7・Days・Change



「ハワイ?ハワイって外国の事だよね?」
『そーだよ!倉院流も、ついにボーダーレスでグローバルでワイルトワイドウェブになるんだよ!』
 ウェブは無いと思うな、ウェブは。とひっそり異議を胸中で唱え、急な電話から話される急な内容に何とか食いついていこうとする。
「えーっと、倉院流って事は霊媒の依頼って事?」
『うん。何でもね、曾々おばあさんくらいの人に、初恋の人を会わせてあげたいんだって』
「へぇー、ロマンチックだなぁ。何かの映画になりそうだな。ソレ」
『でねでね、相手の年齢が年齢なだけにあまり動けなくてさ』
 それで真宵たちの方が赴く事になったらしい。
 さっきはとても驚いた。久しぶりに電話を貰って出てみれば、いきなり「あのね、今空港に居るの。これから一週間、ハワイに行くんだよ!」なのだから。なんとも急な話だが、実際依頼されたのも急だったらしい。
「丁度夏休みに入ってよかったね。春美ちゃんも一緒に行くんだろ?」
『もっちろん!』
 真宵が明るい顔で頷いているのが、見なくても判る。自然と自分の顔も綻んでくる。
『なるほどくんも、早く稼いでみぬきちゃんをハワイに連れてってあげるんだよ』
「うーん、どっちかと言うと、みぬきが僕を連れて行く事になりそうだなぁ」
『あぁ、それはあるかもね』
「凄い真面目な声で返事したね。真宵ちゃん」
 何て話をしていたら、話題に上らせたみぬきが帰って来た。
「パパー!ただいま!」
『あ、みぬきちゃん?』
 その元気な声は受話器を通して向こうにまで達したようだ。
「うん。代わるよ。
 ――みぬき、真宵ちゃんから電話来たよ」
「えっ、何かあったのかな」
 通学鞄をちゃんと仕舞ってから、みぬきは成歩堂の元に赴いた。
 成歩堂はみぬきの質問には答えず、にっこり笑って電話を差し出した。
「もしもーし。お久しぶりです!……うん、………うん、………えぇぇええええッ!」
 どうやらハワイ云々の話題に移ったらしい。心底びっくりしたようなみぬきの声があがる。
 スゴイスゴイ!と一頻り騒いだ後、近況を手短に報告し合っているようだった。さっきは手続きで不在だった春美が戻ってきたらしく、声が一層弾む。
「ううん、ハワイはみぬきが連れてってあげるの!」
 さっき真宵が言ったような事を春美も言ったのか、そしてみぬきの返事は自分の出したものと同じだった。
「はい、パパ」
 話す事は全部話終えたのか、みぬきが電話を成歩堂に返す。自分も言いたい事は全部言った後なので、そのまま切っていいよ、と一言断っておけばよかったな、と思った。電話を切るタイミングは難しい。特に相手が親しい相手となると。しかし今回は搭乗時間という区切りがあったので、そう悩まなくてもよかった。
「じゃぁ、真宵ちゃん。気をつけてね」
 時間ぎりぎりにまで話をし、別れの挨拶を交わす。
『うん、なるほどくんも気をつけてね』
「何にだよ」
『えー、それはほら、そこはかとなく、色々と。なるほどくんって巻き込まれ体質だし』
「君がそれを言うかよ」
 あっけらかんと言う真宵に、彼女が助手であった時にしょっちゅう浮かべた、疲れたような表情になる。それを見て、みぬきはこっそり笑っていた。
 じゃーねー!という真宵の声を最後に電話が切れる。自分もそれを仕舞い、みぬきと向き合った。
「みぬき、お帰り」
 みぬきは帰るなりすぐさま真宵の電話に掛かったので、自分はまだ返していなかったのだ。
「ただいま、パパ」
 そしてみぬきも改めて挨拶を交わした。
「今日から夏休みだねー」
 手渡された通知票を見ながら呟く。
「うん。もう朝から晩まで、マジックしてマジックしてマジックしちゃうんだ!」
 拳を握って力説するみぬきの目には、情熱の炎が燃えていた。この子も案外熱い性格だな、と異父兄弟と照らし合わせて成歩堂は思った。
 と、その時グラッと揺れた。眩暈かな、と思ったそれは長く続いて、部屋の方が揺れているのだと判った。地震だ。
「お、結構でかいな」
「御剣のおじさん、きっと今頃机の下で震えてるねー」
「違いないよ」
 あっはっは、と旧友のトラウマで笑いあう親子だった。
(って言うか……長いな)
 震度はそう大きくないが、こう続くと今に大きな揺れになりそうで怖い。みぬきに感取られないよう、成歩堂はいかなる危機にも対応できるよう、引き締めた。
 そしてその危惧通り、揺れは大きくなった。
「きゃっ!」
「みぬき!」
 咄嗟にみぬきを腕に抱きとめる。いざと言う時、自分の体がクッションになればいい。
 そしていざと言う時はやって来た。
 横にあった人体切断マジックに使う箱(通称ジグザグ)がこっち向かって倒れてきたのだ!
「――!」
「パパ、危ない!」
 と、腕の中のみぬきは成歩堂を庇うべく、そこから飛び出した。
 そして!
 
ゴッ!!!!
 結果頭突きとなり、二人の意識が一瞬消えた。その二人の上にガッシャーンと箱が倒れてきたが、さっきの頭突きにくらべればなでられたようなものだった。


「ぅ…………」
 唸りながら目を開き、すぐに感じたのは額の鈍痛だった。
(いった〜〜、こんなに痛いの、久しぶりだよ。事故った時もこんなに痛くなかった)
(うぅ〜〜、痛い!この痛さに比べれば、予防注射なんて全然痛くなんかない!)
 それぞれ自分の痛みに感想を持った後、額に手をやる。その時何か妙な感じはしたのだが、別段この時は特には気に掛けなかった。それが、その後の大騒動の種だとも知らずに。
 とりあえず、成歩堂はみぬきの無事を確認した。
「みぬき、大丈夫……」
 そして、みぬきは自分が頭突いた形になった訳で謝罪をしようとした。
 しかしそれは途中で消えてしまった。
 それ以上の異常事態が目の前に現れたから!
「なんで僕が目の前に居るんだよ!?」
「どうしてみぬきが其処に居るの!?」
 ほぼ同時に叫ぶ。
 全く信じられない。けれど、他に説明がつかない。

 中 身 が 入 れ 替 わ っ た

「――――――ッ!」
「〜〜〜〜〜〜ッ!」
 双方、声にならない悲鳴のようなものがあがる。
「――落ち着こう!」
 と言ったのは、やはり年の功と言うのか成歩堂だった。今は15歳の少女の姿ではあるが。
 野球の審判が「セーフ!」と言った時のような手振りをし、事態の収拾を図る。
「落ち着くんだ、みぬき!……かなり信じられない事だけど……どうやら僕らは入れ替わっちまったみたいだ」
 信じられない思いではあるが、まぁ霊媒して体形が変わるくらいだから、頭ぶつけて人格入れ替わるのもアリだよな……と妙に冷静に埋めとめている自分も居る。人間、環境には慣れるものだ。
「……やっぱり、そういう事なんだね。パパ」
 みぬきも胸に手を当てて、なんとか平静を装うと努める。
 鏡以外で自分の姿を見ると、また違った感慨があるものだな、と幼い仕草をする自分を見て、成歩堂はそんな事を思う。
 まさか「自分」に「パパ」と呼ばれる事になろうとは。弁護士になった時もクビになった時も思ったが、未来は全く先を読ませない
「うん。……でもね、みぬき。絶望するのは早いよ?」
 と、成歩堂はいい、みぬきの、というか自分の体の肩に手を置く。そして、安心させるように言い聞かせる。
「確かにとんでもない事になったけど……ほら、僕らにはこういう異常事態にすら通用しそうな偉大な人を知っているじゃないか!」
「! そっか。そうだよね!」
 そうとも、その名は綾里千尋。没した後ですら成歩堂の師匠として法廷に君臨した奇跡の弁護士である。彼女ならば、人格が入れ替わったくらいのトラブル、三分クッキングよりもホイ!と簡単に納めてくれうだろう!
 こんな異常事態もたかが後2時間我慢すれば、あっと言う間に……
「…………」
「…………」
 あれ、何か忘れているような気がする。
 とっても重大で重大な何かを……
 ゆっくりと頭が記憶を辿っていく。

 あのね、今空港に居るの。これから一週間、ハワイに行くんだよ!
                  
これから一週間、ハワイに行くんだよ!
                             
ハワイに行くんだよ!
                                   
行くんだよ………(←エコー)

「……………」
「……………」

春美ちゃんも一緒に行くんだろ?
もっちろん!
 
もっちろん!
   
もっちろん!
     
もっちろん……(←エコー)

「……………」
「……………」
 タスケテ千尋さーん、と久しぶりにそのフレーズを口にした。

 こうして、一週間の入れ替わり生活がスタートしたのだった。



***
 

えーと、これからですが、別に1話が1日という訳でもないのでそのようなアレで。
最終話の成歩堂親子&綾里従妹のシーンが書きたい為に頑張ります!