メヌエット−譚詩曲−



 パセリ、セージ、ローズマリーとそれからタイム。


「え、何だって?」
 不意に言われた、どう聴いても日本語ではなかったような単語にきょとんとする。
「ですから、”スカボロー・フェア”でしょう?今唄っていたのは」
 とぼけてではなく、本気で尋ねている彼に、もう一度似たようなセリフを口にする。すると相手は、2,3回くらい瞬きをさせて。
「…………。へぇ、そういうタイトルだったんだ………」
「…………。知らないで唄っていたんですか」
 さすがですね、という皮肉には当然のように、まあね、と得意げな笑みを持って返す。
「……どうりで、ハーブ並べているばかりで話が続かないと思いましたよ」
 鼻歌と実際に歌っているのとの間くらい。微かな歌声は本当に些細な音量だったが、彼がピアノの前に座らない限り、BGMも無い店内では自分の耳まで届いた。パセリ、セージ、ローズマリーとそれからタイム、とそこだけが延々と。
「はは。ここしか覚えてないんだよね」
 パセリ、セージ、ローズマリーとそれからタイム。
 流れるようにまた口ずさむ。
 そして、ちょっと考え込むように視線が自分から逸れる。
「……題名知ってるって事は、中身も知っているよね。教えてよ」
「……次会う時に、CD探して来てあげますよ」
「ここで教えてくれればいいのに」
 ケチ、と唇を尖らす。
 そのケチに食事奢らせてるのは誰だ、と突っ込もうか思巡している間に相手が話し掛ける。
「じゃあさ、どんな唄かくらいは教えてくれないかな。英語の歌ってくらいは解るんだけど、意味が解らない」
「何故説明しなければならないんですか?」
 どうせCDの歌詞カードに由来くらいは書かれている、と牙琉が言う。周囲が一流と讃える称賛に応えるように、彼は何をしても無駄の無い完璧を目指す。完璧であればいいってもんでもないけどな、と不意に法曹界に身を置いている幼馴染の顔が浮かんだ。それと、その姉弟子も。
「だって、相手の顔見て黙って食べてるだけじゃ、食事の席として味気ないだろ?」
 と自分の意見を主張してからに、切り分けていたロールキャベツを口に入れた。
「別に会話が弾もうが沈もうが、味に反映するとは思えませんけどね」
 にこり、と優雅に笑って見せて、音も立てずにスープを啜った。
 普段優雅な物言いに混ぜて、チクリと小さな針で刺すように皮肉を混ぜる彼だが、自分にはあからさまに嫌味ともとれる暴言をぶつけてくれる。
 これって、気を許してる証って事なのかなぁ、ともう一口ロールキャベツを食べた。
「どんな唄なんだろう。パセリとか出てくるから、料理の唄?」
 と、まるで諦める様子の無い彼が、好き勝手な予想を述べてくれる。このまま荒唐無稽な言葉を延々続けられたら、相手の無知ぶりにイラついてストレスになる。降参するように、解説をしてやる事にした。
「………今風に言えば、失恋ソングとでも言うんですか。
 恋人に捨てられた男が、こんな事が出来れば恋人が帰ってくると、冗談気に出来ない事ばかりを聞き手に語る事が唄になってるんですよ」
「パセリにセージが何の不可能に?」
「…………そこしか知らないなら永遠に解りませんよ」
 頬杖をついたのは、頭が痛くなったからかもしれない。
「メロディーに乗せて言ってるんですよ。彼女が縫い目の無い綿のシャツを作り、涸れた井戸でそれを洗って乾かすことが出来たら、彼女は自分の恋人になるだろう、と」
「縫い目の無い……?」
 顎に指を添えて考え込む。その隙に自分は食事を進めさせてもらう。ややあって、閃いた事があったのか、顎を引いていた顔を上げる。
「! 異議あり!そんな事は不可能だ」
「ですから、最初から言ってるでしょう」
 何を今更、と呆れながらナプキンで口を拭う。
「何でそんな無茶ばかり言ってるんだろう」
「さあ?自分を自分で納得させたいんじゃないんですか。もう、無理なのだと」
 無責任に言ってみたが、相手はそうか。と、深く納得しているみたいだ。
「……でも、それくらいの奇跡が起きたら、別れた恋人も戻ってくるかもしれないね」
「奇跡なんて起こりませんよ」
「甘いね、牙琉。奇跡は起こるものじゃなくて起こすものだよ」
 にやり、と不敵に笑う。不釣合いのようなその笑みは、意外なくらい彼にしっくりと合っている。
「それでも、奇跡なんて起きない方がいいと思いますけどね」
「どうして?」
「……………」
 彼が自分に何かを尋ねたら、その内容がどうであれ、必要以上に用心深くならなければならない。
 おそらく、自分こそが一番知っている。
 こんな店に居ながらも、彼が未だ真実を追い続けている事を。……目の前に答えが転がっているのに、周囲を嗅ぎ付け回る様は滑稽な筈なのだが、笑い飛ばせない。そんな隙を見せたら、そこで終わるのだ。きっと。
「………少なくとも、自分の想定以上の事が起きるのを奇跡と呼ぶのなら、そんなものは要りません。それは私にとって、ただの誤算で失敗ですから。然るべき結果だけがいい」
「………ふぅん。そういう見方もアリだな……」
 気のないような言い方で同意した。
 そして、静かな表情と慧眼を持って自分に呟く。
「………牙琉は奇跡が起きると困るんだな」
「時と場合によりますけどね」
 彼に奇跡が起きた時は、それはおそらく自分の破滅の時だろう。


 パセリ、セージ、ローズマリーとそれからタイム。
「……………」
 監視目的の食事が終わり、帰路に着くと先ほどから成歩堂が口ずさんでいた所だけのメロディーが、耳か頭で無限再生される。ああいう単調な音ほど、染み付くものだ。熱いシャワーでも浴びれば消えてくれるだろうか。

”……でも、それくらいの奇跡が起きたら、別れた恋人も戻ってくるかもしれないね”

 唄の意味を説明してやったすぐ後の、彼の感想だ。メロディーと一緒に、言った時の表情を添えて脳裏に浮かぶ。
 別れた恋人が帰ってくるには、綿のシャツを縫い目無く作り、涸れた井戸で洗って乾かせす奇跡が必要。
 そんな、矛盾をもろともしない奇跡が起きたなら。
 そうしたら。

(あの人が私の本当に愛しい人になるだろうか?)




<END>

わりかし有名な曲だから知ってる人が多いかな、この唄。歌詞で解らなくてもメロディーで解ると思う。
池袋の某ベトナム料理店に行った時もかかってたし。……この唄はイギリスの唄だったと思うんだけど。

つーか奇跡云々より霧人さんが何もしなければ本当のお友達になれたかもしれないのにね、って話。
あそこでザックさんを殺さなければ……でもこれで事実上成歩堂さんがみぬきちゃんのたった一人のパパになれたのでグッジョブ☆と讃えたい。
人は自分の欲望の為にどこまでも非道になれるものなのですね(人事のよう)