それが『違い』ってヤツです



「おはようございまーす」
 と、業界っぽいイントネーションで挨拶しながら室内に入った法介が、最初に目についたのは等身大を写す鏡の前に立っているみぬきだった。
「あ、おはようございます!」
 みぬきはすぐに法介に気づき、くるっと回って挨拶を返した。身体を反転させた時、ふわりっとスカートの裾が可愛らしく翻る。彼女はいつもの衣装ではなく、セーラー服の夏用を着ていた。
「見てください、オドロキさん!どうですか?」
 と、意見を求めるように服を見せ付ける。新調でもしたのか、嬉しくてしかたないんだな、と和んで苦笑する法介だ。
「うん、いいんじゃないかな。そうかー、もう学校も、夏服なんだなー」
 と、法介にとっては遠く過ぎ去った学生時代を思い起こす。
 法介の発言に、みぬきはきょとんとした。
「いえ?みぬきの学校は私服ですけど」
「じゃあ何なんだよそのセーラー服は」
 事務所に入って1分足らずで倍角のツッコミを果たした法介だった。
「何って、決まってるじゃないですか、オドロキさん!これでパパを誑し込むんですよッ!」
 みぬきは目を輝かせて言う。
「ああーバカー!こういう回答しか戻ってこないって解っているのに突っ込んだオレのバカ――――――ッッ!!」
「オドロキさん、そんなに自分を責めないでください。それでどうにかなる問題じゃないんですから」
「何気にとても酷い事言ってくれたねみぬきちゃん」
「この前ナース服来て迫っても『可愛いねぇ』っていつもここからのネタみたいな返事貰っちゃったので、原点に戻って制服でけしかけてみます!」
「相変わらずオレの発言聞いてないね、みぬきちゃん。てか、ナース服って。ナースって」
 ついで言うなら現役学生であるみぬきがセーラー服着ているのを、はたしてコスプレと呼ぶべきなのか。いや、自分の制服ではないのだから、やっぱりコスチュームになるのか。法介の頭は激しくこんがらがった。
「……何。成歩堂さんてそういうの、弱いの」
 何気なく男として訊いてしまう法介だった。
「うーん。パパの趣味かどうかはいまいち掴み兼ねていますが、いかんせんみぬきの身体は第二次成長期の最中で完成つくされていないので、中身の足りない部分は外見で補わなくちゃみたいな?」
「この手の質問にはとても詳細に答えてくれるよなぁー」
 解り易い事この上ないが、却って面倒なのは何故だろう。
「でも。パパ、普段と違うギャップに魅力を感じるって言ってましたから、案外有効かも?」
「…………。いや、それは『態度』という意味で『衣装』という意味では無いか、と」
 法介は一応、大人の義務として未成年の誤りを訂正した。
「まあ、あの手この手尽くす態度には恐れ入るよ。こういうのって、高いんだろ?」
 セーラー服を指していった。しかし、みぬきはどうしてか得意げに。
「甘いですね、オドロキさん!これは買ったんじゃないんですよ、貰ったの」
「も……貰ったって、どこで、誰に?」
 どんな人脈があるんだ?と混乱する法介。何故だか脳内イメージで黒尽くめの格好してサングラスかけたみぬきが、怪しい中国人風の男から「コレが例のぶつアルね」とか品物を受け取っている光景が展開される。
「学校で、友達からです。正確に言えば、友達のお姉さんのお古からです」
 ああ、聞いてみれば単純な答えだな、と法介は頭の中から怪しい取引現場光景を一掃させた。
「まぁ、みぬきちゃんの仕事知ってれば、それに使うからとか言えば簡単に渡してくれるよな……」
 そう言う法介に、またもやみぬきは異議を唱えた。
「ダメですよ、友達に嘘なんか付いちゃ。ちゃんとみぬきは本当の事を言ってもらいました!」
「え?」
「パパをオトすのに使うから頂戴って!!!!」
「………………………………。
 あ、あのさ、みぬきちゃん…………」
「はい、どうしましたか。いきなり全ゲージを使い果たしたようなオドロキさん」
「もしかして……学校でもいつもそんな調子?」
「はい!パパを孕ませた時には教えてねって言われています!祝うからって!!」
 みぬきちゃんはとってもはきはき答えてくれました。
 ああ、これがまだ、結婚式に呼んでねだったら、まだ自分も割りとほのぼのした感じで笑い飛ばせれただろうに、現実はいつも厳しいものを自分へと突きつける。
「……………。よ、良かったね…………」
「はい!みんな、みぬきのいい友達です」
 みぬきはにっこにこして答えた。その笑顔の前には、自分の異議なんて風に吹かれたティッシュペーパーみたいにぴゅーっと飛んでしまうのだろう。悲しい事に。
「パパまだかなー。早く帰って来ないかなー」
 ソファに座ったみぬきはそわそわして成歩堂の帰りを待っている。その姿はとても可愛らしいのに、着ている制服が勝負服だと解ってしまうとその印象は途端に瓦解する。
「………でも、セーラー服でもダメだったらどうしましょう。もう、レパートリーがありませんよ。案外豊富なようで幅が狭いですよね。無駄に着てみればいいってもんでもないし」
「そうだよなぁ。オレ、自室でレースクィーンはどうかって思………じゃなくて、そうなんだ!そーなんだねぇー!!」
「ふむふむ……オドロキさんはシチュエーション好き、と………」
「何メモってんだよ―――ッ!!」
 法介の抗議をもろともせず、みぬきはメモをポシェットに仕舞う。
「でも。みぬきとしてはむしろパパにこういう服着て欲しいんですけどね」
「………。みぬきちゃん、そんな真顔で」
「ここだけの話し、パパってば髭剃ると物凄く可愛くなるの!」
「ああ、うん。実はオレも思っている」
 そう思って頼んでみるが、のらりくらりとかわされるのだ。
 なので、いつか拝みたいと切に祈っている(←祈願の域に入っているようだ)。
「だからみぬき、滅多に剃らないでねってお願いしたの」
「みぬきちゃんのせいか―――――ッッ!!」
 自分が頼んでも剃ってもらえない事が判明したので、法介はむせび泣いた。
「あーあ、見たいなあ。パパのウェイトレス服姿ー」
「さらっと自分の欲求述べたね」
「だって、ウチにありますから。その服」
「何であるんだよッ!!」
 およそ一般家庭には縁の無いものである。……いや、あるかもしれないが、少なくとも娘があると知っているのは可笑しい!……と、思う。
「まあ、それについては色々ありますが、話すのが面倒なので聞き流してください」
「むしろ聞き流されたのはオレの方だよ」
「見たいなぁー」
 ぽすん、とソファの背凭れに身体を預ける。
「言えばいいじゃないか」
 きっとみぬきの言う事ならば、出来る事ならば叶えるだろう。あの人は。
「言いましたけどぉー」
 と、何故だかみぬきは不貞腐れたように唇を尖らす。
「どうしても着なきゃダメ?って潤んだ涙目で許し請われたので、みぬき、思わず撤回しちゃいました。うんもぅ、パパってばあの表情はずるいよぉー」
「ずるいのはみぬきちゃんだ―――――ッッ!!」
 此処こそ異議の唱えどころだとばかりに、立ち上がって指を突きつけた。
「なんだよずるいよオレだって見たいよ見たかったよそんな成歩堂さん―――――ッッ!!」
「オドロキさん、泣かないでー」
 さくさくさくさくさくさくさくさくさくさく。
「かりんとう食べながら慰めないでくれるかなッ!?」
 さくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさく。
「いや。別に食べる事に集中してくれって言ったんじゃないんだけど」
「もう。どっちなんですか!」
「………どっちって言うか……えーと………
 ねだったのって、それ一回きり?」
 考えた末に言ったのがソレだった。
「ええ。だってパパ、嫌がってましたし」
「でも、みぬきちゃんが頼めば着てくれたと思うなぁー」
 自分では見れない事が解っているので、せめて着たという事実というか現実が欲しい法介だった。
「そうやってパパをオカズにするつもりですかッ!」
「人の心を読まないでくれるかなっっていうかな、な、な、な、な何言って―――――ッッ!?」
「そんなに真っ赤にならなくても、オドロキさんの心の中くらい、みぬきは見抜いちゃいますよ。解り易いから」
「えええええッ!!じゃぁいつも成歩堂さん見ては、抱き締めたいなぁー。とか、押し倒したいなぁー。とか、あのニュートラルな態度を崩して困らせたり驚かせたり、あまつさえ泣かせたいなー。なんて事も、バレてるッ!?」
「そこまでは見抜けませんでした」
「ギャーッ!墓穴掘った―――ッッ!!」
 悶絶する法介だった。
「では話し戻しまして。そりゃみぬきも見たいですが、パパが嫌がる事はしないんです」
「……だけどさ、そこを押してこそのみぬきちゃんじゃないか?」
「………オドロキさん」
 と、みぬきは言い聞かせるように淡々と言う。
「そこで止めるかそれでもねだるかが、みぬきとオドロキさんの違いなんですよ?」
「うぅぅ……よく解らないけど、今何か超えられない壁を見せられたような気がする……!」
 ブルブルと動揺する法介だった。
「そういう事で、みぬきはもうその件については言いません。どうしてもと言うなら、オドロキさんがやってください」
「……え。いいの。成歩堂さんに言っちゃって」
「みぬきはパパが一番だもん。パパの意思を尊重するの」
 にっこり、とみぬきは笑った。前後の会話の内容に目を瞑れば、非常に父親思いな発言だ。
 そして法介は、今度成歩堂と飲みに行くような事があった時、酔ったふりしてねだってみよう、とか企んでいた。
 そんな時、成歩堂が帰宅した。
「おかえり、パパ!」
 と、いつものようにみぬきが身体を使って熱烈歓迎する。
「ただいま、みぬき。今日はセーラー服か」
「うん。可愛い?」
「可愛いよ」
「純潔くれる?」
「あげないー」
「ちぇっ」
 相変わらず凄い内容のやり取りだ、と法介は思わずにいられない。
「あのね、パパ」
 と、ソファに座りなおしてみぬきが言う。成歩堂は隣に座っている。
「何かな」
「オドロキさんが頼みたいことがあるんだって。ね、オドロキさん!」
 いきなりムチャ振りされて、ぶぉっ!!!をお茶を吹く法介。
「ふうん?何、オドロキくん?」
「げっほげっご……!って、いやそのあのその!」
 成歩堂に答えつつ、横のみぬきをチラリと見れば、後は頑張ってくださいね!と力強いエールを送るが如しな笑顔を貰った。彼女としてはキラー・パスを送ったつもりらしい。確かにキラーだ。ただし味方に。
「そのー、あのー、えーと、」
「遠慮せずにいいなよ。金銭面が絡まなければ、大抵の事はきくよ?」
 と、成歩堂はいつも通りににっこり笑う。まぁ、自分が持ちかけようとしている事は、金銭を要する事ではないけれど。
(どうする……言っちまうか!?)
 ここで何でもありませーん、としらばっくれても、成歩堂はさっきのみぬきの発言の方を信じるだろうし。と、なれば隠すだけ無意味で無駄で虚しいのか?
(うん、とりあえず言ってみるか!)
 内容が少々アレだが、断られたとしても、この場のノリで笑って流せるかもしれないし!
 そしてあるいはもしかしてひょっとして万が一「いいよ」ってセリフが来るかもしれないし!
 まあ、オッケーにしろそうじゃないにしろ、その反応だけでも見る価値あると思うな、オレ!
 と、自分会議が終了した法介は、大声で成歩堂に言う。
「成歩堂さん!ちょっとウェイトレス服着てみませんかッ!!!」
「…………………………………………………………………………………………………………」
 法介としては。
 イエスの返事が来るなんて思ってなくて、リアクションとしては呆れるか笑うかそれを逆手にとって自分をからかうかくらいを考えていたのだが。
 現実はそのどれをも裏切り、ひたすら沈黙だけが降り注いだ。
「………………」
 今までにない成歩堂の反応に、法介にびっしゃりと冷や汗が吹き出る。
 自分の本能が告げている。
 ヤバイ。
 と。
「オドロキくん、さ」
 と、成歩堂は輝かしいまでの笑顔で言う。
「疲れているみたいだから、休む?
 ……………………………………………無期限に」
「――――――――――――」
 成歩堂のその目に、衣替えの季節だというのに、法介の背筋には悪寒が走ったという。




<おわり>

ウェイトレス服がある色々な事情→パパのお友達が着てくれと迫ってきたのを没収したので。
こういう話はみぬきで保存してるんですが、ホースケが出張ってるなぁー(難しい顔で)
まあ、報われてるのはみぬきちゃんだから、みぬき保存でいいか!
その前にやり投げなタイトルはなんだ、と。