HOTEL
「どうして日本はこんなに狭いのかしらね!?」
と、御剣の執務室に入るなり、冥は国土にイチャモンつけてきた。
「効率ばかり考えて内容を重視しない!悪しき商売人根性だわ!」
「……落ち着きたまえ、冥。とりあえずムチはしまうんだ」
トノサマンフィギアを避難させながら、御剣は冥を宥める。
紅茶を振舞っても、冥は憤懣した表情を崩さなかった。
「粗悪なベットがひとつに、お飾りみたいなデスクと椅子!荷物を置いただけで歩く場所も無いような所で、どうやって寛げばいいの!?」
冥が何をそんなに激怒しているかと思えば、日本のホテルが狭いのに腹を立てているようだ。彼女の本拠地のアメリカにだって、むしろ普通のシングルより劣悪な部屋はあると思うのだが。まぁ、もとより冥のような者はそんな所は利用しないだろう。
「それならば、エグゼクティブ・フロアでも借りればよいではないか」
スイートルームであれば彼女の不満はたちどころに解消できるだろう。しかし。
「無駄な金は使わないのよ。レイジ」
今回、冥の来日は完全な休暇なので、出張費は当然下りない。
ふっ、と諫めるように言われてしまった。いつの間にここは自分が言い聞かされる所になったのだろうか。御剣は激しく悩む。
そうやって悩んだ事で脳が刺激されたのか、ぽん、ととあるアイデアが閃く。何通りかシミュレートを行い、どう転がっても自分にとってメリットを授けるものだと確信した御剣は、冥にばれないようにニヤリと笑う。
「なあ、冥」
「何よ」
冥の機嫌はまだ斜めっている。
「そんなにホテルが嫌ならば、私の部屋でも貸そうか」
「………。何ですって?」
思わず聞き返す冥。
御剣がこんな親切な申し出をするだろうか。いや、しない!(反語)
必ず何か裏がある筈だ!!
「下手に大きく動かさす真似をしなければ、好きに使ってくれても構わん。
ホテルと違ってサービスは無いが、君にはむしろその方がいいだろう?
それに、トノサマンのDVDも揃っている」
「トノサマンはいらないわ」
「そうか」
きっぱり跳ね除けられて御剣はやや残念だった。
「どうだろうか。悪い話じゃないと思うのだが」
「その時、貴方はどうするのよ」
御剣の性格からして、そのまま自分と一緒に住むとはとても思えなかった。と、言うか自分が御剣と寝食を共にはしたくない。
「気にするな。私にだって行く当てはある」
ふふん、と余裕の笑みを浮かべ、自分の紅茶に手をつけた。
そんな御剣を、冥はじーっと見詰める。
「………。成歩堂龍一ね?」
「!!!!」
御剣は含んだ紅茶を噴出すのを堪え、グッ!と喉に詰まったような顔になった。
「な、何を………」
「そうね。私に部屋を明け渡したとなれば、それを建前に正々堂々と泊まる事が出来るものね」
判ってみれば至極単純な事だった。カップ持ったまま狼狽する御剣をほっといて、冥は1人で深く納得する。
「貴方にしては中々考えたじゃない」
いつもだったら拾われるのを待つだけの子犬みたいに、成歩堂をじーっと見詰めているだけの癖に。冥は胸中だけで呟く。
「ふっ、私もたまには自ら行動に出なければな」
と、言いながら、得意げに微笑む御剣は褒め文句だと思ったようだ。勿論そんなつもりで言った訳じゃないのだが(むしろ逆に近い)訂正させた所で特にいい事も無いのでほっとこう。
「いいわ。貴方の案にのってあげる」
「本当か」
「ええ、貸しにしておくわ」
「そうか……と、うっかり返事しそうになったが、そもそも君が部屋が狭いと文句を言うのに私が叶えるような形で、それでどうして貸しにされねばならんのだろうか」
「あら。ここで私がNOと言ってもいいのかしら?」
「……………。借りておこう」
最初から素直に頷いておけばいいのよ、と冥は絶対優位の笑みを浮かべたのだった。
そんな運びがあって、その日の終業時刻後の成歩堂事務所には荷物まとめてきた御剣が居た。
「……それで?狩魔冥に部屋を貸したら泊めてくれって?」
「うム」
今までの説明を一文でまとめた成歩堂に、御剣は頷いた。
「………………。あのさ」
「………ム」
長い沈黙に、御剣は早速嫌な予感を感じる。
静けさの後には、大抵嵐が来ると相場は決まっているのだ。そしてそれは当たった。
「何考えたんだよ君は!いきなりやって来て部屋貸したから泊めてくれって!!どうしてそう行動が短絡的なの!?」
思い立ったが吉日な性格のある御剣は、何の連絡も無しにいきなりやってきたのだった。
往々にして、感情で動く時は報告は行動の後になる傾向にある御剣だ。
泊められないにしても、後日冥の為にとトレードした事が判明すれば、成歩堂に褒められると思ったのだが、その前にこんなに怒られるとは。計算違いだ。
「本当にもう、何考えてんだよ!少しは後先考えて行動しろよな!!狩魔冥に部屋貸したんなら、君がホテルに泊まれば!?」
「……………」
成歩堂の言ってる事が世のマナー的に正しいので、御剣は沈黙するしかない。
確かに今こうして言われて振り返ると、思慮が浅くて至らない所だらけだったかもしれない(←しれない所か明らかにそうだ)。
荷物片手にしょぼくれてる姿は家出少年みたいである。
「まあまあ、なるほどくん。そんなに怒っちゃ可哀想だよ。なるほど君を頼りに来たんだしさぁー」
おやつの大福を食べ終えた真宵が言う。食べ終わるまでは傍観していた訳だが。口の小さい春美はまだ大福に悪戦苦闘していた。
「でも!」
「ホテルに泊まる事になったら、ホテル代が勿体無いじゃない!」
「………確かに……それもそうだね」
真宵の発言に、成歩堂は思案顔になって考え込む。
そこで頷くのか、と釈然しないものを抱える御剣だった。
「………君が、」
成歩堂の怒声が飛んでこなくなったので、御剣が口を開く。
「もっと人に優しくしろと言うから……冥の言い分をきいてやったのだ」
だからそれも叶えられてオマケに自分の得にもなるという一石二鳥のアイデアだったのに、ここまで怒られる羽目になるとは。成歩堂が目の前にいなければ盛大に舌打ちしたい御剣だ。
「…………。そっか」
短い返事だったが、今まで精神を抉るような怒気は孕んでいなかった。俯かせていた視線をそろそろと相手の顔に戻すと、柔らかい微苦笑を浮かべていた。自分が落ち込んでいると、彼は大抵こういう顔をして、次には抱き締めてくれる。最も、今は真宵と春美が居るから、それはないだろう。勿体無い。
「じゃあ、泊まってもいいよ」
「! いいのか!」
最初に怒鳴られた時点で「これは無理だ」と見切り列車を飛ばしていたので、御剣にとってまさに晴天の霹靂に近い一言である。土砂降りの後に虹を見つけたようなもんだ。
「僕が言ったのは確かだからね」
仕方ないなぁ、というように言う。
御剣の表情は変わらないが、雰囲気から喜のオーラを大噴出しているのは付き合いのある人間なら誰しも判る事である。なので真宵も判った。大福と(まだ)格闘している春美も判った。
「なるほど君が言った事だとしても、御剣検事が勝手にやった事なんだから、別にそこで泊めてあげるする義務や義理は無いと思うけどなぁー」
成歩堂と御剣の分の大福ももぐもぐしながら真宵が先ほど自分が言った事とはかなり矛盾する、真っ当な意見を飛ばした。彼女としてはその時思った事を言ってる訳なので、矛盾も一本道のロジックもへったくれもないのだが。ちなみにこの大福は手土産で御剣が自分を含めた人数分買って来たものである。が、春美以外の分は彼女の胃袋へと納まるのが今回に限った事ではない常だった。
真宵の発言は、成歩堂は敢て黙殺し、浮かれた御剣の耳に届く事は無かった。真宵も特に気にする事も無く大福に意識を集中させた。成歩堂の御剣への過保護っぷりには矢張の次に慣れている。
「じゃ、戸締りの確認するから、ちょっと待っててね」
「判った」
と、ソファの傍らに荷物を置いて、御剣は腰を降ろした。
成歩堂はどうも、こうやって御剣が自分の素直にいう事を訊いて待っている姿を見ると、お座りしている犬を彷彿させてしまう。悪いとは判っていても浮かんでしまう。
「なるほど君」
3つの大福を胃に納め3つ分の大福の粉を口の回りにつけた真宵は所長室へと顔を除かせた。そこで成歩堂は、戸棚に鍵を掛けていた。
「本当に泊めちゃう気?」
そんな事を成歩堂に尋ねる。
一体真宵は御剣の応援をしたいのか成歩堂の味方をしたいのかどっちなのだろうか。いや、きっと彼女は楽しみたいのだ。ごく純粋に。成歩堂はそう思っている。そして多分それが正解だ。
「うん、まぁ動機はどうあれ、人に親切したのは事実だからね」
あはは、と軽く笑って言う成歩堂は、御剣の裏の意図にはとっくに気づいていた。まぁ、気づかない方が可笑しいのだが。
「そうだね。いい事したらちゃんとご褒美あげないと、出来るものもしなくなるしね!拗ねて」
「……まぁ、うん……そうだね」
自分も思っている事なのに、人から言われるとどうして虚しい気持ちになってくるのか。不思議だ。
「まあ、後はなるほど君。赤ちゃん出来ないように気をつけてね!」
「……いや。出来ないから」
「油断しちゃだめだよ!つけてもやったら出来るんだからね!」
「……………だから。出来ないから」
しかもどうして親指突き立てていい笑顔で言うのだろか。謎である。
「でもまぁ、これ以上のトラブルが起きない事を祈るよ」
あっはっは、と成歩堂は軽く笑い飛ばそうとして失敗したような笑顔で言った。失敗した証拠に視線が遠い。
成歩堂の祈りは切実で、真宵もそれは叶って欲しいとは思う。
しかし。
彼女は同時に思う。かなりの高確率で幼馴染の残り1人からこういう時に限って連絡が着そうだなぁ、と。と言うか着たら面白いなぁ、と。
そして、丁度その時、成歩堂の携帯が着信メロディーを奏でた。
そんな事は全く知らない御剣は、ようやく大福を決着をつけた春美に初代トノサマンの第13話のあらすじを語り聞かせていた。これから数日、成歩堂と一緒に居られるという期待に胸と声をやや弾ませながら。
それが崩されるとも知らないで。
<おわり>
この内容、某トラの人が思いついたんだけどギャグは疲れるから書きませんみたいな事言うのでじゃあそれをワタシにクダサイと譲渡して貰ったものです。ワタシが書くとどうも御剣よりで困りますね。
ちなみにヤツのオチとしてはこれ以上面倒が無いといいなぁ、と成歩堂が遠い目して終わるそうだったですが、こんないいシチュエーションで面倒事が起きない訳が無いだろうと。
事件の影にはヤッパリ矢張。