男心とその結末



 宝月茜刑事は今日も不機嫌であった。今日は、ではなく、今日も、な辺りがアレだよな、と遭遇してしまった法介はつくづく思う。
「………あのー。聞くのも虚しいと思いますが、今日は何でまたそんな不機嫌なんでしょう……」
「事件が起こったからよ!」
 刑事としてこれほど理不尽な怒りの理由があるだろうか、と一瞬眩暈さえした。最も、よく考えれば刑事特有の動機とも呼べるが。
「言っておくけどね、殺人事件が起こった事自体については不満を言うつもりはないのよ、あたしは」
 いやいや、そこは刑事として以前に人してどうなんだ、と冷や汗を流す。
「今日はそんなに事件も無いし、刑事も一杯余ってるからあたしにまで仕事は回って来ないだろうって、すっかり勉強モードになってた所を急に呼び出されたのよ」
「…………もしかして、牙琉検事にですか」
「そうよ!あのじゃらじゃらよッ!」
 どうやら彼女にとっての起爆装置を押してしまったようで、その怒りの度合いは凄まじい。カリントウが凄い勢いで口の中に消えていく。
「ったく!あたしに何の恨みがあるっていうの!」
 茜さんの方から牙琉検事の方には恨みたっぷりのようですけどね、と心の中でこっそり呟く。
「いや……それはやっぱり、茜さんのその、科学捜査の腕を買ってるんじゃないでしょうか」
 一応何度か助けてもらってるので、響也にフォローを入れてみる。実際、彼は茜の事をそう湛えていた。職務を超えてまで捜査に勤しむあの態度は立派だと。あまりに感心するので「ただの趣味だと思います」という発言は控えた。
 科学捜査を話題に出せば、茜の態度も和らぐだろう。そう、思ったのだが。
「だからこそじゃない!!」
 ぐわっ!と一層声を荒げる。
「……………」
 火に油を注いだってのはこんな感じの事みたいだ、と冷静に諺について考えてしまった。
「こんな一介の刑事じゃ科学捜査も録に満足行えてないってのに!だからあたしはれっきとした科学捜査員になる為に、勉強したいのにあの男は!!」
「あ、あの、オレもう行きますから」
 それこそ逃げるように、法介はぴゅーっと立ち去った。
 仕方無い。男にはどうやったって解らないのだ。女心ってやつは。
 自分に仕草を見抜く力があると解った上でも、その認識は覆らない。
(実際、みぬきちゃんも何を考えて居るかさっぱりだもんな……)
 成歩堂に関しては解らないというより読めない。故意に隠されていると言うか、そんな感じだ。
 まあ、抱えているもの全部曝け出してもらわないと関係が築けない、なんて子供じみた事は言わないけど、ちょっとくらいは弱い所を見せてくれてもいいんじゃないかなあ、と思えるくらいの厚かましさは出て来た法介だ。
(オレだって、今やあの事務所の一員なんだからさ)
 そして、今も一員として郵便受けを覗いている。郵便は毎日何かしら来ている。DMや光熱費等の請求書。
「…………お、手紙発見」
 今日はそれらに加えて手紙が入っていた。絵ハガキだ。しかも、切手や消印が明らかに日本の物ではなかった。海外からのようだ。宛先は成歩堂龍一となっている。とても丁寧な文字だった。
(うーん、大人の文字だな……)
 以前日記(と言う名の記録)を茜に読まれた時、科学的に子供みたいな文字ね、と言われてしまったのだった。その原因はつい大きく書いてしまう事にあると、考えた末そう踏んだ。
 ともあれ、個人宛の手紙なので、それ以上は見ないよう心がける。成歩堂宛、というのでちょっと、いやかなり内容や差出人が気になるけども。
 ドアを開ければ親子揃ってソファで寛いでいた。すぐに本人に渡せる事に、法介はほっとする。一人きりだった時には、見たいという欲求と誘惑と戦わなければならなかっただろうから。
「オドロキさん!オハヨーございます!」
「おはよう」
 挨拶してきた二人に、自分もおはようございます、と返した。
「さて。オドロキさんも来た事ですし、チャーリー先輩にお水をあげなくちゃ」
 なんでオレが来た事が関わるんだ、とジョウロを取りに行くみぬきを見ながら思った。本当に、女の子の考える事は解らない。……まあ、自分に関わっている女性達はちょっと特殊な部類なのかもしれないけど。
「あ、そうだ。成歩堂さん、手紙来てましたよ」
「あれ、なんでだろ。この前ちゃんとレポート送ったのに」
 相変わらず法介にとって意味不明な事を言う。
「手紙というか、絵ハガキなんですけどね」
「絵ハガキ……」
「しかも外国からですよ」
 とか言いながら、成歩堂に手紙を手渡す。絵、というか写真側の方をまず見てから、成歩堂は引っ繰り返して宛先や文面の書かれている方を眺める。
 そして。
「――――……………」
「…………」
 彼の対面側のソファに座る
 法介は、成歩堂さん、と呼びかけたいのに。
 呼びかける事が出来ないでいた。
 そうしている内に、成歩堂が立ち上がる。絵ハガキはポケットに仕舞われた。皺くちゃにならないかな、とちょっと手紙を気にした。
「どこに行くんですか?」
「ちょっとケーキを買いにね。オドロキくん、何がいい?」
「え……ええと、何でもいいですけど」
「何でもいい、ねぇ……それが一番困るんだけど?」
「あ、そ、それじゃ……うーん、」
「おいおい、ケーキくらいでそんなに真剣に考え込むなよ」
 ははは、と朗らかに笑う。通り縋る時に、腕を組んで難しい顔をする法介の頭をぽんぽん、と叩いた。
「じゃあ、僕の判断で適当に買ってくるとするよ。
 すぐ帰るから、みぬきにそう伝えておいて」
「はい」
 成歩堂が出て行ったドアを、法介はしばらく眺めていた。
(そうか……そうなんだ………)
 自分は男だから、女心は解らない。
 でも、だからその分。
 男心は解るから。
 さっきの彼の顔を見て、その手紙の主がどれだけ大切な存在なのか。
 自分には、手に取るように解ってしまうのだ。




<END>

基本はミツナルですのでどうしてもホースケが片恋になってしまってちと可哀想でもある。
ええ手紙の主は御剣ですよああそうですよ。(何で逆キレっぽく?)
でも基本がミツナルでも根元はチヒナルなんだよね。うん、千尋さん最強。
……またタイトルがどうにも思い浮かばない……!!(ギリギリギリ)