始まりの始まり。
矢張の(当人にとってはハタ迷惑以外何物でもないだろうが)親友その1こと成歩堂くんは、最近ちょっとアンニュイだった。それは、矢張の(当人にとっては災厄の他そうと受け取りようもないだろうが)親友その2の御剣くんについての事だった。
御剣は成歩堂の事が好き……らしい。出来れば恋人にしたい要領で。むしろ伴侶にしたい勢いで。
そこで成歩堂が困っているのは、別に彼が同性愛について嫌悪感を抱くからではない。問題なのは、御剣個人だ。例え彼が彼女であったとしても、また成歩堂の方が御剣にとって異性であっても、成歩堂はきっと今と同じような悩みを抱えて、ピーカンな晴天なのに土砂降りを眺めているような表情になった事だろう。
(……つまり、だ。御剣がどんだけ〜ってくらい成歩堂ど一直線のオンリーで他を知らないのがいけないんだよな。だから成歩堂が御剣の可能性を食っちまってんじゃないか、って落ち込む訳だ。俺様素晴らしく頭イイ!!)
矢張は自分で自分の頭をいい子いい子と撫でた。誰もしてくれないから(←自己責任)。
(成歩堂はこの手の問題にはてんで奥手っつーかやり方知らなくて右往左往するしかねーかんな。御剣については論外だし、ここはいっちょ、俺が肌を脱いでやるしかないか!)
矢張は景気づけに、ダシャー!!と拳を天に向かって突き上げた。
そして矢張の考え付いた作戦というのは!
御剣を合コンに呼んじゃおう☆っていうものである!!
とりあえず御剣は出会いが足りない。そういう人は数多いが、御剣の場合は最悪な事に「面倒」の二言で声をかけてくる人をスッパリ切り捨てるのだった。
なので、たくさんの女の子と触れ合えば、その中で恋愛感情は芽生えなくても趣味・嗜好の合う子と親しくなれるきっかけが、出来るかも知れない。それにより、彼の見解の幅を広げちゃおう!っていう趣向である。
別に見かけだけはいい御剣を利用して可愛いコ一杯呼ぶぞー!っていう魂胆じゃないんだからね!って矢張は主張するが、きっと誰も信じないだろう。だってきっと嘘だもん。
そして作戦決行のチャンスが来た。
矢張が事務所に行ったその日、御剣も成歩堂の所へと寄っていた。矢張は基本フリーなので、御剣に時間を合わせて「一緒に帰ろうゼー!」とうざいくらいに誘い、いい加減殺意の芽生えた御剣だが成歩堂の「そうだね。またトラブルに巻き込まれたら厄介だし、御剣、頼むよ」の言葉でころりと態度を変えて御剣は矢張と一緒に事務所を後にした。事務所から一歩出た時、もう成歩堂と居られる時間が終わった、と御剣は深〜〜〜い溜息を零した。しかも今日はその上矢張まで居るし。
矢張は思う。御剣はとんでもなくかなり、成歩堂の事が好きなんだなって。あるいはもしかすると、成歩堂が死ね!と悪し様に命令してもいつものように「うム」と頷いて本当に死にそうな感じさえする。しかし、それより恐ろしいのは御剣がそれを無自覚だという事だ。まだ、だが。
何せここまで顕著なのだ。いつ、いかなる時、本人が自覚するか解らない。まるで東海大震災のようだ。
別に、成歩堂は永遠にその気持に気づかないでいれば、とまでは思っていない。ただ、今の状況でその気持ちを自覚してしまうと、本当に他を顧みなくなるかもしれない、と危惧している訳だ。
(確かに。実際今、御剣は俺の事をちっとも顧みねぇ)
矢張は頷く。いやいやいやそれとはきっと関係ないから、と成歩堂は聞いたら全力で否定しただろう。
「なぁ、御剣ィ!」
「何だ事件製造機」
元気に声をかけてきた矢張にとても不機嫌な御剣が答えた。
「いつでもいいからさ、暇な週末とか教えてくれない?」
「…………何を企んでいる?」
よもや成歩堂に危険が及ぶ可能性か、と御剣はぎらりと矢張を射抜いた。ひぃぃ、と竦む矢張。
「べべべ、別に何も企んでねぇよ!ただよ、合コンやるからオマエも呼ぼうかなーっていうだけ!!」
ぶんぶんぶんぶん!と手を振りながら青ざめた矢張は必死に説明する。何せ命に関わってるので。
「合コンだと?」
サイコロックさえ粉砕する殺人的な目力は引っ込めたが、その変りに思いっっっっっきり怪訝そうに顔を歪めた。
「知ってる?合コン。合同コンパの略なんだけど。……あれ、合同コンパでいいんだっけ……?」
言ってて解らなくなった矢張だった。
「つまり所、ねるとんとか、フィーリングカップル5対5とか、そういうアレだろう」
「………合ってるけどさ、すぐにその例えが出るどーなの」
平成生まれとして。特に。
「空いている週末はあるが、そのようなものに付き合いたいとも思わん。却下だ」
「ちょちょちょ、ちょっと待てよ!」
これで話は終わった、とばかりにスタスタスタとさっそうに歩き進む御剣を、矢張はどうにか捕まえる事は出来た。
「別に大した事ぁしねぇよ!ただ、顔合わせて楽しくメシ食う、みたいな?」
「だったら尚の事興味は無いな。部屋でDVDを見ていた方が100倍有意義だ」
そのDVDは、きっとトノサマンなんだろうな、と矢張は思った。他に思いようもなかった。
「いや、ほらよ、オマエ仕事人間だから、人間関係っつーかそのバリエーションも凄く狭そうだなーって。
だから、付き合いの幅を広げてみたら?って事!
きっと、仕事にも役立つんじゃねぇか?そういう経験」
「どうやら気遣ってくれてるらしいので、形ばかりの礼は言うが、生憎現状で審理の運びで困った事は無い」
「………………」
オメーがよくても成歩堂が困るんだよ!!と、矢張は言える事なら言ってやりたいものだった。が、そうなると、
「何故そこで成歩堂が困る?」
「それはね、自分だけを好きになられたらと困るんですよ」
「ム、私は成歩堂が好きだったのか。ふむ、納得だ」(頷き)
……てな事になるから出来ないのです。
「いいから!この際俺の顔を立てるって事で!」
「絶・対・に・行・か・ん」
何ぁぁぁぁぁ故貴様の顔を立てねばならんのだぁぁぁぁぁぁ!!と憤慨するオーラを纏って御剣はきっぱり拒絶した。
マズい、どうやら止めを刺してしまったようだ、と矢張も焦る。
「ホッッッントお願い!今度検事さん連れてくるよーって言っちゃったんだよ、俺!!」
そして本音も言っちゃった矢張だ。
「矢張」
と、御剣は涙目で訴える矢張の肩にしっかりと手を置いた。
「大丈夫だ。きっと貴様がその約束を反故した所で、毎度の事だとそれ以上信用が下がる事は無い。むしろもともと無いだろうからな、信頼」
「あらゆる意味で酷ェ―――――――!!!」
矢張はガビーンと戦慄した。
「何だよ、御剣のケチ!こんとからケチルギって呼ぶぞ!」
「勝手にしろ。人前で呼んだら侮辱罪で告訴してやる」
「怖ぇ――――!!」
御剣が本気で言ったので矢張も本気で怖がった。
「なんだよ!青春は短いんだぜ!恋人がいなけりゃ自分から探しに行くしかねーだろ!俺のチャンスを潰すなぁぁぁ――ッ!!」
と、矢張が悲痛に叫んだ所で御剣の足がピタ!!と止まる。まるで一時停止スイッチでも押したか、その部分の地面に接着剤でも着いていたかみたいに。
「……恋人が居なければ、探しに行くものなのか?」
「へ?そりゃ、欲しいヤツはな」
それまでとは打って変わり、やけに慎重で神妙な口調で御剣が言う。かなり戸惑いながらも、矢張は無視したらその後が怖いので一応返事してやった。
「言いかえれば……探しに行きたいと思わないのは、特定に想う相手が居るから……と言う事になるのか?」
「はあ?まあ、そうなんじゃねぇの」
と、実に簡単に矢張は頷いた。今の発言の重要性にこれっぽっちも気づかずに。
「……そうか……そうか、そうか」
御剣はそうか、を連発して、何か深く頷いている。
「…………………」
矢張はちょっと嫌な予感がした。
「そうか。そうだったのか」
御剣は、何か感銘でも受けたかのように、拳を作って天を仰いだ。
「…………………」
矢張は結構嫌な予感がした。
「矢張」
自分の世界から帰って来たような御剣が、矢張を向き直る。
その顔は、今までに見た事が無いくらい、輝かしいまでに無邪気な笑みだった。その無邪気さがいっそ恐ろしいと思ったのが矢張の感想だった。
「さっきの話は、ナシだ。はっきりとした理由がある」
「り、理由って?」
「不義理になるからな」
御剣はしれっとそう言って、軽く手を上げていっそ小憎たらしいくらいスマートに立ち去って行った。
「……………………」
一人残された矢張は、アレッと今までの事を振り返ってみた。
「…………………」
ヤバいかもしれない、と思った。
その次の日の成歩堂事務所にて、一本の電話が入った。
依頼ならいいなぁー、という所長の願いを打ち砕くように、その電話は矢張からだった。
「なんだよ、また事件に巻き込まれたか?」
折角御剣に送ってって貰ったのになー、と冗談めかして明るく言う成歩堂は、すぐそこに迫った危機を知らないでいる。
『………………』
「? 矢張?」
沈黙が続くのでまさか本当に事件に関わったんじゃないか、と成歩堂が勘ぐり始めた時。
『ごめん』
「へ?」
『だから、ごめん。俺は謝ったからな!謝ったからな!!!!』
ガチャン!ツーツーツー。
矢張の電話はそこで終わった。と、いうかそれで終わった。
「…………。何なんだ、一体……?」
まあ、普段からおかしなヤツだけど。と成歩堂はさして気にする事無く受話器を元に戻した。
そして、ノックの音がする。
時間から見て御剣かな、と成歩堂は時計を見て思った。縦社会に身を置いているからか、あるいは本人の性格からか、結構生活のタイムテーブルが決まっている。
「どうぞー」
その成歩堂の声でドアが開く。まず赤い色が見えて、他に居ないとも言えないが御剣だろうと思う。あるいは、御剣であって欲しいなという願望かも知れないが。
御剣と方向性は合致しないかもしれない。でも、一緒に居るとそれだけで和めるのは成歩堂も一緒だ。だから余計に、今が崩れるのが怖い。
「やあ、御剣。いらっしゃい」
成歩堂が笑顔で出迎える。
そして次の瞬間、その笑顔が固まってしまった。
「なっ、なるほどくん!なるほどくん!」
「……何、真宵ちゃん」
御剣の来訪からあまり間を開ける事無く真宵も事務所へとやって来た。
「御剣検事、一体どうしちゃったの!?何ていうか……飼い主見つけた子犬みたいに嬉しそうな顔してるよ!」
「………………」
言い得て妙だな、と成歩堂は思った。
(……さっきの矢張は、これが言いたかったのか……!!)
だったら文句の一個や二個、言っておくべきだった。むしろ今度一緒に飲みに行く時奢らせる。絶対奢らせる。
「成歩堂、」
「おぅわっ!何、どうしたの御剣!」
3人分のお茶を淹れるにしては時間のかかってるような成歩堂を気にしてか、御剣がひょっこり顔を出す。
「何か手伝うか?」
「う、ううん!真宵ちゃんも居てくれるから、大丈夫だよ!すぐ持っていくから、待ってて!」
「……そうか」
少ししょんぼりしたような風体になり、御剣は引き下がる。
「……御剣検事、寂しそうだったね」
「…………。そうだね」
そう返すのが精一杯の成歩堂だった。
「はい、御剣」
その後お茶を淹れてきた成歩堂は、御剣の前にカップを差し出す。
「――ありがとう」
と軽い微笑と共にそれを受け取る御剣。今まで礼は言っていたが(言えるようになったが)微笑みまではついてこなかった。
その笑顔がなんだか。「好きだ」「大好きだ」とか言ってるようで。何か、こう。
「………………〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
かぁぁぁぁっと成歩堂の顔の温度が上昇していく。
「ぼ、僕ちょっと整理したい書類があるから!御剣はゆっくり寛いでいて!」
席についたかと思えば、すっくと立ち上がり成歩堂は駆け込むように所長室へと向かった。飲み手を無くしたカップの湯気が、虚空を舞う。
それを、御剣はきょとんとしたように眺めていた。
「一体……どうしたというのだろう……」
「……それ、世界で一番、今御剣検事から言われたくない言葉だと思うよ……」
本気で首を傾げている御剣に、脱力したような真宵がそっと言った。
それにも御剣は首を傾げ、そんなに急ぐくらい書類の整理が溜まっているのなら手伝おう、と御剣も立ち上がる。ついでに、成歩堂の分の紅茶を持って。
まるで尻尾でも振っていそうなその後ろ姿に、真宵はなんだか解らないが成歩堂の苦労が増えたのだけは解ったので、帰ったら姉に相談してみようかな、と思ったのだった。
<おわり>
そんな訳で自覚話。
またしても矢張のせいで!という流れです。
つーか矢張でも混ぜっ返してくれないと進まないような……そうでもないような……(どっちだ)
今まで何となく懐いてたのが今後目的と意思を持って懐くようになるわけです。
大変だね!