始まりのまとめ。




 好きだ、と。
 告げられた言葉は、思いの他成歩堂にとって衝撃的に頭まで届いた。おそらく御剣本人よりもうんと前からその感情に気づいていたとは言え、やはり実際に告げられるとそれなりの威力はあったものだ。
 成歩堂がその渦中にまだ居る時、御剣は自分が何を言ったか、ようやく気付いたらしく、はっとなって顔を赤くして深く俯いた。かろうじて鼻先が見えるくらいだ。そんな御剣の様子は、どれだけ鈍感でも(それこそ御剣くらい鈍感でも)親愛以上の告白だったと解るもので、ここで「うん、そりゃ友達なんだから」と成歩堂もはぐらかしたり誤魔化したりするも阻まれた。
 カチコチと秒針の音が聞こえるくらいの沈黙が室内に満たされる。
 早くこの沈黙を打ち破らないネガティブ思想になった御剣がどう出るか解ったものではない。ネガティブなのはこの際いいとして(あくまでこの際)御剣の厄介な所は財力ある行動派なので、大抵の無茶を実現してしまう所だ。そう、例えば1年くらいの失踪とか。
「あっ、あのさ!」
 慌てた成歩堂は、半オクターブくらい上擦った声で言った。その声に反応して、御剣がゆるゆると顔を上げる。その顔は、何だか隠していた0点の答案用紙が見つかった子供みたいだった。
「僕は!……その!……えーっと………」
 何か言わなきゃ、と思って声を出したはいいが、台詞が思い浮かばなかった。接続詞ばかりしか言わない――言えない相手を見て、御剣は。
「……すまない」
 と、ぽつりとだが謝罪の言葉を述べて、ゆっくりと背を向け――ようとした。
 成歩堂が反射的にその腕を掴んだので、御剣の身体は反転しきれなかった。
「待った!何所行くんだよ!」
 まるで「逃げるな!」とでも言わんばかりの成歩堂の気迫に、まさに逃げようとしていた御剣が戦く。
「何所……と……職務中であるのだから、戻ろうと……」
「戻って、また明日からも今みたいにここに寄ってくれるのか!?
 用もないのに顔を見にふらりと立ち寄ったり、疲れたとか眠たいとかそんなつまらない内容のメールしたりも!?」
 御剣は怒鳴られるままに、その真意を掴みかねてきょとんとしていた。事態に追いつけないというか、何故こんなに怒られているのだ?という純粋な疑問だけが頭を占めているのだろう。それに成歩堂は苛立つ。今言った事の、そんな些細な事がどれだけ自分にとって嬉しい事か。それが無くなって、どれだけ悲しいか。確かに、成歩堂は御剣と違ってその内情があからさまに態度や表情に出たりはしないが(最も御剣が並外れて解り易いのと気づき難いというのもある)、しかしそれでも。
(何年、追いかけたと思うんだよ……!!)
 追いかけ続けた相手に、また消えられて平気な人間なんて多分居ないだろう。こんなに解り易い事例が転がっているのに、何故気づけない!といっそ自分から白状したくなる。しかし、気付かれたら最後、まるで絶対の弱みを握られたように御剣に逆らえないような気がするので、しない成歩堂だ。ついでに、逆らえない、というより、何でも叶えてやりたくなる、と言った方がニュアンスとして近いような気もするが。要するに、”甘くなる”というヤツだ。現時点でもう充分成歩堂は御剣に甘いのだが。
「僕は、それが続くんだったら関係なんて何でもいいんだよ。親友でも、恋人でも」
 成歩堂がそう言うと、御剣は思いっきり複雑そうな顔をした。まあ、解らない反応でもない。でも、これが成歩堂の偽らない本心なのだから、仕方ない。
「――君が居てくれるなら、何だっていいんだ」
「……………」
 ぎゅ、と掴む力の強さと、きっと赤いだろう顔色の提示に、御剣は成歩堂の証言が信用に足ると判断を下したようだ。瞬きを2,3回した後、御剣の表情が安堵と歓喜で輝く。
(……居た堪れない……)
 際限なく上がり続ける顔の熱に悩みつつ、成歩堂は胸中で呟いた。
「なら、私は君に恋人として傍に居て欲しい。親友以上に、君が大事と思うからな」
「う……うん……」
 言うなよそんな恥ずかしい事!とやっぱり胸中で絶叫しながらも、成歩堂は頷いてやった。
「それで」
 と、御剣は尚も言う。
「キスしてもいいだろうか?」
「――へっ?」
 あまりに無邪気に言うので、内容を聞きとるのに若干のタイムラグが生じた。頭が認知した途端、まるで沸騰したような衝撃に見舞われる。
 恋人=キスという直結的な考えは、ある意味御剣らしいと言えば御剣らしいのだが。
 呆けたような顔のまま固まった成歩堂に、御剣が悪い方向に予想しているのがありありと解る。怪訝そうに見ていた顔が曇り、しまいには睨むように眉間に罅が入る。そんな険しい表情は、成歩堂には泣きだす直前のように見え、たぶんそれが正しい。
「ちっ、違うよ!嫌だからじゃないよ!」
 絶対にそう取っただろう御剣に、成歩堂は弁明する。睨みつける御剣は「同情で付き合って貰いたくはない!」と拗ねているみたいだった。
「……嫌じゃなくて、困ってるんだってば……」
 ぅー、と唸って空いている方の手で頬を押さえる。やっぱりその個所は熱いのだが、今は身体全部が熱いような気がする。
「困る???」
 恋人とキスをして何が困るんだ?と御剣は疑問符を頭上で羅列する。
「〜〜〜っ、嫌じゃないから困ってるんだろーがッ!それくらい、解れこの天然鈍感検事がッッ!!!」
 怒涛の勢いで怒鳴られ、御剣は何となく「すいません」と謝りたくなった。
「そんな、一度にあれこれ言われても、困るんだよ……!」
 こっちは君に好きだと言われただけで結構な衝撃だってのに、と成歩堂は独り言のように呟く。
「…………。困っても、嫌ではないのだな?」
 御剣がまるで確認を取るように言う。成歩堂は、そうだよ、と頷く。
「ふム、そうか」
 どうやら、納得はしてくれたらしい。知らず、成歩堂から細く長い溜息をつく。
「それなら、抱き締めてもいいだろうか」
 キスはもう強請らない、と御剣は言う。
「――えっ」
 全く後から後から、ポンポンと自分の胸中をかき乱す事ばかり言うヤツだな御剣は、と素っ頓狂な声を上げた後、成歩堂はそう思って赤面した。
「…………ダメ、か?」
 もう一緒に居たいという気持ちを疑う素振りは見せないが、代わりに思いっきり悲しそうに言う。それすら出来ないのか、と責めてる訳ではないのがまた成歩堂を思い詰める。
「…………」
 成歩堂としては、勿論ちょっと勘弁して貰いたい。お付き合いを始めましょう、はいドン、でいきなり恋人らしく振る舞える訳がない。
 御剣は誠実だから、一旦信じたものを簡単に翻したりしないだろう。だから、ここで成歩堂がどーしてもダメ、と言えば大人しく引き下がる。
 絶対に、滅茶苦茶しょんぼりしながら。
「………………。少しだけなら………」
「いいのかっ?」
 珍しく弾むような声で、御剣が言う。御剣は、それに成歩堂が頷くのを見終わってから、両手を伸ばした。
「――ッ!………」
 ふわり、と閉じ込めるのではなく包み込む腕が自分の身体に回される。優しいその腕を、成歩堂は焦げるような羞恥を堪えて受け入れた。
(うわぁ〜〜〜〜ッ、近い近い近い!)
 成歩堂が心の中で喚く。近いを越してむしろ密着しているのだが。 
 そっと身を寄せると、移り変わった自分たちの関係性を触感で実感した事に、御剣は嬉しそうに微笑む。位置的に見えない筈のその笑みを、成歩堂は手に取るように解る事が出来た。
(うぅぅぅぅぅ……………)
 下心も他意もなく、ひたすらに純粋な好意を伝える為に抱き締める御剣を振り払うのも躊躇われて、成歩堂は相手の気が済むまで付き合ってやる事にした。
 ……が、延々ひたすら続くので、仕方無しに成歩堂は声をかける事にしたのだった。


 去り際、別れの挨拶を告げた後、御剣がなんとなしに成歩堂の名前を呼んだ。
 首を傾げて成歩堂はそれに応えたが、御剣は綺麗に微笑んでただ呼びたくなったから、と率直に言う。
 これから先、ずっとこんな調子が続くんだろうか、と。
 ぐるぐる思い悩む真ん中には、それでも”嬉しい”という気持ちがあるのを、見過ごせる成歩堂でもなかった。




<おしまい>

これにて馴れ初め話終結!!
まあお付き合い始めるにしてもまったく変わらんだろうけどねー!!
成歩堂が何だか逆切れしているように見えるのはあながち気のせいでもありません。