昔からの定型作業




「御剣、御剣っ!」
 バタバタと廊下を走って駆け寄ると、御剣の整った顔が歪んだ。
「矢張。廊下は走らないものだぞ」
「バカヤロウッ!ルールってのは破る為にあるんだぜ!」
「ほほー、それは将来弁護士という法の番人をを志望するぼくへの挑戦状と見なしていいか」
「いーからっ!今はそんな場合じゃねぇんだよ!」
 声を潜めて話し掛けているからか、自分が必死なのだというのが御剣に伝わったようだ。それ以上何も言わない。
「さっきよー、便所言ってたら聞いちまったんだよ!成歩堂苛める計画ー」
「………何だと?」
 御剣はとても子供とは思えない鋭さの視線を矢張にぶつけた。(この件については)無関係な矢張なのに思わず「すいませんごめんなさい」と謝りたくなったくらいだ。
「それは本当なのか。嘘だったら君の事を虚偽の申請と告訴せねばなるまいな」
 矢張は「告訴」の意味がまだよく判らないが、御剣の口調を顔で自分にとってとんでもないものだというのは判った。
「本当だよ!てかあいつらならやる!
 オマエも知ってるだろ?近くの公園に自転車隠して通学してるヤツら!そいつらなんだよ」
「ああ……あいつらか」
 御剣がどうでもいいように言う。
 割とクラスで有名なのだが、日本の事なかれ社会の縮図のように皆それについては誰も触れなかった。当人が体躯が大きくて暴力的な部分に怯えている為もあるが。何より担任が黙認しているのだ。あえて誰も口にはしない。
「クッソー!ずるいよな!オレだってしたいのにー!」
 拳握ってフルフルと悔しがる矢張を御剣は全力でほっといた。
「ふむ………」
 顎を手で摘み、しばし考える素振りをしただけで。


 次の日御剣は何だか顔色が悪いようだった。悪いと言うか何と言うか、子供らしく血色の良い肌が、今はやたら白い。
 そして、3時間目は保健室で休んだ。その間もその後も、成歩堂はしきりに御剣の容態を気にしていた。
 休職の時間に戻った御剣は顔色も良く、普通に食欲もあって成歩堂も治ってよかったね、と何度も嬉しそうに言って御剣の顔を綻ばせた。
(こいつ、成歩堂に心配してもらいたくて仮病でも使ったんじゃねーかな)
 あまりに御剣が嬉しそうなので、矢張はそんな事を勘繰った。
 それは半分正解だったと言える。
「確かに、公園に自転車があったな。確認してきた」
 掃除の時間、矢張をそれとなく呼び出した御剣はそう報告した。それに矢張がぱちくりと目を瞬かせた。
「話には聞いているが、やはり実物を確かめねばな。100%事実の揃った証言が真実とも限らない」
「いやいや……確認……って、何時したんだよ?」
 自転車のある公園は自分たちが出る校門とは違うし、一旦家に帰った後行ったとしても、すでに乗られて自転車は其処には無いだろうに。昨日、御剣は自分たちとちゃんと帰ったのを間違うほど、矢張はうっかりしていない。
「何時って、さっきだ」
 判りきった事を質問するな、とばかりに不機嫌に横目で眺める。
「は?さっき?」
 矢張はいよいよ訳が判らない。この調子だと話がスムーズに進まないことを察知した御剣は、説明してやる事にした。
「さっき、保健室で休んだだろう。その隙にちょっと抜け出して見て来たのだ。
 保健医とて、常に保健室に待機している訳ではないからな。それを調べるのに一日費やしてしまった」
 でなければ昨日の内に行動に移せたのに、とちょっと悔しそうに言う御剣。
「え!じゃぁ、何か!?ズル!?」
「ズルとは何だ。有意義な目的な為に、少々強引な手段を要したまで」
 瞠目する矢張に御剣は冷静に返す。
「だってオマエ、授業サボってんじゃんよ!」
「勿論、今日の分の授業は昨夜予習しておいた。学力の妨げにはならない」
 勿論って何だよ!計画的かよ!と矢張は戦慄した。
「ん?でもオマエ、顔色悪かったじゃん」
 あれは見間違えではない。成歩堂だって心配していたのだから。
 しかし、御剣はしれっと。
「ああ、あんなもの。母の日焼け止めクリームを少々厚く塗っただけだ」
「…………………」
 まぁ……それは確かに……やたら白い肌は、子供にしては決行悪く見えるよなぁ……
(……ん?これって使えるよな?)
 いい策を教えてもらって、思わずにやりとする矢張。
「言っておくが、同じ手段を使って君が不正に授業をボイコットした場合は同情無く告発させてもらうぞ」
 矢張は「告発」の意味もよく判らなかったが、やっぱり御剣の調子からして自分にとって良くない言葉だというのは判った。なので止める事にした。ちぇっ。
 矢張だって隙あらば授業をサボる気満々なお子様だが、実行するとなるとそれなりの疚しさってものがある。なのに、御剣にはそれが無いようだ。恐ろしい。
「ぼくだって、授業を欠席するのは学費を払ってくれる両親に対して申し訳ない気はある」
 ああ、やっぱり御剣も人の子だな、とちょっと安心してみる矢張。
「しかし、どうしても必要な事だったのだから仕方無い。時として弁護士は、自分に有利な証拠を集めるのに無茶を通さねばならないのだよ」
「……………」
 申し訳ない、と言う割にはケロッと話す御剣だった。
「はー……でもなぁ……御剣が授業サボったなんて。クラスに知れ渡ったらちょっとしたスキャンダルだぜ」
「案ずるな。証拠はどこにもない」
「……まあなー。近くで見てた成歩堂も気づいてなかったくらいだし……」
 納得出来ないが同意するしかない矢張のセリフの中で、御剣は「成歩堂」という名前に反応した。
「そうなのだよ……唯一良心が痛む場所があるとすれば、彼を欺いた事だな。あんなに心配してくれたのは嬉しい誤算だったが」
 嬉しいんかい。
 口に出す度胸が足りなかった矢張はこっそりと胸中で突っ込む。
「ふ……難儀なものだな。彼の為にしている事で彼を騙す事になろうとは……」
 難儀なのはオマエそのものだよ、と矢張はまたこっそりと心中で突っ込んだ。
「さて矢張、行くぞ」
「行くって何処に?」
「容疑者に事実確認と厳重注意だ」
 一瞬訳が判らなかったが、つまり御剣の言いたい事を判り易く言うと「苛める計画立てたヤツに苛めるなよって言いに行く」というものだろう。
「…………。何でオレまで!?」
「貴様が入手した情報だろうが。提供者が傍に居ないと説得力に欠ける」
「だからって!でも!それじゃオレが苛められんじゃん!」
「…………なら、成歩堂が苛められてもいいと?」
「!!!!!」
 勝手に腕を掴んでずかずかと進んでいた御剣が、ゆっくりと矢張を振り返る。絶対零度の双眸に、矢張の抵抗心が凍って砕けた。
「安心したまえ。悪いようにはせん」
 そりゃ、オマエを敵に回す事以上に悪い事なんて早々ないだろーよ。
 大人しく後ろをついて行きながら、矢張は思う。


「矢張から聞いたのだが、君たちは成歩堂を苛める計画をしているそうだな?」
 そのまま率直に切り込むのかよ!と半歩後ろに控えている矢張が声も無く叫ぶ。
「はぁ?オマエ何言ってんだよ」
 大きな、というかやや小太りな体形をリーダー格にした四人グループだった。掃除時間はさぼって死角になるこの校舎裏でたむろしている。御剣に対して挑発的に言い返したのは、その小太り体形の男子だった。
「矢張。本当に聞いたのかよ」
「えっ!」
 いきなり話を振られて心臓がジャンプする。意地の悪そうな目が4対、自分を睨む。
「……………」
 しかし直ぐ横には、その何倍も鋭利な視線を持つ男が居る。
 矢張は天秤にかけてみる。この四人全員と、御剣1人とを。
 瞬時に御剣の方に天秤が傾いた。
「お、おお!聞いた!オレは確かにトイレで聞いたんだーッ!!」
 御剣に隠れながら、矢張は叫んで主張した。
「ふぅーん。でも、それがオレらだって証拠はあるのかよ
 とりまきの3分の1が言った。
 「証拠」という単語に御剣がピクリと反応した。
 それに4人は面白がる。
「法廷じゃ証拠が全てなんだろ?なぁー、御剣ぃ?」
 あるものなら出してみろよ!と口々に喚く4人。矢張は恐る恐る御剣を見やった。御剣は特に激昂しているようにも見えない。……あくまで、矢張の判断で、だが。
「無いなら変な言いがかりつけんなよな。ッバーカ!」
 最後のバカ、はねっとり纏わりつくような嫌な言い方だった。さすがの矢張もムカッとなる。殴りかかろうとするのを、御剣に止められて不発に終わる。
「……話を変えるが、君たちは近所の公園に自転車を置いてそれで登校しているそうだな?」
「何だよ、急に」
「確かめたいだけだ。違うのか、そうでないのか」
 御剣は淡々と言う。
「違いますよー」
 ゲラゲラ笑いながら言う様は、とてもそれが真実とは受けれられない。
「だってオレらのだって証拠が無いじゃん。なぁ!」
 同意を求めるように呼びかけると、そうだそうだと無責任な声があがる。
「そんなん、嘘に決まってら!なぁ、御剣!」
 ここでズバッと証拠突きつけるんだろ!と期待して御剣を見るが。
「…………。そうだな。確かに、証拠は、無い」
「え」
 あまりに潔く認めたので、代わりに矢張が吃驚する。
「君とあの自転車を結びつける証拠が無い以上、あの自転車の事について、ぼくはこれ以上言及する事は出来ない」
「さっすが。物分りいいねぇー」
 将来ベンゴシだもんなー、とからかって言う。
「では、失礼する」
「え、ちょ、御剣!」
 矢張の制止は聞かなかった御剣だが、何か思い出したのかぴたりと止まり、改めて4人を向いた。
「もし、これから成歩堂に何かあった場合。その時は何をしてでも犯人とその証拠をあげて、逃げ場も無く追い詰めるぞ。……何をしてでも、な」
 念を押すように最後もう一度繰り返す。4人に張り付いていた薄ら笑みが消えた。
「自ら進んで犯罪者にならない事だ」
 そうして御剣は颯爽と立ち去った。


「御剣!結局なんだったんだよ!無駄にオレが怖かっただけじゃねーか!」
 教室へ向かう道中、矢張はそれだけをしきりに主張した。てっきり、ズババーンと格好良く決めてくれるかと思ったのに、した事と言えば、実質何も無いに等しい。
「証拠が無いのだから仕方無い」
 御剣の言い方はにべも無い。
「あった自転車は相当古いもので、本来ついていなければならい住所と名前のあるシールも無かった。
 もしかしたら、自分の物では無くゴミ捨て場にでもあった使えそうなものを拾ったのかもな。それだったら容疑をかけられば傍から捨て置ける。
 ム。こうして考えてみると、中々賢い手を使っているな」
「顎に手を当てて考えてる場合かー!
 オマエが睨み効かせたから、多分イジメはないだろうけど……やられっぱなしでオレ悔しいよ!オマエは悔しくないのかよ!」
 ムキー!と言い募る矢張。
 御剣はシニカルにふっと笑った。とても小学生とは思えない笑みだ。
「矢張。これから長い人生を生きるのなら、もっと大局を見なければならない」
「……何だよ、急に難しい事を……」
「事実の一端を見ていては真実にまで届かないぞ。
 彼らは自分が何を言ったのかさえ、判って居ないだろうな」
「………へっ?それってどういう……?」
 戸惑う矢張に、御剣はまた笑みを濃くした。それを見て矢張は背筋がひやりとした。
「まぁ、直に判る。すぐにではないかもしれないが……その内に、な。
 原因があれば必ず結果が生まれる」
 何だか預言者めいた事を言って、御剣はそれ以上は言わなかった。
 何故なら成歩堂が出迎えたからである。
 御剣はそれなりに解り易い子供でもあった。


 それから程なくして、クラスに激震が走った。
 例の違法通学している彼の自転車が壊れ、ちょっとした規模の事故を起こしたのだそうだ。説明する担任の顔にも困惑が走る。彼女も知っていて面倒を避けて黙認していたのだ。その辺の責任について、逃れる術でも探しているのだろうか。御剣は担任の表情を読み取ってその心中を推理してみた。
 矢張はただただ吃驚するばかりだった。ニュースで自動車が何台も玉突きする事故より、身近な人物が巻き込まれた小規模事故の方がうんとショックだ。成歩堂も、驚愕した表情で話を聞いている。
 しかし、ざわつく教室の中、たった一人。まるで手の内を知っているカードを晒されたような顔をしている人物が居る。
 勿論それは御剣だった。矢張は、多分矢張だけがそれに気づいていた。
(何であいつ、まるで知ってたかみたいな……)
 その時、ちょっと前の御剣のセリフが思い出される。

   ”まぁ、直に判る。すぐにではないかもしれないが……その内に、な”
   ”原因があれば必ず結果が生まれる”

(まさか……いや、まさか………いや、)
 まさか違うだろう、という事の方こそ、まさかだろう。


 事故を起こした彼は、一週間後通える程になっていた。
 坂でブレーキが効かなくなった、との事だったがそれにしてはその怪我で済んでよかったじゃないか、と矢張は思う。
 やはり怪我をしている、というだけで気が沈むのか。その顔は暗い。事故ったのはリーダー格の子だけだったが、違法登校していた3人も同じような顔だ。色んな所でこってり絞られたのだろう。
「大変だったな」
 と、御剣が彼の前に立つ。何故だかついでに矢張も引っ張られて。
 御剣は不気味なほど綺麗な微笑を浮かべて言った。
「あまりに古い自転車だったので、乗り回すのは危ないと思いメンテナンスでも進めておこうかと思ったが……君のだという確証がなかったので、あれ以上は言えなかったよ」
「!…………」
 相手の顔に戦慄が走る。
「すまなかったな」
 そして、彼の前から立ち去った。その背を追いかける矢張。
 矢張は、この時御剣がどんな表情をしていたのか……とても覗き込む度胸は無かった。


「……なぁー、御剣。率直に聞くけどよー……」
「何だ矢張。言いたい事はさっさと言いたまえ」
「じゃ、言うけど。……まさかオマエ、わざとブレーキ壊したって事は……」
 すぐにギン!と鋭い目で睨まれ、ヒィィッと怯える矢張。
「見損なうな矢張。ぼくはそこまで堕ちては居ない」
 知ってる事実を隠すくらいは狡猾なくせに、と思う。
「あった事実を自分の都合のいいように転用しただけだ。あの自転車に何の不都合もなければ、その時は別の手を打っていただろうな」
「さいですか」
 何かまともにやり合うのが怖くなった矢張だった。
「証拠品というのは、公表して知らしめるだけが能ではないのだよ。場合によっては「無い」という事がこちらの武器にもなる。彼らは証拠を求めるだけでその辺を弁えていない。シロートが軽んじて証拠を盾に主張するから、痛い目に遭うのだよ」
 はっと鼻で笑う御剣だった。
(……シロートって……同じ小学生のくせに、自分はプロなのかよ……)
 学級裁判でも思った事をもう一度思ってみる。
「……御剣よぉ……」
「何だ」
 かなり冷たくて素っ気無いが、それなりに返事をしてくれるので彼の中で自分はまだいい扱いなのだろう。多分。
「……この際言っちまうけど……オマエの給食費取ったの、オレなんだ!すまん!」
 ぱん!と手を叩いて謝罪する矢張。
 彼の本能がこれ以上彼を欺いていては自分の身が非常に危ういと判断したのだ。どうせつく傷なら浅い方がいい!
 どんな冷たい目が来るかと思えば、意外とその結末は呆気なかった。
「ああ、それなら知っている」
「へっ?」
 思わず間の抜けた声で御剣を見やる。御剣は成歩堂と居る時のようにな、普通の顔だった。
「と、言うかオマエ以外の誰だと言うんだ」
「それを言われるとオレも照れるぜ」
 たはー!と頭をかく。
「……じゃ、何であの時オレだって言わんかったワケ?」
 あの時とは勿論学級裁判の時だ。堂々と異議を張り上げた時。
「…………」
 矢張がそう言うと、御剣は目を伏せる。
 おや、と矢張は目を見張る。その御剣の顔が、やけに幼く見えたからだ。
 いや、幼いというのは語弊がある。自分たちと同じような子供の顔になったのだ。何だか、矢張はこの時大人すら言い負かす彼を、なのにとても身近に思った。
「……あの時、君を犯人だと告発したら……成歩堂が余計傷つくと思ったのだ」
 まぁ、味方が実は敵でした、みたいな威力はあるだろうな、と矢張は呑気に考える。
「今はまだ伝えるべきではない。もっと大人になって、笑い話で語り合えるくらいになってから、言うべきだ」
 おお、いい事言うなぁーと矢張は少し見直した。
「……と、父が言って居た」
 何だよ父親かよ!と上がった株が早速元に戻った。
「そういう訳だから」
 じろっと矢張を睨んで。
「嘘を抱えるのが心苦しくなったからと言って、不用意に真実を告げるような真似は控えたまえよ」
「……わ、判ってるってばよ」
 突き刺す視線に、ギクリとなりながらも矢張は合意の返事を何とか返した。


「……だからさー、俺はそん時から思ってたのよ。コイツがこのまま大人になったら、一体日本はどーなるんだー!って。だもんで、でっかいトラウマ抱えてちょっと欠落して隙があるくらいで丁度いいんだって!だからあんまアレコレ言ってやるなよ!
 なっ!成歩堂!」
「………ああ、うん。そう、だね……」
 グラスを握り締めたまま、成歩堂が沈鬱な顔で頷く。グラスの中の氷は解けて、限りなく水に近いサワーになっている。
「そうそう!それでさー……」
「おい矢張」
 いきなり出現した御剣が、その手で矢張の手を鷲掴む。とんがった髪型だというのに掴む事が出来たという事で、その威力の凄まじさが判る。
「……貴様……人が遅れてくるというのに、何を好き勝手にほざいてくれたか……」
 膨れあがり、その勢いを止めない殺気を背負った御剣に矢張が命の危険を悟る。
「な、何だよ!自分が成歩堂に頼りにされてないから、そうじゃないっていうフォローをそれとなく入れてくれって、御剣が言ったんじゃねーかよぉー!」
「そうか。今の発言も含め、成歩堂の中で私という人物の位置をこれでもかと引き下げてくれた話の内容が貴様にとってのフォローか。明日の太陽は拝めないと思え」
「ぎゃー!成歩堂ー!助けれー!!」
 みしみしと頭蓋骨が握り締められる音が聴こえるような気がした。チクショウこの鳩胸の馬鹿力め!
「こ……コラコラコラ!御剣!矢張が痛がってるよ!!」
 成歩堂が慌てて止めに入った。
「大丈夫だ。もうすぐ痛みなぞ無くなる……」
「嫌ーっ!すげぇ殺す気満々だ――――ッ!!」
 居酒屋の雑多な雰囲気の中で、今此処でちょっとした殺戮が行われているのは、他に誰も知らない(知らなくてもいい)。
「御剣!!」
 腕を掴むと仕方ないように、というか渋々御剣は手を離した。
 その隙に矢張はスタコラと逃げたした。成歩堂か御剣が呼び止めたかもしれないが、聴こえなかったのを言い事にそのまま退散させてもらおう。
 誰かが御剣は昔と変わったとか言うかもしれない。
 しかし、矢張は声を出して言いたい。あいつは昔っからちっとも変わっていない。
(成歩堂が絡むと、あいつ本気で何をするか判らねーよなー!)
 会計をぶっちぎった事は、明日成歩堂の事務所で謝罪しよう(←払わないつもり)。
 御剣の怒りはそれで収まらないかもしれないが、「気を利かせて成歩堂と二人きりにしてやったんだぜ!」とか言えば不平文句を零してもお咎めは無くなる。
 それは途中長いブランクがあったが、昔から変わらない事だった。




<おわり>

魔王御剣その3。
御剣はちょっと抜けてるくらいがいいんだぜ、と成歩堂も判ってくれただろうか。
で、作中の男子ですが、シャレにならない怪我で転校する予定でしたが、「それは重いカナー」と大怪我で済ませてもらいました。その分成歩堂が余計に心配するしね。うん。
あと御剣さんが故意に壊す予定でもあったんですが。大怪我した相手に向かって「コレを返しておこう」と何かのネジっていうかボトルっていうか部品を返す、っていう。そこそこ成長したのならともかく、10才でコレはねぇよなぁ……とそれも止めときました。うーん、どうだっただろう……これでよかったのか。
とりあえず検事になって証人証言操って、というのは途中でねじれた結果じゃなくて本人の性格なのだと言い張りたい。