aha causa!



*神乃木さんが毒飲んでも5年も寝てないであっさり回復したという凄いパラレルです。
千尋さんに雑な扱いを受けてる神乃木さんは見たくないわ!!という人は完全スルーで。
千尋さんとリュウちゃんがイチャコラしてる感じになるかと。








 何か困った事があったら私を頼って
 私は貴方の味方だから

 その言葉を利用したりおんぶしたり、ましてや依存するつもりは無いけれど、法学部でもない自分が弁護士を目指すのには限界があると思う。そして、そこを突破出来るための手腕を授けてくれそうな人物は、愚かしい態度ばかりを取った自分にそう言ってくれた彼女しかいなかった。
 すぐに頼って、彼女は自分に呆れるかもしれない。それでも良い、ダメで元々だと半ば自棄になって連絡をつけると、彼女は喜色満面を彷彿するような声にて明日にでも来ていいと言ってくれて、その時は思わず涙が零れた。ああ、これが嬉し泣きってヤツなのか、とはらはらと流れる涙を感じながらそう思ったものだ。
 そして、今日、彼女の事務所を訪れる。正確には星影法律事務所、だが。そう言えば、千尋さんの横に恰幅の良すぎるカーネルおじさんみたいな人が居たかもなぁ、と審理中は恋人(実は偽)と千尋さんにしか意識が行ってなかった成歩堂は、おぼろげな記憶を探ったがそこから浮かぶ人物像も輪をかけておぼろげだった。まぁ、今日行けば嫌でも会うだろうから、そこから記憶しなおせばいいや。
 ドアの前まで来て、一瞬チャイムを探してしまった成歩堂だ。友達の家じゃなくて事務所なのだから、依頼人はそんなものは鳴らさない。
「……すいませーん……」
 ガチャリ、と開けておずおずと中に入る。頼むから千尋がすぐに自分を見つけてくれるよう、切に祈りながら。しかしその願いはあっさり霧散してしまう。目の前に背を向けて立っている赤いシャツの人物は、どう頑張って間違えて誤認しようとしてみても、女性には見えないからだ。
 その人物は振り向く。
「――あァ?誰だ、あんた……………」
「ッッッ!!!!!
 ごめんなさわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!!」
 振り向いた相手の人相を目の当りにするなり、成歩堂は意味も無く謝罪の言葉を喚いてかなりのスピードで今来た道を逆走した。
 ドアを出て道に出る前に、ドン、と何かにぶつかった。
「わぁッ!すみません!」
「いえ、こちらこそ……あら、なるほどくん!来てくれたの!?」
 成歩堂を確認するなり、千尋の顔がスイッチを入れた豆電球のようにささやかにパッと明るくなった。成歩堂としてはこのまま千尋と和やかな会話をしたい所だが、生憎そんな状態ではなかった。
「た、大変です!大変なんですよ、千尋さん!!」
「ど、どうしたの、なるほどくん」
 慌てふためく成歩堂に、千尋もつられるように動揺してみた。
「事務所が!事務所が!!」
「事務所?」
 そう言えば、彼はそこから出て来たように思えた。千尋は少し前の記憶を回顧する。
「事務所が!ヤクザに乗っ取られてます――――――ッ!!」
「ええ!ヤクザ!?」
「はい!警察呼ばないと!!」
「おい……そのヤクザってのは俺の事かい?」
 余裕見せようとして失敗して、米神をヒクつかせた神乃木が、ぬ、と成歩堂の背後に立った。
「うわぁ―――ッ!!出たぁ――――――ッ!!」
「なるほどくん!落ち着いて!」
 と、 千尋は成歩堂を宥めると同時に、神乃木の顔の中心線に拳を叩き込んだ。
「なっ……何故俺を殴る……」
 人体の急所ライン上を打撃され、神乃木が顔を抑えて唸る。
「とりあえずパニックの元を断ったんですが。いけませんでしたか?」
「………。いや、何でもねぇ…………」
 普段はそうでもないが、下から見上げた時の千尋にはただならぬ威圧感がある。神乃木は千尋を見下ろせる一般より育ちまくった自分の体躯に感謝した。
「なるほどくん、落ち着いて」
 そう言って、千尋は成歩堂の肩を抱いた。その時は成歩堂もパニックを落ち着かせていた。だって、あのヤクザより目の前の彼女の方が強いから、安心できたのだ。
「彼は私の先輩よ。だから、弁護士なの」
「え………えぇぇぇぇぇぇえええッ!!」
 成歩堂は眼を丸くして慟哭した。あら、眼を見開くと一層可愛い、と千尋がほんわかしてるのにも気づかず。
「そ、そうなんですか!?」
「ええ。私もその事実を受け入れるのに一週間はかかったわ」
 ならばあの一週間の内で交わされた会話は何だったのだ。
 鼻がちゃんとくっついてているかどうかの確認をしなくても良かったのなら、神乃木はそうゆさぶりをかけたかった。
「ご……ごめんさい。僕、てっきりヤクザか暴力団かマフィアのどれかとしか思って疑ってませんでした」
 しょんぼりした成歩堂は、涙目で鼻を押さえて蹲っている神乃木に素直に謝罪した。正直、神乃木はそれ所では無い痛みとまだ戦っている。千尋のパンチは鋭くて重かった。そしてなにより的確だった。
「まぁ、なるほどくんが間違うのは無理も無いわ。
 こんな肌の色が濃くて真っ赤なシャツを着てるのなんて、VシネマかAVの男優か人間の姿を模したブレイズドラゴンのどれかだもの」
 淀みなく千尋は言った。最後はもはや人間ですら無い。
「さぁ、なるほどくん。中に入って。弁護士になる勉強が行き詰ったんでしょ?もたもたしてられないわ」
 千尋はセリフの後に、励ますように微笑んだ。
 そうして、片手で成歩堂を優しく招いて、もう片方の手で神乃木を引きずり、三者三様に事務所へと入って行った。


「はぁ、神乃木さん……ですか」
「で、アンタはまるほどうかい」
「違います!成歩堂です!」
「クッ、俺にとっちゃどっちでも似たようなもんだぜ?」
「似てません!」
 顔を赤くしてまでぷんすか怒る成歩堂に、神乃木は愉快そうに笑った。
「そうですよ神乃木先輩。名前はちゃんと記憶しないと、人物ファイルが作れませんよ?」
「お……俺が悪かったから、頭をがっちりホールドする腕を緩めてくれコネコちゃん……!!」
 神乃木の顔がチアノーゼになったので、千尋は腕を離してあげた。そして自分もソファに座る。お茶を入れてきた帰りのついでに神乃木の頭をホールドしたのだ。
 事務所に入ってまず、千尋は中をざっと案内というか説明してやり、その後神乃木が完全復活したので自己紹介をし合った。そこでいきなり神乃木は、成歩堂の名前を間違えて言ってやったのだった。そして、千尋に首を絞められた訳だ。
「でね、なるほどくん」
 横に座らせた成歩堂を千尋は覗き込む。
「この人、見てるこっちが胸やけするくらいコーヒー飲みまくるし、何だかよく判らないセリフ回しするし、やたら赤いけど弁護士の腕はいいのよ。適当にゴマすってやって、都合よく利用しちゃいなさい」
「……本人目の前にしてよく言ったもんだぜ……」
 思わず本気で感心してしまう。感服したのは本当なのに、ならこの涙は一体何だろうか。
「え、ええと、その、よろしくお願いします……」
 語尾が小さくなるのは、現役敏腕弁護士を目の前にして威圧負けした為か、先ほどとんでもない勘違いをした負い目のせいか。どちらにしろ自分を頼ってやってきた男の子が、捕食寸前の小動物みたいに縮こまって困っているのだ。どんな手を使ってでも守ってやらねばならない、と千尋は覚悟を決めなおした。そんな千尋の覚悟を敏感に察知した神乃木は、とりあえずその気迫に怯えた。


 成歩堂は問題集を何冊か買ってはいたが、それすらもどう手をつけていいか判らない有様だった。まぁ仕方無いというか、芸術学部は過去の刑事罰の判例は教えてはくれないのだから。千尋は彼が急な転向をした事だけは、書類上で知っている。
 千尋が何問かピックアップしてやり、成歩堂に知識が無いのを判った上でやるだけやってみなさい、と告げた。開いている机を彼に貸してやり、神乃木と千尋は妙なプレッシャーを与えないように別室へと移動した。
「そういう訳ですので、神乃木さん。彼に困った事があったら、ちゃんと手助けしてくださいよ?」
 千尋は神乃木の顔を覗きこみながら言う。
「ああ。勿論そうするつもりだから、とりあえず固く握り締めたその拳を解いちゃくれないか」
 おまけに彼女は脇をしめた体勢で居るので、いつそれが飛んでくるか判ったものじゃない。
「しかし……て事は見習いが一人増えるって事か。星影のジイさんには承諾済みなのかい?」
 現在ここの所長は、尻の痛みが激しいとかで温泉治療に言って居た。多分、神乃木はその尻の痛みは単に椅子のサイズが合ってないだけのせいだと思ったのだが、千尋と二人きりになれるチャンスを逃したくなくてコーヒーの湯気と共にその意見は空中へと消していた。
 神乃木の言葉に、千尋はころころと明るく笑う。
「やだ、神乃木先輩。
 私の決めた事で、星影先生が嫌と言うと思います?」
 そして、綺麗な笑顔で言うのだった。
「………………」
 神乃木がコーヒーを飲むのも忘れて佇んでいると、ドアが開く。
「あ、あの、出来ましたけど……」
 ドアを開けた成歩堂は、其処に見栄えのする男女のツーショットが展開されていたのでぱっと顔を赤くしてしまった。だって、二人は結構距離を詰めて立っていて、しかも何だか親密そうな雰囲気だし。
 しかし、距離が近いのは千尋の拳の射程内だからで、二人の間に漂う普通でない空気は親密な雰囲気ではなく、単に神乃木が千尋のオーラに圧されているだけだ。
「あ、出来たの?」
 千尋は振り向くと同時に威圧感と拳を無くし、踵を返した踵で神乃木の足を踏みつけた。
「い゛ッ!!!!」
 鋭い痛みに、短い悲鳴が神乃木からする。
「きゃあ、神乃木先輩、すいません!凄く近くに居るから、つい踏んじゃいました!普段こんなに距離を詰める事が無いから、間隔が掴めなくて」
「い、いや……大丈夫だぜ……」
 足を変な風に曲げて痛みを紛らわせながら言う。しかし今、さり気なく成歩堂に対して自分との関係を思いっきり否定するような内容のセリフだったような気がしたが、それは気のせいで済ませてもいいのか?問い詰めるべきなのか?
「さて、採点するから、ソファに戻って?」
「あの……一応解いてみましたけど、僕、あまりよく判らなくて……」
「いいのよ。むしろここで満点を取られたら、私の方が立つ瀬が無いわ。それを教える為に事務所に来て、って言ったんだから」
 千尋が優美に微笑むと、成歩堂の方も顔が綻んでいる。
 成歩堂の緊張が解れたのを確信した後、千尋はくるっと回って再び神乃木の方を向いた。
「そういう事ですから、コーヒー二人分お願いしますね。私は砂糖無しのミルクで。なるほどくんは?」
「コーヒーくらいなら、僕が……」
「いいのよ。この人コーヒー入れるのが大好きな人なんだから。ね、神乃木先輩?」
 千尋が笑いながら問いかける。
 ここでイエスと言わなければ命が危ないぞ神乃木荘龍!と誰かが叫んだ。もしかしたら、自分の守護霊かもしれない。
「……あ、ああ」
 その教えに従うように神乃木は頷いた。と、千尋が膝を緩めたのに気づく。もし首を横に振っていたら、その首にハイヒールのつま先部分が飛んできたのだろうか。今はもう判らない。確認したくも無い。
 採点してるだけにはやけに和気藹々とした会話が聞こえるが、特に口を挟むことはしないで神乃木は手馴れた要領でコーヒーを入れて行く。この芳醇な香りは自分を落ち着かせてくれる。今だって。


 動機はさておき、神乃木にしてみればガキにしか見えない成歩堂だが、弁護士を目指したい気持ちには鬼気迫る本気を感じた。切迫して焦っているようにも見える。まぁ、彼が真剣なのは判った。
 なまじ千尋が見目麗しい女性なので、疚しい目的が目当てなんじゃ、と勘繰ったのを申し訳なく思ったくらいだ。なので、神乃木は千尋に言われたからでもなく彼には協力してやろうと思う。
 成歩堂はその日、事務所を閉める時間まで居た。そろそろ閉める時間だと神乃木が言った時、素っ頓狂な声で「えぇ!?」と叫んだ。どうやら、熱中すると時間の感覚が無くなるタイプみたいだ。
 事務所の戸締りは神乃木の管轄だ。法律事務所には資料があるから、間違っても泥棒になんて入られる訳にはいかない。
「なるほどくん」
 と千尋が成歩堂に今日の別れの挨拶を交わしている。
「もう、今度から事前に連絡入れなくてもいいから。本当にいつ来てもいいのよ」
「…………。はい」
 千尋の言葉が社交辞令でないのを感じ取って、成歩堂はゆっくり頷いた。千尋がその頭を撫でる。成歩堂が笑む。神乃木は置いてけぼりだ。
「今はね、ここの所長さん、ほらあの太ったおじいさんはちょっと療養中なんだけど、出て来たたら改めて紹介してあげるわね。弁護士志望のなるほどくんです、って」
 千尋がからかうように言ったので、成歩堂も「なるほど、じゃなくて成歩堂ですよ」と笑いを交えて返事をした。
「療養中って、何処か具合が悪いんですか?」
 成歩堂が尋ねる。
「ま、ちょっと椅子と体が合わなかったのかもしれないわね。なるほどくんからメールを貰った翌日、尻が痛いって言うから温泉にでも行ってみたら如何ですか、と私が勧めておいたの」
 千尋のセリフを神乃木がこっそり聴いていた。
 と、いう事はアレだろうか。千尋は自分と二人きりになりたいから、それとなく言い方は悪くなるが星影を追い出したのだろうか。中々策略で積極的なコネコちゃん、嫌いじゃないぜ、とか少々照れ臭そうに頭をかく神乃木だった。
「だからね、なるほどくんが来てくれて私も嬉しいの。だって、神乃木さんが審理の聞き込みに言ったら、一人きりになっちゃうでしょ?なるほどくんが居れば、一緒に法律の勉強も出来るしね」
 人に教えるのって、自分の為にもなるのよと千尋が言う。
「……………」
 果たして千尋は誰と二人きりになろうとしているのか。
 世の中は聞かなきゃよかったと思う事ばかりだというのを神乃木は知っているので、訊かない事にした。




<おわり>

多分今までのポジションで千尋さんがみぬきちゃんで、神乃木さんが法介の位置に入るんだと思うな。
でも千尋さんはみぬきちゃんよりすげぇんだぜ!!という方向で行きたいと思う。
神乃木さんガンバレ(死なないように)