黒くて長い髪のあの子




 どうやら弟弟子の失踪にそれなりに関わっていて、そして父の失脚にあからさまに関わっている男を打倒すべく来日し、明日はその初手合わせとなる。
 どういう男かはまだ写真でしか知らないが、きっといざ審理になればその弁護席に額こすり付けて「参りましたごめんなさい」と自分に言う事だろう。何せ狩魔は完璧なのだ!
 その為の戦略を今から練らなければならない。霊媒なんていう胡散臭すぎる程胡散臭い事件だが、被害者が居るなら必然的に加害者が居て、その加害者を捻り潰すのが自分の仕事だ。ただし今回に限っては相手の弁護士も捻りつぶさなければならないが。
 まぁ、標的が1つから2つになっただけだ。要領は同じでいい。ようは、相手の弁護を叩き潰せばいいのだから、いつも通りと同じだろう。
「ヒゲ、事件の概要を述べなさい」
 初動捜査と担当しているという無駄に大柄な大男に説明を求める。
 「はっ!」と畏まって敬礼したのはいいが、その後メモを取り出すのに20秒ほどもたついたので早速ムチで叩いてやった。言って判らすより物理的に怯えさせた方が効果は高い。
 男はムチに怯えながらも、それなりにちゃんとした説明を果たした。
 被害者は信じられない事に、死者を呼び出して自分の身の潔白を証明させるつもりだったそうだ。
 下らない。過去に縛り付けられてるとは。そして死者に縋るとは。
「それで、被告人は?」
 それを問うと、男は何故だか情けなく、そして悲しそうに眉を垂らした。後で訊いて判った事だが、その被告とは顔見知りなのだそうだ。世界は狭いというか、この日本が狭いのか。
「綾里真宵。霊媒師ッス。ちなみに、ラーメンはみそラーメンが好きッス」
 どうでもいい戯言を言ったので、もう一発ムチを振舞っておいた。
 被告人の写真があると言うので、見せてもらう。
「……………」
 その顔を見て、やや言葉を失う。
「アメリカもだけど、日本でも犯罪者の低年齢化が進んでいるのね」
「はい?」
 男は愚鈍らしく、言っている意味が判らないようだった。仕方ないので説明してやる。
「どう見ても、中学生くらいじゃないの」
「…………えーと。狩魔検事は今年お幾つッスか?」
「18よ。それが何か関係あって?」
 下らない会話は避けて通るべきだ。ひと睨みすればぶるぶると首を振って口を噤んだ。それでも何かもの言いだけそうだったが、実際に言い出すまではムチは控えておこう。無駄打ちすべきでもない。
「今からこの被告人の取調べをしなさい」
「えっ!自分がッスか!?」
 出来ればしたくない、という態度を全身に出していたので、ここはムチを振ってやった。はいッス、やりますッス、とヘコヘコしながら男は移動した。


 写真で見た彼女はとても幼いと思ったが、実際目の辺りにするともっと幼く見えた。拘束された事で萎縮しているからだろうか。取調室の横、マジックミラーの向こう側で冥は今回の被告人を観察していた。
 事件は密室で起こった。犯人の特定は容易いが、しかしちょっとした障害がある。彼女の流派の霊媒は、体すら変えてしまうそうで騒がしい女性カメラマンから強引にもぎ取った写真に居るのは、どう見ても彼女ではなかった。これでは裁判長の心象がこちら側に不利なものになる。
 とりあえず、この写真は隠す事にして、それとは別に彼女の霊媒を明確な物証にてそれを法廷で提示出来る様にしておこう。どういう状態で彼女が霊媒するかは知らないが、とりあえず四十六時中見張っていればその内するだろう。
「……………」
 冥は何だかぎこりない取調べの様子を横で見ながら、書類にも目を通していた。糸鋸の説明は詳細については皆無に等しかった。本当に捜査をしていたのか。
 現場は密室。血まみれでいた容疑者。
 この材料だけで有罪判決はもぎ取れそうだ。案外早く目的は果たされるかもしれない。冥は人知れずニヤリとした。
 書類を流し読みして、凶器についての項目に目を留める。凶器は、ある意味2つ。ナイフと、ピストル。命を奪ったのはピストルだが、これは被害者が持ってきた物みたいだ。
 弁護側がこちらの主張を崩すのなら、ここを攻めるだろう。しかし、凶器が誰が持って来たかなんてどうでもいいのだ。肝心なのは、誰が誰を殺したか。この一点に限る。
「……………」
 それでも、気にはかかる。どうしてこの被害者はこんな物騒な凶器を持ち歩いていたのか。この国では持っているだけで問答無用に違法扱いだ。
 被害者は証言、というか証書を書いて欲しいから呼んで欲しいとの事だったが、果たしてそれは真実なのか。
 本当は、復讐じゃなかったのか。自分を陥れた報いに、と。
 もう一度、冥は隣で取調べをしている被告人をちらりと見た。雰囲気はいよいよ沈んでいる。まるで葬式の真っ只中のようだ。あの大男には、あとでちゃんとした取調べをするよう、躾ける必要がある。
 かなり身につけている衣装が特殊だが、顔つきは至って普通、というかやや童顔かもしれない。目が黒いと余計に眼が丸く見えるのだ。
 しょんぼりしている様子は見ていて痛ましい。検事としての立場でなければ、彼女が殺人犯だなんて思いもしないだろう。
「…………」
 冥はまたじーと眺めている。
 何かに似ているわ。何だったかしら。
(ああ、そうね)
 小さい頃欲しかった日本人形に似ているわ。長い黒髪が、とても綺麗だった。それは買っては貰えなかったけど。
「……………」
 どうも、自分は黒い長髪の少女には縁が無さそうだ。
 これも宿命の内なのか、と自分が背負う狩魔の名を改めて重く感じた。

 後日の裁判で、彼女は無罪となった。
 悔しくて堪らなくて、久しぶりに味わう屈辱感だったが、他の宿命もこうして覆るのだろうか。そんな事を思う。




<終わり>

冥さんが真宵ちゃんを「お嬢ちゃん」と言ったのが凄い好きだからー!!
同い年だろってツッコミが出るまでワタシも素で受け流していたわ。自然すぎて。