楽しいティータイム
キタキツネ一家が極道から足を洗ってパティスリーに衣替えした事で、一番の恩恵を受けているのはこの事務所だったりする。新製品が出る度にそれが送られてくるので、3時のおやつにお菓子は欠かない。
「わあい、タルトです!今日はタルトですよ、オドロキさん!」
「へー、これはまた、いいもの送って来てくれたなあー」
蓋を開けてきゃっきゃ喜んでいるみぬきに、法介も同意するセリフを吐いた。
と、みぬきは同封されていた和紙でくるまれた手紙を読み始める。そこには、おそらく滝太の文字で、『この度自分の開発した新製品が商品化される事になり、まだ試作品の段階ではありますがいつぞやのお礼を込めて差し上げる次第です。お口に合えば幸いです』みたいな事が彼らしい乱暴でがざつでヤンチャな物言いで綴られてた。
「良かったですね。滝太さん、すっかりお父さんと仲良くなったみたいで」
「うん、そうだね」
命に関わる胸の手術も大成功して、その後の経過も順調みたいだ。と、うっかり法介は感激して喜びのあまり涙を零しそうになる。どうも自分は感情的……というか感傷的だな、と苦笑しながら誤魔化すように涙を拭った。この手紙を見ると、あの時の拙い自分の弁護さえ、いっそ誇らしく思える。
「それもこれも、オドロキさんが法廷で威勢よく堂々とパンツ突きつけたおかげですよね!」
「…………。そこをわざわざ取り上げてくれるかよ」
「はい!パパも『さすがの僕も法廷でパンツ掲げたりはしなかったなあ』と感心してましたよ!」
「……あ、そう。……そう、なんだ」
感心してるとみせて嘲笑してるのも、本気で感心されてるのもキツいものがあるな、と法介は思った。
「早速食べようっと!」
言うやいなや、一個を取り上げてぱっくん!と頬張る。もぐもぐと咀嚼して、美味しい!と感動していた。それに倣う様に、法介も一つ口にする。
(…………。それにしても)
こうして届けられる菓子は、全部滝太名義でみぬき宛てなのだ。そう、実際の弁護士である自分を差し置いて、というか全面的に無視して。
(……そーなるとこれって、弁護してくれたお礼……っていうより、純粋に好意の証のような……)
実際留置所で彼と会った時、みぬきに大してかなり好印象を抱いていたのは腕輪無しでも感じ取れた事だ。お礼と称して彼女との繋がりを何とか保とうとする姿勢は、このご時勢記念物に指定したくなるくらいいじましいものがある。
まあそんな努力虚しく、こうして送られて来たモノは自分の胃袋にも成歩堂の胃袋にも入っちゃっている訳だが。
「……………あのさ、みぬきちゃんって」
別に滝太とみぬきをくっつけようとはこれっぽっちも思っていないが、ふと彼女の異性友好の状況が気になり、彼氏とか好きな人居るの、と聞こうと横に座るみぬきを見やる。
が、みぬきはそこには居なくて。
「パパッ!お帰りなさーいッ!!」
と、ボディアタックみたいな抱擁をパパにしていた。
「ただいま、みぬき」
そんなみぬきを平然と受け止めて、にっこり、とで迎えてくれたみぬきに微笑む。
「パパ。帰る時何か変な人に絡まれなかった?自動車に連れ込まれなかった?痴漢に遭わなかった?プロモーションビデオのモデルになってくれとか言われて、倉庫とかカラオケボックスに誘われなかった?」
「うん、今日はどれも無かったよ」
「良かったーvvvv」
と、みぬきは父親の身の安全を確認し、さらに身体を押し付けるように抱きついた。
「………………………」
首だけ後ろに向けて、その光景を眺める法介。
(…………。馬鹿だなあ、オレ。こんなみぬきちゃんに彼氏なんかがいる訳ないだろ………)
居た方がむしろ困る。何か大事な問題に関わる。
ああ可哀想に滝太くん。法介は供養の気持ちも込めて、タルトをもぐもぐと味わった。
みぬきに腕を引っ張られ、半ば引きずられるように成歩堂はソファに付く。座った成歩堂に、法介は紅茶を淹れて差し出した。ありがとう、と礼を言われて、思わず、いいえーそれほどでも、なんて言って締まりの無い顔になったので、頬をペシペシ叩いて元に戻した。
「今日はタルトなんだよ、パパ!美味しいよ!!」
「うん…………」
と、まず紅茶に口をつけた成歩堂は、けれど視線は菓子ではなくみぬきに向けられたまま。何だろう、と何気なく気になり、彼の動向を探るように法介は見た。
そんな法介の視線の先で、成歩堂はやおら手を上げて――
ぺたり。
と、みぬきの胸に置いた。
ぶっふぅ!!!!
「げっほ………うぇげほげほがこげほがはっ!!!」
法介にとって不幸だったのは、丁度紅茶を含んだタイミングだった事で、これ以上は咽ようがありませんよ、ってくらい法介は咽た。咽まくった。
うぎゃー!鼻から紅茶がッ!と喚く法介の対面で、親子は(平然と)会話を続ける。
「……うーん、さっき抱きつかれた時、思ったんだけど、みぬき胸が張っているよ。多分生理が近いから、準備しておきなよ」
「はーい。あーあ、もうそんな時期か。億劫だなー」
「そんな事言うもんじゃないよ。子供産む為に必要な事だろ?」
「みぬきの子供はパパが産んでくれるんだもーん」
「はっはっは、敵わないなあ、みぬきには」
「待てぇこの倫理概念自堕落親子―――――――――ッッ!!!」
無責任に展開される内容に、我慢しきれず法介は立ちあがり、そして叫んだ。
「ぐぇっほげふがほげほッ!!」
でもまだ完全に立ち直る前だったので、また咽た。
「あのね、やっぱり3人くらい欲しいんだけどね。まあその辺の話は、パパの産後の肥立ちを見てからの事だから。やっぱりパパの身が一番だもんね!」
「みぬきちゃ―――――――んッ!!」
今度は息が整うのを完全に待ってから、法介は叫んだ。
「はい、なんでしょうか」
「何でしょうかもなにも……!だから…………!
………………
男は子供を産めない」
って突っ込むところはそこじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!と頭を抱える法介だった。
「うーん、パパなら産めそうな気がするけどなあ」
「だから何の根拠も無く世の摂理を覆す発言をあっさり言うなよ……」
「でもオドロキさん、これくらいの色気があったら孕めそうな気もしませんか?」
と、成歩堂を指差すみぬきだった。
「………あのねえ、みぬきちゃん」
はーっ、と二酸化炭素をたっぷり吐き出して法介は言う。
「確かにね、成歩堂さんのその色気は凄まじいよ。いっそ生理があっても可笑しくないくらいだよ。法廷の時、横に来られた時は一瞬思考がぶっ飛んだよ。いや、あれは我ながらよく休憩を挟まないでそのまま進めれたもんだ、と感心しちゃうくらいだよ。いやあ、オレって意外に凄いよなあ。
でもね、そんな法廷のエロテロリストな成歩堂さんでも、男だから子供は産めません!解った?」
「ええー、こんなに艶かしいのに?」
と、みぬきは一気にパーカーのチャックを最後まで下ろしてムキッ!と服を剥いてみた。上半身やや裸の成歩堂が出来上がる。
ぶっ!!!
「わあい、やったぁ、パパ!オドロキさんが鼻血噴いたよ」
「噴いたねえ、みぬき」
本当に嫌な会話をする親子だな、と下を俯き、足元に広がる血溜まりを見ながら法介は思う。
「っだぁぁぁぁぁぁッ!違う違う!オレが突っ込みたかったのは出産と性別についてなんかじゃないんだッ!!」
若さと気合で自分を取り戻した法介は、成歩堂に指を突きつける。すでに成歩堂が服を整えていたので、軽くチェッと舌打ちした。
「成歩堂さん!アンタ何ムスメの胸揉んでるんですかッ!!」
「赤の他人の胸を揉むほうが問題だと思うけどな」
「異議ありッ!!オレはあくまでムスメの胸を揉んだ事について問いただしているんです!他人の時と比べてどーこーとかいう言い逃れは出来ませんよッ!」
「お、言うねえ、オドロキくん」
「オレだって、弁護士ですからね!」
「うんうん、成長してるんだねえ」
「……いやあ、それほどでも」(照れ)
「お茶がもっと飲みたいんだけど」
「ああ、持ってきますね。
……………………
……………
ってはぐらかさないッ!!」
ごあーと憤慨しながら言う法介だが、きちんと紅茶を入れてきてティーポットからお茶が零れないようにそっとテーブルの上に置いてからだったので、すっかり使われ根性が染み付いている。
「これくらいではぐらからせる方がどうかしてると思うけどなあ。僕としては」
「あああーッ!最もな意見なだけに異議が唱えられないッ!」
「ダメですね、オドロキさん。まともな反論が思い浮かばなくてもとりあえず異議はしなくちゃ。ねっ、パパ!」
「うん、みぬきはよく解ってるねー」
「えへー」
頭を撫でられてご満悦なみぬきだ。
「だーかーらッ!!」
と、法介。
「胸は揉まないッ!…………なんでオレ、こんな異議唱えてるんだろう……」
「自分の意見に疑問を持っちゃ、まだまだだよね、パパ!」
「全くだね、みぬき」
「……お願いだからオレの意見を汲んだ話して………」
ついに泣き落としに出た法介だった。哀れだ。
「まあ、何でというか……生理が近くなると胸が張るって聞いたから、健康管理はしなくちゃな、と思って」
「そうそう、胸がワンサイズくらい大きくなるんですよー。人によっては」
「えっ、そんなものなの?」
「はい、生理も無くてブラジャーもしないオドロキさんには解らないと思いますけど」
「そりゃ解らないよ!!えーい、そうじゃなくて、そういう事は父親が口出しする事じゃないと思います!」
「言うねえ、オドロキくん」
「言いますよッ!だいたいねえ、貴方がそーやって紛らわしい事してるからみぬきちゃんもその気になって貴方の貞操狙いにかかってるんですよ!?そのくらい解らないんですか!それとも解ってやってるんですか!オレじゃダメですか!」
「オドロキさん、どさくさに隠してた本音がだだ漏れです」
みぬきのチェックが入った。
「うーん………」
と、成歩堂は軽く唸ってニット帽の上から頭をかいた。
「そうだな……変に誤解させてもみぬきが可哀想なだけだもんな。はっきり言っておこうか」
「!な、成歩堂さん……!」
おおお、ついに父親としてビシッと言ってくれるのか!オレのこれまでの精神すり減らしてまでやった異議も無駄ではなかった、と思わず感涙する法介だった。
「あのね、いいかい、みぬき」
と、成歩堂は横を向き直り。
「そのくらいの胸でパパを誑し込もうなんて、あと4サイズは足りない」
「誰が男としての意見暴露せぇ言いましたか――――――――――ッッ!!!!」
全然通じてないよオレの誠意ッ!!と感涙を瞬時に血涙に変えた法介だった。
「ふーんだ。パパが胸おっきい方が好みだなんて、知ってるもーん。だから毎朝欠かさずミルク飲んでるんだから!」
「ああ、やっぱりアレってそういう事だったのッ!?」
そうじゃないかなーとか思っていたけどさあ!と法介。
「…………。みぬき」
と、成歩堂がちょっと真面目な顔をした。
「ついこの前まで8歳だと思っていたみぬきも、いつの間にか15歳だ。15歳と言えば市販の薬だと大人用の分量を要求される年齢だよ。だから、みぬきもそろそろ、世の仕組みを解らなくちゃいけない」
「…………な、成歩堂さん………?」
出だしこそアレだったが、どうやら本気で成歩堂はみぬきを諭すつもりなのだろうか。どうなんだろうか。法介はごくっと生唾飲み込んで状況を見守る。
「いいかい、みぬき、よく考えてごらん」
と、成歩堂。
そうそう、普通親子は結婚とか出産とかしないんだよ、と法介はうんうん頷いている。
成歩堂が言う。
「骨の原料になるカルシウムたっぷりな牛乳飲んで、どうして脂肪の塊である乳房が育つっていうんだい。可笑しいだろ」
「はっ……!そ、そう言われてみればッ!!」
「可笑しいのはアンタだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
そう絶叫した法介の耳の奥で、「貴方は何も変わりませんね、成歩堂」とかいうかつての師の言葉が蘇る。
「頼むからオレの異議汲んで―――ッ!!親子でそんなスキンシップは可笑しいよ―――ッ!!可笑しいんですよっていうか羨ましいッ!!」
「でもさあ、オドロキくん。牛乳飲んで胸が大きくなるっての、何かが矛盾して無いか?」
「そんな些細な矛盾どうでもいいですよ!」
「どうでもいいって、ひっどーい!これはかなり重要な問題ですよッ!オドロキさんはたった今、世界の女性を敵に回しました!」
「あっはっは!ワールドワイドなお尋ね者だなあ、オレ!」
「オドロキさん、泣きながら笑ってます!器用にして気持ち悪いッ!」
「そーゆー訳で成歩堂さんッ!オレ女性と結婚できない運命に陥ったのでお婿にもらってくださいッ!」
「ダメ。というか無理。というかイヤ」
「断るにしてもせめてもうちょっと長い理由をッ!!」
「パパ、タルト美味しいねー」
「うん。美味しいね」
「話題が一番最初に戻った――――――ッ!!」
うっぎゃー!と泣いて喚く法介だが、そんなもん部屋に漂う紅茶の芳香に紛れて消える。
こうして3時のティータイムが過ぎていく。
まあ、3時のティータイムじゃなくても法介はおちょくられ続けているのだが。
<終わる>
ウチのみぬきちゃんはホントにパパを何だと思っとるんでしょう。
もう誰にも止められないよ。
ホースケも最初は辛うじて持っていた真人間の仮面がベリベリ剥がれてるよ。
いよいよ誰にも止められないな。
て言うか何でこれこんな長くなったんだ。