Intervie



 その日成歩堂の事務所を訪れてみると、目に見えて、先日掃除しましたよ綺麗でしょ、とばかりに綺麗に整理整頓されていた。まぁ、これが本来在るべき姿なので、あまり感心するのもあれだろうか。しかしやっぱり感心してしまう。
「一体何があった?と、いうかあるんだ?」
 ただの平常時に成歩堂が掃除をするとは端から思っていない御剣であった。
 部屋に入るなり御剣の質問に、答えたのは影の所長の真宵だった。他には成歩堂と、春美と神乃木までもが居た。依頼を待ち構えているというよりはのんびり寛いでいるように見える。そんなのでいいのだろうか、と御剣は思うがいい加減毎度なので慣れてもきた。
「あ!御剣検事、聞いて聞いて!
 なんと!なるほどくんがテレビに出るんだよ!あれ、違うか。なるほどくんは出ないけど、テレビにはなるんだよ!」
「?」
 おそらくは事実なのだろうが、そのまま過ぎて却って意味が判らない。
「なるほどくんの扱った事件がテレビになるのです!」
 真宵に寄り添うように駆け寄ってきた春美が、ぴょんこぴょんこ飛びながら説明を付け加えてくれる。そして、仕上げのように成歩堂が口添えた。
「ほら、世界の難事件・怪事件ファイル、みたいなのがあるだろ。それに僕が扱った案件が取り上げられるらしくてさ、取材が来たんだよ」
 成歩堂は疲れたように言う。彼の気質からして、テレビ取材だの出演だのは不得手なのかもしれない。それでも引き受けたのは姉妹みたいな助手二人に押し切られたのだろう。そんな光景は、容易く浮かんだ。
「それも、記念すべきあたし達の最初の事件なんだよね、なるほどくん!」
 その証拠みたいに、真宵はさっきから浮かれっぱなしだ。
「お二人の愛の奇跡が、ドラマになるのですね……!」
 かなり歪曲して理解したような春美は、頬に手を当てて夢見がちにはにかんでいる。それを真宵と成歩堂は苦笑してやり過し、神乃木はカップ片手に口角を吊り上げた。
「最初の事件……と言うと、矢張のか?」
 手土産を真宵に渡した後、自分もたまり場になっているソファに腰掛ける。一番後なので成歩堂の横には座れなかったが、神乃木も座っていないのでよしとしよう。真宵と春美が成歩堂側に座っているから、必然的に自分が神乃木の隣になってしまったが、それもよしとしよう。
 彼の最初の裁判の事は、出会えば被告人であった矢張が口うるさく言うので、かなりの詳細まで覚えている。こっちが記憶するまで言いまくる割には、彼はその時の弁護料は支払っていないみたいだが。
 再現フィルムとなると、やはり役者が彼を代行するのだろう。今からその役者が気の毒に思えてきた。まぁ、彼のキャラクターはテレビ受けはしそうだが。主に爆笑コメディな部分で。
 御剣のセリフに、真宵はけらけらと笑った。どうやらそれは、違う、という意味合いのようで。
「違うよ、御剣検事。あたし達の最初の事件と言えば、ニボサブさんの事件じゃない!」
「………ああ」
 御剣は納得した。と、同時に真宵の見解も。彼女たちが弁護席に立ったのは綾里千尋殺人事件なので、そっちの方かとも思ったのだが、真宵にしてみれば助手として立ち会った訳じゃないからノーカウントなのだろう。思えばあれは自分たちの再会でもあった。それに何より、成歩堂の師匠が被害者なのだ。なんとも内容の濃い事件だ。
「あたしの鋭い助言が、事件を解決に導いたんだよね!」
「……まぁ、全くアドバイスが無かった、と言えば嘘になるけどさ」
 自分ひとりで解決した気になっているような真宵に、成歩堂がぽつり、と異議を唱えた。
「………ム。そうか」
 御剣は一人で何かを考え、そして納得した。成歩堂が怪訝に思って質問する前に、御剣が言う。
「私の所にも、今週取材が一件入っているのだよ。おそらく、それについての取材なのだろうな」
「なのだろう……って、覚えてないの?御剣検事」
 御剣の記憶力を疑うような目つきで見る真宵。それに御剣はふ、と肩を竦めて笑みを浮かべて見せた。
「取材なぞ、聞かれた事に答えればいいだけの事なのだからな。審理のように準備するものも無いのだから、当日までは特に気にもかけていないだけだ」
 余裕たっぷりな御剣に、真宵はおお、と賞賛こ声を上げた。
「さすがだねー。なるほどくんなんて、前日から冷や汗まみれに……なるほどくん?」
 成歩堂を話題に取り上げながら当人を見やると、彼は眼を見開いていた。
「そうか……そうだよ!何か忘れていたと思っていたんだ!そうだよ!あの事件っていったら、御剣が検事だったじゃないか!何で忘れてたんだ、こんな大変な事!」
「成歩堂……何をそんなに慌てているのだ」
 あまりの慌てっぷりに、御剣はカップを手にしているのに口がつけれないでいる。
「慌てるよ、これは!
 御剣!」
 と、成歩堂が名指しで言う。
「おまえ、ちゃんと取材出来るの!?インタビューに答えられる!?」
「…………」
 どうやら彼は、冗談やからかいでもなく、本気で心配しているようだ。御剣は返答を考える。
「………。いいか、成歩堂」
 御剣は成歩堂を納得させるのに集中するため、カップを受け皿に戻した。
「さっきも言ったが、聞かれた事に答えるだけの仕事を、私がしくじるとでも?」
「じゃあ言い返すけど、滞りも無く順調にインタビューを進められるとでも?威圧的で高圧的で、傲慢で尊大な態度を取らずにだよ?」
「おいおい、まるほどう」
 と、横槍を入れたのは神乃木だ。
「過保護なママじゃねぇんだからよ。同年代の友達に何をそんな心配……ってアンタそんな急に神妙な顔になったって事は自信がねぇのかオイ」
 深刻な顔をして急に静かになった御剣だった。
「……やはり、ダメだろうか」
 ぼそ、と御剣が言う。
「いいと思ってる事が問題だよ!」
 もちろん成歩堂は異議を飛ばした。
「……………。むぅ……」
「……腕組んで唸るなよ、そこで………」
 この親友は下手をすれば春美より手間がかかる。成歩堂はその事実を再確認した。
「………あああ〜。もう、何か本当に不安になってきた。自分の時より不安になってきた……!」
 思わず頭を抱える成歩堂。
「まるほどう。アンタいい加減にしないといよいよ息子の受験に思い悩む母親みたいだぜ」
「御剣検事が子供だったら大分困った子供だよねー。グレるし反抗期あったし、家出したし」
 そんな真宵がパクパク食べているロールケーキは、その困った子供から貰ったものだった。
「とりあえずさぁ、なるほどくん。何を訊かれたかは教えておこうよ」
 真宵が中々適切な意見を言う。これで口の周りが生クリームでデコレーションされていなければ、もっと聡明に思えただろうに。
「そうだね。殴られるにしても不意打ちより真正面の方がまだ手が打てるだろうし」
 そんな暴力的な例えを使うのはやはり千尋の弟子だからだろうか。ブラックなコーヒーを飲みつつ神乃木は思った。
「えーとね、事件概要と真犯人に気づいたきっかけと……被告人の第一印象、だったかな」
 成歩堂は思い出しながら言う。
「何だ。それくらいならば、普段法廷で繰り広げる事とほぼ同じでは無いか」
「だから心配なんだろ」
 凄い切り替えしをする成歩堂だった。
 しかし御剣はその言葉の意味に気づいているのか居ないのか、不敵にセリフを口から紡ぐ。
「任せたまえ!これでも鬼検事と呼ばれた私だ!本心暴かれるのはこの上なく苦手だが、その分自分に都合の悪い部分を隠した事実だけで弁論を構築するのは得意中の得意だ!」
「最悪じゃねぇか」
「御剣検事、変わらないねぇ」
「そんなんだから、浮かんだ黒い疑惑が払拭されないでいつまでも残ったんだろ」
 神乃木が素直な感想を漏らし、真宵がしみじみと思った事を言い、成歩堂が渋い顔で真実を告げた。
「………………。何故に私は三者三様にダメ出しされているのだろうか」
「そりゃ勿論される部分があるからだろうぜ」
 しれっと言う神乃木。
「……………」
 夜道には気をつけるんだな、神乃木荘龍!!
 御剣は口には出さないで念を送った。
「いいか、御剣。間違っても「このシロートめ!」って言っちゃダメだぞ?」
 成歩堂がゆっくり言い聞かせるように言った。
「君は君で子ども扱いするんじゃない!」
「……………」
「何だその肯定し辛いけど否定も出来ないみたいな顔は――――ッ!!」
 御剣の絶叫は室内に木霊し、チャーリーの葉を揺らした。


 そんな事もあったが、無事に番組が作成出来たという事は御剣の取材も無事に済んだ事だろう。成歩堂はそこに心底安堵する。事務所で皆揃って番組を眺めている。
 今は、御剣が取材に受け答えているシーンが流れていた。やや顔が険しいが、何も知らない人が見ればコレが地顔だと思うのだろう。
「それにしても、御剣検事はテレビ移りがいいよねぇ、なるほどくんと違って」
「最後の一言が余計だよ、真宵ちゃん」
 しかし余計な最後の一言を除いた真宵のセリフの通り、御剣の顔は液晶を通しても遜色劣らなかった。いや、肌で感じる内面部が露見されない事を考えると、本物より立派に見える。早く中身が外見に追いつくといいよな、と成歩堂は割りと失礼な事を思った。
「みつるぎ検事の顔は映ったのに、なるほどくんは出て来ません!何て事でしょう!わたくし、断固抗議いたしますッ!」
 御剣のインタビューを見ていた春美が、腕まくりをしていきり立った。そんな春美の頭に手をやり、宥める成歩堂。
「仕方ないよ。”捜査官”ファイルなんだから。僕のところには事実確認しにきただけ」
「しかし!あれほど大掃除をしましたのに!」
 春美は引き下がらない。
「クッ……大掃除する羽目になったのは、そこの弁護士さんが普段の掃除を怠けていたからさ。本件には無関係だぜ、おじょうちゃん」
「……。そう言われてみればそんな気もします。なるほどくんッ!掃除をさぼってはいけません!」
 春美の意識がテレビからそれたのは助かったが、その対象が自分になったのには恨めしく思う。そう思って睨んだ所で、神乃木には何のダメージにもならないのだろう。春美の耳に痛いお小言を聞きながら、それと同時に画面にも意識を向ける。御剣が冤罪について問われ、一層顔を険しくしてそれに答えていた。
(あーぁ、また眉間に皹増やしちゃってさ……)
 それでも、言っている内容は再会当初の彼が到底言いそうも無い内容で。いや、これが彼の姿なのだ。悪夢や柵に解き放たれて、自分の道を見据えた。その彼の姿を見ると、再会後早々失踪されてしまったが、こうして法曹界にしゃしゃり出て来た事も無駄やおせっかいではないのだろう。それが、ようやく最近思えてきた。
「……アンタ、そんなにこのヒラヒラの事が気になるのかい」
 背後からぬ、と現れ、ソファに凭れて神乃木が言う。手には当然コーヒーカップを持って。
「ええ、まぁ。親友ですからね」
 こういう事を口にすると、すぐに照れてしまう。世間話程度に素っ気無く返事して、またテレビへと顔を向ける。
「………ま。アンタはそうやって、人の面倒見てるのが性にあってるんだろうぜ」
 考えていたような神乃木は、やや間を空けてから揶揄するように言った。
「? そうですか?僕も結構人に面倒かけてるような気がしますけど……」
 具体的な事をすぐに上げるなら、掃除の事でいつも真宵に手間をかけさせてしまっている。神乃木も、成歩堂がその事について言っているのが判ったのだろう。先ほどと質を換えた笑みを口元に浮かべる。それは苦笑に近い。
「どうせ食い尽くされるタマじゃねぇだろ。やりたいようにやりな」
「?」
 どうも意思の疎通が出来ていないような、それでいて会話が繋がるような。微妙な言い方に、成歩堂はただ首を傾げる。
『検事には何が必要だと思いますか?』
 内容をまとめるような質問だった。そろそろ纏めに入るのだろう。
『そうだな……まずは、被害者を悼む心』
 その時、画面中の御剣が視線を動かす。それが自分を見たように思えたのは、成歩堂の錯覚なのだけども。
 しかし、その後のセリフを思うと、やはり彼は成歩堂を見たのだろう。
『そして法廷で真実を追究する為に、信頼できる弁護士が必要だな』
「!」
 何も口に入れていないのに、喉が詰まったような気になった。
「あ!今言ったの、なるほどくんの事だよね!」
「そうです!そうに決まってますとも!」
 なるほどくんが全国デビューだー!とはしゃぐ少女二人と、背後で笑みを押し殺したような雰囲気を漂わす神乃木。それらに囲まれ、今度会ったら覚えて置けよ、と成歩堂は熱くなる顔で画面の御剣に向かって思った。




<おわり>

世界まる見えとかアンビリーバボーとか仰天ニュースとかで再現フィルムが放送されるから、なるほどくんのもあってもいいじゃない!と思った。
でもあれってだいたいの確率で役者の方が顔がいいような。たまに逆もあるけどね。
御剣完全に子ども扱いです。まぁ、いいでしょう(何が)。