−メヌエット−夢想曲



 何処かのお話です。
 牙琉には成歩堂という親友が居ました。
 この親友が先頃腹痛を訴え、ついには寝込むようになってしまいました。
 様々な医者に診てもらいましたが、治療法は誰も見つけられません。
 彼はミドリ色のいかにも具合が悪そうな顔色で、そして死にそうな声で牙琉に頼みました。
「僕のお師匠さんなら、何か判るかもしれない。ちょっと行って、聞いてみてくれよ」
 牙琉は余程どうして自分が、と異議を唱えたい所でしたが、一応この男に親友の看板を立てかけているので、親友らしくその指示に従う事にしました。
 その道中で、牙琉は自分が贋作を頼んだという事実を抹消する為に、女の子におまじないと称してマニキュアを、その父親には返信用の切手に毒を仕込み送りました。
 そして、師匠が居るのだという里に着き、彼の師匠に病状を事細かく伝えその治療法を尋ねました。
 彼女はすぐに答えてくれました。
「彼に伝えて。この世で最も愚かな男の心臓を食べれば、痛みは治まるわ」
 牙琉は頷き、早速来た道を戻りました。
 その途中、失踪していた自分の元依頼主が姿を現したので、自分が担当弁護士であったという事を口外されてはならないと、背後から忍び寄って、その頭を強く殴り殺しました。
 そして、道すがらにあの父娘が毒を飲んで死んだという報せを聞きました。
 成歩堂の元に戻った牙琉は、教えてもらった事をそのまま伝えました。
 この世で最も愚かな男の心臓を食べれば治る、と。
 彼はそれに、そうか、と頷いた後自分に飛びつき、動きを封じるように肩を強く掴んで覆いかぶさりました。
「何を、」
 訴える自分に、成歩堂はただ淡々とした口調で言います。
「何を?決まってるよ、教えてもらった通りの事をするのさ。
 牙琉、君があの手記の贋作を頼んだのもそれを僕に渡したのも判っている。
 それを隠す為に、3人も殺してしまった事も。
 どうして殺してしまったの?贋作を依頼した事実が露見しても、人としては最低かもしれないけど法で裁かれる訳じゃないんだよ?
 だって、君はそれを法廷に証拠として提出した訳じゃないんだからさ。
 それなのに、しなくてもいい殺人ばかり繰り返した。
 自分から逃げようの無い犯罪者になったんだ。
 僕は、君ほど愚かな人を知らない。
 君より、愚かな人を知らない。
 君が、この世で最も愚かな男だ。牙琉。
 君の心臓こそ食べれば、僕はこの痛みから解放されるだろう」



 スイッチをぱちんと入れたように、唐突な覚醒で夢から醒めた。
 悪夢、だったのだろうか。
 よく判らない。
 昔聞いた童話を綯い交ぜにしたような内容だった。
 牙琉はサイドテーブルにあるデジタル時計を眺めた。午前4時半。こんな時間帯、あの発声練習に勤しむ弟子だってまだ起きてはいないだろう。
 何故目覚めた。
 緊張しているのか?何に?
 今日行われる裁判は、確かに今まで携わったものの中で断トツに異質だろう。何せ、自分こそが真犯人の事件を扱うのだから。
 生贄にする羊は決まっている。あのイカサマ師だったウエイトレスだ。成歩堂が自分に連絡をくれた時、現場にはあの女と被害者だけだ。決定的な証拠が今一かけているが、自分の手腕を持ってそれとなく担当弁護士の法介の手綱を取れば、その結末へと向かわせる事は容易い。
 成歩堂から電話をもらった時から、いや、あの男を殴った時から考えたシナリオだ。間違いは、無い。今までだって、狂った事は無かった。
「……………」
 その事実を再認しても、牙琉は寝付ける事が出来なかった。
 それは、今日の裁判の被告人が、彼だから、なのか。
 いや、それこそ思い悩む意味は無い。彼の最後の弁護、裏で全てを操っていたのは誰か。この自分だ。
 彼に破滅の道をまんまと歩ませたのは誰か。この、自分だ。
 今回も、全て自分の思い通りになる――
 嘲笑してしまう程にナイーブになるのは、未熟な弟子が未熟なまま立つからか。どうして彼に委任したのかという疑念は残るが、それだって自分を揺るがす危険因子でもないだろうに。
 何も変わらない。何も――
 今日の裁判が終われば、彼はその記念だからといつもより豪勢な食事を奢らそうとするだろう。弁護士だった成歩堂に情景を抱く法介は断れずにそれに巻き込まれて、彼にいいようにからかわれては度々自分に助けを求めるような視線を投げかけるに違いない。
 そうして――明日からも――ずっと――
 そうだ、何も恐れる事は無い。
 ただ、夢見が悪かっただけだ。そう、あれはやっぱり悪夢だったんだ。
 まぁ、いくら相手が親友とは言え、自身が食われる夢は出来れば見たくないものだ。
 下手に寝なおすよりは、もう起きてしまおう。熱いシャワーでも浴びれば気分も優れる。
 まだ夜明けの無い室内、牙琉は起き上がった。 



「君の心臓こそ食べれば、僕はこの痛みから解放されるだろう」
 牙琉は成歩堂に食われるという事実を思って、愚行を凝らした自分の心臓が彼の痛みを無くすのであれば、救うというのであれば、それは自分たちにとって最高の皮肉だろうと。
 それがとても可笑しくなり、心臓を食い尽くされるまで笑い続けました。
 この上なく、ほがらかに。




<了>

別に殺さなくてもいいだろうよ霧人さんよぉー。とか4をプレイするたび思うので、その辺りを。
実際殺人さえ起こさなければ、ややこしい親友のままだっと思うんですよ。うん。
作中の元になった童話はあるんですが、さっぱりタイトルも作者も忘れてしまいました。でもおおよそあんな感じなので誰か知ってる人がいたらいいね(希望?)
いやぁ、でも霧ナルって……異質だよねぇ、このサイトだと……
霧人さん何か笑いとれる事言って!と訴えてみたい。