よく考えてから行動しましょう。
「そいじゃあ、俺達の友情を祝って!」
頼んでもいないのにそんな矢張の開始の合図を変わらせてもらった挨拶に、御剣も成歩堂も何となくつられて乾杯してしまう。グラス同士が、カツン、と控え目にぶつかる。
しかしながら、矢張の指す所の友情とやらが弁護代踏み倒す事や矢張自ら起こしたトラブルの尻拭いをさせられる事だとしたら、ぶっちゃけそれは反故したい2人だった。
乾杯を済ませた後、3人は各々自分のコップの液体を呷った。矢張と成歩堂はビールで、御剣はウーロン茶だ。自動車で来たから、というのを楯に御剣はあまりプライベートでも外で飲酒はしない。それは少量を摂取しただけで、薄暗い中でもはっきり目に見えるくらい見事なまでに紅潮してしまう体質を気にしているからだ。あまりの赤面っぷりに周囲の目が気になるというより、それに伴い体内で燻るような熱さの方が我慢出来ないようだ。どれくらい熱いかと言えば、少し肌寒いような気温でも強にした扇風機の風を浴びて全く平気なくらいだ。
ぐびりぐびり、と大きく二口くらい飲んだ所で、御剣はグラスを置いた。ビールを違って一気に飲むものではないし、飲めるものではない。矢張はいきなり飲み終わり、空のグラスをドン!とテーブルに置いてぷはぁ〜っ!と息をついていた。一番酒に弱いくせに、一番飲む矢張だった。
「もっとペース考えなよ。酔っても置いて行くからな」
それを見とがめた成歩堂が言う。こちらも同じく、半分が早速無くなっているが成歩堂はこの中で一番酒に強い。酩酊状態になった事がまだ無いくらいだ。
「っえー、酷ぇなー!んじゃいいよ、御剣に送ってって貰うし」
と、そんな事を言えば大抵御剣が、
「誰がそんな事をするかこのアホ。貴様が酔い潰れたら燃えないゴミのスペースに転がして私はそのまま真っすぐ家に帰る」
などとと矢張にさらに酷い事を言うのが定型美なのだが、今日は御剣がまたウーロン茶を一口飲み、溜息みたいにふぅ、と息をついただけだった。思わず、矢張と成歩堂が顔を見合わせる。
「御剣、今週忙しかった?」
テーブルに乗せられた串焼きを摘みながら、成歩堂がふと聞いた。それに御剣が「何故そんな質問を?」とでもいうように首を微かに傾ける。
「なんか、疲れてそうだし」
「ム……。いや、今週はデスクワークが詰まっていたのでな」
仕事量としては変わらない、と御剣は付け加えるように言った。別に無理してここに来ている訳ではない、と必死に弁明しているのが見え隠れする。
「ああ、うん。解るよ。同じくらい忙しくても、体動かしてた方がまだカラッとする疲れなんだよね」
デスクワークだと体力を疲労する訳ではないから、あまり寝付けないというのに、成歩堂にも覚えがある。成歩堂から同意を貰って、御剣は雰囲気的にちょっと嬉しそうになる。なので、ちょっと饒舌になり詳細を言う。
「うム。被告の部屋から押収した無修正のアダルトDVDだ。被害者が撮られている可能性があったのでな。しかし部屋とは言えスタジオで、被告はプロダクションの社長なので数がやたら多く、3人がかりでようやく……」
「……御剣くん。ボク達、友達だよね」
と、急に矢張がこの場に似つかわしくない真顔で御剣の肩をぽん、と叩く。何を言ってるんだコイツ。とうとう頭の神経が焼き切れたか。可哀想に、と御剣は矢張に憐みの視線を送った。
「……矢張。横流しとか、そういう事は期待するなよ。しないから、絶対」
成歩堂は矢張の真意が解り、ぼそりと釘を刺した。
矢張も何をするか解らないが、御剣も御剣で何するか解らないのでそんな2人の間でうっかり契約とか果たされたら本当にパルプンテ以上に何が起こるか解らないので、その根源を潰す成歩堂だ。
「ババババ、バカヤロウ!べべべ、別に横流しなんて期待してないんだからねッッ!!」
図星になった矢張は動揺のあまりツンデレになった。気持ち悪い、と思う事に御剣は躊躇も遠慮もない。
「ただよぉ、そんなに多いなら俺様がいっちょ手伝ってやってもいいぜ☆みたいな?
おおーっと、ギャランティは気にするなよ!お友達価格にしてやんぜ!」
「御剣ー、厚揚げ頼んだのお前だろ?ホラ、来たよ」
「うム、ありがとう」
「放置か!これが噂の放置プレイか!!」
喚く矢張をほっといて、成歩堂は素直にありがとうを言えるようになった御剣の成長を嬉しく思っていた。そして成長を喜ばれている御剣は厚揚げを食べてもぐもぐしている。よく噛んで食べる御剣だった。
「チクショー、ずるいじゃねーかよー」
と、矢張はしつこい。解っている事だが。
「御剣なんてしたくなりゃその辺の女ほいほい引っかける事が出来る癖に、せめて画面の女くらい俺に差し分けてくれてもいいとか思わねぇ!!?」
「んー?何言ってんだ、矢張?」
にっこり。
「どぉ――――ッッ!!笑顔怖ぇよナルホドォ―――――ッッ!!!」
居酒屋の一角で恐怖する矢張だった。厚揚げをもぐもぐしている御剣は、そんな矢張を今度は蔑んだ目で見つめる。
「だいたいあの被告にしろ、赤の他人が喘いでいる所を見て、何が楽しいというんだ」
「じゃー好きな人だったらいいのかよ、オマエ?」
「…………」(←想定中)
「御剣!御剣!柴漬けだよ、ほら柴漬け!!!」
そんな御剣の気を紛らわそうと、必死に柴漬けを進める成歩堂(御剣の好きな人)であった。んで御剣は勧められたので、勧められるままに柴漬けをぽりぽり食べた。
その光景に矢張は大胆にもカカカカ、と笑ってみせた。アルコールが回ったのかもしれない。
「御剣ー、オマエ変わったかと思えば全く変わらないのなー!!パイズリって何か知ってるか?」
「ヤーハーリィィィィィィィー!!!」
ついに表だって成歩堂が矢張に叫ぶ。顔を真っ赤にするのはまあ成人男性として仕方ない。
「何を試そうとしているのか解らんが、そのくらい知っている」
「知ってるの!!?」
矢張の胸倉ひっ掴んでいる成歩堂は瞠目した。あの御剣が、本棚に難しい書籍とトノサマンのムック誌しか置いていない御剣が、そんな事を知っていたなんて!!
ちょっと衝撃している成歩堂を余所に、御剣は言う。言った。
「胸に頬ずりする事だろう?」
「……………………………………」
「……………………………………」
とても嘘を言っている顔では無かった。
「……成歩堂……お前、ホントに御剣にどぉいう教育してんの?」
「教育って何だよ!てか、教えるような事じゃないだろ!」
二人はひそひそしながら話し合った。近い距離に御剣がむぅ、となる。
「…………。まあ、そうだな」
「今何を思って納得した?オイ」
「二人で何を話し合っているのかね」
むす、となった御剣が堪らず声をかけた。成歩堂はくるっと御剣に向き直って、
「うん。ちょっとコイツ懲らしめてただけだよ」
にこっと言いつつ矢張の首を締めあげた。矢張がうぅぅぅ、と青い顔で唸った。
それで懲りない所が矢張の欠点であり……長所にもなり得るかと言えば沈黙するしかない。
成歩堂が用を足しに席を立った時、矢張は御剣にまた余計な事(成歩堂観点)を話しかけ始めた。
「で、で?どんなヤツだったんだよ!それ言うくらいならいいだろ?」
「………何がだ?」
何を矢張が言い出したか解らず、御剣は本気で眉を顰めた。
「さっきのエロDVDだよ!!な、な、どんなだった?無修正か?無修正だったのか!?」
いっそウザイというくらいに詰問する矢張に、御剣は外に引きずり出して燃えないゴミの収集所に投げ入れてしまおうかと思ったが、他人と仲良くしなさいという成歩堂の言葉を思い出して話し相手になってやる事にした。
「どんな、か………」
御剣は目を瞑って記憶を掘り起こした。
「………。男が女を犯していた」
「そんな説明じゃ大概のRPGが「魔王を倒しに行く話」で終わっちまうじゃねえかよ、御剣」
間違ってはいないではないか、と御剣は釈然としない気持ちになった。
「興味が無いのだから、内容なんて頭に入る訳があるか。むしろ、あれに内容というものが存在するのか?」
そう問われてしまうと、こちらとしても返答に困る矢張だった。
「……それじゃあよ。お前としてはどんなシチュにぐっと来る訳?」
「ム?シチュ?」
「シチュエーションだよ、シチュエーション!」
それは解る、と御剣。
「たとえばさぁ、教師と生徒とか、義母とか義姉とかー。ちなみに俺は人妻が好きだ!!」
御剣は心の底からどうでもいいと思った。
「成歩堂はアレよな。結構ハウツーっぽいのが好きだよな。口で説明するってのがいいんだろうなー」
うんうん、と矢張はしみじみと頷きながら、本人不在で勝手な事を言い、さらに勝手な推測を勝手に事実とした。それならまだいいかもしれないが(いや、完璧に良くないが)問題なのは成歩堂の事なので御剣が食いついた事だった。
「そうなのか?」
御剣は一回目を瞬かせ、言った。御剣が話に乗ってきたので、矢張のテンションも上がる。
「おおよ!何せあいつのエロDVDデビューが俺様のプロデュースだったからな」
矢張は無意味にえへん、と威張った。あれは高2の夏、場末の中古本屋で流行遅れで叩き売れされていたビデオを買って来て矢張の家で両親不在の隙を狙ってこっそり視聴したのだ、という事の経緯らしい。
と、いうのを聞いて御剣は顔を顰めた。
「……友達と一緒に見るものなのか?ああいうのは」
18禁を高2(17歳)の時点で見るとかけしからん、という異議が出るかと思えば御剣が気にしたのはそれだったようだ。
「あ?……まあ、そうだなぁ。ほら、やっぱり皆と共有した方が沢山見れるじゃん?学生だと金無いし。レンタルでも金要るし」
「ふむ……」
それは理にかなっているな、と御剣は顎を指で摘んで思った。
御剣が成歩堂と過ごした少年の頃は(矢張は綺麗に脳内処理)1年にも満たない。存在は知っていたが、友達として関わっていたのはそのくらいだった。それは、今から惜しんでももうどうしようもない事だ。
それに加え、成歩堂からしてみれば消息不明だった時期の15年。友達の状態のままが持続していれば起きたであろう事柄――つまり思い出も、何をしても決して手に入らないものだ。
しかし、その時だけしか出来ないというのもあれば、時期を外しても行えるものもある。
御剣は、そういう事は全部網羅したいと常々思っている。
なので。
「早速見ようではないか」
行動源にもなった矢張との会話を簡潔に説明し、その後まるでトランプのカードのように扇状に広げられた3枚のDVDを見て、成歩堂はまず「矢張締める」と決めた。とても据わった目で。
それと同時に頭痛にも見舞われたので、成歩堂は額を手で押さえた。
今日は休日、場所は御剣の自室。
時間帯は昼下がりの事だった。
休日をアグレッシブに行動する性格ではないとは言え、いくらなんでも太陽の日差しも差し込む昼間っからのアダルト鑑賞はさすがに抵抗があった。成歩堂は、だが。
「勝手に選んですまないと思うが、とりあえず3つ買ってみた。いずれも評価のレビューは高かったぞ」
それなりに下調べをした御剣だった。
気に入るのがあるといいのだがと言いつつ、御剣は表面のビニールをベリベリと剥がし始めた。
「ああああッッ!!まった!ちょっとまった!!!」
盛大に慌てふためいて止める中でも、成歩堂の頭はどこか冷静に「ああ、これじゃもう返品できないな……」とか思っていた。
「? どうかしたか?」
凄い剣幕で自分の手を止めた成歩堂を、御剣はきょとんと見る。
それに、成歩堂は。
(……御剣に他意は無い。他意は無いんだ。ただ、他の人がやってるのを自分もしてみたくなっただけ。なっただけ……!)
呪文のようにぶつぶつと頭の中で繰り返した。そして心の整理がついた頃、成歩堂は顔を上げる。
「ええと……折角用意してくれて申し訳ないんだけど……その、僕としてはそういうのはあまり、えーと」
成歩堂はこの時、他意がない事はむしろ断りにくいという真理を発見した。下心満載で見せようと企んでいたのなら、まだ断り方が簡単に思えた。
「〜〜〜っ、矢張の時は、なんかどさくさっていうか曖昧っていうか、あれだって僕が見ようって言った訳じゃないんだよ。何となく見せられたというか、そもそもそれが何のビデオだって、実際に再生するまで解らなかったんだから!そういうのだと知ってたら、止めさせてたよ!!」
必死さのあまり声の大きくなる成歩堂だった。さすが役者希望だっただけあり、よく通る声だ、と御剣はそれに感心する。
「だから僕としては、そういうのはあまり人と一緒に見るものじゃないかな〜って言うか……」
「……つまり、見たくない、と?」
「……そう、かな?」
さっきよりよほど小さい声で成歩堂が答えた。
「なら、最初からそう言ってくれればよかったではないか。あんなに言いにくそうにしていないで」
「………………………」
最初から素直にそう言えば「矢張とは見たくせに私とは見てくれないのか(えぐえぐ)(←泣いてる)」っていう風になったくせに。
多大な異議を抱えながら、成歩堂はこれ以上の混戦を防ぐ為にここは沈黙した。
「……っていうかさ。そもそも事前にちょっと言えばいいのに」
だったら、その場で手が打てて御剣が無駄遣いをする必要も無かったというのに。表面がビニールで覆われていたのだから、レンタルではないのは明白だった。御剣レベルの生活水準だと、レンタルするより買った方が手っ取り早いのだった。成歩堂は小市民らしくちょっと腹立った。
「内緒にしていて、君を驚かそうかと」
「…………………………………」
ああ、確かに驚いたよ、と成歩堂は胸中で呟いた。
君の好みで買ったものだから君にあげよう、としれっとして進呈しようとした御剣を、成歩堂はまた赤面してそれを辞退した。
色々議論を醸した結果、このDVDは元凶である矢張に原価で買い取らせる(強要)する事にした。嫌だとは言わせない。原因なんだから。
とりあえず問題は解決し、2人はいつもの休日を過ごす事になった。……御剣の自室に紙袋に入ったあのDVDがあると思うと、成歩堂はいろいろ複雑になるが。
今回の事の発端となったあの飲み会から、一か月は軽く間が空いた。つまり、それくらい顔を合わせられなかったという事だ。言外にもっと一緒に居たいと強請る御剣の為に(まあ、自分も一緒に居たいのも事実だが)その日はそのまま泊まる事にした。
こういう経緯で泊まるのは、今回が初めてではない。
が。
「………………」
一応招かれた、つまり客人という形の成歩堂に御剣はベッドを譲っていた。なので、御剣の部屋で成歩堂は寝ている。
その部屋にはデスクがあり、問題のDVDがそこに置かれている。
「…………………」
この家のリビングには、スクリーンかというほど大画面の液晶テレビがある。それと他に、浴室にも、そしてこの自室にも小型テレビが置かれている。浴室のは防水性ので、ここにはDVDデッキと合わせあったものがおかれている。
つまり。
見ようと思えば見れる状況な訳だ。
表面のビニールは、御剣がべりべりと取ってしまった。自分が開けた証拠は何も残らない。
(って、出来る筈があるか!!!!)
布団に横になりつつ、成歩堂は頭を抱えた。行き詰った審理の時のように抱えた。その時と違う事と言えば、流れる汗は冷や汗ではないし、顔は青ざめてはいなくて逆に真っ赤っかな事だ。
確かに自分の好みに合わせて買った、というだけあり、そのパッケージだけでも成歩堂にはそそるものがあった。見たい見たくないで言えば、実は見たい。なので、色々と予想を駆り立てられ、目が冴えてしまうのだった。
のそ、と成歩堂は起き上った。そのまま、極力音を立てないよう気をつけながら部屋を後にする。リビングにある広いソファに、御剣が少し窮屈そうに横になりながらも、すやすやと寝こけていた。
「……………………………………」
誰のせいで寝つきが悪いと思ってるんだ、と堪え切れなくなった成歩堂は、ちょっとだけ御剣の頬を軽く抓った。うぅ、と御剣の眉が顰められむずかるように顔を背ける。その様子に、ぷっと少し噴き出す。
それで幾分かすっきりした成歩堂は、ようやく眠りにつけたのだった。
(全く本当に、矢張にはキッツク言い聞かせておかないとな!!)
なんて事を思いつつ。
<おわり>
こーゆー御剣だと裏に入ると「僕がいろいろ教えてあげるねv」ってなる訳だな。
いつかそういうのも書きたいと思う(真顔で握り拳握りしめ)
タイトルはたぶん成歩堂の説教だと思います。
たぶん反映されるかとても微妙。