くも―後編―



「……いくら相手がスポーツ万能だって言ったって、向こうは1人でこっちは3人だろ?どう考えても負ける訳が無いじゃねぇか。
 ……でもよ……朝、あいつら待ち伏せして、でも御剣の方しか来なくて。最初、あいつ、俺達の事無視してたんだけど、成歩堂は一緒じゃねぇのかって言ったら急に態度を豹変させて……居たら何をする気だって睨んできて。
 あとは、気づいたら地面に叩きつけられていた。腕も、この通り、折れて。
 ……何したかなんて、こっちが訊きたいくらいだ。
 なあ、あの男、御剣。
 化け物かでなきゃそれにつかれてるんじゃないか?あれ、絶対人間技じゃねぇよ……
 ……それに、早い所学校から追い出さねぇと」


「どうやら、あいつ……成歩堂の為なら誰でも殺るつもりだぜ……」



 すっかり御剣との登下校が恒例となった。いつもと同じ道を、御剣と並んで歩いて学校に向かう。
 ……誰より御剣と一緒に居るのに、僕は御剣が何を考えているのか未だ解らない。
 僕と居たがる理由も、この間の頬の血の事だって誤魔化して答えてくれないし。
 でも、御剣の遅刻したあの日に欠席したクラスメイトは大怪我で入院していて……それは御剣の仕業だって、皆は噂をしている。
 ……言うまでもなく、そのメンバーは僕をイジメている連中で……
 ……だから、多分。それが本当なら、僕の為にした事で……
 ……僕は、これまで何度となく抱いた疑問を、また胸中で呟く。

 ――なぜ御剣は、僕を庇うんだろう……

 御剣は、いつもちょっとだけ僕の前を歩く。道を歩いている時は並んで歩くけど、校内に入ると、そうなる。それは、すべての危害から僕を守ろうとしているからだろうか……
 そして、御剣は僕より先に教室の戸をガラリと開けた。ところが、御剣は教室内へ入らず、険しい顔つきで入口に止まっていた。どうしたんだろう、と僕は思って、御剣の肩越しに室内を覗いてみた。
「―――ッ!!」
 僕の位置からでも、はっきり見えた。
 教室の黒板一杯に。
 僕と御剣の名前の相合傘が大きく書かれてあって、その周りには『ホモ』『ゲイ』『キモい』『汚物』『恥知らず』……と、考え付く限りの誹謗中傷が書かれていた。
 ……今まで、陰から嫌がらせを受けるくらいで、こんなにあからさまに表面化する事は無かった。
 ……いつか、こんな日が来るんじゃないかって、思ってはいたけど……
「……薄汚いヤツらだな」
 激しく動揺して、何も考えられなくなった僕とは違い、御剣は呆れ果てたように静かに言い放った。
 きっとこの落書きをした張本人だろう。どんな顔をするのかと面白そうに僕らを見物していた連中が、御剣の一言でいきり立つ。
「――なっ……テメェ!今なんて言った!?」
「もう一度言ってみろよ!」
 容赦なく投げつけられる怒鳴り声にも、御剣は動じる事無く周囲を睨み据えた。
「薄汚い、と言ったのだ。聞こえなかったか?」
 凛とした姿勢で、相手に解らすように御剣は言う。
「……この……!」
 御剣の態度に、ついにキれた一人が立ち上がり、筆箱を御剣へと投げつけた。固いそれは額に当たり、押さえる掌の間から、今度は本当に御剣の血が流れた。
 それが開始の合図のように、皆、手持ちの物を次々と僕らに投げつける。
「このホモ!学校から出て行け!」
「成歩堂!オマエもいい気になってんじゃねぇよ!気に障るんだよお前ら!」
「まとめて出て行け!さっさと出て行けよ!!」
 がなり立てる声に、止めてよ、という僕の小さな声は掻き消されてしまった。辞書やら教科書やらが、僕の体にと当たる。
「――……」
 す、と御剣が手で覆っていた目を露にする。血が流れている事が相乗したのか、いつにもましてその眼は獰猛だった。
 御剣がその眼で睨むと、皆の手がぴたりと止む。
 御剣は僕の手を引いて、すたすたと机の間を歩くとそのまますとんと自分の席に着いた。いつも通りに。
 その態度は、気にする事はない、と僕に言っているようだった。
「……何考えてんだ……」
「図々しい……」
 口々にそんな声が聞こえるけど、もう皆何かしらのアクションをする気は失せたようだ。こっちを睨むけれど、それ以上は何も無い。
 それからほどなくして、先生が教室へと入って来た。
「おい、何をやってるんだ?騒がし――い………」
 先生は教室内の惨状にぎょっとなった。
 それと御剣と僕の傷を照らし合わせれば、何が起こったなんて解るだろうに、先生は今日の掃除当番に片付けなさい、とだけ言って授業を始め出した。


 その放課後。
 家に帰る前、僕は大きく傾いてほとんど水平になってしまっている木の幹に座り、御剣の手当をしていた。手当と言っても、消毒やなんかはもう保健室で済ませて貰っている。でも、痣までは消えなくて、僕は水で濡らしたハンカチを御剣のその個所へと当てていた。
 こんなの、気休め以外の何でもないけど……
「……大丈夫?」
「私は大丈夫だ。成歩堂こそ傷が」
 御剣の具合を訊ねても、御剣は僕ばかりを気遣う。
「僕は、ちょっとだから……」
 そう、あの時。皆から物を投げつけられた時、御剣は僕を庇うようにしてくれた。だから、僕は御剣に比べてずっと傷が少ない。
 袖から覗く御剣の腕には、幾つもの打ち身の痕がある。腕だけじゃなくて、顔や額にもついている。流血した額は、見た目より傷はそう深くはなくて、他と同じように青痣だけが残っている。
 全身、満身創痍といった具合で……とても痛々しい……
 ……………
 ……どうして……御剣は……
「……ねえ、御剣」
 僕は、御剣に訊いた。
 ……それは、あまりに突拍子もない事だったけど……
「御剣は……僕の事……
 ………好き、なの…………?」
「……………」
 御剣は何も答えなかった。
 けれど僕を見て、今は傷だらけの綺麗なその顔を、優しく綻ばせた。
 それは、頷かれたり好きだと言葉で言われるより、ずっとストレートに御剣の気持ちが率直に通じるようで。
 これまでそんな感情を向けられた事の無い僕は、同性だからという以上に困惑する。
 ……僕なんかの、どこがいいんだろう。顔だって特に人目をつく訳じゃないし、勉強だって運動だって並でしかない。
 僕の、何所に御剣は、そんな……
「……でもクラスの人達からあんなに嫌われちゃったよ。明日からどうしよう……」
 それまでとは違う混乱と、ひとつの疑問が解消された脱力感からか、僕はそんな事を言っていた。
「やめてしまえばいい。あんな学校」
 僕の呟きに、御剣は大胆な事を言う。
「あんな奴らの居る所に、成歩堂は本当に居たいのか?」
 御剣のそのセリフは、僕を酷く揺さぶった。
 今まで逸らしていた事を、目の前に突きつけられたような。
「だ……だって、学校やめるなんて……
 …………そりゃ、行くのは嫌だけど……」
 御剣は言い躊躇う僕に向けて、言う。
「行きたくない所に行く事はない。
 君の事は――私が、守る」
 御剣はそうする事が当然であるように、躊躇する事無く、穏やかに断言する。そう言った時の御剣の目は純粋で、澄んでいてとても綺麗だった。
 それは、今の僕にはとても癇に障った。
 僕には言えない事をあっさり言いのける御剣が――とても妬ましく思った。
「か……勝手な事言うなよ!どうして君がそこまで言うんだ!?」
「成歩堂……」
 御剣の寂しげな声が聞こえる。でも、僕も止まらない。
 それまで僕が、どんな嫌がらせを受けても。立ち向かう事も出来なかったあの連中を、御剣は簡単に一蹴した。
 御剣と居て、僕はずっと自分に劣等感を覚えていた。御剣が現れなければ、そんなもの知る事も無かったのに。知らずにいられたのに。
 無意識に溜め込んでいたそれが、ここにきて一気に醜い形で噴き出す。
「だいたい君が現れなきゃ、こんな事にもならなかったんだからな!?
 僕は君みたいに強い人間じゃない!
 いじめられても嫌われても、それでも学校をやめるよりはマシだ!親にがっかりされたくない!
 中退して皆に後ろ指さされるのが怖いんだ、僕はそういうヤツなんだ!弱虫でもいい!
 ……僕の……僕の事が好きなら……これ以上構うな!」
 言った。
 ……言ってしまった……
 もう、後戻り出来ない……
 雰囲気で、御剣が僕を見ているのが解る。でも、そこからは怒りより悄然としたものが伝わる。
「……それが君の本心なのか?」
 僕の吐き出す全てを聞き終えて、御剣は僕にそう訊いた。
「………………。
 ……そうだよ」
 僕は御剣の顔を見ないで頷いた。実質、決別の言葉を言いながら。
「…………解った。………すまない」
 勝手な言い分ばかり言い放った僕を、御剣は一言も詰りはせずに、小さくそれだけ言うと、立ち上がり一人で歩き出す。
 御剣が完全に僕から離れたのを確認して、それから僕は顔を上げた。
 御剣……行っちゃったな……あれだけ言われたんだから、当然か……
(――………あれ?)
 僕に背を向け、遠く小さくなっていく御剣。
 その首元には、とても大きな傷跡があった。生々しく大きく、しかしさっきの騒動で出来たものとは思えない痕だった。
 ……変だな……今まで御剣の後ろを歩いていても、そんな傷跡、見なかったのに……
 やがてその痕が確認できないくらい、御剣の姿は遠くなり。
 そして、ついには見えなくなった。


 ――いじめられても、嫌われても
 ――学校を、やめるより……マシ

 自分の言ったセリフが頭の中を回る。
 そんなこと、僕は本気で思っているんだろうか……?
 さっきは激昂して、ああ言ってしまったけど………
 ――御剣が来るまで、僕はこうしてベッドにうつ伏せになり、枕に顔を押しつけながらいつも思っていた。

 ……いつか嵐が来て、この世の憎むものを全て吹き飛ばしてくれる――

 …………いつか……

「……………」
 ……御剣が……そうだったのかな……
 僕はごろんと寝返りを打ち、仰向けになった。
 天井ばかりが見える。それと、あのクモの巣が。
「……………」
 ……クモ、居なくなってる。………いつのまに?
 そういや、最後に見たのはいつだっただろう……
 死んじゃったのかな。あの大きなクモにやられちゃって、首なんか取れかけてたから……

 ……………首……

 首元に、大きな傷跡の………御剣……
 僕はしばらく、空のその巣を眺めていた……


 次の日。御剣は待ち合わせの場所にも、学校にも来ていなかった。
「御剣。……御剣は欠席か」
 点呼の時間になっても御剣は現れず、前のように遅刻でもなかった。 
「さすがに出て来れないよな、あいつも」
「あれだけやりゃ、もう来れないぜ。いい気味」
 今日は御剣が居ないと解ったからか、僕へ向けてあからさまにそんな声がした。それに中てられて、ドクドクと嫌な動悸がする。
 気付けば僕は、無意識に隣の席を見ていた。
 御剣は――居ない……
(……御剣……)
 昨日、僕があんな事言ったから……?
 僕は今更に後悔し始めた。
 御剣………ずっと僕を守ってくれていたのに……僕は、酷い事を…… 
 もしかして――もう会えないのか……?
「あ――、成歩堂。進路の事で話がある。放課後、教官室へ来るように」
 先生が僕に言った。
 進路の話って一体……?
 不思議に思って先生を見た時、含みのある視線とぶつかった。
 その視線に、以前、同じように教官室へ呼び出されて、身体を弄られた記憶が蘇る。
「……………」
 ――体が震える……
 ……御剣……助けて……
 僕は横の席を見た。
 空っぽ、だった。


 僕は一人、教官室へと入った。
 逃げたかった。でも、相手は担任だ。内申を下げられたりしたら、と思うと。
 ……この教官室は、少し離れた所にある。
 大きな声を出して……他に聴こえるかどうか……
「――何、隅で小さくなってるんだ。椅子に座りなさい」
 先生はそう促すけど、僕は戸の傍に立ったままそこを動かない。手を後ろに回し、いつでも逃げ出せるようにした。
 僕が動かないでいると、先生の方が近付いてきた。
「最近噂だぞ、お前。……御剣と付き合っているらしいな」
「……先生……何……!!」  
 後ろに回していた手を、がっと掴まれる。その強さに、僕はいよいよ身の危険を感じた。
 ――前とは違い、触るだけでは済まないような……
 ぞくり、と悪寒が走る。
 抗おうにも、大人の力に逆らえず、僕は強引に部屋の奥へと連れ込まれる。
「生意気に色気づきやがって……どうせもうヤッてるんだろ?最近のガキはませてるからな!」
 先生の手がシャツの合わせ目にかかり、思い切り左右に引っ張る。ボタンが引きちぎられ、床にころころと転がって行った。
「……ぃ……いや……やめ――――ッ!!」
 やばい、と思った僕は抵抗しながら逃げようとした。でも、先生の手が固くシャツを握っていて、それは叶わなかった。それどころか、さらに引き寄せられて。
「声を出すなッ!」
 助けを呼ぶ声を、先生の怒鳴り声がそれを許さない。大きな手で口を塞がれ、もう大声も出せなくなった。  
 無理やり机の上に抑え込まれ、背中が痛かった。
 絶望感に、目の前が真っ暗になる。
「……退学にするぞ?エ?
 言っただろうが。お前みたいなヤツ、どうにも出来るってな」
 そう言って、はははは、と先生は笑った。
 先生の空いている手が、むき出しになった肌を這う。

「よおし、いい子だ」

 ――やだ……

「生徒が何をしているか、担任はちゃんと知っておかないといかないからな」

――嫌だ……!

「ちゃんと、先生が調べてやるぞ?」

 ――助けて………


     助けて、御剣!!!


 ――僕が心で御剣の名前を叫んだ途端、口を塞がれていた息苦しさが消えた。そして、体の圧迫感も。
「っがぁあああぁぁああ――――ッッ!!?」
 その代り、耳をつんざくような苦痛の絶叫が室内に響く。
「!」
 その声に弾かれるように眼を開くと、先生の体は僕から離れ、宙を浮いていた。
 違う。誰かが後ろから頭を掴んでいるんだ。
 かなりその頭は仰け反っていて、僕の位置からは先生の顎しか見えない。
 そんな事をしているのは――
「御……剣……!?」
 御剣だ。
 どこから入って来たのか、御剣がそこに居た。今は学生服ではなく、体にフィットするような黒い服を着ている。まだ1日くらい会っていないだけなのに、ずいぶん久しぶりにその顔を見たような気がした。
 御剣の細いその指先は先生の頭に食い込んでいて、みしみしと頭蓋骨の軋む音が聴こえそうなくらい容赦なく頭を締め付ける。その痛みに、先生は叫び続けていた。
 ……御剣は僕より少し背が高いけど、体格的には違わない。
 それなのに、こんな簡単に片手で大の大人を引っ張り上げるなんて……
 ――どう見てもそれは。
 人間の力とは、思えなかった……
 御剣は苦悶の声を上げ続ける先生に構わず、指先にさらに力を込めた。それに伴い、悲鳴の声も大きくなる。
「………成歩堂に悪い事するやつ……
 ………許さない…………殺す」
「っぎゃ!」

 ――ガシャァ――ンッッ!!!

 御剣は凄まじい怒りの形相で、地を這うような低い声でそう呟き、そしてまるでボールでも投げつけるように下へ、先生を顔から叩きつけた。叩きつけられた机が、紙のように拉げその威力の凄まじさを知る。そして、そこにはべったりと血がペンキを塗りたくったようにべっとりとついていた。
 先生は変な咳を数回して、動かなくなった。それでも御剣は、先生に止めをさそうと足を進めた。
 御剣は、本気で殺そうとしている。
 それを察した僕は、慌てて御剣に縋った。
「だ……ダメだよ!これ以上やったら、死んじゃうよッ!!―――ッ!」
 止めようとした僕を、自分の行動を邪魔されまいと御剣の腕が弾く。それに攻撃の意思は無かったけど、僕はその場にへたり込んでしまった。
「……や、止めてよ……お願いだから……怖い事、しないで……っ……」
 ショックの連続で、僕の自制が切れた。涙がぼろぼろと眼から落ちる。
「……うっ……うぅ……ぅ……」
 ひく、と喉がしゃくり上がる。
 怖かった。
 目の前で人が死ぬ恐怖と、あの優しい笑みを浮かべる御剣が居なくなりそうな気がして。
 人殺しなんて、そんな、恐ろしい事。
 ――止めて。しないで……
「……ぅっ……うっ…………ふぇ………」
「……………」
 泣き崩れる僕に気づいた御剣は、はっとして足を止めた。
 そして、僕の前へと赴き、僕に向かって手を伸ばす。
「っ!!」
 その手から発せられる力を見せつけられた僕の身体は、反射的に身を引いて怯える。そんな僕の不安や恐怖を取り除くように、御剣は優しく声をかけた。
「……大丈夫。君には何もしない……
 でも、これで私が人間ではない事が君に知られてしまった……」
 御剣はそう呟いた。
 ……人間じゃない……
 じゃあ、やっぱり……御剣は……
「君は……僕の部屋にいた……クモ………?」
 昨日、御剣の首の傷跡と空の巣を見た時から、何となくそうじゃないかと思っていた。
 僕のセリフに、御剣は、ゆっくりと頷く。
「……そうだ。指で潰せるくらい小さなクモ。
 あの時助けてもらって……嬉しかった。私のようなちっぽけな生き物を見てくれる人がいてくれたのか……と。
 君の為なら何でもしようと思った。
 ……でもこれで終わりだ」
 終わり……?
 御剣は、確かに終わりと言った。
 終わりって、そんな、まさか――
「何日かだけども……一緒に居られて、私は嬉しかった。
 でも君には、迷惑をかけてしまったみたいだな……」
 御剣は荒れ果てた室内を見て、自嘲したように口元を微かに上げる。
「……もう私に会いたくなければ、踏み潰して構わない。
 ……君に拾って貰った、命だから」
 そう言って、御剣は。
 これが最後というように、殊更綺麗に微笑んで見せた。一種の清廉さを漂わせながら……
「――御剣。
 御剣待って。僕は……僕は、君の事…………」
 しかし僕が自分の気持ちを伝える前に、もう御剣の姿は無くて。
 色んな者が散らばる床に、小さな、首のもげかけたクモが居た。
「………………」
 僕は、そっと。
 決して潰してしまわないように、慎重に『彼』を手に乗せた。
 ぽたり、と涙が落ちる。それが手に乗せた『彼』に落ちないよう、気を付けた。
 ――御剣――
 ……どんなに周りから揶揄されても、邪険に扱われても、僕の傍を離れなかった。
 決して、自分の意思を曲げたりしなかった。
 自分を貫くその強さは、いつも周囲に怯えていた僕にとって、強い憧れだった。嫉妬する事もあったけど、僕は君に焦がれていた。
 君は自分を、小さくてちっぽけだと言ってたけど……
 僕は……

 君みたいになりたかったよ……御剣……



 あの担任は、御剣から負った怪我を交通事故として入院し、怪我が治ると同時に学校を辞めて行った。
 いきなりの辞職に皆は首を傾げたけど、きっとあの先生は誰にも真相を語る事は無いだろう。
 ……当然、僕も。
 そんな、いろんな出来事を通り過ぎ去りながら、日常が始まっていく――
 御剣の居ない日常へ――


 次は体育の時間だ。少し遅れてしまった僕は、慌てて更衣室へと入る。
 更衣室の前に、運動靴を入れる下駄箱がある。しかし、僕の靴箱は空だった。
 周囲をそれとなく見ていると、白々しくそっぽを向いて、後ろに手を回している人を見つけた。
「……………」
 僕は、ふう、と軽く息を吐き出す。
「だーれかなっ、僕の靴借りてった人。
 借りていくのはいいけど、ごめーん。僕の靴、上で犬にウンコされて臭いんだ―――」
「――ゲッ!マジかよ!?」
 その声と同時に、ぽい、と僕の靴が放り出される。
 僕はそれを拾い上げ、
「あ、なーんだ。君だったか。
 借りる時は言ってね」
 気まずそうな顔をしている相手に向かい、にっこり笑いかけて僕は着替えを始める。
「……成歩堂よぉ」
「ん?」
 もう着替え終わった矢張が声をかけてきた。
 僕があいつらに立ち向かう態度を取ると、意外にも僕に味方してくれる人は多く出てきた。僕の悪口を囃し立てても、むしろそれを批判する声をあげてくれる。
 あんなに怖かった嫌がらせも、今となってはとてもつまらないものに感じられた。
 ――自分の態度ひとつで、世界なんて簡単に変わる。
 こんな単純で大切な事……僕一人じゃ、気づけなかっただろうけど。
「どうしちまったんだよ、この頃。何だか強くなっちゃって……」
「そうかな」
「御剣のヤツが急に転校してからだよな。何か言われたか?あいつに」
 矢張があれこれ話しかける中、僕は着替えを進める。
「――お、すげぇな。大胆なおしゃれまでしちゃってよ。
 シールだろ?それ……すげぇリアルだな」
 僕の左胸にあるクモのマークを見て、矢張が関心を示して言った。
「うん。ちょっと変わってるけど。
 ――綺麗だろ?」
 僕はそのクモの首にある、大きな傷を愛しく撫でて言った。




―終―

終わった……意外と長かった……!!
原作は女の子同士なんですが、やっぱり同性だからあんなに切ないのかなぁ、と思う。これが男女だったら少し安っぽくなったと思う。
この話読むたびに涙が凄い出ちゃうんです。
最後まで読んでから改めてまた読むとまた色々泣けてきます。

ちなみにミツナル色を出すためにちょくちょく場面を変えてます。
しかしWパロとは言え「君が会いたくなければ踏みつぶしても構わない。君に拾って貰った命だから」という一文は、自分内のミツナル像をそのまま言い表してるなぁ、と思いました。ウチの御剣はそんな感じで。
あと成歩堂成歩堂と声をかける所とか、あまり関わらないでといわれて思いっきり凹む所とか、大っぴらにしなければいいといわれる所とか。
……そうか、だからWパロしようと思ったのか……(今、気づいてみました)