Re child,4
そんな訳で。「御剣怜侍分離子供化事件」(←真宵命名)はひとまず終結した。あくまで終わりを迎えただけで、ちっとも何も解決していないともとれなくもないが。
その後、御剣は物凄く普通に生活している。職務を確実かつ完璧にこなし、自分の執務室に忍ばせたトノサマンのDVDをひっそり楽しみ、成歩堂への会いたさが募って時々仔犬みたいにしょんぼりするという日常を送っていた。
「結局何だったんだろねー」
久しぶりに成歩堂の事務所を訪れた真宵は、以前助手として通っていた頃のように持参の大福をもりもりと食べていた。
「さぁ。ていうか御剣のやる事に意味なんてないだろ?」
「……なるほどくん、凄い笑顔だよ……」
「きっと皆で起きたまま悪い夢でも見ていたんだよ。つまり悪夢なんだ。だから真宵ちゃんも早く忘却の彼方に葬った方がいいって」
「うーん………」
大福を口に咥えたまま、真宵は唸る。千尋さんの妹である真宵ちゃんは大福を食べつつ考え事も出来るのだ!
そんな真宵を見ながら、成歩堂がこれ見よがしに呟く。
「……そういえば、やたぶき屋が新作みそラーメン出したとか出してないとか……」
「ええぇぇぇぇっ!!本当!!?」
しかしやっぱり真宵ちゃんなので食欲には勝てないわけです。
すでに頭の中は新作みそラーメンの想像で一杯で、御剣の事はぽーんと100光年も向こうに放られている。
「行く時は皆で一緒に行こうね、なるほどくんッ!!」
はいはい、と相槌を打ちながら、真宵にちょっと謝ってみる。成歩堂は、今回の騒動の裏、つまり御剣の心情が何となく判るような気がするのだが、それを説明したくなくてわざとはぐらかしたのだ。
あの子供の御剣は、あまりに平然としている。いっそ不自然なくらいだ。
なので、成歩堂は思ってみた。御剣は、持ち前の洞察力で自分の身に何が起こったか、何から何まで判ったのでは無いだろうか。人の感情を推し量るのは壊滅的にからっきしだが、その分現状検証の能力は凄まじく高い。
真宵からの薬のせいで、自分の願望が形となって露になったのだと、御剣が理解していたとしよう。自分の容量を超えた場面に遭遇するとあっという間にテンパる御剣は、逆に把握している場面ではかなり狡猾になれる。だからこそ自分に会うまで無敗の検事だったのだ。自分の立場、つまり子供になっているという立場を命いっぱい利用して、目的を果たそうとするだろう。
しかし、妙に頑固で律儀な潔癖さを持ち合わす彼だ。自分の力ではないから、と目的を果たした後はその記憶をリセットしまうかもしれない。あの薬は本人の願いを叶えるものだ。精神面の願望において薬の効力がどういう働きをするのかは知らないが、戻った後記憶が無いのを成歩堂はそう捕らえてみた。
(本当、相変わらず自分勝手でこっちの気持ちなんて考えないんだから………)
御剣はリセット出来たかもしれないが、こっちはちゃんと残っているのだ。それで同じ事をしろと言うのは、結構拷問に近い。本当に恥ずかしかったのだから、あれをもう一度やれと言っているみたいなものだ。
(まあ、仕方ないよな。あいつはそういうやつだ)
すっかり悟ってきた成歩堂である。千尋さんに近づける日も近い。
「ところでみぬきちゃんに聞いたんだけど」
「んー?」
と、返事をしながらお茶を啜る成歩堂。
「結局、2人はキスしなかったんだって?」
ぶふぉーと成歩堂は噴出した。げふがふと咽る。
「なっ、な、なに言って!!」
「みぬきちゃんが喜び勇んで報告してくれてさー」
みぬき――――!!と今は法介の助手として大活躍してる(はず)のみぬきへ心の中で叫んだ。
「それであたし思ったんだ。潔く諦めるなんて、御剣検事も大人になったなぁ、って」
7歳年下に大人になったと讃えられる御剣怜侍33歳(失踪癖あり)。
「……さあ、どうだかね」
口元を袖でぐぃぃと拭りながら、成歩堂はそう言う。
「え、だって前の御剣検事なら、キスしてくれるまで意地でも戻らないぞ!!って何処かに篭城しない?」
「それは否定しないけど」
しないのか成歩堂。
「まあ、色々破天荒なヤツだけど……目的は目的で手段にしたりはしないんだよ」
「??? どういう事?」
「そういう事!はい、この話終わり!!」
「ええー、納得いかないなぁ」
「納得しないとこの大福僕が食べるよ?」
「あぁっ!!それだけは!納得する!するよ!!」
真宵の頭の中は大福>>>超えられない壁>>>御剣への疑惑となっているので大福を人質(餅質)に取られては従うしかない。今度こそ真宵の意識が余所に移ったのに、成歩堂はようやくふぅ、と安堵した。
勿論、その理由も成歩堂は判っている。いや、むしろ成歩堂だからこそ判るとでもいうのか。
キスも出来なくなるくらい好きだと告げたら、あの御剣は消えた。
つまりはそういう事だ。
御剣がキスをしたいのは、好意の証明のためだけだ。
あの時、キスは出来なかったけど、自分が御剣を好きだというのをはっきり伝えたから、御剣はそれで満足して帰った。
そういう事だ。
(まあ……表現がひとつだけじゃないってのが判っただけ、今回は実りがあったかな……)
とりあえず、キスをしない=嫌いという意味ではないというのは判ってもらえた筈だ。
(…………って、記憶無いんだったアイツ…………!!)
真宵が居る手前、頭を抱えることもままならない成歩堂だった。
結局やっぱり元通りで、成歩堂が御剣の元へ行くと、彼はまた笑顔で出迎えるのだろう。
声や言葉にしなくても、その先に居る者をこの上なく好いていると、誰にでも判るあの態度で。
<おわり>
そんな訳で御剣検事子供になっちゃったよ事件でした。もっと色々させたかったかなぁ、と。