ポッケに入るくらい
明日、みぬきは遠足に行く。今の学校に入ってから初めての行事だ。
準備なんてお弁当以外はすっかり揃えてしまい、今リュックを開けて中を覗き込んでいるのは明日の楽しみを押さえられないからだ。そうやって、何度も見返している為、みぬきの準備は抜かりない。万が一を考えて、バンソーコーは持ったし、虫除けのスプレーも入れてある。山に行くのだ。おやつは当然300円を超えていないし、勿論水筒にジュースを忍ばせるような姑息な真似はしない。バナナはおやつに含まれないので、当然持って行くつもりだ。
これに、あとは明日、大事なパパの作ってくれたお弁当が加われば、完璧である。みぬきは自分の所業にほれぼれとした。幸い、というか、明日の降水確率は限りなくゼロなので、テルテル坊主を作る必要は無かった。まあ、それは以前沢山作った事があるから、いいんだけど。
昨日の時点から、夕食に限らず、みぬきの持ち出す話題は遠足についての事ばかりだった。
「あのね、山に行くの」
「うん」
「でもね、遠足だけど、遊びじゃないの。授業の一環だから、お花の絵を描くんだって」
「うん」
「それもね、ふたつ以上なの!」
「うん」
興奮に任せて、同じ事を何度か言ったかもしれない。けれど、成歩堂は優しく笑って頷いてくれた。こうなると、遠足が嬉しいのか成歩堂が笑ってくれるのか、解らなくなってくる。
延々に喋り倒す所だったが、みぬき、お口がお留守だよ。と揶揄されて、慌ててかきこむ。そうすれば、今度はよく噛むんだよ、と成歩堂が言った。
「……………」
もぐもぐごくん、と、ちょっと許容ギリギリまで頬張っていた中身を飲み下し、みぬきは言ってみた。
「パパ、明日は忙しい?」
「うーん……今日くらいかな」
ちょっと首を傾げ、視線を斜め上にして言う。
「じゃ、みぬきと一緒に来る?」
「え?」
と、成歩堂が目をパチクリさせた。みぬきは、もう一度、内容を詳しくて言う。
「だからね。みぬきと一緒に遠足に行くの」
ぱちくり、ともう一回成歩堂が瞬きをした。みぬきは素直にそれを可愛いと思った。
ようやく言われた内容が把握出来たのか、あっはっは、と愉快そうに笑う。
「それはダメだよ、みぬき。だって僕は2年3組の仲間じゃないんだから」
「特別に頼んでみたらどうかな。だってみぬき、班長なんだよ」
「生憎だけど、グループの班長はそこまで偉くないと思うぞ」
「……じゃ、誰になればいいの?」
「…………。校長、かな」
と、割りと適当に言って、成歩堂は味噌汁を啜った。
「じゃあ、仕方ないね。内緒で連れて行くしかないなあ」
「ダメだって。班長が規則破っちゃマズいよ」
「うーん………」
「ハイキングなら、今度行こうね」
どうやら真剣に連れて行く事を企んでいるみぬきに、成歩堂は苦笑しながら言う。苦笑とは表現したが、大分温かくて優しいものだ。
「あのね、」
と、夕食が終わりかけてきた頃、みぬきがまた言い出す。
「山に行きたいんじゃなくて。ううん、行きたいけど、」
考えながら喋っているので、話題がちょっと支離滅裂としている。が、成歩堂はそれを指摘するでもなく、みぬきが言い終わるのを待っている。
「一緒に行きたいって言うよりもね。パパと居たいの。ずっと」
なんとか言い終り、口を閉じた後はじ、と目で成歩堂を訴えた。
「………うん、」
と、成歩堂は相槌のような返事をした。
それから、手を伸ばし、みぬきの頭を優しく撫でた。言いたい事は解るよ、と言っているようで、眼の奥がちょっとつん、とした。
きっと自分は、不安で怯えているのだ。
目の前の、このパパまで消えてしまったら、どうしよう?
「……パパって、他の人よりちょっと高いよね」
「そう?」
唐突な話題転換になったが、成歩堂は大して気にするでもなく返事をする。
「うん、お外で他の人と比べて、ちょっと高いよ」
「うん……そうかもな。知人は僕より高いヤツばっかりだから、忘れそうだけど」
はは、と照れ臭そうに笑った。
「もうちょっと、小さくならないかな」
「うん?」
「だって、みぬきの手、回りきらないよ」
一瞬何の事かと思ったが、今の説明で納得がいった。みぬきは小さくて、腕もまだ短くて抱きついても背中でその両手で抱き締めらる事はまだ出来ない。
「まあ。その辺はみぬきが成長すればあっさりクリア出来るよ」
そう言ったが、みぬきはフルフルと首を振った。おや、と思う。
「もっと小さくなって欲しいなあ」
「どのくらい?」
「うん。あのね、みぬきのポッケに入るくらい」
「…………。そりゃ、小さいな」
あまりに予想外だったので、間が開いてしまった。
「そしたら、遠足でも学校でも、どこだって一緒だよ」
「……そうだなー。自分で歩かなくてもいいから、楽チンだな」
成歩堂が同意するような事を言ったので、でしょ!とみぬきが強く頷く。
「それくらいの大きさだったら、今のみぬきでもパパの事、守ってあげられるもん!」
「…………………」
言い切ったみぬきの目はどこまでもキラキラしていて、本気なのだと伝えていた。
本気で、そう思って、願っているのだと。
ただの戯言では、なくて。
「……でもさ、みぬき」
カチャカチャと食器を重ねながら、成歩堂は言う。
「そんなに小さくなったら、もう肩車も抱っこもしてあげられないぞ?」
「………うーん、それは困るなー」
腕組んで呟いたみぬきに、だろ?と呼びかける。
「じゃあね。何か呪文的みたいな事言ったら戻る事にしよう」
「呪文的……って、何だ?」
「えーと。アレ、パパ叫んでいたアレでいいよ。「異議あり」ってので」
そのセリフが、成歩堂のツボに嵌ったのか、身を折り曲げて盛大に笑い出した。せっかく真面目に考えたのに、酷い、とみぬきは剥れる。
「……ご、ごめんな……」
まだ腹を震わせながら、みぬきの頭を撫でた。
そして。
「でもね。みぬき」
みぬきを真正面から見詰めて、言った。
「それくらい小さくなったとしても……パパはみぬきの事を守ってみせるよ」
戯れに鼻を軽く弾くと、みぬきが目を何度もパチパチさせた。
「こんなにちっちゃくなっちゃうのに?こんなにだよ?」
両手で大きさを示し、言うみぬき。その訴えにも、成歩堂はうん、と迷い無く頷く。
「そんなにちっちゃくなっても、だよ」
「どうやって?」
「それは、その時に考えるさ」
それじゃ解らないよ、と文句を言おうとしたが、その時の成歩堂の笑みを見たら、本当に守られそうな気がしたのだった。
成歩堂の事を守ってやるのは、ムリかもしれない。でもやっぱり、成歩堂とはいつも一緒に居たいので、ポッケに入るくらい、ちっちゃくなってはくれないかな、と思う。
就寝前だって、時間を見つけては毎日欠かさず魔術の練習をする。何も無い所から何かを出したり、今目の前にあるものを消してみせたり。一年前と比べれば自分の技術は格段にアップしている。一流の魔術師になる日だって、いつかきっと来る。
でも。
「……みぬき、魔術師だけど、魔法使いじゃないんだなあ……」
だからパパをちっちゃくする事は出来ないよ、とちょっと唇を尖らせたのだった。
<おわり>
某レジェンズ見て浮かんだお話でシタ☆
でも好きな人がポッケに居るってステキだよね!(そうか?)
4のメイスンシステムやってるとなんか甲斐性のあるムスメになりたがってるみぬきちゃんが可愛くて可愛くて。