チョイス!



「ねー、パパはどっちがいいと思う?」
「どっちでもいいよ。みぬきの好きな方にすればいい」
「もう!決められないから、こうして聞いているんじゃない!」
「はっはっは。それもそうだ。これは1本取られちまったなー」
 と、事務所のドア越しに、そんな会話が聞こえてくる。
 それを聞いて、相変わらず嘘臭いな、と思わずにはいられない法介だった。まあ、いかにも作り物然としたような会話ではあるが、聞いていて嫌味にはならない。それは二人が心からその掛け合いを楽しんでいるからなのだろう、と最近はそう思う。
 最も、その矛先が自分に向かったら、こんなに穏やかにしてはいられないが。
「おはようございます、」
 と、二人の会話を邪魔しないように、法介は控えめに挨拶した。
「あ!オドロキさん、おはようございます!」
「やあ、今日も早いね」
 元気いっぱいのみぬきと日和見な成歩堂は、それぞれのテンションに見合った返事をした。
 自分の方に振り返った二人に、改めて軽い会釈をすると、二人の座るソファの反対側に座った。親子は仲良く、文字通り肩を並べて座っていた。いや、肩を並べて、と表記するには少し密着が過ぎるかもしれない。肩がくっつく程、というべきだ。
「それでね、パパ」
 と、目の前の自分の存在をまるで気にするでもなく、みぬきが会話を続けた。そんなみぬきの態度は、無視されているというよりは、そこに居て当たり前なのだ、という不思議な安心感を法介に与えた。
「どっちがいい?」
 と、みぬきは何かの雑誌を成歩堂に見せながら問いかける。
「だから……どっちでもいいんだけどな。僕としては」
 今来たばかりの自分には解らないが、かなり長い事同じ問答を繰り返しているのだろう。成歩堂の返事がやや丸投げになっている。が、それでも目には優しい光が灯っている。
(何だろう。服とかバックとかかな。いやいや、みぬきちゃんなんだから、マジック用品かもしれないぞ)
 法介は微笑ましくそのやり取りを見守った。自分に矛先が向いて居ないから。
「みぬきちゃん、服でも成歩堂さんに強請ってるの?」
 なので呑気に会話に加わってみた。
「いいえ、服じゃありませんよ」
 と、みぬき。
「服じゃないね」
 と、成歩堂。
「ふうん?だったら、何」
「ブラジャーです」
「そう、ブラぶっふ―――――――ッッ!?」
 と威勢よく法介は噴出した。
「きゃあ!どうしたんですか、オドロキさん!」
「今日の発声練習はいつもと違うね」
 驚くみぬきと受け流す成歩堂だった。
 空気が気管か妙な所に入った法介は、暫く苦しそうにげほげほと悶絶したが、ある程度回復してみぬきに向かって言う。
「…………ブ、ブ、ブ、ブ、ブラジャーって、ブラジャーって!!あの!!」
「あんまりこんな朝っぱらからブラジャーブラジャー連呼するもんじゃないよ。法廷でパンツパンツと連呼した弁護士さんとしては」
 成歩堂が淡々と言う。
「煩いですよッ!って言うかみぬきちゃん、さっきからそんな事成歩堂さんと相談してたの!?」
「そんな事とはなんですか!女の子にとってブラジャーは、オドロキさんにとってその二つのツノみたいなものなんですよッ!」
「よく解らないよッ!いや、その、その前に、いいの!?それで!?」
「? 何がいけないんですか?」
「いや、だから、相談相手として、いいの!?」
 クラスの組長もこなしているみぬきなのだから、同年代の女の子の友達だって沢山居る事だろう。その子達とやるべき会話なのではないだろうか。最も、法介自身男性なのだから、その時分の女の子達がどんな会話をしているかなんて、ちっとも予想出来ないけど。
「だって。パパが一番見る機会が多いから、パパとするべきかなって」
「理に適ってるけど腑に落ちないッ!!」
 法介は頭を抱えた。
 が、気丈にも顔を上げ、成歩堂に立ち向かう。
「成歩堂さんも!どうしてこんな時にこそ、裁判の時のようにのらりくらりと交わさないんですか!」
「そりゃ、ここは法廷じゃないし、僕は被告人じゃないし、みぬきはオドロキくんじゃないし」
「……………………。アレって、オレへの個人攻撃だったんですか―――!?」
 法介は泣きながら喚いた。そんな法介に、成歩堂は朗らかだ。
「今となっては、いい思い出だよね」
「オレにとっては現在進行中でほろ苦い記憶ですよ!」
「ね、パパ!早く選んでよ!」
「そこ話題戻さないで――――!!!」
 二人相手の突っ込みに大忙しの法介だった。
(ああ、審理はあれでいて、証人にだけ揺さぶっていればいいから、割りと楽な事だったんだな……)
 現実から逃避し始めてきた法介は、そんな事を考えた。
「みぬきちゃんも!そんな事は男の人とホイホイ話さないの!」
「パパでもダメなんですか?」
「ダメッ!」
「じゃ、どんな人と?」
「え?」
 普通に切り返されたので、法介も考える。ちょっと考え方が突飛で、魔術師で、おまけに成歩堂の娘だけれど、子供に聞かれたならばちゃんと答えななくては、大人としての面子が廃る!……と勝手に彼が思っているだけで、実際にそんな大層な面子が保たれているかどうかは、解らない。
「えーと、だから……同級生、とか?あるいは、その、恋人?」
 恋人、という単語を言う時、法介は甘酸っぱい気分になってしまい、ちょっと頬を染めた。
「恋人って事は、好きな異性、……って事ですよね?」
 みぬきが斜め上を見て、うーん、と考え込む素振りを見せつつ、言う。
「まあ、うん。そうだろうね」
 頷く法介。
「なら、パパでオッケーですね!」
「何でだ―――――!!!」
 きっぱり言うみぬき。怒涛に突っ込む法介。ははは、と温く見守る成歩堂。魔の三角地帯である。
「どうしてそうなっちゃうんだよ!返せよオレの一本道のロジック―――!!」
「だって、オドロキさん言ったじゃない!好きな異性ならいい、って!」
「パパはダメって言ったよなオレは!」
「じゃあ、オドロキさん!恋人と将来結婚したら、恋人は何になりますか!?」
「家族!」
「パパはみぬきの家族です!全然問題ないじゃないですか!」
「え、何!?オレ、今、墓穴掘ったの!?掘っちゃったの!?」
「うーん、掘ったかもねー。割りと大きいの」
 否定する事無くあっさりと成歩堂が止めを刺した。
 ズグシュ!と身を切られるような音を立てて法介は項垂れてしまった。
 勝てない。その四文字を頭に残して。
「で、パパ。どっちがいいの?」
 そんな法介は気にする事無く放置して、みぬきは話を戻す。もうどうにでもしてくれ……とすっかりやさぐれてしまった法介だった。
「うーん、仕方ないなぁ……じゃ、こっち。黒でいいよ」
「黒なのね?」
「みぬきは肌が白いからね。多分映えるよ」
「そっかー。うん、やっぱりパパに聞いてよかった!」
 実に和やかでアットホームな会話だ。……その内容が下着の事ではなければ。
「でもねぇ、みぬき」
 と、その話はそれで終わったかと思えば、成歩堂が更に何かを言う。
「そう選んでてもさ、みぬきにはまだ早いよ。ガーターベルトは」
「ガーターベルトですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」
 もう関わるまい、と決めていた法介だが、気づけばそう叫んでいた。
「お。食いついたね、オドロキくん。さては好きか。こういうの」
 と、呑気に笑って言った成歩堂は、びらっと今までみぬきと二人して見ていたカタログを法介に見せた。
 そこには、左右それぞれに魅力的で扇情的な女性が、情熱的で挑戦的なポーズを取って、妖艶で艶麗な下着を身に着けていた。当初からそのような目的で作ったようなその手のモノに比べれば全然可愛いものだが、22歳で純情一直線の法介を、沸騰させるには十分だった。
「何てもの見せてくれるんですかアンタは―――――!!つーか何見てんだ!何持ってんだッッ!!」
 ベストと遜色劣らないくらいに顔が真っ赤になった法介は、ぶんぶん突きつけた指を振りながら異議を申し立てた。
「だって、勝手に郵便受けに入れて来るからさ」
「だからって何気なく見ない!娘としげしげと眺めない!」
「あ。コレみぬきが持って来たんですよ!」
「持ってこさせない―――――!!」
 非核三原則みたいな事を言う法介だ。
「これでその内、パパを悩殺しちゃいます!」
 シルクハットをちょいと掲げて、みぬきは実に堂々と宣言してくれた。
「現段階で何だかオレがノックアウトされそうだよ。主に常識とかが」
 法介はもはやどう言っていいか解らない。
「パパだって一介のオスなんですから、扇情的なメスを前にすれば理性を失う筈ですッ!」
「みぬきちゃん段々セリフが恐ろしくなって行くよ気づいて―――――!!」
 みぬきは本気のようで目が生き生きしている。。目がまるで科学捜査の話をしている茜のように生き生きしている。これはヤバいな、と法介は思う。かりんとうをさくさくしている茜さんに牙琉検事を会わすよりヤバいな、と思う。
「成歩堂さん!こんなの、見つけ次第早々破棄してくださいッ!みぬきちゃんに見せちゃダメッ!」
 アンタの貞操にも関わってんですよ!と必死に言う法介だった。
「そんな事言われても……朝はみぬきの方が早いからなあ。先に取られちゃうんだよな」
 ははは、と言う成歩堂だった。
「じゃあ早く起きてくださいよ!」
「オドロキさんッ!」
「ぅおッ!?」
 そう突っ込むと、意外に厳しい叱責がみぬきからして、法介は少し戦いた。
「パパはみぬきと違って夜遅くまでお仕事なんです!だから、少しくらいお寝坊してもいいんですッ!」
「あ、ああ。そうなんだ……」
 それは事情を知らないとは言え、無責任にうっかりな事を言ってしまったな、と反省した。
 みぬきは尚も、握りこぶしをグッと両手で作って反論を続けた。
「そうですよッ!パパは確かにピアノの弾けないしがないピアニストですけど、弁護士の癖に弁護の依頼の来ないどうしようもないオドロキさんと違って稼ぎ口があるんですッ!勤め先があるんですッ!仕事があるんですッ!」
「…………………………………………………」
「みぬき。それくらいにしないと、オドロキくん、泣いちゃうぞ?」
 泣くだけで済めば儲けものですよね、と自虐的に法介は思った。
「じゃ、じゃぁ……それじゃあ、オレが郵便受けの物のチェックしますから!オレが来るまで、下手に触らないでくださいねッ!!」
 これでいいだろう、というように、法介は言った。
「だってさ。みぬき。それでいい?」
 何だか人事のように成歩堂が言う。
「うん。パパがいいなら、みぬきもいいよ」
 そう言ったみぬきの頭を、成歩堂は優しく撫でた。
 とりあえず決着したようなので、良かった良かった、と額を拭う法介だ。
「……えーと。じゃ、オレお茶淹れて来ますね」
 散々喚いたので、喉が渇いた。
 給湯室で、ほうじ茶を入れる法介。
 その途中で、ふと、気づく。
(……………。あれ、もしかして……仕事、増やされた?)
 ……………。
 …………………………。
 ……………………………………………。
 呆然と佇む法介に、今度は何の話題なのか、とても楽しそうに話すみぬきの声が耳に届いた。




<おわり>

時間軸としては4−2の1週間後くらいか、なー?いかん、オドロキくんの方が父親っぽいぞ。

今ふと猛烈に思ったのですが、法介シリーズ最終章でゴドーの位置にミツルギが入ってたりしたらかなりとんでもないですよね。
文が書き上がったのにタイトルが思いつきません。ボスケテ。(まあアップしているって事はなんとかつけてるって事ですけどね)
とりあえずつけました。やり投げ気味もいい所だ。