7・Days・Change
「とにかく」
みぬきがコップに麦茶を入れて運んで来てくれて、それを飲み干して成歩堂が仕切りなおすように言う。
「大変だろうけど、一週間頑張ろう。そうしたら、真宵ちゃん達も帰って来て、千尋さんを呼んでくれる」
「うん」
幸い今は夏休みだ。学校でボロが出るという事はないだろう。
それに、もし学校があれば体育がプールでちょっと困った事になる。成歩堂はかなり安心した。
「……で、仕事の方なんだけど……」
言いにくそうに成歩堂が言う。
みぬきの方は全く差し支えはないが、問題はこちらである。みぬきに見抜く能力があっても、自分に魔術のスキルは無い。手は脳の指令から動くのだから。成歩堂に魔術に関しての知識がある筈もなかった。
「ううん。仕方ないよ。こんな事になっちゃったんだから」
ステージを休んでしまうのはしょうがない、と成歩堂を慰めるように頭を撫でた。
「うーん、ビビルバーでもポーカーしようかな……?」
「無理しなくてもいいよ。パパは夜遅くまで頑張ってるんだから、こんな時くらいゆっくり休んで」
夜遅いどころか、午前様になる事もあった。
「………うん」
本当に申し訳なくて情けないが、それに従うしか無さそうだ。
大きな手がゆっくりゆっくり、自分の頭を包み込むように撫でる。それはとても心地よかった。
みぬきもそうだといいなぁ、と撫でる手を相手の気が済むまで続けさせる。
そして、成歩堂は思う。
(……みぬき、一度しかない15歳の夏だっていうのに、こんなオッサンの体になっちゃって可哀想に。何とかして、絶対元に戻してやらないと!)
そして、みぬきも思う。
(……パパ、不安そう。仕方ないよね、いきなりこんな頼りない女の子の体になっちゃったんだもん。でもパパの事は、みぬきが必ず守るからね!)
若干双方の思い違いはあるが、とにかく互いが入れ替わった生活がスタートした。
スタートをしてまず何をしたかと言えば、風呂に入った事だった。
「パパ、くすぐったーい」
「ああ、コラ。動かないで!」
何をしてるかと言えば、無精ひげを剃っているのだった。
「だって、中身が僕の時はいいけど、今はみぬきが中身だろ?だったら身なりはちゃんとしておかないと!」
と、他人が聞いたらよく判らない理由で髭剃りを結構する事となったのだ。本当によく判らない。
「はい、さっぱりした」
剃り終わったよ、とみぬきに顔を洗うのを促す。
「たいだい二日に一度でいいかな、剃るのは」
弁護士だった頃は毎日剃っていたが、今はそんな必要も無いだろうし。
成歩堂が髭を剃ってあげたのに代わるように、今度はみぬきが成歩堂の髪を洗う。成歩堂の髪と言うかみぬきの髪な訳だが。ああややこしい。
シャンプーで頭皮をマッサージするように洗い、泡を流したらトリートメントを髪に滑らす。やっぱり女の子は髪の手入れひとつでも大変なんだなぁ、と髪を洗ってもらいながら、ぼんやりと思った。
一緒に湯船に浸かり、ふぅ、と一息入れる。何だかようやっと落ち着けたみたいだ。
「……パパとまたお風呂入れるなら、この生活も悪くないなぁー。なんて」
えへへ、とみぬきが笑う。成歩堂はそれに困ったように笑い、額をこづいた。
(それにしても……)
と、成歩堂は自分の顔をまじまじと見詰める。
20超えたくらいから童顔童顔とからかわれ続けて来たこの顔は、30を超えても尚そのありがたくない称号を使われる始末。せめて無精ひげを生やしそれなりに見せているが、御剣から「妙な悪あがきは止めたまえ」とか酷評を貰い、その時はその後1週間くらいメールの返事もあげなかったような気がする。その後の御剣の憔悴した顔を思い出すと。
(そいや、さっきの地震でどうなっただろう。アイツ)
まだ尾を引きずっているかもしれない。風呂から出たらメールでもしてやろうかな、と思った。
(まぁ、何があっても、僕らほどでもないだろう)
横で無邪気な顔で湯に浸かる自分の顔を見て、苦笑を漏らした。
そんな訳で見事に入れ替わってしまった訳だが、そんなに人に率先して関われるような事が無ければ概ね平和に過ごせる。外出時には、勿論お互いの言動に厳重に注意が必要だけど。いくらなんでも三十路超えた男が女子中学生口調なのは、不自然を通り越して不気味だ。
何事にもあまり動じない二人だが、さすがにこの超常現象には調子を崩されたようだ。
一人の人物への対処を、すっかり考え損ねていた。
「おはようございますッ!」
無必要なまでの音量で入って来たのは、この事務所でただ一人の弁護士の法介だ。まぁ自分たちもただ一人のピアニストで、ただ一人の魔術師だけども。
「…………」
「…………」
二人は互いを見合わせた。つまり、法介の扱いをどうするか、だ。
二人揃って、そそそ、と給湯室に移動して小声の会議を始める。
「……そう言えばウチの事務所にはオドロキくんも居たったけね……」
「忘れてた訳じゃないけど、気にも留めてなかったね」
「どうする?言う?」
「うーん、みぬきとしては、オドロキさんにこの事態をありのまま受け入れる懐があるとはとても思えないな」
「全くだ。パパも激しく同感だよ」
「……あのー、内容はちっとも聴こえないんですけど、目の前で内緒話されてるってだけで結構傷つくんですよ?」
法介が悲しい声で言う。
「じゃぁ、オドロキくんには内緒、って事で」
「弁護士として半人前なのに思い悩んでいる所に、この上どうしようもない異常事態つきつけられても、困るだけだもんね」
「全くだ。パパも激しく同感だよ」
「……だからー」
再度、法介は二人に呼びかける。
二人はくるっと回って、にっこーと笑って法介を招き入れた。
「オドロキくん、おはよう!」
「今日も声大きいですね、オドロキさん!」
「……どうしたの、二人とも。異様にテンション高いよ?」
法介はとてつもない笑顔の二人にちょっと引いた。
「ええー?いつも通りだと思うけどなぁー?」
と、パーカーのポケットに手を突っ込んで、成歩堂inのみぬきが笑う。
「そうですよ。オドロキさん!」
と、シルクハットの鍔をちょいと掴んで、みぬきinの成歩堂が笑う。
「そうかぁー?」
法介が訝しげな視線を自分たちに注ぐ。
マズいな。バレるかな?
「さて、オドロキさん」
と、成歩堂が仕切りなおすようにパン、と両手を胸の前で合わせた。これは真宵の仕草なのだが、まぁ女の子の仕草には変わりないだろう。
「今日こそは、弁護の依頼、来るといいですよね!」
「……いきなり抉ってくれるかよ」
意図して”こそ”の部分に力を入れると、法介が目に見えてしょげる。
「まあまあ、そう落ち込まないで。来る時は来るんだから」
ははは、と多分自分を真似ているのだろう笑顔を、みぬきがした。
「で……ですよね!希望は捨てちゃいけませんよね!」
もはや依頼が来る事は仕事ではなく希望になっているみたいだ。成歩堂の言葉に、法介は縋る。
「……ま、その分来ない時は来ないけどさ」
ちょっとそっぽ向いてみぬきは言った。普段成歩堂がしてやっている通りに。
「そんなぁぁぁぁぁ!」
途端悲痛な声を上げる法介を、みぬきは笑うだけで交わす。
法介の頭越しに、二人はアイコンタクトを交わした。
(みぬき、パパのモノマネ上手いじゃないか)
(そう?だったら、今度芸のレパートリーに加え様かな?
パパも、みぬきの真似上手いじゃない!)
(そりゃー、だって、パパだもの)
「ちょっと!人の頭上越しに和やかにならないで下さいよ!」
何を和んでいるか知らないけど!と法介が叫んだ。
と、成歩堂を見ているその目が、見抜くように大きくなる。
「あれ……成歩堂さん、髭剃ってる?」
普段も遠くから確認のとれないくらいの無精ひげなので、見間違いかと思いマジマジと見詰めてもやっぱり無かった。
「ああ、うん。ちょっとね」
みぬきは顎を摩った。
「……………。やっぱり、何かあったんじゃないんですか?」
オレの知らない所で、と雰囲気で語る。
(ああ、オドロキさん拗ねちゃったんだな)
仲間はずれにされたと思って。
と、みぬきは法介の態度でそう悟る。
こういう時はどうしよう。と成歩堂に目で語る。
成歩堂はちょっと考え、頭をなでる仕草を空中でする。
なるほど、とみぬきは早速実行した。
「本当に何でもないんだよ。だから、拗ねない拗ねない」
「っ!!!」
撫でられて、子ども扱いされたのと成歩堂に触られてるので法介が真っ赤になる。
「こ、子ども扱いしないでください!」
「なら、拗ねないの。ね?」
「ぅ………は、はい」
覗きこまれ、あやすように言われては法介は押し黙るしかない。
とりあえず、厳しく突っ込まれる事は回避できたようだ。
(こんなもので、どう?パパ)
(満点で合格)
成歩堂がウィンクした。
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以上、対ホースケ編でした。
つーか4−4は秋の話だってのに、これはいつの夏休みだよって感じだよな!
まぁ気にしないで行こうゼ☆!(俺についてこい的な無責任にいい笑顔)