ホワイトな日。
「オドロキさん!今度の休み、みぬきと一緒にデパートに買い物に行きませんか?」
行きませんか、と問われた所で自分には拒否権どころか選択権すら無いというのを、法介は身に染みて判っている。なので、みぬきのこの言葉にも法介にYES以外に発する言葉は無かった。
そして休日。地下鉄に直結している大きめのデパートの前で、法介はみぬきと待ち合わせた。iPodで音楽を聴いて時間を潰していると、人込みの中からみぬきがやって来た。いつものあの衣装なので嫌でも目についた。
「オドロキさん、早いですねー」
着くなりみぬきの第一声はそれだった。その言葉に偽りは無い。まだ約束の15分前だ。
「まあね。で、ここで何を買うの?」
それはみぬきちゃんの遅くにつこうものなら何が起こるか判らないというか怖いからだよ、という本音を仕舞いこんで法介は言う。
法介の問いかけに、みぬきはエヘッ☆と両頬に手を当てて笑んだ。
そして、そのまま自動ドアをガーと開けて入ってしまった。色々置いてけぼりになった法介は、その後をついていく。
ちょっと前、バレンタインの為に赤やピンクが舞い散っていたデパート内は、今はホワイトデーの為に青や白の色が目立つ。何故に法介がバレンタインの様子を知っているといえば、成歩堂にあげようかなーどうしようかなーやっぱり男が男にあげたらおかしいかなーおかしいよなーと思いながらも出向いたからである。結局、成歩堂にチョコはあげなかった(あげれなかった)へっぽこで情けない法介である。
みぬきはW.Dの為の特別催事場をすり抜け、紳士服売り場へと行く。このデパートは広いので、紳士服でもスーツとカジュアルでは階が違った。みぬきの目的地はそのカジュアルの方だった。
「オドロキさん……今だから言いますけど、今日ココに来たのはパパにバレンタインデイのお返しの為なんですよ」
エレベーターで上がりつつ、みぬきが言った。
「えーっ!みぬきちゃん、成歩堂さんにチョコ貰ったの!?」
法介は「何で今だから言うんだ?」という疑問を押し潰してより気になった方を口にした。
「何ですか。みぬきがパパからチョコを貰うという事は、そんなに異常事態的な事だとでもいいたいんですか」
「いやいや、そうじゃなくて違うくて、逆かなって。みぬきちゃんが成歩堂さんにあげたのかなって思った訳ですオレとしては」
みぬきのステッキの矛先が自分に向いたので、法介は弁舌に自分の考えを述べた。あのステッキから何が起こるか判らないが、少なくとも自分にとって良い事ではないのは断言できる。
「でもみぬき、クッキーやマシュマロよりチョコの方が好きなんです。だからパパがみぬきにバレンタインにくれるんです。実にすっきりした一本道のロジックでしょ?みぬきは完璧をもってよしとするんです」
えへん、とみぬきが偉そうに言い切った。何故そこで偉そうになれるかが法介は判らない。
「って事で、今日はそのお返しの為の買い物なんです」
まあ、そうだろうな、と法介は説明されるまでも無く判った事だ。
「本当なら1人でこっそり買いに来て、オドロキさんを現時点からでも一歩も二歩も十歩も出し抜きたい所ですが、みぬきが買い物行ってるときにうっかり2人きりになられて妙なフラグが立っても困りますからね。そういう訳で同行をお願いした訳です。
これぞ、肉を切らして骨を裁つ!!!!」
「………………」
みぬきは最後にそう言ったが、法介は今のセリフに身も骨も心も切られたような痛みを覚えたのだった。
「あっ、コレ良さそう!」
と、言いながらみぬきが取ったのはピンク色のカーティガンであった。
「きっとパパに似合うだろうなぁ〜」
ふふふ、とみぬきが頬を染めてうっとりと呟く。
「成歩堂さんにピンク……ねぇ」
「何ですかオドロキさん!みぬきのコーディネイトにこーでねいと、とかケチをつける気ですか!!」
みぬきちゃんは時々どうしようもなく脱力してしまう駄洒落を吐くな……お父さんの影響か?と法介は思った。
「そ、そうじゃないけどさ。成歩堂さんも33歳のナイスミドルの触りに入るお年頃なんだし、もっとこう、渋い色のシーツとかビシッとバシッと着込んじゃってさ、胸元には弁護士バッジをきらりと光らせてそんでもってオレに気の利いたアドバイスなんていいタイミングでくれちゃったり……」
「重ね着するだろうから、もうワンサイズ大きい方がいいかな?」
自分で言いながらえへへうふふとトリップした法介を放置して、みぬきはひとつ上のサイズを求めて漁った。
「オドロキさんは解ってませんねぇ……この広い世の中、パパ程ピンク色が似合う人もちょっとやそっとじゃお目にかかれませんよ!!」
法介が現実世界に戻って妄想に浸っていた事に恥じている頃になった時、みぬきがずびりと言い放つ。しかしその浸っていた時の法介の顔は、第三者の立場から見ると結構みぬきに似ていた。さすが血は水より濃い。
「そうなの?」
と、法介が言う。
「そうですよ!まあオドロキさんはパパは素肌が一番似合う派でしょうけども」
「………………」
反論しない正直な法介だ。
「ほら、目を閉じて。じっくり具体的なイメージを浮かばせて見てくださいよ。絶対似合うんですから」
「…………」
みぬきに言われるまま、法介は目を閉じ、暗くなった視界の瞼の裏に成歩堂の姿を思い浮かべてみた。思い浮かべた成歩堂は、ピンクのセーターを着て法介ににこっと微笑んでみる。
「……………。……うん、確かにちょっといいかもぐほぁ―――ッ!!」
えへ、と眉毛を垂らしてだらしない笑顔を取った法介の顔に、みぬきがボグシャーと拳を叩き込んだ。「すごいよみぬきちゃん!」とタイトルにならんばかりに。
「な、何す……」
法介は殴られた左頬に手を当てた。このように患部に手を当てる様子から、そのまま「手当て」が「治療」という意味で使われる訳である。まあ、どうでもいいが。
腰に手を当ててぷんすかと怒ったみぬきは法介に言う。
「人のパパを勝手に妄想のオカズにしないでください!!妄想ハラスメントですよ!!」
「わぁもう、言われるままに従ったり殴られたりオレ地味に多忙だなぁー」
「弁護士業は至って超暇ですけどね」
「皮肉にそれ以上の皮肉で返すなよッッ!!!」
殴られた直後なので、法介は血泡を吹いて叫んだ。
「オドロキさん……みぬきの記憶が確かならば、今日は現地集合・解散だった筈です」
「…………」
法介はその言葉には答えず、無言でみぬきの隣を歩いてた。
「それなのに、どうして事務所にまで着いてくるんです?」
成歩堂へのホワイトデーの贈物の買い物という目的を果たした後、法介はみぬきに昼食とおやつを奢らされてそれから帰路に着いた。しかし、みぬきが言う通り、法介は自分のではなくみぬきの帰路を辿っている。そう、最終終着地点が成歩堂の待つ事務所となっているみぬきの帰路を。
法介は軽く咳払いをして平静を保とうとした。しかし、保とうとしている時点でその平静はすでに崩れているという事に彼はまだ気づいていない。
「ほら、3月も半ばとは言え、夕方はまだ暗いからね。みぬきちゃんと言えども15歳の女の子であるのは間違いないんだし、ここは22歳で弁護士という立派な職種についているオレがきちんと自宅まで送り届けて社会人として真っ当な責任を果たさなくちゃと思うんだ」
「じゃ、みぬきを家に送り届けた時点でオドロキさんの責任は果たされますから、今頃事務所のソファで転寝してるかもしれないパパに会わなくても全然オッケーですね」
「すいませんごめんなさい思いっきり下心ありました正直に言います成歩堂さんに合わせてください!!!」
法介はもはや敬語であった。必死さが伺え知れる。
「変に常識人を装わないで最初からそう言えばいいんですよ。んー、どうしよっかなー」
みぬきはひとさし指を顎に当てて考えるあのポーズを取った。
「昼とおやつと交通費出したんだから、それくらいの特典くれてもいいんじゃないの!?」
「何言ってるんですか。パパには最低3万は払って貰わないと」
「3万とかなんか地味に生々しい金額のような」
決して安くは無いが、その対象にある程度の特別な興味があれば高いとは思えない額である。と、言うか法介は3万払って成歩堂に会えるのなら払うだろう。3万。
「ん?誰かいるぞ?」
事務所の前、今から事務所に行きますよ!ええもう行きますよ行きますとも!!というオーラを発散させている白衣を着た人物が居る。きっと茜だ、と法介は思った。それ以外にもこんな人が居たら嫌だなとも思った。
「茜さーん!」
みぬきがきゃっきゃと騒ぎながら駆け寄る。
「あら、みぬきちゃん!買い物帰り?」
服が入っていそうな紙袋を持ったみぬきを見た茜が言った。
「はい!じゃ、立ち話もなんですから、中へどうぞ」
すっかり無視された法介は和気藹々と会話する2人の後を黙ってついて行く。何故だか、脳裏に「沈黙は金」という諺が思い出された。
事務所のドアを開けると、そこは空っぽだった。つまり、成歩堂が居ないのだ。みぬきはそれにがっかりして、茜はがっかりしながら法介にかりんとうをぶつけた。毎度の事なので、甘んじて受け入れる法介。かりんとうなだけに甘んじる、と。
「あーあ、成歩堂さん留守かぁ……折角、ホワイトデーの贈物持ってきたのに」
ちぇ、と唇尖らした茜の発言は、法介にはとても聞き逃せれないものだった。
「あ、あ、あ、茜さん!!!成歩堂さんからバレンタインに貰ったんですか!!!?」
「まあねー」
ふふん、と得意げそうに言う。
「そんな!馬鹿な!何故!!!」
只管戦く法介をほっといて、茜は思い出に浸る。
「あれは、丁度先月の事だったわね……」
茜が言う。バレンタインの話なのだから丁度一ヶ月前で当然だ。
「あの日、成歩堂さんは警察署まで来て……アタシにルミノール反応液を手渡してこう言ったの。
「あの時貸して貰ったのが掃除したら出て来たよ」って」
「それ、バレンタインと関係ないんじゃないですか?」
法介は言った。言わずには居られなかった。
「うっさいわね!!」
コツン!!
例えこうしてカリントウを投げつけられるだけだと判っていても……
法介は額の痛みと共に人の難しさを味わった。
「アンタに言われるまでも無く判ってるわよ!アタシだけにくれたんじゃないって事は……!!」
「いやそーじゃなくて、ただ掃除してきて茜さんの私物が出てきたから渡しに行っただけでそれが2月14日だったのはたまたまで偶然でまぐれでは無いかと……」
「冥さんにも、あのジャラジャラにも渡してたし……」
「ぬぁんですって牙琉検事に!!!!?」
法介はこの日一番の驚愕を味わった。冥って誰?という素朴な疑問もこの前には台風の最中のビニール袋のように遥か彼方へぴゅーと飛ぶしかない。
「どどどどど、どっどどどどうして!!!」
「”ど”が多いですよ、オドロキさん」
みぬきのチェックが入った。ちなみにみぬきは成歩堂が誰にあげたのかちゃんと把握してるので驚かないのです。どっしり構えているのです。
「さあ。アタシも判らないわよ。聞けば判るだろうけど聞きたくないし!!」
ムキー!と茜が憤る。
勿論、みぬきにはその理由だって判っている訳です。
理由→「ホント、いつも御剣が迷惑かけててごめんね……甘い物が嫌いじゃないといいんだけど、これ……」
ちなみに冥もそれと同じだ。これはもう、義理チョコと言うよりはその名を借りたお中元や歳暮に近い。
(って、ちょっと待てよ……)
あのジャラジャラなんて、丸めて捏ねて伸ばして切って茹でてやる!!と響也をさぬきうどんにでもしようかというくらい怒り狂っている茜の前、法介は振り返ってみた。
(もしかして……これは、オレだけ貰っていないという事態!?)
その恐ろしさに、法介は一瞬くらりと眩暈を起こした。
「ん?もしかしてオドロキくん、成歩堂さんからバレンタイン何も貰ってない?」
そして茜にはっきり言われ、口から魂が出そうになった。
「そっ、そんっ、そんな事はッ!!」
「確か、その日はオドロキさん事務所に居なかったですよねー」
みぬきがきっちりとした証言を言う。
「そ、それは!……
……それはその前日、みぬきちゃんのマジックに付き合っていたら途中頭部と激しく殴打してそこが結構打ち所悪い所だったから後日安静にしていたからだよ」
「あれ、そんな事もありましたっけ?」
みぬきは舌をちょろりと出してテヘッと笑って見せた。その笑みは「もしかしてわざとではなかろうか」という嫌疑を抱かせるのに十分だった。
「まあ、うっかりした事で面会謝絶に追い込む事はよくあるわよね」
「納得しないでください茜さん。そしてよくあるんですかそんなとてつもない事が」
「ここで重要なのは、成歩堂さんはバレンタインに周囲に何かしらの贈物をしているのにオドロキくんにはそれが無いという事よ」
そこまで淡々と言われると、より自分が惨めに思えるのはどうしてだろうか。法介は答えの見つからない思考のラビリンスへ迷い込む。そしてすっかりルミノール検査液がバレンタインの贈物となってしまった。
「べ、別に可笑しいことでもないでしょ。その日はオレは居なかったし、まだ女性から男性へって風習の方が強いし、そ、それにオレなんて成歩堂さんに関わって一番の新参者だし知り合って日も浅いしろくに趣味も嗜好も知らない間、柄、だ、し……うぅぅ……」
あれ?どうしてオレ泣いてるんだ?えへへ、と法介は涙を拭って思ったという。
「オドロキさん……そんなに泣かないで」
みぬきが優しい声で法介を慰める。
「みぬきちゃん……」
ぐすん、と啜って法介はみぬきを見やる。
「泣いた所でオドロキさんが後からポッと出でしかもパパの現役姿を生で拝んでいない主要メンバー内唯一の人物だっていう事には変わりなんですから」
「ああああああオレってどうしてこうつまらない存在なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
法介は咽び泣いたという。
「チクショウ!誰だホワイトデーなんて日を作ったのは!!」
「そうですね。負け犬が新年明けて3ヶ月で2回も屈辱を味わっちゃいますもんね」
「だからそういう事言うなってばぁぁぁ!!!」
何を言ってもみぬきに適わない法介だった。
おわり。
今回に限らずみぬき&茜さんのWコンポでやりこめられるホースケは書いてて楽しいです。
こいつはいびられてナンボだ。