もはや学校に行くどころか外に出るのも億劫なほどの寒い日が続き、けれどこの週末は久しぶりに温かい気温が予報では報じられた。暖かいとは言っても12度であるが。それが暖かいと感じるなんて、夏には忘れる感覚だろう。
 ともあれ、出掛けられそうな気温になったのを鑑み、その日は久しぶりに外出デートをしようと決め込んだ佐藤と吉田だ。どちらが行こうと言うでも無く、フィーリングが合ったようで何となく自然に決まった。こういう空気が、佐藤はとても嬉しかった。
 そして、週末。結構久しぶりにデパートへと足を踏み入れた為、店舗の入れ替えが結構目立った。自分にはあまり用の無いブティックだから、あまり大した感慨も沸かないが。
 しかし、そこと入れ替えに入った店舗に、吉田は興味を引かれたらしい。
「あっ!カピバラさんだ!」
 そう声を上げ、てくてくとした足取りでそのスペースへと向かう。何かの店が入っていた場所に代わりに収まったのは、キャラクターグッズを売る店舗だった。棚の中から上までぬいぐるみがひしめき合う。
 ふと足元を見下ろすと、そこは草地の様に緑色で塗られていた。切り株のような棚もあり、什器もディスプレイの一環として役立っている。
 それはそうと、これがカピバラだと?傍目から見たら目のついた稲荷ずしにしか見えないそれを見て、佐藤が物思いに更ける。佐藤は本物の動物の方のカピバラを知っているが、ディフォルメしたにしてもあまりに似ても似つかない容姿である。最も、リアルに再現した所でこんな専用の売り場を設けられる程に人気が出たかと思うと怪しいから、商品としてはこれがある意味正しいのかもしれないが。
 いや待て、市場というのは思わぬニーズを潜ませているものだ。まさかこんなものがというものが突如としてブームになるのは良くある事。佐藤は未だになめこや熊本のゆるキャラがここまで親しまれている理由が解らない。まあ、可愛いと言えば可愛いのだが。
 とは言え、佐藤の中の「可愛い」の至上はつまる所、お付き合いしている可愛い可愛い吉田なのであるが。
「わー、もふもふだ!」
 その可愛い吉田は、この場で最も大きであろうという大きさのカピバラのぬいぐるみを触っている。手つきが控えめなのは、それが購入していない商品だからだろう。
 吉田の華奢で小さな手が、ぬいぐるみの毛の中に埋もれる。その様子から見る分には、かなり柔らかい毛並みのようだ。
「欲しいの?」
 冗談交じりに尋ねてみると、吉田はぎょっとした。
「いいいい、いやまさか!だってこんなでっかいの!」
 吉田は慌てて手を引っ込めていう。この場で最も大きなそのぬいぐるみは、もはやクッションと呼ぶにふさわしい。吉田が跨れそうな大きさである。値段よりも、むしろこの大きさが気になる所だろうか。値段の方は高校生でも無理をすれば買える金額だ。しかし、部屋の大きさは無理をした所で広くはならない。
 それでも、佐藤の部屋になら十分置ける。これ目当てに吉田が頻繁に来てくれるなら、安い投資とすら思うが。そう思い、何となくそのぬいぐるみを手で撫でてみる佐藤だった。吉田がもふもふだとはしゃぐだけあり、中々手触りは良かった。吉田の髪を撫でてる方が心地よいけど、と譲らない佐藤である。と、その視線の先でとある物を見つける。
「小さいのもあるんだな」
 それはボールチェーンでぷらぷら吊らされたぬいぐるみだった。佐藤が呟くと、吉田がそれを覗き込む。
「あ、ホントだ。ここの店舗限定だって」
 見ればエプロンの様な腹掛けをしている。これが限定の謂れだろうか。
 吉田の掌の上でもすっかり収まってしまうような小ささだ。これも触ってみれば、違うのは大きさだけのようで感触は同じだった。
 佐藤はそれを手に取る。それは、見るだけという風でも無く。
「買うの?」
「うん」
 短く答え、佐藤はレジへと向かっていく。佐藤がキャラものを買うとは珍しい。まあ、カピバラさん可愛いしな、とそれらのグッズに囲まれ、吉田は観賞のようにそれを眺める。精算を済ませて戻ってきた佐藤は、にこやかな顔を浮かべていた。そして、
「はい、プレゼント」
「へ? は?」
 その小さな袋には、言わずもがなさっき買った小さなカピバラが入っているのだろう。ここであっさりありがとうと受け取らないのが吉田である。
「ええっ! 何で! 誕生日でも無いのに」
「良いじゃん。久しぶりのデートなんだし」
「デッ……!って、だからと言って……」
「休み明けの実力テスト、期末の時より上がってただろ? そのご褒美って事で」
「……ご褒美って……」
 子供じゃないし、と吉田はまだ言いたそうだ。同年代の彼氏から「ご褒美」されるというのが引っ掛かるみたいだ。
「ま、いいから」
 はいあげる、と軽い調子で吉田の手に握らせる。そして、何かまた吉田が言い出す前、踵を返して適当な場所へと向かう。
 その後を追いかけ、再び横に並んだ後は、吉田はもう話を蒸し返したりはしない。ただ、ちょっと、嬉しそうにしているだけで。


 外に出掛ける場合でも、佐藤の部屋で過ごす時間を作る。外でのスキンシップを嫌う吉田の為だ。外でそんなベタベタ触るもんじゃないだろ!と吉田は顔を真っ赤にして怒る。
 あれから、デパートをもう1つはしごして、ランチを食べて本屋を除いた。昼飯は適当に入った所だったけど、ランチのセットドリンクにフロート類も含めてあって、そこでメロンソーダを頼んだ吉田はとても幸せそうだった。佐藤も、近所の本屋で見かけない本を見つける事が出来、互いに実りのある外出だったと言えよう。最も、吉田と一緒に出掛けた時点で、佐藤にとっては十分実りのある日にはなっていたが。
 そして、吉田は佐藤から買って貰った小さなぬいぐるみを取り出す。そして、店でやっていたように指先で撫でる。
「ちっちゃいけど、ちゃんともふもふしてる」
 中には柔らかな綿でも入っているのか、少しでも力を籠めればふにゃふにゃと輪郭を変えていく。
 ふと思い立ち、ぬいぐるみを頬に当ててみる。ふかふかとした毛並みが頬を擽った。ふふふ、とその感触に笑みを零していると、身体がぐいと引き寄せられた。当然ながら、吉田の体を引いたのは佐藤である。軽く持ち上げ、自分の膝の上に乗せてしまう。
「え、何―――」
 すり。
 吉田の台詞が全部出る前、今までカピバラと接していたのとは反対の頬に何かが頬ずりしてきた。それは自分と同じ人の皮膚の感触で――まあ、つまりは佐藤だ。
「え、えっ! わ―――! 何!?!??」
 柔い部分同士の接触が、だからこそ余計にダイレクトに感じ、吉田は目を回し、あわあわと慌てふためく。
「吉田のほっぺたって、柔らかいよな~~」
 誰ともなく佐藤は言い、すり、と軽く上下させる。すると吉田の肢体は、その何倍にも撥ねた。
「ちょ、ちょっと~~~??」
「だって吉田が気持ちよさそうだからさ。俺もやってみようかなって」
「じゃ、じゃあこれ貸すから!!」
 これ、とは掌にある小さなぬいぐるみである。だが、しかし。
「いや、だって絶対吉田の方が良いし」
 試すまでもない、と佐藤は断言してさらに頬を擦り合わせる。ぎゃあっ!と吉田がさらに騒いだ。ぬいぐるみだったら、この反応は無いだろう。それだけでも吉田の方が断然に良いに決まってる。
「あー、何か安らぐな~」
「こっちは凄く落ち着かないッ……!!」
 未だ吉田を抱き留めたまま、うっそりと呟く佐藤に、吉田が力無い声で返す。
 まだまだ冬だというのに、吉田だけは真夏の盛りのような熱さすら感じていた。



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