未来予想図は極彩色



「ねっ、パパ!このとぉーりだから!ねっ!」
「…………」
 両手を合わせてお願いするみぬきに、成歩堂は珍しく仏頂面とでも言えそうな顔で口を開こうとはしなかった。口を開くというか、みぬきの嘆願にイエスの返事を出さずにいると言うか。
 話しは簡単と言えば簡単だ。みぬきにディナーショーの前座のオファーが来た訳だが、成歩堂としてはまだ年端も行かない娘を夜出歩かせる訳にはいかない。こういう構図にある訳だ。
「こういうのってホラ、ある種信用商売でもあるでしょ?この仕事引き受けたら、もっと依頼が来るかもだし……」
 それに夜の方が稼ぎがいいし。
 なんていう本音は一発で交渉決裂してしまうのが判り切っているので、賢明なみぬきは言わないが。
「仕事なら、ビビルバーがあるじゃないか」
 口調は至って平素で和やかでもあるが、有無を言わせない迫力があるのにみぬきは気づいている。
 一緒に過ごして解る事がある。目の前のこの人は、優しくて優柔不断にも見れそうだが、その芯は凄く堅い。誰の手にも、何が起こっても折れなさそうな強さがある。その強さのおかげで、あるいは彼からバッジを奪った依頼人の娘である自分が、こうして一緒に暮らしていられるのかもしれないが。
 感謝しなければならないそれが、今はとても果てしない障壁に思える。
「〜〜そうだけど〜………」
 と、みぬきは唇を尖らせてもごもごしてしまう。
 お金の為、なんて言えないけど、本音はもっと言えない。
 ビビルバーの店主の好意でステージに立つ事も出来るし、それで収入も得れる。
 しかし、魔術師としての血がもっと他の場所でも披露したい。違うステージにも挑戦したいと騒ぐのだ。
 以前は良かった。実の父と一緒に、色んな場所に行って興行出来たから。一発勝負で後日やり直しの効かないあの心地よい緊迫感。同じステージでも一発勝負であるのは変わりないが、やはり場慣れしてしまい、詰めが甘くなり危うく失敗しかける場面が先日あった。
 そこにこのオファーが出て、これは渡りに船だ!と思ったのだが。
 勿論、仕事の事を告げずにいるという手段だってある。友達の家に泊まりに行くと言えばいいのだ。そして、その友達にアリバイ工作でも頼めばいい。
 でも、やっぱり嘘はつきたく無い。
 自分の仕事には誇りがあるし、目の前のパパだって大好きなのだから。
 一体どう事を運べば、自分にとって最上の結果が得られるだろう。
 相手の嘘や動揺が見抜けても、そうやって用意した結末まで相手を導くような論法のスキルは、みぬきには無い。
「みぬき」
 途方に暮れて黙り込んでしまったみぬきの手に、大きな手が乗る。
 ふと見上げてみれば、引き締めていた口元は緩んでいた。
「他の事ならね。みぬきの自主性を尊重したいんだけど……でもやっぱり、初めての場所だし人も違うし、時間も遅い。僕も言われてはい、そうですか、って言う訳にもいかないんだ」
「……………」
 ああ、やっぱり。
 強さを湛えながらも、この人は優しい。今だって、自分の身を純粋に案じてくれている。
 だから、ますます言えなくなってしまう。傷つかせたくないから。
 ……だったら、やっぱり断るのが一番いいんだろうか。
 段々と、みぬきの思考がそっちの方へと傾いて行く。
 その時、成歩堂がみぬきに言う。
「ねえ、みぬき。みぬきが必死に頼んでるのに、さっきからダメだダメだ言ってる僕は、嫌い?」
「!!? 何で!? そんな事、ないじゃない!!」
 みぬきはさっき以上に必死に、成歩堂のセリフを全力で否定した。
 その力一杯な否定に、成歩堂が微笑む。
「うん。だから、僕だって平気だよ?」
「!!」
 解ってたのか。自分が言いにくい事があるのも、あるいはその内容も。
「だって、みぬきのパパだからね」
「………うん。うん、そうだね!みぬきのパパだもんね!」
 喜び勇んで、みぬきはテーブルを回りこんで成歩堂に抱きつく。
「パパ、大好きー!」
 勢いに任せた告白を、成歩堂は声を立てて笑って受け止めた。


 みぬきのマジックへの情熱を語ると、成歩堂はそれまでの態度が嘘のように快く承諾した。ただし、条件として自分も道中付き添うことで、ショーが終わったらロビーで待つ自分の所へ真っ直ぐ戻る事を約束した。会場にはチケットが無いので入れないのだ。
 勿論反対する理由も無く、成歩堂と一緒に居られる時間が多くなり願ったり叶ったりもいい所だ。
 さて、本番当日。
 前座とは言うが、殆ど余興というのに等しい程だ。5分足らずの割り振りで、自分が出来る事全部を詰め込む。
 見るのも新しいステージ。客層。
 久しぶりの心地よいプレッシャーを感じながら、ただの幼い出演者というイロモノに止まらず、みぬきは喝采を浴びる事に成功した。
 他の出演者は知らないが、みぬきは自分の分が終われば帰ってもいい。一人前のプロとは言え、やっぱりみぬきは子供なのだ。なので、順番も一番最初にしてもらった。
「パパ――――!!」
 義理としての挨拶を済ませた後、みぬきはロビーへとすっ飛んだ。
 ソファに座っていた成歩堂が立ち上がったのを見て、遠慮なく突進して行く。
「パパ、やったよ!みぬき、大成功しちゃった!!」
「うん、ここに居ても聴こえたよ。みぬきへの拍手」
「えへへー」
 成歩堂のその一言が、どんな賞賛より嬉しい。
「じゃあ、帰ろうか」
「うんっ」
 首を縦に振りながら答え、手を繋いで歩き出す。
 時間の都合で、夕食はまだだった。なので、帰り道がてらに食べる事にする。初めての町なので、ここが美味しいとかいう知識は無い。が、店から出てくる客の顔を見て、みぬきがここが美味しいだろうと推測した。そして、それは正しくてお腹も舌も満足しながら2人は改めて帰路を辿った。
「みぬき、もうちょっとこっちくっ付いて」
「はーい」
 歩いている道は遊歩道が無くて、車道の片隅を歩いている。いつどんな車が来るかも解らないから、成歩堂は道路の外側をみぬきに歩かせた。そして、もう暗い夜道もいい所なので自分にしっかりくっ付かせた。
 人気がまるで無い訳でもない。が、人が居れば安心と言う事も無いのだ。特に酔っ払いなんて、何をするか解ったものではない。
 なんて思っていた所に、ぐだぐだのへべれけになった一団が現れた。まだ若いが、背広を着ているので新米のサラリーマンではないかと思われる。週末なので、入社したてながらにも早々産まれた上司や先輩の愚痴でも吐き合ったのだろうか。かなりテンションが高い。
「わぁ、酔っ払いだね。パパ」
「うん。酔っ払いだね。みぬき」
 見たままを言う。
「あの酔っ払いがパパに性的な意味も込めて絡んできたら、みぬきが守ってあげるからね!」
「ははは、頼もしいなぁ〜」
 ニュートラルなパパは娘の過激な発言は無かった事にした。
 何事も無ければいいなぁ、と成歩堂は思いながら、その酔っ払い達との距離は近くなって行く。ぎゅう、とみぬきの握る手に力が篭る。なるべく彼らの目にみぬきが入らないようにしながら、擦れ違った。
 特に声をかけられるまでもなく、無事に通り過ぎ去って少しほっとする。
 しかし。

「や――――い、ロリコォ―――ン!!!」

『!!?』
 後ろを振り向きはしながったが、思わず目を丸くする2人。
 その後爆発したような笑い声を立てて、酔っ払い達は去って行く。
「………パパ。ロリコンって?」
 こっちの声が向こうに聞き取れないような距離になった時、みぬきが言う。
 成歩堂は、うーん、と困ったようにニット帽の上から頭をかいている。
「……まあ、多分。僕の事なんだろうねぇ……」
 他に人も居ないし、と付け加える。
「え、え。じゃあ、あの人達、みぬき達をラバーズだと勘違いしたの!?」
「まあー、酔っ払いなんてそんなものさ」
 目をキラキラさせていきり立つみぬきに、成歩堂はあくまで日和見だった。
「凄い!みぬきってば魔術師としての段階を一段上がったかと思えば、パパの伴侶としてのステータスまで上がってただなんて!それも見て解るくらいに!!」
「おーい、みぬきー。酔っ払いの戯言に振り回されないのが、人生上手に生きる秘訣だぞ?」
 人差し指を立てて、にっこり笑って成歩堂が言ったその時。どこかの画家はくしゃみをしたそうだ。
「ね、パパ!」
「うん?」
「あと、もーちょっとしたら、みぬきと並んでもロリコンとか言われなくなるからね!みぬき、毎朝ミルク飲んでるからすくすく育つよ!」
「そっか。じゃ、期待しておこうかなー」
「ああ!その顔は期待してない顔だね!パパ!」
 あはは、と笑う成歩堂を、みぬきはずびりと指差した。
「うん、だってさ」
 成歩堂は首を傾げて言う。
「僕が目指す所としては、「あのみぬきさんのパパですね」ってなりたいからね」
 そしてまた、朗らかに笑った。
 一層穏やかに。




<END>

パタ○ロの作者は娘と並んでいる所を見られてロリコンと言われたというエピソードがあるので。
でも近影を見る分には「あ……そう思われても仕方ねぇな……」と思う容貌だしね。いや、いい意味で(?)