ドンドマインド!!
本当はその後、パパの弁護を見たかったのだが、仕事が入っているのでプロとしてはそっちを率先するべきだ。そう思ったので、みぬきはカードを手渡して早々、裁判所を後にした。
(あーあ、見たかったなぁ、パパの弁護……)
諦めきれないような顔をして、心の中でそっと嘆息する。
でも、自分は居ない方がいいかもしれない。
パパは今日、自分の「親友」を、この場所にて殺人罪で告発する。
その構図は何となく、以前ここを訪れた日の事を連想させた。
血の繋がりのある本当の父親の裁判の日、自分は傍聴席にいなかった。それは勿論消失マジックの準備の為にスタンバイしていたからなのだが、けれどそれ以上にあの裁判を見せたくなかったのではないだろうか。
「親友」が自分を犯人として証言する、あの裁判を。
「………………」
ふと立ち止まり、裁判所を振り返る。
(うん。大丈夫。あのパパは消えたりしない)
その技術も無いし、何度も約束したのだ。口には出さなかったけど、態度で。
裁判にかかる平均的な時間なんて知らないが、ちょっと遅くないだろうか、とそわそわして待っている。時計は何度も見ているせいか、ちっとも進んでいる気がしない。
気を紛らわせる為、トランプのカードを何度も掌の上で消したり現したりした。
そうして、ようやっと成歩堂が帰って来た。
「パパ!おかえりなさ…………パパ!どうしたの、そのほっぺた!」
彼の頬はまるで、いや確実に殴られたせいで赤く腫れていた。そう酷いものではなさそうだが、現時点ではとても痛々しい痕跡を残している。
「ああ、まだ赤いか。ちゃんと冷やしてきたんだけどな」
参ったな、という具合に成歩堂が苦笑する。
「いいから、こっち来て、座って!」
さっきまでぼーっと座っていただけだというのに、途端に慌しくなった。みぬきはまず成歩堂の腕を引っ張り、押し付けるようにソファに座らせる。次いで給湯室に駆け込み、タオルを濡らして成歩堂の頬に押し当てる。
「痛い?」
「もうそんなに痛くは無いよ」
「そんなに、って事は、ちょっとは痛いって事ね!?」
一体何処の誰だ殴ったのは!と憤慨して、みぬきは顔を真っ赤にする。そんなみぬきを諫めるように、成歩堂はみぬきを優しく撫でた。
「いいんだよ。コレで」
「何がいいっていうの!」
「これで殴らなきゃ、話にならない」
「………?」
意味が解らなくて、眉を顰める。出会ったばかりの頃はほいほい読めた彼の心中が、どうしてか長く過ごす内にだんだん掴み辛くなって行く。それは一緒に暮らす事の弊害なのか、自分が無意識に探るのを塞き止めているのか、あるいは彼が隠すのが上手くなったのかのどれかだが、みぬきとしては一番最後が濃厚だと思っている。
「………………。全然よく解らないけど、パパが納得してるならいいよ」
不本意だけどね、とあえて伝える口調で言う。成歩堂は当然それを受け取り、柔らかく微笑んだ。
「ごめんな」
「だから。謝らなくても、いいのッ!」
みぬきがムキになったように言い募ると、一層に笑みを濃くする。誰にどうして殴られたのか、胸倉引っ付かんでも問い質したい所だけど、こんな風に笑えるのなら、確かに自分がしゃしゃり出るまでもないかもしれない。
自分以外にも彼を大事に大切に想う人は沢山いて、明確では無いけれど、その立ち位置は決まっている。みぬきは自分の場所はきちんと弁えているつもりだ。
添えている掌が、タオルが温くなっているのを伝える。タオルを裏返して、まだ冷たい部分を当てた。
「もう、大丈夫だよ」
「だめ。まだ熱い」
「本当に大した事は無いって。口の中も切れてないんだし」
そこまでの傷を負わせたのなら、それこそ相手の名前を聞き出して押しかけようと決めている。
「みぬきは心配性だなぁ」
「当然でしょ!もうみぬきのパパは一人しか居ないんだからッ!」
つい、勢いに任せてそう言ってしまい。
その一瞬、彼の瞳が揺らいだのを、みぬきは当然見抜いた。
「…………………。パパ」
自分の本当の父親が死んだのだと、目の前の彼から告がれた夜、自分は泣いた。ものすごく久しぶりに泣いた。目からこんなに涙が出るんだ、と呑気に場違いな事を思ってしまったくらい、泣いた。そんな自分を、彼は何を言うでもなく、一緒に居て時々頭を撫でてくれた。触れる体温のおかげで、自分は決して孤独では無いのだと、悲しみに押しつぶされる事はなかった。
ただ思い出してみて、失敗だったなぁ、と思うのは、そうやって慰められてばかりで彼を気遣ってやれなかった事だ。
自分の悲しみは単純だ。父親を亡くして悲しい。
彼の場合はどうだろう。
犯行現場の真っ只中といって言いくらい間近に居て、その瞬間を食い止めも出来ずに。その被害者は娘として引き取った子の実の父親で、犯人は親友としていた人で。
一体何処からどう慰めるべきか。パパの責任じゃないよ。と言っても、さっきみたいな柔らかい笑みでむしろ自分が慰められそうだ。
呼びかけたはいいけど、言葉が思い浮かばない。
考えているせいで、難しい顔にでもなっていたのか、成歩堂が訝しそうに、というよりもはや心配してそうな表情で覗き込む。
感慨深い言葉でも言ってあげよう、と思っていたみぬきだが、そんな高尚な事は自分のする事ではないのだ。なら、とりあえず何か言っておけばいい。
「ドンマイドンマイ。生きれればその内いい事あるよ」
「…………………………」
そこ言葉を聞いて、成歩堂は目を大きく瞬かせた。その時の顔をみぬきは素直に可愛いと思う。
そして次の瞬間には、ぷっと吹き出して大きく声を上げて笑った。そこまで間抜けな事を言ったんだろうか、と悩む所だが、お客様は笑わせる事が使命のプロとしては、本望と思うべきだろう。
「ああ、そうだね。みぬきの言う通りだ。その内いい事があるね」
「きっと、ね!」
ウィンクしてみせると、それにうん、と笑って頷いた。
「じゃ、早速いい事起こしちゃおうかな」
「うん?」
「やたぶき屋、行こう。今日はみぬきの奢りだよ!」
「…………。チャーシューつけてくれる?」
少し考えてから、彼は小首を傾げていった。
「ううーん、仕方無い!今日はパパの完全無罪を祝って、大出血サービスだよ!」
立ち上がり、力強く宣言すると、わぁ。みぬき頼もしいなぁ、と呑気なセリフに拍手がついた。それをにっこり笑って受け止める。
「それじゃ、パパ。行こう」
と、また腕を引っ張る。ドアを出ると、そのまま自分の腕を巻きつかせた。
「…………。みぬき」
「?」
唐突に名前を呼ばれ、成歩堂を見上げる。と、その額に柔らかい感触が落ちた。
「みぬきにもいい事。な?」
見上げた先の成歩堂は、にこにこして笑っている。
「………………。パパ、大好き!」
「ぅわっ、」
思わず思いっきり飛びついてしまい、よろけた成歩堂が壁に後頭部を強かにぶつける。
再び室内に戻り、今度は彼の頭を冷やす事になったみぬきだった。
<おわり>
みぬナルって真面目に書くと重くなるので軽めに軽めに行こうゼ!と。何つーか川原泉みたいな感じで。あれって意外と片親か両親不在が多いんだよなぁ。でも明るいんだよなぁ。
法廷で牙琉霧人が殺したのはみぬきのパパって法介が宣言した後に悲しんでいる隙も見せずに「早く先に進みましょうよ!」ときっぱり言い放ったみぬき嬢の漢気には惚れたぜ……!例え事前に知っていたといってもよ!!
ゴドーさんですらチヒロさんを見た時一瞬動揺っていうか「……!」ってなったってのによ!!!
やっぱりなるほどくんを守れるのは君しか居ないYOOOOOOOO!!(ウザいな)