HOME&STAY
一応元気らしいが、それでも病み上がりには違いないので、二人は早々に引き上げる事にした。だいたい2時間強くらいだっただろうか、居たのは。
来た時と比べ、神乃木の容態が深刻なものではないと判った成歩堂の顔は明るく、犬呼ばわりされた御剣の顔は険しい。そして、そんな御剣の変貌に、勿論成歩堂は気づいていた。
最初は他人の住居だから気を張っていたとか、下りのエレベーターでまた気分が悪くなったのかを誤魔化しているのかと思ったが、違うみたいだ。しばらく歩いていても、ずっと態度や表情が変わる事が無い。試しのように他愛ない会話を投げかけると、一応返事はするものの、歯切れが悪いというか何か余所事に捕らわれているような感じが見える。
しかし、少なくとも、自分に怒っている訳では無さそうだ。解り易い彼の事だ。何か話そうとしても、短い返事で突き放すようにそれを終わらすだろう。
では、この変化は何時からだったか。成歩堂は記憶を遡る。そう言えば、自分が急な電話で席を外して戻った後から、彼は可笑しかった……というか妙だった。
そして、向かいに座る神乃木は笑いをかみ殺したような顔をしていた。
「……なぁ、御剣?」
「ム?」
何だ、と逆に問いかけるみたいな返事をした。
「僕が電話で席を外している時にさ、……神乃木さんから何か言われた?」
考えられるとしたら、それしかない。
彼の歪曲した独特な物言いは、御剣のような鈍い堅物ととても相性が悪そうだ。そう、水と油の如く。
成歩堂がそう言うと、案の定御剣の顔は一層険しくなった。当人としては動揺を押さえ込んだのだろうが、それが顔に表れているのだと教えたら、どうするだろうか。少し思った。
「別に、大した事は言われていない」
と、言う事は言われたのは間違い無いんだな、と当人が隠したがってる事実をあっさり暴く。
「あのさ、御剣」
成歩堂はゆっくりと言う。言い聞かせるような口調で。
「確かに神乃木さんは、……その、ちょっとアレで、かなりアレで、とてもアレかもしれないけど………」
「アレばっかりでさっぱり判らんぞ、成歩堂」
並んで歩く成歩堂に、横目で御剣が言う。
そう言われるが、神乃木荘龍とは如何な人物か、と聞かれたらあのままです、という言うしか出来ない人だ。言葉の羅列で説明出来る人ではない。
「妙な例えばっかり使って、小馬鹿にしたように思うかもしれないけど、そんな事無いんだからな?
神乃木さん、御剣の事あれでも気に入ってるんだよ。
メールで君と一緒にでもいいか、って尋ねても、すぐに構わないって返事が来たし」
彼は君の敵じゃない、と理由を並べて言い聞かせる。そうすると、彼は受けれ易いみたいだから。
下手な思い込みで人付き合いを狭めるのは良くない事だ、と成歩堂は思っている。
「……………」
確かに。
神乃木には、悪意も害意も無いかもしれないけども。
だけど……
「……あの男ばかり気にかけているのだな、君は」
「へ?」
「……………………………………ッ!」
ぼそ、と呟かれた言葉の後に、しまった!とばかりに口を押さえる。目は見開き、あからさまにうろたえていた。
「……特に意味は無い……」
「無い訳があるか。思いっきり本音零したみたいな顔してさ」
彼は鏡を携帯すればいい、と成歩堂は思った。
「……………」
こうなると、彼は沈黙を決め込む。これ以上の証言は自分にとって不利になる、とばかりに。
そういう態度を取るだけで、ある意味心中を暴露しているようなものだと、この男は中々気づかない。
成歩堂は先ほど呟いた御剣の言葉を考える。それにより、成歩堂にはまさかと思う可能性が浮上する。自分にとってはあまりに突飛な事なのだが、御剣にとっては当然の成り行きなのだろう。
「……神乃木さんに、嫉妬していた?」
「ッ!」
ズグシュ!とダメージ音が聴こえたような気がした。
「もしかして。今日着いて来たのも、それが理由?」
「ッッ!!」
ザグシュゥ!とさっきより大きなダメージ音が聴こえたような気がした。御剣がぶるぶると唇を噛み締める。
「……………。悪いかッ!」
と少し沈黙が続いた後、吐き捨てるように御剣は言った。
「……別に悪いとか思っていないから、拗ねるなよ」
「拗ねてなどおらんっ!」
(拗ねてるよ)
見極めるまでもなく判り易かったが、これ以上言うと本格的に拗れるので胸中だけで突っ込んだ。
「……って事は、神乃木さんも判ったのかな。君の事」
御剣が神乃木に嫉妬している事をというか、成歩堂に対して特別な感情を持っている事を、というか。それを指摘されて、御剣が今こんな状態なんだろうか。
まぁ、こういう人の大切な気持ちを、むやみやたら人に言いふらすような人では無いから大丈夫……とは思うが、ちょっと気恥ずかしい気持ちにもなる。そんな御剣を隣に置いている自分の気持ちも、きっとバレてしまうだろうから。
(……次に神乃木さんと会う時は、色々聞かれそうだなぁ……)
やれやれ、と若干顔を熱くして、成歩堂は覚悟した。
「……判った……のだろうか。彼は………」
と、考え込みながら呟く御剣は、誤魔化している訳でも惚けているようでもなかった。
「? じゃあ、何を言われたんだ?君は」
何気なく尋ねると、御剣がビキ、と止まったような気がした。
「……別に大した事ではない」
他にいい訳のセリフを知らないのか、同じセリフではぐらかす御剣。
「そう?なら、いいけど」
法廷でもないのに、証言を無理矢理引きずる事は無い。御剣が自分の中で処理したいのなら、それを優先すべきだ。そう思って引き下がったのに、御剣は何だかジト目でこっちを見ている。
「何だよ、その目………」
すっごい不機嫌そうな視線に、やや驚く。
「……別に……」
(神乃木には色々弁明していたのに……)
自分にはそんなあっさり引くのか、ともやもやしている御剣だった。
こうまではっきり態度で示されては、成歩堂も放ってはおけない。
「別に別にって、態度がちっともそんな感じじゃないよ。
御剣」
と、成歩堂は相手の名前を呼んで真っ向から見据える。
「言わなきゃ判らないって、いつも言ってるよね。僕は」
「………………」
「勝手に期待して勝手に裏切られたような顔して……勝手だと思わない?」
「………………………」
自覚している事を突きつけられて、眉間の皹も減った。そして何だか迷子になったような顔になる。
行く道が判らない。言う言葉が判らない。そんな顔だ。
そういや、さっき神乃木の部屋でもこんな顔をしていたな、と思い出す。
「で、何を言われたの?」
とりあえずそれを言って欲しい、と道を示す。
すると、御剣はまたム、となって眉間に皹を作る。しかし、今度は言ってくれた。
「……犬のようだと言われた」
「……………」
御剣には可哀想な事だが、成歩堂は納得している。
「何か……初めて散歩に出たような犬だ、と言われた」
「……………」
御剣には可哀想な事だが、成歩堂は言いえて妙だな、と関心している。
実際、部屋でただ突っ立っている彼を見た時、そう思ったものだ。手綱を引かれないと動かない犬みたいな。
そして、自分が隣に来た時御剣の、自らをを雁字搦めにする程に張り詰めていた緊張がふ、と緩んだ。
自分が居る事で彼が凄く安堵しているのが伝わり、少し居た堪れないくらいだったのだ。そんな心境、御剣には多分解ってはいないだろうけど。
「しかし……どういう意味なのか……」
御剣はそう呟き、考える仕草を見せた。
どうやら、神乃木の発言を不愉快に思いながらその意味を推し量ろうとしていたみたいだ。おそらく言われた直後から考えて居るのだろうが、彼はまだ答えを見つけてはいないようだ。
(まぁ、自分の事は気づかないって言うしね……)
彼の場合、その限度も超えているような気がしないでもないが。
「……君は、何の事だか判るか?」
一旦吐き出してしまえば気が楽になったのか、平然と相談してきた。
「………………。うーん、僕はその時居なかったからなぁ……」
「……そうか」
それもそうだな、とあっさり撤回した。
(……その時居なかった、って言っただけで、全然判らないなんて言ってないのに……)
誤魔化すつもりだったので、むしろこの展開で構わないのだが、こうも容易く引っ掛かると不安になってくる。こいつ、法廷の時は大丈夫なんだろうか、と。
しかし以前そのような事を言った時、御剣はすかさず反論してきた。君にだけだ、と。
証言の先を読んで戦術を立てる自分が、今言うべき言葉すら見つからない相手は、と。
その割には、成歩堂には御剣が結構言いたい事言ってるような気がしたけども。
(そうだね。僕も君だけだよ)
こんなに長い間追いかけて、一緒に居たい相手は、と。
それはいまいち彼に通じていないようだが。
それでも、判るまでじっくり付き合ってやるつもりだ。
まだ唸るように考えて居る御剣をこっそり盗み見て、成歩堂は微笑んだ。
<END>
……何かミツルギ幼いよなぁ……
まあいいや。(いいのか)
幼いっていうか犬みたいって言うか。ドゥルルルルギャルルゥ〜〜〜