見えない所で争奪戦
その日は法介は事務所で1人で、なので本棚の本を完全読破目指していた。
そんな時に茜が訪れた訳だ。
「成歩堂さん!みぬきちゃん、お邪魔しますッッ!!」
と、茜が勢い欲挨拶しドアを開いた時点で法介は茜にとって自分が招かれざる者であるのを直感した。だって清々しく名前呼ばれなかったし。
「…………。あれっ、成歩堂さんは?」
茜は全開の笑顔でそのまま停止し、5秒ほど待機して成歩堂の不在を確認した。そしてスマイルを解く。さらにかりんとうを取り出した。
そして法介にぶつけた。
「何で成歩堂さんが居ないのよ!」
「どうして俺に怒鳴るんですか!」
「アンタしか居ないからよ!」
腑に落ちない事も無いが、とにかく理不尽だと思う。
「で、成歩堂さんを何処にやったの!?よもやアンタの部屋で足腰立たなくなった事態になりようものなら、今後アンタの口にする物にはもれなくアーモンド臭のオプションがつくと思いなさいよ!」
「いやー!堂々と毒殺宣言されたー!」
使用毒物は青酸カリのようだ。彼女の本気が窺える。
このままほっといたら、この場でも殺されるかもしれない。リアルに身の危険を感じ取った法介は口早に説明した。
「成歩堂さんはみぬきちゃんが高菱屋の屋上で単独ショーをするから親子仲良く出かけて行っちゃいましたよ!!!」
俺を置いて、と胸中で呟いた。ぽろりと目から出たのは汗だろう。置いていかれて寂しいからって、泣いてなんかないやい!!
「高菱屋……かぁ。それじゃちょっと休憩中には戻れないわ」
チッ!と隠す事も無く茜は舌打ちした。
「今日はついてないわ。事務所に来ても成歩堂さんは居ないし、あたしが科学捜査するまえに鑑識が来ちゃうし……!」
前者はともかく、後者はついてないのではなく全うな事が起こったのだと法介は思う。
「はぁ、それは残念でしたね……」
しかしここは相手に話を合わせてことを穏便に済まし、とっととお引取りをさせるべきだと思うので、法介は茜に調子を合わせる。
「あいつらはダメよ。例えプロでも科学技術の何たるかが判ってないわ」
茜が愚痴る。
例え科学技術の何たるかが判ってなくても、茜と違って正規の捜査員なのだから、法介はそっちの方がよほどマシだとやっぱり思うのだが、やっぱりこの場ではそれは伏しておく。
「茜さん、科学捜査に命かけてますもんねー」
「ふふん。まあね」
どの辺りが嬉しかったのかは法介には判らないが、茜は偉そうにふんぞり返った。まだ正規の捜査官じゃないのに。
「……でもやっぱり、ここまでのめり込めたのも、成歩堂さんと会ったおかげかなー」
そう呟いた茜は、事務所を懐かしそうに眺めた。
法介はここが法律事務所だった頃に訪れた事は無いが、少なくともだいぶ様変わりしたと思う。みぬきのマジック用具が散乱していないに違いないだろうし。
それでも、やっぱり見る人が見れば面影が詰まっているのだろう。時折、成歩堂がチャーリー先輩を目を細めて見ているのと同じように。みぬきも。
法介は、自分にだけそんな情景がないのを寂しく思う。事実として、自分が一番成歩堂と知り合って浅いのだから、仕方無いといえば仕方無いのだが。それでも寂しいものは寂しい。
「審理でとことん真実を追いかける成歩堂さんを見てね。ああ、こういう人の手伝いをしたいなぁ、って思ったのよね」
茜はやや照れ臭そうにエヘヘと笑って、かりんとうを口に放り込んだ。
「茜さんは、成歩堂さんの為に科学捜査官になろうって思ったんですか」
「要約しちゃうと、そうなるのかな?
まぁ、あたしは成歩堂さんと違って、会う前から科学捜査官になりたかったんだけど」
「………待った!!」
それまで2人はソファに向かい合わせで話し込んでいた訳だが。
茜のその発言を聞いた後、法介は勢いに乗って思わずといった具合に立ち上がった。
「何よ、急に揺さぶりかけて」
新しい証言や証拠は出ないわよ!と法介に吼える。
「い、いやあの、今のセリフ聞くと、成歩堂さんて最初から弁護士になりたくてなったんじゃないんですか?」
若干混乱しながら言ったので、セリフもやや彷徨っている。
「え、オドロキくん、聞いてないの?成歩堂さんのあれやこれ」
「どれもそれも聞いてませんよ!」
「そっかー、知らないんだー。そうなんだー。ふっふぅーん」
腕を組んで上から見下ろす余裕の笑みを浮かべる茜に対し、法介は勝ち誇られてる!!と戦慄した。その戦慄はそのまま事実だ。
「聞きたい?聞きたい?」
法介が教えてくださいと土下座する前に茜が切り出してきた。
さすがの法介も、この申し出にこりゃ渡りに船だ!と浮かれるほどアホでもない。罠の匂いがそこらかしこから漂う。
「そ、それは………………。
聞きたいです」
罠だと判っているのに飛び込んでしまう法介だった。それもこれも成歩堂さんがつれないのがいけない(←責任転嫁)。
「そう、聞きたいの!」
茜の目が輝く。よっちゃ掛かったというように輝く。
「ならその代わりに、あたしと成歩堂さんが密室に2人きりになれるよう細工を凝らしなさいね!」
「あ、それじゃいいです」
「一度引き受けた事を撤回すんじゃないわよ!あんたそれでも弁護士!?」
「俺は弁護士ですが、だからと言って成歩堂さんをそんな危ない目には遭わせられない!!」
「何が危ないって言うのよ!」
逆に何処が危なくないのかと法介は詰問したい気持ちを抑えるのに一杯一杯だ。
「そんなにデンジャーな事にはならないわよ」
茜は言う。
「みぬきちゃんが居るんだから、成歩堂さんが産休に入っても事務所が休業する事はないんだし」
「アンタ成歩堂さんに何するつもりだ――――――!!!」
「ちょっと!人を強姦魔見る時のような見つきで見ないでよね!!」
「合意が無ければそうなるよーな事をするんでしょうが――――!!」
「まぁ。それは。うん、そうね」
「あっさり肯定せんでください!」
「アンタの言い分を受け入れてやってその対応はどうよ?」
「俺か!俺が可笑しいのか!失礼に値する態度は俺の方なのか!!!」
法介は崩壊寸前だ。
「とにかく!成歩堂さんの昔の事については俺が成歩堂さんに直接問いただす事に大決定させたので、そんな事には加担しません!俺がやりたくないしそれとみぬきちゃんに殺される」
最後の一言は切実だった。
「……へぇ、みぬきちゃんも狙ってるんだ……さすがね!」
そこは讃えないでどん引きして欲しかったのだが。
いや、あんな発言した人がそこで嫌悪の表情を露にされてもそっちが矛盾しているであろうから、これで正解……に、していいのかよくないのか……そもそもそんな次元の問題でもないのか……
「そうね。今の所、我が好敵手にしてライヴァルにはみぬきちゃんが相応しいわ」
茜が戦いを挑むような目で何かを言っている。
「…………。果たしてそーでしょうかねー」
やっぱり成歩堂を狙っている法介は、その事実は伝えずに他の存在を匂わす素振りの発言にだけとどめた。牽制になったらしめたものなのだが。
しかし、茜はふっ、と余裕綽々な笑みを浮かべて。
「仮に素っ裸に素っ裸にひん剥いた成歩堂さんとアンタを密室に2人きりにしても色香に参って手も足もその他も何も出せないわよ!」
「………………………」
法介はぐうの音も出なかったと言う。
いや、あの場でぐうの音が出なかったのは茜に気負いされたからなのだ!(←それも情けない)本当の俺はこんなんじゃねぇ!とやさぐれたヤンキーみたいな事を法介は思う。
そして!
ソファに成歩堂が寝転がって、というか横になって寝ているし。その上何と!みぬきは不在なのである!!
これはシチュエーションに応えてキスのひとつでもしておくべきだと法介は思う。しかしそんな事実は何処にも無いと思う。
(成歩堂さん……!!)
1人で勝手に盛り上がっている(とりあえず今は気持ちだけ)法介は横から覗き込む形で、そおっと成歩堂に覆いかぶさる。これで準備はオッケー。あとは顔を近づけるだけで自動的に口付けがなされる!
俺だってやれば出来るんだ!と法介は顔をぐぐっと近づけていった。
(俺だってやれば出来る!決して密室で2人きりになって手も足もその他も出ない情けない男じゃない!)
しかしここで手を出せば寝込みを襲った卑怯な男になるという考えなは無いのだろうか。法介には。
邪魔が入らないのを幸いにとばかりに、顔はどんどん下降して成歩堂へと近づいていく。目標地点をより狭めればその唇に、だ。
あと30センチ、20センチと近づいて行き、10センチくらいの所で――法介の動きがびたりと止まってしまった。まるで見えない壁に阻まれたが如くに。法介だって意識した訳ではないのだが、勝手に止まってしまったのだ。
(あ、あともうちょっとだろ!何を躊躇っているんだ王泥喜法介!!)
と、自分をフルネームで呼んで奮い立たせてみても、動機だけが早まって顔の位置はそのままだ。
現在の位置だと、丁度視界が綺麗に成歩堂の寝顔だけに収まる。
薄い呼気を漏らす唇とか、伏せた目に被さる睫とか、横になった事で衣服が擦れて露になった首元だとかがばっちりに見えている訳だ。法介に。
視界からの情報だけで、すでに法介は飽和状態だ。その上触感が加わろうとしている。パンクしそうになるのは必須といえよう。
堪りかねた法介は誠に申し訳ございませんと撤退しそうになったが、ここで引いては男が廃る。と、言うより茜が言った事そのままではないか!
「〜〜ッ、〜〜〜〜ッ、〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!」
顔が噴火しそうにまで熱い。
しかし手を出したいと思わせる魅力があるくせに、手出し出来ないくらいに惹き付ける成歩堂さんも残酷な、と法介の思考は明後日に飛び始めた。
で。
「………ぅ、ん……?」
覆いかぶさる気配を感じたのか、成歩堂が薄っすら目を開く。
そのまま眠りに落ちてしまえる僅かな覚醒だったのだが、その後凄まじい音が連続したので目覚めを余儀なくされた。
「な、何今の音!?」
何かが色々落ちて、何かに色々ぶつかった音だった。
すぐさま周囲を見渡すと、それまで絶妙なバランスで保たれていたみぬきの魔術グッズの数々が雪崩れを起こしている。原因を中に埋もらせて。
「…………。オドロキくん、何してるの?」
「…………。躓きました」
成歩堂にはそれがすぐ嘘だと判ったけど。
魔術グッズまみれになっている法介に、それ以上の追求をするのは可哀想だと思ったので、止めたという。
法介はグッズが降り注いだ時ぶつかった体のあちこちを痛むよりも前に、自分のものにならないなら、せめて誰の物にもならないといいなぁと。
そんな身勝手な事を思ったので、一番大きなグッズが脳天を直撃した。
<おわり>
いや、21世紀も20年過ぎれば女が男を孕ますこともそれなりに可能だと思うんだよね(割と真顔に)
だからみぬきちゃんには頑張ってもらいたい。
一応この話はオドナル保存なんだが、割とそういうのはどうでもいいです。ダイジョーブです。