Re child,3



 「嘘だよな」とか「冗談だよな」とか。
 成歩堂はよほど言いたかったが、御剣のこの意気込みようときたらどうやら嘘でも冗談でもないようだった。
「……え、え、え………えぇぇぇぇぇぇぇえッッ!!!」
 ようやく動き始めた成歩堂は、まず戦慄した。
「ちょ、ちょっと待って!ちょっと待ってよ!!」
 成歩堂は手をわたわたさせてストップをかけるが、御剣の顔を見るとどうやら「やった!成歩堂とキスができるぞ!!」としか思ってないに違いない。頭がそれで一杯だから他に入らないのだ。
「何で!?どうしてそうなるの!?その流れでなんで子供になるんだよ!!!」
 千尋の説明で謎は全て解けたかと思いきや、ここに来て最大で難関の謎が立ちふさがろうとは、誰が予想しただろうか。いや、居まい(←反語)。
「……これは全くの私の予想なんだけど……」
 と、千尋は腕を組んで足も組んだ。どことなく安楽椅子探偵を髣髴させそうなポーズである。
「なるほどくん、子供に甘いでしょ。だから、子供の姿で強請れば折れるかもしれない、と御剣くんは思ったのでしょうね」
 証拠が無いから予想だと千尋は言うが、証拠こそはこの小さい御剣そのものじゃないだろうか。さっきの証言で裏も取れた!
「……何て短絡的で浅はかで即物的な…………!!
 判ってたけど」
 成歩堂は打ちひしがった後、ぼそりと付け加えた。何せ、「好きだ」と言わなければ相手に自分が好きであるというのは判るまいと思っている男なのだから。そして成歩堂はそれを最も思い知る立場に居た。
「千尋さん!」
 と、成歩堂は身を乗り出した。
「望みが叶うか諦めるかの他に、何か解決策は無いんですかッ!!」
 成歩堂は顔を真っ赤にして尋ねた。その紅潮はただの昂ぶっただけかその他のせいかは、定かでは無い。
「そうねぇ………」
 千尋はパラリパラリと本を捲っていく。実際に作らなかった身としては、そこまで精通しないのだろう。
「ああ、あるわ。本人の意思無く強制的に元に戻す方法」
「それだ!で、何ですか!?」
 成歩堂はますます身を乗り出す。
「空になった本体の方にその人を愛するものが口付けするそうよ」
「意味無い―――――ッッ!!てかなんでいきなりそんなロマンティックな解決法なんですか!!」
 成歩堂は頭を抱えたあとずびりと突っ込みを決めた。さすが突っ込みの鬼。
「まぁ……供子様も女だった、って事ね」
 杉本彩みたいな纏め方をする千尋さんだった。
「…………。これって、時間制限とかあります?」
 魂と本体が離れているのだ。長く保つかどうか怪しい。ひとまず、成歩堂はそっちを尋ねてみた。千尋はその言葉に、また捲っていく。
「……時間制限というか、長いことその状態のままでいると疲労が蓄積されて、勝手に「戻りたい」と思うようになっているみたいね」
 だから願いが叶うか諦めるか、というシステムなのかと成歩堂は思った。
 とにかく、全ては本人の意思にかかっている訳だ。
「でも、幽霊の立場として、肉体と魂が離れているのはいい状態とは言えないわ」
 むしろ完全に悪い状態である。
「本に載ってあるのが全てとは限らないのだし。なるべく、早い所戻すのがベストね」
 ですよね、と成歩堂は頷く。
 そして、御剣に向き直った。
「そういう事で、無理だから御剣。諦めて」
「断固拒否する!!!」
 御剣は成歩堂の説得を即座に切った。即・切・斬である。
「だって!オマエそのままじゃもしかしたら死ぬかもしれないんだぞ!?」
「キミとキス出来るのなら死んでもいい!!」
「洒落にならない事を言うなぁ―――!!!」
「当然だろう!本気だ!!」
「なお更いかんわぁ――――!!!」
 声を腹の底から上げながら、「やっぱり防音完備の御剣の部屋にして正解だったな……」と頭の隅に居る妙に冷静な自分が思っていた。

 御剣とキスをするしないの果ての無い言いあいをしながら、成歩堂ははたと気づいた。
「そうだ、みぬき。今日は午後から仕事が無かったかい?」
 その言葉に、みぬきがぎく、となったような気がした。いや、なった。
「な、何の事かな?」
「パパの目を誤魔化そうなんて思わないことだよ、みぬき。
 正月に新人ショー新春シャンソンショーがあるのは、昨年から聞いていた事だからね!」
 さすが元役者志望だけあり、成歩堂はつっかえたり噛んだりしないで言い切った。
 しかしみぬきだって言い分ってもんがある訳で。
「だ、だって!これでみぬきが行っちゃったら、パパは御剣のおじさんとキスしちゃうかもしれない!!」
 いや、しないから、とヒートアップするみぬきに口を挟めないで、成歩堂は胸中で呟く。
「そうしたら、次にみぬきがパパとキスする時、御剣のおじさんと間接キスになっちゃう!!御剣のおじさんの事は嫌いじゃないけど色々複雑っていう!!!」
 いや、だからしないから、とますますヒートアップするみぬきに口を挟めないで、成歩堂は胸中で呟く。
「だめよ、プロが仕事に穴を開けちゃ」
 と、千尋が言う。その一言にみぬきはぐっと唸ったが従う事にした。千尋さんの言葉は神託のように絶対なのだ!
「じゃあ、私もみぬきちゃんについて行くわね」
「えっ……」
 成歩堂は戸惑った。今、御剣とはあまり2人気にりはなりたくないていうか。何て言うか。
「だって、第三者がいたら御剣くん、警戒しちゃって説得に応じる所じゃないでしょ」
 千尋が全くの正論を言う。
 それはそうだが。しかしかと言って2人きりで素直に頷いてくれるとも言えない。
「大丈夫。御剣くんがなるほどくんを好きなのは確かだから、そんなに悪い結末には転ばないわよ」
 千尋は余裕たっぷりに微笑んで言うが、御剣が成歩堂を好きだからこそのこのややこしい状態では無かろうか。あと「そんなに」という言葉も気になる。かなり気になる。
「……………」
 成歩堂はふぅ、と一息ついた。死者である千尋に生者の問題を押し付けるのが可笑しいのだ。自分で何とかするしかない。
 決意する成歩堂の横で、微笑む千尋から無言のプレッシャーを受けているのか御剣が成歩堂の服を掴んでガタガタしていた。

 そういう事で。
 千尋とみぬきは仕事へと行ってしまった。さっきまでは騒がしいくらいまでに騒々しかった室内が、いきなり静かになる。
「えっと………」
 とにかく、キスをする訳にはいかない成歩堂としては、諦めてもらうしかない。さっきの説明だと、諦めて貰わなくても「疲れた、戻りたい」となってくれてもよさそうな感じだった。つまりは、今抱いている欲求を他にそらせてしまえばいいのかもしれない。
「外に遊びに行こうか」
 と、成歩堂は御剣に言ってみる。このまま室内に閉じこもるよりも、色々なものがある街にでも繰り出せば、何か御剣の気を引く物があるかもしれない。少なくとも、この場に留まっていてはその可能性はゼロのままだ。それはそうと、御剣の外見がまるっきり子供のせいで成歩堂が言い掛けるセリフもそんな感じになっている事に、おそらく本人は気づいていない。
 外出しようという成歩堂の意見に、御剣は首を縦には振らなかった。
「人の多い所は好かん」
 やっぱり、と成歩堂は肩を落とした。
「それに」
 と、御剣は言葉を続ける。
「このまま、君と2人きりの方が、私はいい」
「っ、……………」
 子供だけどやっぱりそれは御剣であるし、そもそも10歳の御剣と言えば千尋と並ぶくらい成歩堂の中では神聖化されている。まあ、あくまで10歳の御剣に限定するが。
 その御剣が好意を実に惜しげなく、時速150キロくらいの直球でぶつけてくるのだ。これは堪らない。はっきり言えば初恋の人に口説かれているようなものだ。
(まさか、これが狙いっていうのか……!?)
 成歩堂はそう思っているが、御剣としてはやっぱり単に「成歩堂は子供に甘いから」という理由でこうなったのだと思われる。最も、子供に優しくする理由は幼い御剣との思い出からかもしれないが。
「成歩堂」
 と、御剣が身を伸ばし、成歩堂の顔を覗きこむ。
「キスをしてもいいだろうか」
「えっ……と、それは…………!!」
 真正面から覗き込まれ、視界全てが御剣(10歳)で埋まった成歩堂は顔に熱が溜まっているのが嫌と言うくらい判り、上手く言葉も紡げなくなってしまった。しどろもどろに沈黙だけを避けようと、意味の無い声ばかりが出る。
「拒絶がなければ勝手にさせてもらうぞ」
 本当に勝手である。幼さ故の傲慢とでもいうのか(幼すぎるよ)御剣は普段に増してかなり強気だった。3倍は増えていようか。
「ぁ…………」
 小さい両手が自分の頬を包む。それは少しくすぐったかった。
 手を払われなかった事に、御剣は合意を得たと思ったのか、嬉しそうに微笑んだ。そして、顔を近づける。それは遅いような早いような……この時、成歩堂には時間の感覚さえ覚束無かった。
 目には見えない自分と相手の呼気が触れ合った、と成歩堂は感じた。そう思ったら、反射的に行動を起こしていた。
「〜〜〜〜ッッ!!やっぱりダメだ――――――ッッ!!!」
 どん、という手ごたえとどさっという音がした。御剣を突き飛ばしてしまったというのに、成歩堂は理解するのに少しばかり時間がかかった。
「ごっ……ごめん!御剣、ごめん!!!」
 片方の足のみソファの上で置き去りにし、御剣の身体は床に転げ落ちてしまった。その小さい体躯を、成歩堂は慌てて抱える。
「どこかぶった!?痛い所とか無い!!?」
 抱き起こした身体を膝の上に自分と向かい合わせで座らせ、瘤が出来ていやしないかと成歩堂は頭に触れようと手を伸ばす。
 が、その手は頭に到達する前に御剣が掴み取り、やんわりとその手を避ける。
「御剣………」
 そりゃ、いきなり突き飛ばされたら怒るよな、といきなりキスされそうになった事を忘れて成歩堂は思った。
「…………」
 御剣の方へと言えば、無言だった。その顔は怒っているようにも見えるし、逆に怒っていないとも取れる。人は心を閉ざすとよくこういう顔になる。最も、今回の御剣はそのパターンではなかったが。
「みつ、……」
 成歩堂がもう一度名前を呼ぼうとした時、御剣が顔をくしゃりと歪めて、次いでぼろりと涙を零した。
「!!み、御剣………」
「何でなんだ……どうしてキスしてくれないんだ」
 ぐずぐずと泣きながら、言葉を紡ぐ。
「だ、だって………」
「私の事が嫌いなのか」
「なっ……何でそうなるんだよ!」
 あまりの結論の飛躍にさすがの成歩堂も突っ込みを決める。
「何でも何も、キスしてくれない………」
「別にキスしなくても嫌いって事にはならないだろ!?」
「しかし、キスというのは好きだからするのだろう?」
 えぐえぐと涙を流しながら、小さい御剣はそう主張する。
「それをしたくないと言うなら、やっぱり好きではないのだ」
 結局そこに舞い戻ってしまうらしい。成歩堂は、苛立たしく頭を掻き毟った。
(あーもう!!)
 なんで判らないんだよ、この鈍感検事!!と成歩堂は御剣を恨めしく思った。そう思ってしまうのは好意故からだと、成歩堂は気づいているが御剣はまだ知らない。そう、まだ。
「あのね!」
 と、成歩堂は半ば自棄になりながら御剣の肩を掴んだ。決して痛みを与えないよう、気を配りながら。
「ただ口と口をくっ付ければいいっていうだけなら、僕は今すぐにでもするよ!?君とでも、君以外の誰だって!」
「……………」
 ”君以外の誰だって”という件で御剣が盛大に顔を顰める。しかし、それについて何かを言われる前に成歩堂は言った。
「でも……キミがしたいのは、キスなんだろ?好きな人としたいっていうヤツの」
 御剣はそのセリフにこくんと素直に頷いた
「だから……それで……」
 言いながら、語彙が縮んでいくのを成歩堂は自分で判っていた。が、こればかりはどうしようもない。きっと、顔もさっき異常に赤くなっているのだ。
「……判るだろ?」
 いつの間にか俯いてしまいっていて、ちろりと御剣を見上げる。が、御剣は何が何やらといった具合で頭の上にハテナマークを浮かべ、きょとんとしていた。
(あ――もう!!!)
「だからね!!」
 さっきは半ばだったが、今度は成歩堂は完全に自棄になった。後の事は知らない。今は御剣を説得して元に戻すという事で頭が一杯なのだ。
「だから!」
 と、もう一度言う。もう1人の自分が冷静に「だっきから”だから”ばっかり連発してるなぁ」と冷静なチェックを入れてくるが、無視する。
「”キミと”とするって思うから、こんなになっちゃうんじゃないか………」
 どうしてこんなに1から10まで言わなくちゃならないんだ……と頭を抱える代わりに顔を覆った。
「…………」
 御剣は視線を彷徨わせ、思考を廻らせているらしかった。
「つまり………」
 結論が出たらしい。今度は何と出たんだ、と自棄っぱちが続行している成歩堂は投げやりに思った。
「私の事が好きすぎて、キスする事すらままならないという事か」
「そっ……そうだよ」
 成歩堂は認めた。何だか、白旗を揚げた気分になった。
「そうか……」
 と御剣は呟いて、しばし沈黙した。
「……御剣?」
 相手を窺うために呼びかけてみる。視線を成歩堂から外していた御剣は、その声で再び成歩堂を捕らえる。
 そして、またにこっと笑う。成歩堂が滅法弱いあの笑顔だ。
「そうか」
 微笑んだままの御剣が言う。
「それなら、いい」
「………えっ?どういう……」
「それなら、いいんだ」
 そう言って見せた微笑が、成歩堂は一番綺麗だと思った。
 戸惑う成歩堂を置いて、御剣はソファから降りる。そして、玄関口へと歩いていった。成歩堂は何となくその背中を見送ってしまった。見送った後見送ってる場合ではないと気づいた。
「御剣!!」
 慌てて駆け出し、御剣の後を追いかけた。しかし、御剣が居るはずの玄関には、誰も何も居なかった。ちゃんとあると成歩堂が確認した小さい靴も、無い。
「……御剣?」
 現実に頭がついていかない。暫く成歩堂はその場に佇んでしまい、響也への連絡が少し遅れた。

 さて、ここは検事局である。
 尚且つ、御剣の執務室である。身分と共に部屋の位置が高くなった御剣の部屋は、広さも増していた。なので不機嫌な検事とフォローに努める検事と意識が不明の検事の計3名が居ても、あまり狭さは感じられない。むしろ紅茶とトノサマンのDVDが揃っている分、他より快適かもしれない。トノサマンが好きな人にとっては。
 未だ昏睡状態が続いて仮の仮死状態(ややこしい)のようなものが続いている御剣は、ソファへと横たわらせてあった。響也がしたのである。”意識がないといっても、座ったままだと身体が凝るから…”と徹夜の受験生を見守る母のような優しさでもって。
 見る分には普通にすやすや寝ているだけに見える御剣をちらりと見やり、響也はふぅ、と溜息を吐いた。
「御剣検事……いつ戻るんでしょうね」
「さぁ。一応真宵は連れて行ったし、私達が出来る事は全てやったわ。あとは本人次第よ」
 冥はきっぱり言い放つ。要するに戻れなかったらそれは御剣が全部悪い、と言いたい訳だ。薬を作った真宵やそれを運んで彼に飲ませた自分の事は忘れ去って。
 響也はもう一度御剣を見た。見た目が全く普通な分、事情を知っている者としてはより恐怖をかきたてられる。この平穏な表情の裏で、とてつもない事が進行しているのではないだろうか、と。
 本当に、外見だけは今にも「あぁ、よく寝た」と言ってむきりと起き上がりそうなものなのに。
 もう、あの普段は魔王みたいな冷徹さを見せつけながらも成歩堂に関しては仔犬のようになってしまう御剣にはお目にかかれないのだろうか。そう思うと、何だ響也はほろりとしてしまう。
 そしてそんな響也の前で。
「ああ、よく寝た」
 と言ってむくりと御剣は起き上がった。
「ほぎゃ―――――――――ッッ!!!????」
 なので響也はロックスターあるまじき声で叫んでしまった。
「かっ、かかかかかか、狩魔検事!!」
「何よ」
「御剣検事が起きましたよ!!」
「あら、じゃあヒゲにもうコンクリートは買わなくていいと連絡しなくては」
 一体果たして冥はコンクリートを意識不明の御剣に対しどう使おうと思ったのか。しかしその質問をすると惨劇ルートへまっしぐらになってしまいそうで、響也は訊けなかった。
「むぅ………」
 一方、惨事寸前だったとは知らない御剣は、伸びをして凝った身体を解していた。
「……………」
 響也はごくりと生唾を飲んで御剣を見た。
「……………」
 冥は面倒くさそうに御剣を御剣を見た。
「……………」
 御剣はただひらすら壁を見ていた。まあ、位置的に御剣の前には壁しかないのだから仕方無い。
「ム?どうして私は寝ていたのだろうか?」
 完全なる覚醒を果たした御剣は、現状を振り返って首を傾げた。
「それ…………むぐぅっ!」
「疲れてたんじゃないかしら」
 事実を告げようとした響也の口に書類を突っ込み、真宵の薬で昏倒したという事実を文字通り口封じした冥だった。
「……体調管理には気をつけていた筈なのだが」
 過労で倒れると成歩堂に怒られるから。
「そんな事を言っても、実際に寝ていたんだから仕方が無いじゃないの」
 訝しむ御剣に、冥は顔色変えずにしれっと言った。こういう所は、豪の娘というのがよく現れている。
(御剣検事……子供になってた記憶が無いのか?)
 まるっきり目覚めたまんまの御剣に、響也はそう思い始めてみた。思い始めてみたら、それを裏付ける行動しか御剣は取らない。
 これは成歩堂に連絡すべき事項である。
 そしてこの時、御剣宅では成歩堂が小さい御剣を追いかけ、しかし姿が見えず呆然としていた状態から回復した時だった。
 なので、響也の携帯に着信が掛かる。
「!!」
 成歩堂の電話に、響也はすぐさま出た。あまりに直ぐに出た為、口に突っ込まれた書類を出すのを忘れて「もしもし!」というセリフが「むいむい!」とくぐもった声で出てしまった。
『牙琉検事!御剣の様子は?』
 響也は御剣に背を向け、こっそりと電話に出てひっそりと会話をする。御剣は現在原因不明の居眠りに対し、冥から違う事実を洗脳かけられている最中なので、響也の電話にまで注意は向いていない。これはラッキー!
「はい、目覚めました。しかし、自分がどうして寝ていたとか、身体が分離して子供になっていたとかいう記憶は無いみたいです」
『!……そうなんだ』
 成歩堂は一瞬驚いたようだった。
「あの……どうやったというか、何があったんです?」
 響也は素朴な疑問を何気なく訊いた。
『………………。まあ、その、色々かな。うん、色々だよ。色々なんだ』
 どうやら訊いてはいけない事だったらしく、響也は胸中で成歩堂に謝った。
「まぁ……元に戻って何よりですよね」
『うん、そうだね。そうだよね』
 まだ成歩堂はテンパっているようだ。電話の向こうで、歯車の間に何かが挟まった人形みたいにカクカクしている成歩堂が想像出来る。響也の野次馬根性が擽られるが、そこは大人の検事なので抑制するのである。
 それでは、と短い別れの言葉を言って響也は電話を切った。
 で、その後ろで。
「そういう事だからレイジ。私に惜しみない感謝の念を抱くことね」
「そこまでは持たないが、まあ、世話になったようだな」
 どうやら、決着がついたようだ。
 いいか悪いかはこの際気にしないとして。



***

冥さんがかなり好き勝手やってますが、多分いいと思います。