋の後ろに作られた専用の台の上にプロジェクターがでん、と乗っかっている。
「誰かが出しっぱなしのまま、帰っちゃったのかな……」
 真宵ちゃんは僕をプロジェクターの台の上に降ろしてくれた。辺りを見回してみたけれど、スタジオ内にお姉さんは居そうにない。
「千尋さん、ここにも居ないみたいだね」
 良いながら、僕は何気なくプロジェクターのスイッチを入れた。暗いし、スクリーンは下りてるし、スイッチを入れろと言わんばかりの状況だったんだ。ウィンとプロジェクターが動き出して、スクリーンに映像が映し出された。
 街中の映像のようだ。大きな度折、整備された歩道。整然と並ぶ街路樹。そこを沢山の人が行き交っている。
 あれ?なんだか見覚えのある風景だなぁ………。
 僕は食い入るように映像を見詰めた。白い洒落たビル。正面のガラスの自動ドアが開いては、人が入ったり出たりしている。その足元に赤いマットが敷いてあった。そこには金色の文字でこう書いてあるのが読み取れた。
 『ホテル・バンドー』
「あ……これ、目の前だ。このホテル、事務所の前のホテルだよ」
 僕は映像を確かめる。うん、間違いない。でも、なんでこんな映像撮ったんだろう……。特別何かの資料になりそうな映像には見えなかった。
「!!」
 忙しげに行き交う人並みの中、一人だけじっと立ち止まっている人が居た。
 長い髪、スカーフ、黒いミニスカートのスーツ……さっき会った女幽霊だ……!映像の中の彼女も、やっぱりぼんやりと透けている。その為表情はよく解らない。ふいに人影がゆらりと揺れた。ゆっくりと人に紛れ、ホテルの中に吸い込まれて行く。
 その瞬間、ブチッと音がして、突如、画面が暗転した。映像はそこで終わっていた。
「今の、見た!?」
 僕は真宵ちゃんの着物を引っ張った。
「見たよー」
「幽霊だったよね!?」
 何なのかな、と言おうとして、僕は止まった。そんな僕をにこにこ見ている紫の着物の女の子。
 …………。
 怪しさと異常さならこの真宵ちゃんだって負けていない。
「何かな、ナルホドくん」
「……映像の中の幽霊より、まず目の前の怪人物に対処すべきなんじゃ、て思って」
「カイジンブツって何?」
「……怪しい人の事」
 君みたいな。
「ナルホドくんはカイジンブツなの?」
「し、失礼だな!僕は普……!」
 普通だよ、と言おうとした言葉がしゅるしゅると萎んだ。
 ……普通?普通なんだろうか。
 ………縮んでるのに?
「……ふ……つう、じゃない……のかなぁ……」
 僕はむぅ、と顔を顰めた。
「……………」
「……………」
「……………」
 熟考の後、僕はキッと顔を上げて宣言した。
「普通!」
 そう!縮むくらい大した事はない!長い人生、そういう事だってある!!僕は普通だ!
 だから着物を着ている女の子も、人を食おうとする眼鏡の男も、皆、普通!街中を歩く、女幽霊だって――!
「……女?」
 はた、と気づいて、真宵ちゃんを見上げた。
 お姉ちゃんってひょっとして。
「……もしかして、探してるお姉さんって今の人の事?」
「他にお姉ちゃんは居ないよ」
 その意見には物凄く異論があるけれど、議論をするのはまたにしよう。
 そうか、人間じゃなかったんだ。それなら、アクセサリーショップに行かないにも頷ける。
「千尋さん、ホテルに用があったのかな……?」
 さっき見た映像を思い出しながら、僕はもう一度再生ボタンを押した。
「あれ……」
 けれど今度は、砂嵐が映し出されるばかりで、あの映像は二度と流れなかった。
 変だな。でもあれは確かに目の前のホテルだった。
「ホテル……行ってみたら?」
 僕は控えめに提案した。手がかりは見つかったから、たらいいよ、ここからは一人で探すよ、って言わないかな、と小さく期待したのだ。真宵ちゃんはニコニコ笑うと、それに答える代わりに僕を摘み上げた。
 ……やっぱり僕も行くんだな。
 カーテンを開け、内鍵を外すと、窓は拍子抜けするほどあっさりと開いた。僕は真宵ちゃんに連れられるよう、ゆっくりとスタジオを後にしたのだった。



この件は大分端折ったなー。仕立て屋コンビをはガリュウだけにしちゃったから。いや、弟も出そうと思ったんだけど、アイツいいヤツじゃん……悪い子ちゃうやん……(何なんだ)だもんで付け入る隙の無いラスボスで一人で頑張ってもらう事にしました。オートロウと組ませてもなんだしなぁ。オドロキくんはお茶会メンバーにする事にしたしなぁ。もちろんみぬきちゃんとコンビで。
いやー、それはそうと食おうとする場面、フツーにエロスっすな!つかヤバいよ!!ははは!
ところでパン紛争はしない方向でー!だってどないせーっつの!!あー、でも廃棄くんのシーンが出せないのが辛いな。いい場面なのに。