Re child
1月1日は元旦で正月である。おそらく日本国民の85%(←適当)は実家でおせちをつついているだろうが、勿論諸事情でそうもいかない輩も居る。とりあえず、その一例として御剣達は今日も検事局で仕事に携わっていた。まあ、激務の為にやむを得ず、というより後を考えて念のため、という感じの方が強いが。
「ほら、レイジ」
おそらく彼女の休憩時間なのだろう。突然に御剣の執務室にやって来た冥は唐突に小瓶を取り出し、前触れも無く御剣へと突きつけた。
「何だね、これは」
プライベートでは破天荒な発言の多い(特に一名限定に)御剣だが、この時は真っ当な文句を口にした。珍しい。
冥は、訝しむだけ訝しんでいる御剣に対し、腰に手を当てて言う。
「昨日、真宵から貰った薬よ。何でも、心の疲れを癒すらしいわ」
「心の疲れ………か」
つまりストレスを取り除く薬、という事だろうか。おそらく中の飲料だけを真宵は作ったらしく、入れてある容器がオロ○ミンCである。どうせならトノサマンドリンクの容器に入れればいいのに、と御剣は冥に聞かれたら完全に呆れた目で見下されそうな事を真剣に思った。
「正月だというのに、成歩堂龍一と雑煮も食べれない貴方を気遣って真宵が一生懸命作ったのよ。一滴も残さず飲みなさい」
「異議あり!正月に雑煮は食べれなかったが、大晦日に年越しソバは食した!!」
「どうでもいいわよ」
冥は御剣の力説を一言の八文字であっさり流した。
「それじゃ、私は役目を果たしたからもう行くわ。
くれぐれも成歩堂龍一と一緒に居られないかと言って自棄になりながら仕事して身体を壊すんじゃないわよ。貴方が身体を壊したら成歩堂龍一が心配して怒って、それを見て真宵やみぬきが心を痛めてしまうから」
「つまり、君個人としては私が過労で倒れようが一向に構わないと」
「当然じゃない」
何を馬鹿な、と言わんばかりの表情で冥が答えた。
かなり好き勝手な事を言うだけ言って冥が立ち去った後は、部屋には御剣しか居ない。まあ、無機物もカウントするなら戸棚の奥にひっそりとトノサマンフィギアが居たりするのだが。しかも複数。
そして、机の上には渡された、というか贈られた小瓶が一つ。その効能はストレスを解消させるものだと言う。打倒に考えればハーブとか朝鮮人参のエキスとかが入ってそうなイメージだが、何せ製作者は真宵である。死者の魂をその身体に宿してしかも身体が中身にそって変形するというかなり独自の降霊術の現家元である。そんな普通の材料で出来ている筈が無い!!!!!と「!」マークを5つつけて断言できる。
かと言って、「何か胡散臭そうだから飲みたくないです」と捨てる事も躊躇われる。真宵が純粋に気遣ってくれてるのは、ちゃんと御剣でも判るってるから。
そんな訳で御剣はぐだぐだ悩まずにサクッと飲んでしまう事にした。
何事も無ければただ真宵に礼を言えばいいし、何事かあったらきっと成歩堂が自分の所に来てくれるに違いないという浅はかで幼稚な打算の元で。
そして、軽い判断が後に重大な障害を齎すというケースはこの場合にも当て嵌まった。
「狩魔検事。おはようございます」
冥が響也と会ったのは、御剣の執務室のドアを閉め終わった時だった。ドア一枚隔てただけだが、こうして隙間無く閉じていれば中と外の音が互いに聞こえあう事は無い。そこで、御剣はこっそりポータブルプレーヤーでトノサマンDVDを楽しんでいるのだった。もっと他に防音というメリットの有効な使い方がるだろうにと、冥は毎回思って毎回告げないでいる。万一そのままの行動に出られたら自分が責任を負う羽目になるからだ。
国民性として、今日検事局に残っているのは独身が多い。なので、響也も居残り組みに残されてしまったのだった。
「あら、響也。レイジに用事でもあるの?可哀想に」
本当に可哀想なら、あえて突きつけたりしないでそっとしてあげる方がいいと思うのだが。
「いえ、過去の判例について2,3尋ねたい事が……狩魔検事も、御剣検事に何か用でも?」
ドアノブを持っている冥を見て、響也は開ける所だと判断したようだ。
「いいえ、私は出た所。真宵の作った薬をレイジに渡したの」
「へぇ、そうなんで……………
…………え。真宵さんの作った薬………?」
回転の早い響也の頭の中で、「真宵さん+薬=危険」という図式がチーン♪と即行で出来上がった。微笑が凍りつく。ついでに、惨劇予感キャッチセンサーもフル活動し始めたようだ。某巨大化ヒーローのタイマーのようにしきりにピコンピコンしている。どっちも現状の危機を報せているのに相違は無い。
ざざっと一気に色をなくして引き攣る顔の響也を、冥はやれやれ、とばかりに見やる。
「何をそんなに心配してるのよ。それじゃ、まるで真宵がとんだトラブルメーカーみたいじゃない」
「……………」
響也は、その発言に同意をしたら自分の身に危険が降りかかるような気がしたので、チャックをしたように口を噤んでおいた。
地震の予感にそわそわしているネズミのような響也に、冥はもう一つ軽い溜息をつく。
「仮に危険なモノが入っていたとしてもよ、いきなり大爆発が起こるって訳でもない………」
ドッカーンッッ!!!
いきなり大爆発した。
勿論と言うかやっぱりと言うか当たり前と言うか、爆発が起きたのは御剣の執務室である。白い煙がもうもうと景気よく出ているが、どうやら燃焼の為の煙では無さそうだ。息苦しさがない。
まるで雲のように広がる白い煙を、響也は背広をばたつかせて霧散させる。爆発の衝撃で半分以上取れかかっているドアを避け、響也は室内へと入った。
「御剣検事!御剣検事、何処に居ますか!?無事ですか!?」
「……ヤバいわね。これでレイジが死亡したら真宵がまた被告人になっちゃうわ。成歩堂龍一はまだ弁護士じゃないのに」
御剣の安否を気遣う響也の後ろで、冥はまずそっちを心配していた。
「だから早く司法試験受けなさいって言ってるというのに、あの男!!」
「…………」
冥がぎりぎりと歯軋りしてムシを握り締める。そんな文句は後でやっておくれよ、という一言を冥に言うには、まだ響也には勇気が足りない。
どうにかうっすら視界が効く程度に煙が失せると、机で突っ伏している御剣が確認出来た。
「御剣検事!?」
下手に揺さぶったりしないで、響也はまず呼びかけで反応を待った。が、御剣の返事は無かった。相手が朦朧としているというのを想定して鑑みた上でも、この長さは無い。響也は御剣に意識がないと判断した。
次に響也は脈と体温を診て見た。どちらも、ちゃんとある。耳を顔に近づければ、呼吸音も確認出来た。
その響也の横で、冥は薬の入っていた小瓶を回収し、証拠の隠滅を果たせた事に満足そうにしていた。響也を手伝ってやったらどうなのか。
「御剣検事……どうしちゃったんでしょうか……」
自分に出来る確認の手段を全て尽くした響也が呟く。白煙は消えてもう殆ど元の状態に戻っている。室内の光景だけは。
突っ伏した御剣の顔は至って安らかで、小瓶を飲んで大爆発を起こしたという事実を知らなければただ彼が気持ち良さそうに寝ているだけのように見える。が、響也は小瓶を飲んで大爆発を起こしたという事実を知っているので、「寝ているだけだろう」という楽観視は出来ない。
「寝てるだけなんじゃないの」
冥は出来るようだが。
響也は事態が自分の処理能力を超えているという判断を素早く下し、スチャッと携帯を取り出してアドレス登録の「な」の項目を開く。餅は餅屋で蛇の道は蛇ならば、御剣の事は成歩堂に任せるのが筋ってものなのだ。イエス・キリストだってカエサルの物はカエサルに返せと言ってるし。
向こうではトノサマンのメロディーに変わっているだろうくコール音が暫く続き、留守番電話センターに繋がる前に成歩堂が出る。
『……やあ、牙琉検事か』
成歩堂が疲れたような声をしている。疲れたような声をしているという事は、やっぱり疲れているという事なのだろう。荒唐無稽な状況に響也の思考回路も酩酊してきた。
疲れている所を申し訳ないが、緊急事態なのだ。響也は成歩堂に言う。
「あ、あの!何だか真宵さんが作った薬飲んだら大爆発して、それで御剣検事が目を覚まさなくて……!!」
『…………ああ、うん』
と、成歩堂が静かに相槌を打つ。
『御剣なら……小さいのがこっちに居るよ』
「…………。は?」
言われたセリフに、響也の目が点になる。
今の発言の意味する所は判らないが、御剣の原因不明の昏睡の他にも状況はややこしい事になっているという事だけは、判った。
時刻は少し遡る。どれだけかと言えば、成歩堂が布団の中でぬくぬくとまどろんで居た所からだ。
(うーん、2度寝ほど素晴らしいものはこの世に無いよな……)
実に無趣味の人間らしい言葉である。
そんな風に睡眠と覚醒の狭間を行ったり来たりしていると、不意にごそりと何かが自分の布団に潜り込んできた。
「ん〜?みぬきか?今年はパパと寝正月でもする?」
活発なみぬきはそんな出不精な案には賛成しないだろうと、成歩堂は否定を承知で敢て言う。そういう反応を見るのも楽しいものだ。
「んもー!みぬきはそんなしないもん!!」
大体成歩堂の予想通りのセリフを言って、みぬきが寝室のドアを開けて声高らかに言う。
……………。
寝 室 の ド ア を 開 け て ?
(だったら今布団の中に居るのは、誰なんだっていうか何なんだ!!?)
一気に目覚めのスイッチは入った成歩堂は、ガバリと起き上がる。そして布団もガバリと取り払う。
其処には、ちゃんと「居た」。予想も想像もしなかったモノが。
「…………………」
「…………………え、パパ、これ、って………」
呆然とした成歩堂の横で、同じく呆然とみぬきが呟く。
成歩堂の布団の上にはもう1人、10歳前後の少年がちょこんと座っている。
そこまではいい。いや、良くないかもしれないが。
ただ、その少年の風貌というのが。
この髪型、この目つき、このマユ毛、この眉間、このヒラヒラはは間違いない!!
「御剣!!!!!??」
「うム」
成歩堂に呼ばれたので、御剣はこっくりと返事した。だって自分は御剣だもんね!
「ななな、何で!!?」
「君に会いたくなったから、会いに来たのだよ」
にこっと笑って御剣が言う。
うわぁー!この空気読まないひたすら真っ直ぐな発言はやっぱり御剣だー!!と成歩堂は頭を抱えた。苦悩し、疲労感にも見舞われている成歩堂の前で、御剣は会いたい人の傍に居る嬉しさからか、にこにこしている。混沌とした布団の上である。
「パッ、パパ!この場合、110か119か117のどっちに通報すればいいの!!?」
さすがのみぬきもテンパっていた。冷静になれば、警察も病院も時報もこの状況ではケシゴムのカス程にも役に立たないのは判るだろうに。
そして、成歩堂の携帯に響也がかけたのがこの時だった。混乱する寝室にトノサマンの軽快なメロディーがチャラッチャッチャラ〜♪と流れる。
この非常時に誰だ!と思いながらディスプレイを見ると、そこには響也の名前があった。
今日、御剣は検事局に居る筈だ。そして、響也からの電話。さらに、目の前の小さい御剣。
これは繋がっているな、と思いながら成歩堂は電話に出る。
「……やあ、牙琉検事か」
『あ、あの!何だか真宵さんが作った薬飲んだら大爆発して、それで御剣検事が目を覚まさなくて……!!』
響也の説明は、そのまま原因の全てだった。とりあえず、解決策はおいといて、現状に至る経緯はすべて判明した。
「御剣なら……小さいのがこっちに居るよ」
『…………。は?』
言いながら見やった御剣は、「一体誰を話をしているんだどんな話をしているんだ」と言わんばかりに成歩堂を見据えていた。その顔は、かなり幼くなったとは言え成歩堂がよく知るそれだった。
やはり、この御剣は自分がよく知っている御剣に他ならないのだ。
電話を切った成歩堂は、ひたすら自分に意識と視線を注ぐ御剣(小)を見やり、そっと溜息をついた。
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びっくりして御剣が子供になっちゃった!!みたいな。
しかし冥の御剣に対する態度が酷すぎますね。でもあれくらいでいいんだと思います。