今日は何の日。
「オドロキさん……来週の日曜って何の日だと思います?」
みぬきに声をかけられると、特に今のように問いかけ調に話しかけられると、法介はまず肩幅に足を広げる臨戦体勢、というかいつでも逃亡が図れるダッシュ可能の姿勢を取ってしまう。バスケの選手はボールを受け取った時の手が同時にパスを出す手でもあるというが、それに近いものがあるかもしれない(そうか?)。
「いや、解らないけど……ごめん。何かあったっけ?」
「みぬきも知りませんから、何かあったっけとか訊かれても困ります」
「……あのさ、前から言おうと思ったけど八つ当たりしたい時は最初からそう言ってくれていいから。その方がまだオレの心の傷も浅いから……」
「……一体何があるのかなぁ。来週の日曜に」
物哀しげに訴える法介を全面にスルーし、みぬきが考える時のあの姿勢でぶつぶつ言う。
「ほら、このカレンダー。思いっきり花丸がついてるんです。その日に」
「……ああ、本当だ」
どこかの新聞屋か居酒屋かは知らないが、そーゆー所から貰って来たと思わしき月間のカレンダーに、確かに来週の日曜に花丸がつけられていた。いや、花丸なんてものじゃない。日付全部を覆う5重丸の周囲には花びらのような丸い凸がまんべんなくつけられ、しかも下にはちゃんと茎のような柄までつけられていた。何の日かは知らないが「この日を逃すな!!!!!」という印を付けた人の気持ちがひしひしと伝わる。
「成歩堂さんがつけたんだろうね。やっぱり」
「ですよね」
みぬきがつけたのなら法介に質問する筈ないし、法介がこんなマークを勝手に書き込む筈もない。成歩堂だという物的証拠は無いが、3人居る所員の中で2人が知らないのだから、残り1人がクロという状況証拠が出来上がる。もし、成歩堂が知らないとか言ったらちょっとした事件(不法侵入)なのでその時は茜を召喚せねばならないな、と法介は思った。
「う〜〜〜ん、何があったかなぁ……」
と、みぬきは文字通り頭を捻った。捻り過ぎて一回転しそうだ……は、言い過ぎとして。
「成歩堂さんがつけたとしたら、成歩堂さん関係の日だと思うのが妥当だよね」
行き詰っているみぬきに、法介が解決の糸口になるようにと声をかけた。
「でも、パパやみぬきの誕生日とも違うし、みぬきと初めてあった日でもないし」
他の人の誕生日でもないし。みぬきが思い出しながらぶつぶつ言う。
「……うん、そうだな。デビューの日でもないし、その次のコナカルチャーとの事件でもないし、トノサマンのヤツとも違うし、仮面マスクのとも……」
法介も思い出しながらぶつぶつ言った。
「オドロキさん、パパの裁判に詳しいんですね」
「オレは新人弁護士だから、偉大な先輩の功績を見て学びたくてだから詳しいんだよ!
だからそんな「うわー、これがストーカーかぁー」とか蔑んだ目で見ないでくれよ――――ッッ!!!」
一気に5歩程遠ざかったみぬきに法介が大きな声で弁解する。
とりあえず誤解は解けたような(たぶん)みぬきは、まだ思い当たる事が浮かばないらしく、視線を主に天井に合わせて彷徨わせている。
「そこまで思いつかないなら、みぬきちゃんの知らない事なんじゃないかな」
「そんな事ありません!」
法介のセリフに、みぬきがくわわっと反論した。ビックリして思わず身を引く法介。
「パパの手持ちのスケジュール帳に書かれているのならいざ知らず、この、みぬきの目にも触れるこのカレンダーにマークがついてるんですよ!?
と、言う事は即ち!!みぬきが直接関与してないまでも、みぬきに見られても構わない、つまりすでにみぬきが知っているような事なんですよ、きっと!」
「……うん、それは一理あるなぁ……」
みぬきの剣幕に押されながら、法介は一応本心から頷く。一応、筋は通っている事なんだし。
「うーん、何があるんだろう、来週の日曜日に」
と、みぬきはまるで謎解きする探偵のように室内をぐるぐると回る。
今更言うまでもなく、みぬきはパパの事が大好きだ。だから、そのパパに関係する事が思い出せない自分に苛立っているのだろう。勿論それには、血の繋がりがないという背景が複雑に関わっているのだろうが。
こういう必死なみぬきは、実に健気な少女だと思える。
「この思い出せないモヤモヤを紛らわす為に、みぬき、あの禁断の封じられた人体切断マジックを完成させたくなっちゃいます」
こんな所が無ければ。
「ま……まあ、まだ1週間あるんだし、その中で思い出すかもしれないよ?(オレが)切羽つまるのはもうちょっと先でもいいんじゃないかな」
マジックの実験体という名の法介が恐る恐ると言った。
そして、決めた。この謎は、何が何でもジッチャンの名に変えなくともオレが解く!と。
そして解けた暁にはみぬきちゃん内のオレという株が上昇し、無意味に虐げられる事が皆無とまではいかなくても大幅削減は見込める!と前向きなようで思いっきり後ろ向きな法介だ。
「成歩堂さん、この日何があるんですか?」
そんな固い決意をした法介の取った手段といえば、成歩堂に直接訊くという実にシンプルで捻りもないつまらない事だったが。
みぬきとタミングをずらして事務所へと顔を出した成歩堂に、法介は単刀直入に聞いた。それに、成歩堂は、
「?」
と、首を傾げた。
しかし大丈夫だ。まだこれは法介の想定内だ。彼の事だから、つけるだけつけて特に意味はなかった、というのもアリだと、法介は今までの経験で学んでいる。
「ほら、この日ですよ。来週の日曜、思いっきりマークがついてるでしょ?」
実物を指しながら、法介は改めて訊いた。それでも尚、ピンと来ないような成歩堂だったが、やがて「ああ、」と声を上げた。心当たりがあるようだ。
そして、その後クックック、と小さく笑い始めた。あの、ポーカーフェイスのような感情を覆い隠す笑みではなく、本当に可笑しくて笑っているような顔だった。
出会ってから当初、のらりくらりとした所しか見せられてなかったせいか、法介は成歩堂がこんな風に思ったままの表情を浮かべると、それが何の関係であれ胸にダイレクトに響くような心地になる。思いっきり解り易く言えばときめくのだった。胸がキュン、となるのだ。キュン、と。
「その日は、トノサマンシリーズの新作が放送する日だよ」
「ト………?」
言われ、思わず法介の脳内に軽快なリズムとシュールな主人公との映像が翻る。あの入院に訪れる度にテレビから流れていたので、いつの間にか耳や網膜にこびりついていたのだった。
「前も言ったと思うけど、こういうの好きな子が居るんだよ。たぶん、この前来たときやっていったんだな」
どうやら、成歩堂本人の知らない所で書かれたものらしい。成歩堂はそのマークを見て、もう一度笑みを浮かべた。
「ごめんね。そんなに気にするなんて」
「あ……いえ、オレよりみぬきちゃんの方が気にしていたっていうか……」
素の笑顔に赤面しながら、法介が言う。
「そう、ありがとう」
と、成歩堂は言った。みぬきの事を心配してくれてありがとう、という事だろう。感謝されてしまった法介は、ますます頬を染めたのだった。
こうして、ひとつの謎は解けた。まあ、謎なんてものでもなかったかもしれないが。
後日、法介は早速報告した。成歩堂と部屋で二人きりで話しちゃった、というのに対して何らかのペナルティーが来るのではと懸念したが、それはおそらく謎を解消させたという事で帳消しにされるだろう。と、いう事実を鑑みると、謎を解いてみぬきに好印象を持たせよう、という法介の当初の目的が実は思いっきり計画倒れだったのが解る。
「ああ、トノサマンかぁー」
みぬきは納得したようだった。誰が、何故、という質問が出なかった所を見ると、みぬきはこれだけで相手の予想がついたみたいだ。やっぱり、みぬきが知っているような事柄だったのだ。それが解ったのか、みぬきがにこにこしている。法介も、にこにこした。
にこにこしているみぬきはにこにこしながら言った。
「さて、すっきりした所で、あの禁断の封じされた人体切断マジックに挑戦しましょうか」
「うん、そうだね。って、え―――――ッッ!!!!!??」
いきなり身の危険フラグが5本くらい立ち、法介は戦慄した。戦慄している間にも、みぬきは着々とその為の準備をしている。異議あり!それらはマジック道具ではなく拷問器具です!というような物体が次々に現れた。
「何で!?オレ、頑張ったよね!頑張った結果、みぬきちゃんの抱えるモヤモヤを解消させたよね!!?」
「ええ、それはよしとしますが、いかんせん手段がよくありませんでした。よくもパパといい雰囲気になりましたね、コンチクショー」
とかみぬきが笑顔で言ったので「やべー、見られる?むしろ聴かれてた?」と法介は冷や汗を流した。
「さて、オドロキさん。奇跡のマジックの尊い犠牲になってくださいね」
この奇跡はおそらく成功したら奇跡、という意味なのだろうな。法介は解った。解ってしまった。
この時の法介の断末魔の絶叫(注:死んでません)は向かいのホテルにも聴こえたのだが、その声があまりに気の毒だったのでホテル側はクレームしないであげる事にしたという。
<おわり>
ズヴァリ、マークをつけたのは某Mさんです。って両方Mやないかーぃ!(チーン)(グラスぶつけた音)
パパの事で元気になり、パパの事で落ち込んじゃう。そんなみぬきちゃんを書きたかった…んですがね。