ミツルギのプチ失踪
「ええと……響也くんって、犬は平気かな?」
響也がこの店の実質的なオーナーである成歩堂との面接の際に、初めに言われた言葉はこれだった。
面接という形になっているが、響也はもうすっかりここで働くつもりだった。
留学から帰って来た兄が、珍しく向こうから連絡を入れてきたと思えば、その内容は久しぶりの帰国とはあまり無縁な事だった。聞けば兄の友人がオーナーを亡くし、とにかくすぐにでも人手が欲しいのだという。霧人本人もそこに勤める事にし、信頼のあるパティシエを薦めてくれと言われて製菓学校を間近に控えた自分に話を持ちかけてきたのだ。
驚いたのはその突然な申し出と、人と親密な付き合いをしない兄にそこまでの友人が居たのかという所だ。ただの上辺だけの友達なら、霧人が職人としてその店に働く事も無いだろう。相手を本当に助けてやりたいという霧人の思いが、電話越しに伝わってきた。
あのプライドの高い兄が自分を頼ってきたのだ。あまりに急な話だったが、これは弟としても付き合いのある一己の人間としても応えてやりたい。相手の都合とは言え、職場を持って来てくれた事になるのだから、こっちにとっても渡りに船というものだろう。元からホテルのパティシエになるよりは、住人のちょっとした贅沢にスイーツを振舞う店に入りたかったし、その点はマンションの1階のテナントに構える店はそれに合っていた。
「はい、アニキと飼ってるんで」
成歩堂の言葉のその真意は、言われなくても判る。その足元に、本当に隙間も無くピッタリと1匹の黒い仔犬が寄り添っているからだ。誰かが引き剥がそうとしても、徹底的に抵抗してみせるという気迫すら感じられた。
なのでちっとも苦にはならない、と伝えた。それに、成歩堂がほっとしたような顔になり、面接というより世間話のような口ぶりで続けた。
「ああ、そうだったね。ペスカトーレくんだっけ?」
「ボンゴレですよ」
その言い間違いの方が難しいだろうと、席に着くでもなく傍に立っている霧人が言う。ごめんごめん、と謝る成歩堂に、霧人が呆れたような顔で頭を振る。霧人には人間臭いリアクションに、響也はとても楽しくそれを眺めた。
「店に置くんですか?」
背を屈め、仔犬を覗き込もうとすると、その視線から逃げるように後ろへと回ってしまう。困った対応に成歩堂は苦笑して、足元の仔犬を抱えて膝の上に乗せた。成歩堂が頭を撫でてやるとさっきまでの警戒が解け、尻尾がぱたぱたと振られた。
「……本当は連れて来るべきじゃないんだろうけど……部屋に置いて行こうとすると結構な声で鳴き続けるものだからさ」
成歩堂の住いは一軒家ではなくアパートなのだ。近隣住人に迷惑が掛かると、こういう処置をとった訳だ。
「でも、勿論キッチンには入れないから」
当然ですよ、とまた霧人の横槍が入った。
「行く行くは看板犬みたいになればいいかな、って思うんだけどね。今はまだ小さいからちょっと無理みたい」
と、成歩堂は言うが響也も霧人も、そして神乃木も。例え成長してもこの仔犬の飼い主至上主義は覆らなし、他人に尻尾も振らないとと思う。そして、それは今後現実になっていく。
「こんにちわ。これからよろしくね」
さっきより距離の近くなった仔犬に、響也はにっこりと笑った。女の子が見たらキャーと黄色い声が上がりそうなスマイルだが、相手は飼い主大好きな仔犬だったのでそんな声は上がらない。
それどころか、響也には興味も用もないとばかりに向き合っていた鼻先をふぃっと逸らしてしまった。
「こらっ!ミツルギ!」
見咎めた成歩堂がその場ですぐに叱るが、仔犬は反省したというより怒られて悲しい、というのを前面に押し出し、垂れている耳をいよいよぺしょん、とさせた。
「明後日から響也くんと働くんだよ?そんな態度取っちゃダメじゃないか」
顔を覗きこんでめっ!というように叱ると、まるでその言葉を汲み取ったかのようにミツルギが小さくくぅん、と鳴いた。成歩堂はそのまま返事と取ったらしい。納得してくれたミツルギを、また撫でてやる。顔の距離が近い為、一気に機嫌が上昇したミツルギは頬をペロリと舐めた。くすぐったそうにして、成歩堂はそのままにさせている。
「飼い主が大好きなのは悪い事じゃないですよ。
……ミツルギって名前なんですか」
質問する前に思わず聞いた仔犬の名前を、確認するように反芻した。
「うん。……やっぱり可笑しいかな?」
今まで言われた事があるのだろう。成歩堂は窺うように響也に尋ねた。
「いえ。可笑しいと言うか変と言うか、何だか苗字みたいだなって」
響也が思ったままを口にすると、何故だか成歩堂の頬に微かに朱が入ったような気がした。やっぱり、そういう風にからかわれたからだろうか。それにしてもやや反応が妙な気もするが、出会って最初の日にそうそう踏み込むべきではないと、響也は勿論弁えている。
それに、いずれこの些細な違和感の正体が判る時もあるだろう。明後日から、ここのパティシエになるのだから。
近辺にケーキ屋と呼べる店が無いせいか、この店には客が多くやってくる。
響也はパティシエとしてケーキを作る傍ら、ギャルソンとして客へ運ぶ仕事も担っていた。
以前はテイクアウトだけだったのだが、改めて店を開くに当たりイートインを行うようになったのだそうだ。
元々、前オーナーも人員を増やしてイートインを始めようとしていて、内装の準備に当たっていた最中の不幸だった。成歩堂がそれを引き継いで、こうして亡き師匠の夢を叶えている形だ。
イートインを展開した初日から、このスペースはすぐに客からの好評を貰った。色々思う事があるのだろう。その日、成歩堂が何度か眼を拭う仕草をしていた。
とりあえず、現在でこの店のメンバーは4人。休日にはバイトのような茜が手伝いに来てくれるのだが、それでもあともう1人くらいはギャルソンとして動けまわれる人が欲しいところだ。いや、勿論キッチンにも必要だが。
決してばたばたと動き回っている訳ではないが、慌しい雰囲気のキッチンに意識を集中させ、成歩堂の忠実な飼い犬であるミツルギは指定の場所から微動すらしなかった。あの頃くらいの犬なら、とにかく何処にでも行ってしまうだろうに。窮屈ではないのか、と午前中人がまだ少ない時間に問いかけてみても、初めの日がそうであった態度そのままに、成歩堂にしか意を向けようとはしなかった。これはちょっとした今後の課題だな、と響也は思った。きっと成歩堂もそうに思っているに違いない。
外に出してある看板を中に仕舞い、それとタイミングよく店内の掃除を響也が終えた。
「お疲れさま」
「成歩堂さんも」
その言葉が合図のように、ミツルギがようやく動き、たったかと成歩堂の足元に着く。それまでの何時間の待機は苦ではないとばかりに、傍に寄れた喜びにしきりに尻尾を振っていた。掃除した床にミツルギの尾が滑る。店が開いてから、ミツルギのこの行動は同じだった。
「ミツルギも、お疲れ様」
顔がよく見たいと言う様に足に縋るミツルギに、しゃがみ込んでやる。すぐさま、鼻先が伸びて頬に擦り付けた。困ったような笑顔で、それを受け入れる成歩堂。
つくづく、成歩堂にだけ懐く犬だ、と霧人が呆れた事に響也は感心してしまう。
基本、飼い犬なんてものは飼い主と円滑なコミュニケーションさえ取れていればいいものだが、ミツルギはこうして職場に居る身なのだ。外部から来る者を全て敵と捕らえず馴れ合えるようになる必要があると思う。そう、看板犬になるとしたら。犬がこの店内に居場所を設けるとしたら、それしか手がないと思うのだ。そしてそんな風に役割を持たせれば、成歩堂もそんなには気兼ねる事無くミツルギをこの店に連れて来る事が出来るだろうし。どんなにいいように取り繕っていても、今のままではミツルギはただのお荷物だ。
「あ、そうだ」
案外、解決策と言うのは身近な所に転がっているのかもしれない、と思いながら響也は成歩堂に持ちかけた。
「今度のボクの休み、開店前にボンゴレをここに連れて来ていいですか?」
「うん?」
「自分の職場を紹介してやりたいし、ミツルギの友達になったらいいですよね」
いきなり人と慣れさせようとするよりは、同種族と引き合わせた方がいいだろう。
響也の言いたい事が判ったのか、成歩堂が顔を明るくさせる。
「うん、それはいいね。是非連れて来てよ。僕もまだ見た事無いんだー」
ボンゴレの写真は見せてもらったけどね、と昔の事を響也に離す。
成歩堂の口から語れる、自分の知らない兄に興味津々になった響也はその後暫く雑談を楽しんだ。
そんな風に会話に夢中になっていると、ミツルギがギャン、と1回大きく吼えた。その後、グルルと唸って成歩堂の足を頭で押し、早く帰ろうとばかりに催促する。まだする事がある、と成歩堂が言うとそれまでの勢いを無くし、がっくりと頭を垂れた。その頭をぽんぽん、と軽く撫でると、すぐさま浮上する。
ミツルギに早く友達が出来るといいね、と響也は思うのだがそれが何だか途方も無い事のように思えてならなかったという。
そして約束どおりに、響也は自分の休みの日にボンゴレを連れて店へとやって来た。
「成歩堂さーん」
とりあえずテラス席に留まり、中から成歩堂を呼ぶ。この時間を入れて予定していたのか、成歩堂はすぐさまミツルギを連れてやって来た。
「ああ、これがボンゴレなんだ。大きいなぁ、やっぱり」
成長途中のミツルギとは違い、ボンゴレはしっかりした体躯の成犬だった。
「そうだね。そろそろ年寄りになるんだけど、まだフリスビー追いかけるんだ」
「気が若いんだね」
ふふっと成歩堂が可笑しそうに笑う。
そしてミツルギと言えば、やっぱり成歩堂の足にぴったりくっ付いていて、こっちに寄ろうとはしない。ボンゴレの事は意識しているのだろう。ただ、興味より警戒の方が強いようだった。だから動かないのだ。
成歩堂がしゃがみ込む。大きなボンゴレとは、それで目線が同じくらいになった。
「初めまして。こんにちわ」
にっこり微笑みながら挨拶して、頭を撫でる。その手を、ボンゴレは嗅ぐように鼻で追い、ぺろりと舌で舐めた。
「成歩堂さんが気に入ったみたいですね」
「そなんだ。嬉しいなぁー」
そのまま、ボンゴレをわっしゃわっしゃと撫でてやる。
その時、傍らのミツルギが動いた。
飼い主と馴れ合っているのに、敵ではないと判断したのだろうか。そう思った響也の判断は甘かった。飲んだ後に残るくらい砂糖を入れた紅茶より甘かった。
一歩二歩、まるでよろけるように成歩堂から離れ――打ちひしがれるように震えてから、ミツルギはその場から駆け出した。
「あッ!!」
「えっ!?」
響也の驚いた声に、成歩堂も驚く。そして、ミツルギが遠くに駆け去っていくのに、さらに驚いた。
「ちょ、ミツルギ!ミツルギ――――!!?」
成歩堂はすぐさま慌てて駆け出すが、本気を出した犬の脚力に人間が追いつける筈も無い。
「おいおい。何の騒ぎだ?」
成歩堂の声に、神乃木がキッチンから顔を出す。
響也が説明に入ったのを後ろで何となく感じ取りながら、成歩堂は入り口へと走って行った。
「牙琉!ミツルギを捕まえて―――――ッッ!!!」
看板を表に出していた霧人が、店内に戻ろうとしていた。
成歩堂の叫び声に、霧人が崩さない表情をぎょっとさせ、足元を何かがすり抜けさらに戦いた。
そして、追いかけてきた成歩堂と倒れ込むまでは無かったが、衝突してしまう。
「ああっ!ごめん!………それで、ごめん!」
最初のごめんは勿論ぶつかった事であり、次のごめんは説明しないで行ってしまう事に、だろう。
さっぱり事態に追いつけず、ずれた眼鏡を直して眼を瞬かせる霧人はおそらく事情を知っているであろう2人が居る店内へ、改めて入ってく。
「一体、何があったというのですか?」
予定が予定通りに運ばない事に苛立つ霧人は、早速その声に剣呑さを潜ませていた。
その原因について、神乃木と追究していた響也は、出した結論をどう言っていいものか、というような口ぶりで語る。
「何て言うか……多分。成歩堂さんが自分以外を撫でたのにショックを受けたみたいで」
そしてそのショックのまま、思わずその場から駆け出してしまった。
「……………」
霧人は何も言わず、眼鏡のブリッジを押さえた。怒りを押し殺している仕草である。
「……だから、職場に私情を持ち込むのは嫌いなんですよ」
はあ、と吐いた溜息は、呆れなのは怒りを吐き出したものなのか。
(自分だって、思いっきり私情で入ったくせに?)
利益を考えた訳でもなく、技術の向上を目指した訳でもない。困っているから助けたいというのを、私情ではなくなんだと言うのか。しかしそれを指摘すると、その後が面倒なのでしないが。
霧人の言葉には嘘は無いだろうが、それを甘受しているのも確かだろう。でなければ、現段階ミツルギが店内に居る訳がない。
「まあまあ。今回非があったのはボクなんだし、このまま成歩堂さんが探しっぱなしになったら店に出るからさ。ボンゴレはスタッフルームにでも置いて」
「当然です」
つれなく、素っ気無く言い残し、霧人はキッチンへと入っていった。
霧人が何を静かに怒っているかと言えば、おそらく成歩堂の手を煩わせてしまった事だろう。素直にそう言ってみればいいのに、と響也は霧人の背中を見送った。
この店は午前11時開店である。そろそろ日も上がってきて、開店を控えた雰囲気になってきた。
が、成歩堂はまだ帰って来ない。ミツルギも然り。
(やれやれ、どこに行ったんだかな)
開店直前の一杯を淹れながら、行方の知れない両者を思いやる。何も報せが入ってこないのは、せめて何かがあったのではなく何も無い事だと思いたい。
と、その時神乃木の携帯が鳴った。コーヒーブレイクの時に相応しいようなムーディーなメロディーが流れる。
ディスプレイには見知った名前が綴られていた。その人物に送るように、クッと眼を細めて笑い、電話に出る。
「どうした、直斗。被告人に自白させるのにカツ丼じゃなくてウチん所のケーキでも使いたいのかい」
『馬ー鹿。お前の所のケーキ使ったら、もっと食べたいからって余計に口噤むだろう?』
実に回りくどい褒め言葉を、神乃木は肯定の返事で返してやった。
「アンタの所の女王様達がスイーツを所望してんなら、今日のシャルロットは会心の出来だぜ」
神乃木は推薦してやる。成歩堂は冷菓の類に長けていた。千尋がプリンが最も得意だと言って居たから、それの為だろうか、と思ってみる。
直斗の同僚ではないが、捜査官である彼の兄のチームには敏腕で豪傑な女性が2名居る。味に煩い彼女達は、差し入れとは言えその評価には容赦ない。そしてこの店はそんな彼女たちのお気に入りだった。なので、度々兄弟のどっちかが買いに来るのだった。
『まあ、それもあるんだがな』
と、直斗は言う。
彼と神乃木は腐れ縁で、その繋がりは検事とパティシエになった今でも切れない。
『なあ、神乃木。お前の店、犬が居るって言ってただろ』
ミツルギは客から見えない所に鎮座しているので、教えなければ気づくものは無い。
『黒い仔犬で、首輪に赤い蝶ネクタイつけていて』
「………待ちな。どうしてそこまで知ってるんだ」
居る事は教えたが、そこまで詳しい容貌は教えていない。
その疑問を口にしながら、嫌なのかいいのか判らない予感が過ぎる。
『……被疑者一匹確保。ただ今から、そちらへ連行しに来ます』
「……了解」
兄ちゃん、CHIHIROに向かって、と直斗の声を受話器から遠くで聞く。どうやら、パトカーに乗っているらしかった。
あと5分くらいで着くとの事だった。今頃汗だくになりながらも、必死に小さい子犬の行方を探している飼い主に吉報を授けようと、神乃木は他の2名にも聴こえるように言った。
そして、ミツルギは程なくして戻ってきた。この時ばかりは、ミツルギも成歩堂以外と一緒に行動しざるを得ない。
下手に店の前にパトカーが止まっても何だから、と直斗はそこの曲がり角に置いて来たと言う。
「よお、ご苦労さん」
意地悪く見下ろしてミツルギを出迎えてやると、ぐっ、と喉の奥で小さく唸った。
今後また同じ事を繰り返すか判らないので、とりあえず迷子札はつけてやらないとな、と神乃木は足元の仔犬を見やった。
「まあ、届けてくれてありがとよ。これは礼だ」
ほら、と手渡すように神乃木は箱に詰めたシャルロットを差し出す。
「ああ、悪いなぁ、そんな」
顔を綻ばせて直斗がそれを受け取る。そしてそのまま立ち去ろうとするのを、神乃木が待ったと腕を掴んで止めた。
「ちょっと待ちな。検事が持ち逃げすんのか」
「こっちこそ待てよだろ。これ、お礼にくれたんじゃないのか!」
「礼にやるとは言ったが、別にただでくれてやるとは言ってねぇだろ」
「普通そうなるだろ!」
「クッ!そんな法廷よりOK牧場に行きそうな風貌している検事さんに、普通なんて言葉ちゃんちゃら可笑しいぜ!」
「お前みたいにパティシエとも堅気とも思えない強面してるのがタルト焼いてるのに比べれば、可愛いもんだっての!」
「――ミツルギ!?」
果てしなく続きそうな言い争いに、終止符を打ったのは成歩堂の一声だった。
急いで駆けつけたのだろう。そして、それまでも散々走り回ったに違いない。
後ろに撫で付けている前髪が、ぱらりと前に零れている。息も、見て判る程に大きく荒い。
通常であれば、成歩堂の姿を見るなり駆け出すミツルギは、萎縮して縮こまるようにその場に座ったままだった。叱れると思っているのだろう。勝手に出て行ってしまったのだから。
そんな様子に、ミツルギが心の底から反省しているのが、判る。
「………怪我、してないね?」
だから成歩堂も、必要以上に叱る事はしない。
成歩堂の声に、ミツルギははっとして顔を上げ、その目が潤んでいるようなのは錯覚かもしれないが、たたっと成歩堂の傍に行き、足に身体を擦り付けた。忙しなくうろちょろと纏わりつき、傷が無いのをアピールするように。
収まるところに収まってひと段落したな、と神乃木は思った。
「あっ、直斗さん、すいません………」
ぜーはーしながら直斗に声を掛ける。
「いいから。見つかってよかったな」
「はい………あの、どこで見つけたんですか」
おそらく全員が気にしている事を、成歩堂が質問した。
それに、直斗は頬をかき。
「……見つけたというか……訊きたい事があって、行った先の交番に居た」
「誰かが見つけたって事かい?」
神乃木の言葉に、直斗はしかし頷かなかった。
「……何か、自分からやって来たそうだ。迷子になりました、みたいに……」
「……………」
この犬は頭がいいんだか、そうじゃないんだか。
渦巻く疑問の中心に居る仔犬は、大好きなご主人に抱きかかえられて、至福の時を過ごしていた。
「そういう訳で……店内をミツルギが歩くけど、お客様の犬はテラス席限定なんだよ、おデコくん」
「………………」
入ったばかりの新人の、ちょっとした疑問を響也は思いで話と一緒に語ってやった。聞き終えた法介は、おそらくあの時自分たちが思った事と同じ疑問を抱いている。
その後、やっぱり看板犬の気立てには程遠いミツルギは、しかしその飼い主に忠実な所を逆手に取りイートインの客へ焼き菓子を届けるサービスをし始めた。これは大成功で、最初こそ仕事中の逢引にミツルギがはしゃぎすぎてしまう事もしばしあったが、今はきっちり自制が出来ている。無論、成歩堂の対処もあっての事だが。知能の高いミツルギは、だからこそ成歩堂のいう事を理解するが、それ故に他人のいう事は聞かない。他者への態度は、相変わらずだった。きっと、こういうのを三つ子の魂百までとかいうのだろう。
「……まあ、でも。成歩堂さんが飼い主なら……仕方無いかな………」
「うん?何だい?」
呟くにも小さい声に、響也は自分に何か言ったのかと聞き返した。響也の声に、法介は思っていた事が口から出ていたのだと判って、目に見えるくらい顔を真っ赤にした。
「あ、いや!その!あっ!そうだ!ハーブ摘まなきゃ!」
庭があるこの店では、この庭で取れたハーブを夏限定のハーブティーとして振舞っている。ハーブティーにしなくても、菓子やイートインの盛り付けに使われるミントの葉は此処から採られている。それらの世話は法介の役割だった。
響也からの追及を逃れるように、葉を入れるカゴを取りに行く。
(やれやれ。ミツルギだってまだ手がかかるのに)
法介の胸中なんて、初日からすでに手に取るように判った。人の気持ちを無垢に掬い取る成歩堂は、熱意の裏にある直接な好意には気づいていないようだが。その、抑えきれずに溢れてしまう感情が、成歩堂の負担にならないように自分がフォローしないとな、と響也は思う。
その後、法介を凌ぐあらゆる意味で不器用な男が入る事を、響也も誰も知らない。
同じ名前のミツルギも。
意識下で再会を望んでいる成歩堂も。
この時は、まだ。
<おわり>
ミツルギオン、ダメ犬っぷり炸裂☆
この頃は一応1歳未満ですかね、ミツルギオン。
で、御剣が入る頃には3歳くらいなんですが、中身ちっとも変わってませんよ。ええ変わりませんとも。
あとどさくさに直斗さんが出てきます。
あの西部劇とあのカフェインが同一空間に居たらさぞかし楽しい事だろうという妄想で突っ走っていくのでついて来れたらついてきてみればいいじゃない(ツンデレぽく)(どこが)いやー、この2人の掛け合い楽しいー☆