デートに連れて行け
「成歩堂。今週末一緒にどこかへ出かけないか。二人っきりで」
「ダメ。予定詰まってる」
昨日使った資料をファイルに纏めていた成歩堂は、顔を上げて真っ直ぐ見据えてきっぱり跳ね除けた。こうなると人間、いっそ目すら合わせずに存外に言ってくれた方がまだいい、と思ってしまうのは何故だろうか。
しかしそこは御剣なので、ふ、と不遜な笑みを一度浮かべてから言い募る。
「残念だが、その証言には矛盾がある」
「うん?」
と、棚にファイルを詰め込んでいた成歩堂が振り返る。黒目勝ちの双眸が、さっき同様御剣を捉えた。
「私は事前に真宵君と矢張に君と遊ぶ予定があるのかと聞いた。その結果、そんな予定は入れていないと答えたのだよ!つまり、君の今週末はまるっきりフリーだ!!」
「…………。あのさ、御剣」
「何かね」
「なんで僕の予定を僕に訊かないのさ。真っ先に」
「先に周囲を固めるのが私のやり方だ」
「プライベートに法廷戦術持ち込むなよ」
「………私にしてみれば被告人の罪を立証するより、君と出かける約束を取る方が難しい……」
「? そうか?割りと僕、誘われれば行くほうだけど」
「だから、二人っきりで、だ!!」
相変わらず鈍いな、とばかりに御剣は吼えるように言った。
「……いつも誘うとすれば、矢張と一緒でいいかとか、真宵君と一緒でもいいか、とか……そもそも断られたり……」
思い出してしまい服装の色彩と反してブルーになる御剣だった。
「だって、先に約束しちゃったんだから。それとも何、僕に約束破れっていうの?」
「……………………」
出来ればそうして貰いたい、とか言えばきっと怒るだろうから、御剣はその発言は控える事にした。
「だから、今度こそ君に約束取り付けようと私の方も細心の注意と多大な努力を払った訳だ」
「………だから、そういうのは法廷で使えって……」
ただえさえ君、図星突かれると動揺が激しいんだから、とひっそりダメ出しする成歩堂だった。
「……その日はダメだ、と断られるのが嫌だから、先に回りに尋ねてだな……」
「あーもう、解ったから。それはもう解ったってば」
ぶつぶつ説明しだす御剣に、ストップをかけた。
「でも、その日はダメなんだって」
「何故!」
「だってそろそろ衣替えしなきゃって決めてたから」
「………………………。
そんな事に私は負けたのかッッ!!!」
仮にも一応、そーゆー事を言ってそーゆー返事を貰った仲なのにッ!と慟哭する御剣だった。
「そんな事って何だよ。日常生活は大事だろ」
「そうだが!それはそうなんだがッ!!」
「それに僕、モノグサだから、やるぞって決めてかからないと、先送りしちゃうからさー。ゴメンね?」
「…………………」
「……あのな、御剣?別にオマエを嫌ってる訳じゃないんだぞ?」
「解ってる」
と、憮然として言った。とても解っている態度には見えないな、と成歩堂は思う。
(うーん、拗ねるとこいつ、面倒くさいんだよな……)
ぽりぽりと頬をかいて、成歩堂はちょっとフォローを考える。
「次の週末は空けとくからな?その日一緒に行こうな?」
「…………何だその子供をあやす様な言い方」
じろ、とただえさえ悪い目つきを一層剣呑にして、睨んだ。逆効果だったかな、と成歩堂は苦笑する。
「そんな無能な父親みたいなセリフで誤魔化すな!だいたい、そんな事言って、先週思いっきり審理が入って準備に追われて潰れたではないかッ!」
「………………」
なんか、本当にお父さんみたいな気分になってきたな、と思う成歩堂だ。
「もういい年なんだから、駄々捏ねるなよ」
「駄々など捏ねていないッ!」
「はいはい」
「だから適当にあしらうなッ!頭を撫でるなあやすな――――ッ!」
と、頭にあった手をぺぃっと打ち払う御剣だ。
「だって……本当、そろそろ夏服出さないとさ」
通勤中とか汗だくになっちゃうし、と成歩堂。
「………………」
「睨むなよ。顔が怖い」
「地顔だ。ほっとけ」
と、言ってふいっと顔を逸らす。ああ、すねちゃった、とやれやれとばかりにふぅ、と息を吐き出す。
「……あのさ、衣替えって言っても丸一日掛かる訳じゃないからさ。………多分」
「最後に何か言ったか」
じろ、と睨まれて、いやいや、と誤魔化す。
「だから、その後一緒に行こうな。最悪、夕飯は一緒に食べれるから」
「…………………」
それでも御剣はそっぽ向いていて憮然としていて。
まだ機嫌直さないのかよ、といい加減本当に面倒くさくなってきた。
「もう、じゃあどうするんだよ!」
「………………」
成歩堂が本気で苛立ったのが伝わったらしく、御剣がビクッと戦く。
「いや……だから………」
と、御剣がもそもそ何かを言う。言い分は聞いてやろうと、成歩堂は言葉が出るのを待った。
「……………。手伝おうか。その、衣替え」
「…………は?」
苦し紛れに出たような提案だったようだが、しかし直ぐ後に自分でいい案だと思ったのか、顔の表情を明るくする。こういう顔だと、ちょっとは可愛げがあるのに、と成歩堂は無責任に思った。
「うん、それがいい。どうせ君の事だから、一日で終わらないだろうし。それにずっと一緒に居られるしな」
と、付け加えて一人でうむうむ頷いていた。
(……………。何でこういうセリフが言えて、直に僕にスケジュール聞くのは出来ないんだろう。こいつ……)
大いなる矛盾を見つけてしまった成歩堂だった。
「思い返すと、君が私に所に来るのは割りとあるが、逆はあまりないな」
「……まあ、そうかも」
単にスペースの問題で広いほうがいいと、無意識に御剣の方を選択してしまうからだろうけど。
「そうだろう。で、どうだろうか。この提案」
心の明るさをそのまま顔に持ってきたような笑顔で言う。おそらく彼の心の中には、今、成歩堂の部屋に行ける!というので一杯なのだろう。
「………うーん」
「何だ。そこまで君の部屋は汚いのか」
「そうじゃないよっ。……って言うか………」
「言いたい事ははっきりさせたまえ」
と、御剣は先を促す。成歩堂はうん、と一拍置いてから。
「……君が来ると、盗聴器でも仕掛けられそうだなーって……」
「………………………………………………………………………………」
「何でそこで沈黙が返るんだよッ!?」
「いやいやいやっ!」
と、御剣は成歩堂みたいな返しをする。
「べ、別に図星を当てられての沈黙ではないッ!ただ、その手があったなと思っただけで!!」
「……今の発言聞いて、それでも僕が君を部屋にあげるとでも?」
「っ!」
しまった、とばかりに口に手を当てる御剣だった。
「……君ってバカ正直って言うか……何ていうか……」
「…………………」
嘘をつくと死ぬほど怖くなるくせに、と恨みを込めて御剣は成歩堂をじっとりと見やった。
「? 何?」
その視線に気づく成歩堂。
「………。何でもない」
「ふうん?」
成歩堂はそれ以上突っ込む事はしなかった。彼はある種の無鉄砲かもしれないが、藪を突いて蛇を出す愚かさは無い。そしてもって、御剣はそんな淡白な成歩堂の態度にちょっといじけ気味になるが、まあそれはそれとして(本当に聞かれたい事なら、彼の方から切り出すだろうから)。
「まあ、そんな訳だから。だいたい僕、こういう作業は一人でやりたいんだよ、って言うかわざわざ人を頼るまでも無いし」
「……………」
頼ればいいのに、と御剣がそう思って居る事が、成歩堂には手に取るように解った。それにクスっと小さく笑う。
「だからさ」
と、成歩堂。
「部屋片付けとくから。君が来るまでに」
「っ」
少し驚愕したように、御剣が目を見開く。
「で、その後部屋でまったりして、夕飯ってのはどう?」
「…………。いいのか、行っても」
「うん。あ、勿論ドアの前で所持品チェックするけどね」
「………………………………………………」
後でイトノコにあの探知機借りて来よう、と決める成歩堂だった。
「って事で食材はよろしくな」
「……………。ちゃっかりしてるな」
「まあ、一応所長だし?」
「主権を真宵君に持って行かれてるような気がしないでもないが」
「……………。うるさいよ」
自覚がある成歩堂は、顔を赤くして答える。それに、意地悪くにやっと笑う御剣だった。
(何だよ。ついさっきまで子供みたいに拗ねていたくせに!)
「…………。御剣。時間はいいのか?」
ここに来るのは彼にとっての休憩時間だという、可笑しな暗黙の了解が出来ている。
「………………」
その自覚はあったのか、御剣はちょっと気まずそうに視線を逸らせた。本当に解り易い、と成歩堂は嘆息する。
「早く帰らないと、いろんな人が困るだろ」
「……………………」
無言だ。もうちょっと粘るつもりでいるらしい。
「御剣。大概にしないと出入り禁止にするよ?」
あえてにこっと微笑んで言ってみた。案の定、顔を引き攣らせる。
(………。こいつが証人だと、ゆさぶるのが楽でいいな)
ああ、でも思い込みが激しいから、却って厄介だ。と過去を振り返る成歩堂だった。
「……………。じゃあな、成歩堂」
「うん」
脱いでいた上着を着、アタッシュケースを持った御剣が成歩堂に言う。それに成歩堂も返したが、何か不満そうにこっちを見ている。
「…………。何?」
これでも御剣は聞き訳がいいので(………)一回言い聞かせた事はぶり返さない。……多少の例外は除いて。仕事に戻る事に関しては、もう蒸し返したりしないと思うのだが。
「………………。……いってらっしゃい、とか………」
「…………………………………」
少し顔を赤くして、ぼそぼそ言われた言葉に、絶句とまではいかないが、言葉が詰まった。やっぱりこれは絶句だろうか。
(………ここ、事務所だよな。僕の………)
そこから発つのにいってらっしゃいは少し可笑しいのではないだろうか。いってらっしゃいは。
「……………。いや、いい。馬鹿な事を言った」
ここでうん、とか言ったらまた凹んでフォローが大変なので、成歩堂はほっとく事にした。が、気落ちさせたままにするのも、アレなので。
「御剣、」
と、ドアに向かう彼を一度呼び戻す。
「約束、だからな。週末予定とか入れるなよ?」
「………。ああ」
と、返事して、御剣はドアを潜った。
(……………。嬉しそうな顔してさ、全く)
最後に頷いてみせた御剣は、こっちが照れるくらい嬉しそうに笑っていた。それを見て、ちょっと赤くなった顔を、成歩堂は持て余す。まあ、これくらいならほっとけば勝手に消えるだろう。此処には今は自分一人しか居ないのだし。
「………約束、か」
何となく、ぽつりと呟いてみる。
子供の頃、御剣と会うのにも矢張と会うのにもそんな事はあまりしなかった。しなくても、学校に行けば彼らに会えたから。
しかし、3学期の始業日に登校してみれば、御剣はもう教室の何処にも居なくて。
あの日味わったのは紛れも無い喪失感だった。それまで当然のように横に居た人が、不意にぷっつりと姿を晦ませてしまう。現実とはそんなにも残酷なのだと、その日初めて味わった。学級裁判の時絶望感と少し似ていた。けれど、それと違うのはただ呆然と佇んでいるしかなかったその時とは違い、自分はひたすら突き進んだ。彼に会う為。手段をあれこれ考えて。
それが実って。
こうして一緒に、少しでも顔が見れる事が、自分にとってどれだけ幸福なのかが、どうも相手にはいまいち伝わってないみたいなのだが。
(いっつも、自分だけが好きでいる、みたいな顔してるしな……)
かと言って、本音言えば付け上がるだけだろうし。制限なく。
(そもそもアイツは展開が急すぎるんだよ!もっとこっちのペースとか、考えてくれよ)
今だってそうだ。
約束しただけで、気持ちはその時に飛んで行ってしまっている。
「……………」
(今日の内から、ちょっと整理しておこうかな)
そうしたら、もっと早く片付いて。
もっと長く、居られるから。
「……………」
とか考えてしまって、再び一人赤面している成歩堂だが、勿論そんな彼を御剣は知らない訳で。
だからきっと、凹んだりフォロー入れたりで忙しくなるんだろう。その日も。
いつのみたいに。
<おわり>
いや、どうもワタシの書く成歩堂くんはワタシが書いているとは思えない人物像……なのは諸事情で仕方ないと!!
素っ気無いようで愛はあるみたいです。たぶん!!