7・Days・Change




 そしてその後、一通りの周囲を御剣に施した後、まるでそれを待っていたように携帯電話からメールの報せを告げるメロディーが奏でられる。
「ム。『ラブラブ・ギルティー』か」
 通常でもアレな題名だが、それを御剣が真面目な口調で言うといよいよアレだ。
「うん、みぬきのお気に入りなんだよねー。この曲」
 みぬきの学校の友達からだったら開かないようにしているが、来たのは法介だったので見る事にした。おそらくは捜査に関する事だろうから。
 見てみればやっぱりその通りで、内容はまた被告人と面接が出来なかったから、周囲の聞き込みに直接行ってくれ、という内容だった。自分たちが弁護する相手は、また始終咽び泣いていたのか、あるいは取調べ中だったのか。
 成歩堂は承諾の意を示す返事を返した。しかし、このメールを打つ作業が中々の骨なのだ。みぬきらしく、可愛く絵文字も使わなくてはならない。自分であれば「わかった」の一文、というか一言で済ますのだが。
「オドロキくんもさ。電話で直接言ってくれればいいじゃないか」
 あれこれ絵文字を探すのに疲れて、そんなつまらない愚痴を零す。
「電話だと、相手の状況如何で出れない場合もあるからだろう」
 こういった場面で、機械操作に疎い成歩堂に御剣はへふー、と呆れた溜息をしながら言い返す。そして感情表現に鈍い御剣には成歩堂もふひー、と疲れたため息を漏らすのである。
「……じゃ、もう行くからね」
「……うム」
 御剣は渋柿でも食べたような顔で頷いた。
 今来たメールの内容とか、誰から来たのかを知りたいけど、そこまで詮索するのを堪えているのだろう。成歩堂はふひー、と疲れた溜息を漏らした。ここまであからさまな態度を取られると、それを解消せずにいられない自分が悪いのか。
「今、牙琉検事が裁判に当たってる事件あるだろ。それの相手がオドロキくんで、僕が助手」
 僕と言うかみぬきなんだけどね、と笑って付け加えた。
 言われた事に、御剣が目を剥く。
「なっ……その姿のままで調査をするのか!?」
「うん。オドロキくんはまだまだ危なっかしいし……」
「違う!そうではない!」
「? ああ、大丈夫。みぬきの体を傷付ける真似もしないから」
「それも違う!!いや、それもあるが!」
 自分のセリフに、いちいち噛み付くような異議を申し立てる御剣。
 一層顔を怒ったような表情にし、言う。
「……だから、君は捜査中でも度々トラブルに巻き込まれる体質なのだから、今までは成人男性の体躯だから乗り切れたかもしれないが今は少女の体で……」
「だから。それも踏まえた意味でさっきのセリフを言ったんだけどな?」
 何だか必死なような相手に、つい微苦笑を浮かべてしまう。
 どこかまだ心配そうに見詰める御剣の腕を、さっきのようにぽんと叩いた。いつもの体だったら、抱擁でもしてやろうかと思うけど、今はそうにはいかない。みぬきの体だし。
「前は僕が主だったから率先してあれこれ調べてたけど、今は助手。何か重要そうな手がかり見つけたら、オドロキくん仕掛けて僕は高みの見学でもしてるよ」
 危険な場所には入らないし、近づかない。
 言い聞かすようにゆっくり言うと、過去の実績で納得出来たのか御剣も渋々そうだが頷いた。
「じゃ、また。体が元に戻ったら、食事に行こうね」
「うム」
 そこは機嫌良さそうに頷く、正直な御剣だった。



 法介の示した聞き込み先は、被告人の勤め先だった。ビビットやパステルのカフェが多くなる中、なかなか重厚雰囲気のな喫茶店だった。絶対、店に入る時にはカウベルが鳴る。
 被告人はここで軽食を作る担当だったそうだ。サンドイッチとか、パスタとか。
 店内に入って、成歩堂は。
 一人きりだった。
「…………」
 遅いよオドロキくん!!と心の中で突っ込みを入れる成歩堂だった。
 こうして誰かが遅れたりすると、苛立つより怒るより、事故にでも遭ったのかとそわそわしてしまう。てっきり法介が先に着いていると思って、堂々と一人店内に入ってしまったのも落ち着けない理由のひとつだ。今日は、ここは定休日なのだ。自分以外は誰も居ない。と、言うか自分だけの為に空調を使わせて何だか申し訳ない。
(って事は。被害者が死んだ日もここは休みか)
 何となく、そんな事実を確認してみた。
 店は休みだが、結構仕事熱心でもあった彼は研修と格好つけて料理教室の一日入学に行って居たそうだ。その間のアリバイはあるが、3駅あるその距離を歩いて帰ったそうで、その間のアリバイが無い。そんなに歩いて帰宅したのは、ジムに行く代わりとの事だ。そういう詳細は、依頼人から聞いた。本人は話せる状態では無いので。
 事件発覚後から、警察等がこの店にも来たのだろう。事件の事で訊きたい事がある、と言うとすんなり通してくれたのだった。
 ここの店主、被告人の雇い主に当たるのだろうその人物は、初老の当たりの良さそうな雰囲気の男性だった。執事でもやらせたら似合いそうな。
 執事を思い浮かべてしまい、やや顔を複雑にさせる。サザエのカードを残す殺し屋を思い出してしまったからだ。彼もホテルのボーイに扮して、一度自分の前に姿を晒したのだが、全くその正体を見抜けなかった。その立ち振る舞い、まさに優秀なボーイそのものだ。
(案外、そういう礼儀正しい人の方が扮装しやすいのかもな)
 礼儀正しい、というのは決まりを守っている事だ。つまり、そのマニュアルに従えば誰でも優秀になれる。最も、それだって難しいけど個人の癖等を完全にコピーするよりかはまだ容易いように思える。
 そんな事を暇つぶしに考えながら、イヤリングをしている耳が気になる。いままでそんな装飾品を着けた事なんて無いので、その感触にどうも馴染めない。気になって、つい弄ってしまう。
(あっ!!)
 と胸中で叫んだ。何気なくイヤリングを弄っていたら、それが落ちてしまったのだ。耳に食い込む感じが嫌で、無意識の内に緩めてしまっていたらしい。
(大変だ!!)
 成歩堂は慌てて下に屈む。変に弾んでしまったのか、落下地点には無かった。
 マズイよ〜と眉を垂らしながらあちこち探す。傍から見れば何をしてるんだろうと思われる挙動だが、背に腹は変えられない。
 店主が明日の仕込みの為、と肝心の弁護士が来るまで厨房に引っ込んでいて本当に良かった。こんな滑稽な所は見られたくは無い。
(何処に行っちゃったんだよ!!)
 焦っては見つかるものも見つからなくなってしまうが、焦ってしまうものは仕方無い。屈めた姿勢はどんどん低くなり、仕舞いには匍匐前進みたいになっている。
 その時、席と席の仕切りも果たしているような、長身のプランターの下で何かがキラリと光ったような気がした。
 あれかな!と四つんばいのまま進んでいく。
 みぬきの細い腕だから良かった。本来の自分の腕じゃ、手首で閊えるだろう。
 手探りで奥まで突っ込み、闇雲で動かすと指先に何かが当たる。
(やった!)
 と喝采をあげて、もう少し頑張ってそれを集中に納め、腕を引きずり出す。
「……あれ?」
 手にあったのは耳飾には違いないが、みぬきの物でもなかった。
 以前の客が落としたのだろうか?でも、気づかないで帰ってしまえるものだろうか。こんな、大きな物なのに。
 いや、そもそもこんな大きな物を落とせるのだろうか?
「………」
 頭がひやりとした。
(……そうだ。これ――)
 似ている。あまりに似ている。
 被害者のつけていた物と。
 これを落とした人が探し出せなかったのはどうしてか。
 ――その時、死んでいたからか?
 こんな大きな物が外れたのはどうしてか。
 ――ここで、取っ組み合いでもしたからか?
 そうして――
「!!!」
 その時、後頭部にガツンと衝撃が走った。
(マズイ!)
 ここは、意識を失う振りをする事にした。下手に抵抗して相手をより凶暴にさせる事は無い。
「……………」
 殴った相手は、息を飲んでじっとしている。
 誰か――なんて、ここの店主に決まっていた。誰かが居た気配も無い。
 彼が犯人なら、被告人の指紋つきのナイフを手に入れるのは容易いだろう。
 殺される間際かもしれないというのに、成歩堂は事件のあらましを想像してみた。
 被害者とこの男は休みのこの店で落ち合い、多分、初めにどうにかして気を失わせた。そして、血が流れても掃除しやすい場所で喉を浅く切る。絶命までの時間を稼いで、死亡推定時刻を犯行時刻とイコールにさせないようにする為。指紋つきの凶器を用意していたあたり、かなり計画的で、そして残忍だ。
 喉がカラカラになる。
 隙を見て、逃げ出せるか?
 無茶はしないって、みぬきと御剣に約束してたのに――
 最も、ここが真犯人の居場所だなんて、成歩堂も夢にも思っていなかったが。
(誰か――)
 誰でもいいから第三者の乱入を期待した。しかし、今日は定休日だ。
 男が身を屈める。
 心臓が破裂しそうだ。
 その時。
『すみません!!』
 ドンドン!!
 やけにばかデカイ大声と、ドアを叩く音。
(オドロキくん!!)
 絶体絶命な状況に、光が差す。
 男はチッと舌打ちして、その体を抱き上げる。
 そして、移動し、そこへ放り投げ、一時的に法介の目から隠す。
 ガチャン、と鍵をかけた音がした。
「………ふぅ〜〜……」
 足音が完全に聴こえなくなったのを確認して、ゆっくり身を起こす。
 恐る恐る殴られた箇所に手をやるが、血は出ていないようだ。タンコブはさすがに出来たようだが。
(携帯は……ダメか)
 どうやら地下に当たる場所らしくて、アンテナが一本も立っていない。それでもと送ってみたが、やはり送信エラーが出た。
(真宵ちゃんも、こんな感じだったのかな)
 彼女はワインセラーだったか。
 携帯を開いたままにして、それを光源とする。より詳しく周囲が見れるようになり、ここはどうやら物置のようだ。しかも、使われていない。
(オドロキくん、気づいてくれるかな……)
 自分でもどこか抜け出せる場所を探しながら、成歩堂は法介に祈った。




***

いきなり事態は大きく動き出しましたよ!ひゃほう!
みぬきちゃんのアレはイヤリングではなくてピアスではないのか?という懸念がちらりと過ぎりましたが、口紅すら許さないパパが果たしてピアスを許すものかどうか、と。