人間は考える足である。



 本当に、”ばったり”と言った具合に御剣は矢張と遭遇してしまった。
「よお、奇遇だな御剣ー!!」
 なので、無視する事にする。
「オイコラ!何でシカトぶっこくんだよ!」
「…………。チッ」
「しかも面倒臭そうに舌打ちされたー!」
 引き返した先が赤信号だったので、足止めを食らってしまい、あっさり捕まってしまった。今までの人生とまではいかないが、今年最大の失態だ。
「いいか矢張。私は今日は休暇なのだよ。だから事件には出来うる限り関わりたくない」
「何だよその言い草!俺がいかにも事件と密接であるかの如くみたいな!」
「政治家と不正みたいに切り離せない関係だろうが」
「そういやお前、何でこんな所ブラブラしてんだ?」
「ほぅ。私には公道を歩く権利もないと」
「ちちちち、違ぇよ!ただ、休みなら成歩堂の事務所に入り浸ってそうだなーって言うか!」
 御剣の視線が刃のような物騒な鋭さを増したので、慌てて弁解する。
「……休日に休まないと、成歩堂に怒られそうな気がしたので止めたのだ」
 御剣がつまらなそうに言った。
 で、訳も無く街を彷徨っていたという事か。どっちにしろ休めていないじゃないかと矢張は思う。
「成歩堂がお前が来て怒るのは、無茶して寝不足になってるからだろー?じゃなきゃいいんじゃないか?」
「……………」
 御剣は答えずに黙している。
 紳士然とした御剣に、フリーター然とした矢張が付き纏う。まるで御剣が悪質なキャッチに引っ掛かったような構図にも見て取れないが、周囲の人々は御剣からの怒気が凄まじくて近寄れなかったりする。
 最も、御剣が本気で矢張を振り払いたければ、こんな会話なんてせずに「立ち去れ」と言って終わるだけだ。
 なのに、こうして付き纏うのを許している。と、言う事は。
(………。多分、って言うか絶対俺から成歩堂の近況を聞きたいとか思ってんだよな)
 冷たくあしらわれているが、態度等からそんな本音がちらちら窺える。自分は女の子に対しての勘はなかなかのものだが、はっきり言って同性はどうでもいいと思っているせいか第6感は働かない。古くからの知り合いというのを差っぴいても大分御剣という男は解り易い。
「なぁ、御剣」
「何だ」
「腹減ってねぇ?奢ってくれよ」
「何故私が貴様にそんな事を」
「最近の成歩堂情報を教えてやるから」
「さっさと来い。置いてくぞ」
 本当にびっくりする程解り易いな、と感心しながら競歩みたいに歩く御剣の後ろをついて行く。


 着いた先はチェーン展開されているファミリーレストランだった。
「何でだよ!」
 御剣の法廷の服に似合いそうなレストランを勝手に予想していた矢張は、ぷんすかと憤慨した。
「奢って貰う癖に文句を言うなアホバカまぬけ」
「言ったな!3つも一度に言いやがったな――!!」
 ムキー!と怒るが、御剣はぴくりとも反応しなかった。結構流行っているらしく、順番待ちだ。同じく順番待ちで座っている女性が未婚も既婚も子持ちも問わずに御剣を熱い視線で見ているのも無性に悔しい。同じ男なのにこの差は何なのか。神に平等の精神は無いのか。
「……御剣の事だからよ、こんな所は口に合わんとか言って、絶対いい物食ってると思ったのによ……」
 未練がましくぶつくさ言う矢張だ。
「貴様は、一体勝手に私にどんな印象を持っているのだ」
 御剣は矢張を一瞥して言った。
「えー、何つーかホレ、立ち食いソバやハンバーガーなんか食った事ねぇぜ!みたいな。コンビニにも行かないぜ!!みたいな」
「事実と無根の予想は戯言にも劣るぞ」
 矢張のセリフをスパッと一刀両断する。
「え!じゃあ食った事あるのかよ!」
 立ち食いソバ屋やマックに赤いヒラヒラ。……ありえねー!!!
 でもちょっと見てみたい!と複雑な感情に見舞われた矢張だった。
「………。まあ、な………」
 御剣は、さっきの矢張のセリフに、曖昧な声で返事した。
「……………」
 成歩堂から教わった事で、人は嘘をつく時や何か隠し事をしている時、目が話す人の方に向かなかったり喋ると同時に手が無目的に動くのだろうだ。日々、やっかいな証言者に悩まされる経験から学習した事だろうか。
 それに今の御剣を当て嵌めると、かなり当て嵌まっている。
 御剣は基本的に誠実なので(まぁ、良いか悪いかは置いとくとして)嘘はつかない。ただ、自分に都合の悪い事実を隠すだけだ。まぁ、見方によってはこれも嘘だが。
 では何を御剣が隠しているかというと、それは急に穏やかになった顔や皹の取れた眉間が教えてくれる。御剣にこんな顔をさせれるのは、1人しかない。その1人にとっては、それは哀しい事なのだが。
「……そーかそーか。成歩堂と来てんだな」
「!!!!!」
 矢張が温い目で言うと、御剣がピギッと硬直した。
「な……何を……!!」
 御剣は白目をむいて唇をブルブルいわせて唸っている。
「仕方無いよなー。あいつ高級店とか行っても、口に合わなさそうだもんなー」
 異常な御剣の態度はほっといて、矢張は頭の後ろで手を組んで言いたい事言う。
「……………。そうなのか?」
 誘った過去でもあるのか、御剣がとても消沈する。
 これが真宵が言ってた「御剣検事って時々子犬みたいになるよ」というヤツだろうか。
「つーか、金の方が気になって味に集中出来ないって感じか?」
「…………」
 御剣が納得いかないように、そっぽ向いて頬杖ついた。
「奢られたら奢られたで、それが気になるだろうし」
「………………………」
 それも言ったようで、御剣がなんだかむくれた顔になった。
 こっちがいいと言ってるのだから、気にしないでもらいたい。おそらく、そんな事でも思っているのだろう。
 その時、携帯が鳴る。
「おお。俺だよ」
 誰とも無く呟いて取り出す。背面表示の名前に、やや隣の御剣を見やった。幸い、自分が思わず窺った事に気づかなかったようで、内心ほっとする。
 そして、メッセージを開いた。
「……………。うげ」
 ある意味、最悪の場面での最悪の内容だった。あくまである意味、だが。
「どうかしたか」
 あきらかに可笑しい矢張の様子に、御剣が問いかける。
「いやー………その…………」
 ははは、と無意味に殻笑いする。御剣はまずます怪訝そうな顔になった。
「…………。すまん!ちょっと用事出来たから、この食事なしって事でいいか!?」
「何をそんなに恐れるかは知らんが、用が出来たのなら仕方ないだろう?」
 可笑しなヤツだ、と御剣はそれだけを言う。
「悪ぃな!じゃあこれで………って何で御剣まで出てくんの?」
 残念そうな女性たちの視線を後ろに引きずりながら、矢張と同じくドアを潜って出て来た御剣に言う。
「こういう所で1人で食事するのは虚しいと思うぞ」
「…………。してる人も居るけどよ?」
「少なくとも、私にはその意思は無い」
 そう言って、スタスタと歩き始める。
「……おーい、」
 と、その後を追ってしまう矢張。
「じゃあ、お前。昼飯どうすんだよ」
「適当に取る」
「適当に……て」
 矢張は御剣が、食事取るの忘れたけどまあいいや、と過ごしているのが目に浮かぶようだった。彼の事だからその日の栄養はサプリメントだかで摂るのだろうが。
(………このままやり過したのがバレたら、怒られるよな)
 アイツに。
 この世で最も御剣を甘やかしていて、そしてそれを自戒しなければとしている人物。それは先ほどの自分にメールを送った主を同じだ。
「あのよ」
 出来れば言いたくない……と言うか、巻き込まれたくなかったのだが。
「さっきのメール、成歩堂からでさ」
 ピクリとどころか、ばっと身を翻して御剣が反応する。一瞬怖いと思った。
「仕事が多くて、メシ食う時間も惜しいから何か買って来てくれー……っだって」
「…………………」
「睨むなよ!お前顔怖いんだよ!!」
 だから言いたくなかったんだー!と胸中で泣き喚く矢張だった。
 御剣は眦を吊り上げて、矢張を凝視する。睨んでいるとも言う。
「……私にはそんなメール来て無いぞ」
「そそそ、そりゃ仕方ないだろ!今日平日なんだし!成歩堂だって今日お前が休みなんて知らないんだろ!?」
 ついでに、自分たちがうっかり偶然遭遇しているとも知らないだろう。
「……いや、」
 と御剣は目を伏せる。
「今までに一度も、そんな事は頼まれた事が無い」
 勝手に差し入れと称して持ち込む事は多いが、今みたいにメールで頼まれた事は無かった。
「………いや、そりゃ、御剣」
 矢張は何とか御剣を刺激しないように言う。どこが地雷なのか、判りそうで判りにくい。
「逆に考えてみろよ。お前、成歩堂をパシリに出来るか?」
「誰がそんな事をするか」
 間髪入れずというのかこのタイミングだな、と矢張は思った。
「それと、同じだろ?」
「………………」
 会話すれば判る事だが、御剣は事象として把握できても感情で納得出来ないと黙り込むようだった。嘘はつけない性格なのだろう。特に、成歩堂がかかっているのなら。
「そういう事にしておけよ。なっ?」
 難しい顔の御剣に、軽口のように言って肩をぽんと叩く。
 しかし、御剣は。
「それでも、私は頼って欲しい」
 抱き締める事も、言葉で伝える事も憚れるというのなら。せめてそういう場面で、誰よりも彼の為に動きたいと思う。それで自分の気持ちを表したい。成歩堂がそう望んでいないのは判るのに、そう思ってしまうのは結局は全部同じだった。
「どうして、成歩堂は、」
 喉に突っ掛るように、言葉が上手く紡げない。
「……どーして、お前はそう必死なんだかなー………」
 言葉に詰まったような御剣に、思わず矢張はそう口にしてしまった。成歩堂が彼の事を話す時、必ずと言って出てくる定型文句でもあった。
 目の当りにして、矢張もそれを実感する。
 御剣はそのセリフに反応するように矢張を見た。その目には侮蔑も激昂も無かった。ただ、矢張を認識したというだけの。
「私にしてみれば、貴様の方が必死に見えるのだがな」
「へっ?俺?」
 矢張は自分を指差す。御剣は頷いた。
「いつもいつも、次から次に女を追いかけてばかりで」
「……………」
 まぁ、そういう見方もありかもしれない。しかし、御剣に言われたのでは矢張としても微妙な気持ちだ。
「本当に好きな相手を見つけたら、例えふられてもその思い出だけでもう十分じゃないか。
 何故、他に追い求める?」
「…………………」
 矢張は思わず絶句してしまった。
 その理由なんて知りもしない御剣は、矢張の反応の鈍さは気にも留めていないが。
 矢張は、この間成歩堂が話した内容を思い出していた。
 いつもみたいに、大切な彼の事を憂いながら。

――もし僕が居なくなったとしてもさ、御剣は思い出だけ縋って、他に誰も見つけないんじゃないかな、って……それがちょっと心配かな……

(おいおいおい、どんぴしゃり過ぎだろ………)
 矢張は頭を抱えたくなった。
 どういう巡り会わせか、この2人は互いに求める所が真逆というより真反対に向かっている。見ていて愉快だが、決して笑えない。
「……難儀だよなー……つくづく………」
 またしても勝手に口からセリフが飛び出してしまった。おおっと、と冷や汗流しながら口で押さえるが、刺殺出来そうな視線は飛んでは来なかった。
「判っている」
 それだけ、御剣は返した。
「………………」
 御剣は。
 それでも成歩堂を求めるしか出来なくて。
 そして成歩堂も。
 御剣がもっと他に気づいてくれればと願わずには居られない。
 真反対の癖に、根源は同じなのだ。
 いつだって相手の事を想っている。
 だから。
 だったら。
「――そんじゃ、早速適当にメシ買って、成歩堂ん所行くとするか!」
 意気揚々と矢張は歩き出した。
「お前も行くよな?」
 当然のように御剣に言う。
「ム……しかし………」
 成歩堂に嫌われるのがとことん怖い御剣は、変な所で臆病になる。今がそれだった。
「行かなきゃ仕方ねーぞ?お前がメシ代出すんだし」
「何故そのような事に」
「だって俺、今持ち合わせ足りねーんだもん。
 いいのかよお前!俺の予算が無くてあいつに腹いっぱい食わせてやることが出来なくても!」
 かなり理不尽な主張なのだが成歩堂を引き合いに出すと、御剣は反論せずにぐっとなった。ああ、解り易い。
「そ、それなら………」
 金だけ渡すとでも言うのだろうか。どうしてこうも、どいつもこいつも、と言うかこの2人は意固地なのか。
「いいから!お前が一緒の方があいつだって喜ぶんだよ!」
「――なっ!」
 ぼっと顔が赤くなって、御剣が停止した。どうやら、愛されている自覚も薄いらしい。だから指摘されて赤面するのだ。
 止まった御剣の腕を引っ張って、デパ地下へ向かう。いつもならコンビニで買って行く所だが、今日はパトロンが居るので、デリカッセンにするのだ!
「歩ける足があるんだから、会いに行けばいいだろ!
 ほら、よく言うじゃねーの。人間は考える足だって!」
 いい事言った俺☆と矢張が自画自賛すると、引っ張っている腕の元が実に冷ややかな目で見ている。
「矢張……まさかとは思うが、今のは身体の部位の「足」で言っているのか?」
「………え。違うの?」
「………………」
 冷ややかなその目は、ますます温度を下げた。


 互いに相手に望む事があまりに違い過ぎて、居るだけで傷付けたり悲しくなったとしてもだ。
 それでも一緒に居たいなら変に気を回さないで居ればいいじゃないかよー、と矢張は思う訳で。
 自分より矢張を頼った事について子犬みたいにへしょげでしまった御剣を、成歩堂がフォローしているのを見ながら、矢張はしっかり買って来た惣菜を一番多く食べていた。




<終わり>

御剣と矢張の掛け合いは楽しいです。
御剣と成歩堂を掛け合わすと、御剣が沈黙してばっかなんですもん!

いつか相手が上手く騙されてくれないかなーと、お互いが思ってる限りはどっちも騙されないと思うな。まぁ、そんなのもいいじゃん!