その日、帰宅した佐藤がPCを立ち上げた所、メールの新着が報された。見れば、未だ施設で好き勝手している親友からのものだった。
 文面を見る為に開いてみれば、そこには吉田にクリスマスのプレゼントを佐藤宅宛てで送ったから、届いたら渡してくれ、との事だった。彼らから吉田への贈り物は、いつだって佐藤経由の手段が取られる。別に吉田の住所も知らない事も無いだろうに、そんな回りくどい方法を取るのは、偏に施設時代での自分の印象のせいだ。あの頃はとても友好的とは言い難い性格だったし、仲間達に対してもどこかドライだった。それでも、日本に戻る前には友達なのだと心から思う事は出来ていたけども。
 要は不器用であろう友達に向ける声援である。これを目的として部屋に呼ぶと良いと。
 そんな事をしなくても十分吉田とは仲が良いと、たまに来日してくる中でもそれとなく言っているし、何より自分達の振る舞い方で解るだろうに。
 おせっかいというか、心配性と言うか。まあ、かつての自分に対する負債として甘んじておこう。
 結局はちゃっかり利用する佐藤なのである。

 翌朝、早速とばかりに昨夜のジャックのメールの事を伝えると、吉田は喜色を浮かべて喜んだ。可愛いなぁ、と見惚れつつも、今日の放課後吉田に特に予定が無いのを確認してから、自分の部屋に来るように言う。一緒に帰りたい所だが、近ごろ女子から逃れるのに佐藤も必死で、撒くのに時間が掛かってしまう事もしばしばだ。それなら、現地集合にした方が余程良い。
 そんな佐藤の考えが吉田にも解ったのか、何だか微妙な顔で頷いた。一体どこで何を間違ったんだろう、と佐藤は自分の学校生活を振り返りたくなる。やはり、ジャックのアドバイスを真に受けて笑顔を振りまいたのが始まりだったか。
 いっそ路線変更して無愛想なキャラで通そうか。いかしかし、そこまでして対応が変わらなかった時の虚しさときたら無いぞ、とその方法は保留にしておいた。
 けれど、こんな状態で1つ良かった事と言えば、吉田に合鍵を渡す口実となれた事である。他人の家の鍵を預かるなんて一大事だと、吉田は最初こそ抵抗してみせたが、吉田が合いカギを持つ事の必要性を訥々と言い聞かせ、そして何が何だか解らないままに頷いたのを良い事に少々強引に握らせたのだった。その後、2,3回返そうとする素振りを吉田は見せたが、佐藤は難なく避けた。よって、今も吉田は佐藤の家の鍵を預かっており、今日は先に帰っている筈だ。確実に日々パワーアップしている女子は、その分を佐藤への追跡へと向けている。それらを躱す為、本来費やす下校時刻を上回ってしまった。
 若干よれよれと家の前まで辿り着き、鍵を取り出したがふと思い立ってチャイムを鳴らしてみた。
「………………」
 少し待ってみた所、何の反応は無い。もう一度鳴らしてみるか、はたまたまだ吉田は帰ってないのかと考えているとそのドアが恐る恐るといった具合に開いた。
「……あ、佐藤」
 そっと開けた隙間から、吉田の顔が覗く。それだけて、体中を覆う疲労感が全て吹っ飛び、代わりに幸福感がじわりと浸透してきた。
「宅配の人かと思って吃驚した~」
 佐藤がその余韻に浸っていると、中々出てこなかった理由を吉田は恥ずかしそうに言う。確かに、鍵を持って居る佐藤がチャイムを鳴らす理由は無い。自分を出迎える吉田が見たいから、という邪な願望を持たない限りは。
 このマンションにはドアの外で立つ人物が分かるよう、インターフォンには画面が附属されているのだが、吉田はそれには気付かなかったらしい。あるいは、思い出す余裕も無く慌てたか。それて自分の自宅でするように、ドアについた魚眼レンズから覗いた所、佐藤だと解ってドアを開いた、という経緯らしい。
「なんで自分で開けなかったの?」
 落としたのか忘れたのか、と尋ねるようなその視線に、佐藤は少し考えた結果素直に理由を述べる事を選んだ。
「もし中に吉田が居るなら、出迎えて貰いたいなって思ってv」
「っ!!」
 佐藤の行動に対し、軽く怪訝そうに見つめていた吉田だったが、佐藤の台詞にひゃっ!と喉を鳴らすような声を漏らした後顔を真っ赤にした。予想通りで予想以上の可愛い反応に、佐藤の顔も綻ぶ。
 出来れば今度は、自分が出迎える側になりたいのだが。
 けれどそこに至るまでのシチュエーションが今はまだ浮かばない。そう、一緒に住んでしまう以外には。


 ジャックからのプレゼントはそんなに大きなものでは無かった。B5サイズの箱で、厚みは10センチから15センチくらい。緩和材も含めての事だろう。
 けれど、その箱の中身は見る前から何となく想像がついた。箱の表面にはツリーの絵がでかでかと描かれていたからだ。サイズから鑑みれば、卓上を目的としたツリーだろう。
「開けるよ~」
 わくわくしながら吉田はリボンを解く。白いリボンに、赤や緑やオレンジやピンク。さまざまな色でベルの模様が描かれた可愛いリボンだ。取っておこうと吉田は決めた。
 そうして箱を開けてみれば、緩和材に囲まれてやはりツリーが入っていた。想像と違ったのは、それがガラス製だったという事だ。上の方が乳白色で、下に行く連れて透明な緑に変わっていく。雪の降りかかったモミの木をイメージしたものだろう。
 本来のツリーは葉の部分に飾りを引っ掛けるものだが、ガラス製のこれには小さなフックが至るところに着いている。附属パーツで、このツリーの大きさに見合った飾りが別途箱に収められている。ツリーと同じく、ガラス製で作られていた。
 細やかな作りの飾りに、その細工に負けず劣らずキラキラとした目を向けて見入っていると、横から佐藤の説明が聴こえる。
「ツリーのフックに、その飾りじゃなくてもペンダントトップとか、そういうのを掛けても良いんだってさ」
 外国から来た品物なのだから、説明書もまた英語である。吉田にとっては難攻不落の文章も、佐藤にとってはメモ書きのよう簡単に読める。
「そっか! いろいろ掛けられるんだ」
 吉田は感心して頷く。説明書にはメンダントトップと書いてあるらしいが、ストラップの飾り部分を吊り下げても良さそうだ。流行り廃りがなくて、ずっと使えそうな代物だ。いいもの貰ったな~とにこにことした笑みを浮かべて、吉田は遠い異国の地に居るジャックに感謝の意を送った。
「何か、お返し考えなきゃ」
 依然笑顔のままで吉田が言うと、佐藤は至って平坦に「メールで返事しとけばよいんじゃないか」とかなり素っ気無い事を言う。笑顔から一転、むぅ、と顔を膨れさせて吉田は佐藤に言った。
「いいじゃんか。プレゼント考えるのって、楽しいし」
 相手によりけりではあるが、少なくとも友達と呼び合う仲間に何を上げたら喜ぶだろうと考えるには苦じゃない。むしろ、こちらの楽しみとなる。自分のセンスは今一信用ならないけど、そこは佐藤に頼ろうと思っていた傍からその反応はちょっと頂けなかった。
 剥れる吉田に、佐藤はふーん?と探るような目で見る。何だよ、と構える吉田に佐藤が言った。
「って事は、俺のプレゼントも考えてくれてるの?」
「え、……えっ!」
 初めはきょとんと、次いで驚きの声を上げて吉田は顔を真っ赤にした。その後、視線を色んなところに彷徨わせた後、ぎゅう、と目を瞑って、
「な、内緒!!!」
 と、それだけをようやっと言った。
 それは色々考えてくれてるという返事だと思っておこうと、佐藤は謹んで受け取った。
 付き合って月日も過ぎているというのに、吉田は相変わらず素直じゃなくて意地っ張りで、でもそれがむしろ逆に率直な印象を抱かせる。ああ、吉田は可愛いなぁ、とほのぼのとした気持ちで眺めていたら、その行動にふと疑問を持った。
「ここで組み立てちゃうの?」
 どうも、ちょっと出してみるではないような吉田の手つきに、佐藤が言った。吉田はそう言われた事が意外そうに佐藤を向く。
「え、ダメ?」
「ダメとかじゃないけど……家に持って帰る時また手間じゃないかなって」
 ジャックから、というよりあの施設に居る皆から吉田に贈られたものはこれが初めてではない。が、それらは食べてしまえる物だったり、吉田の部屋には仕舞いきれないものだったりと(特に艶子からの衣装)それらは佐藤の部屋に置かれている。幸い無駄にスペースは余っているし、贈物とはいえ吉田の持ち物を預かる事に、佐藤が異を唱える筈も無い。
 けれど、今日贈られたそのツリーは小ぶりだし、十分持ち帰る事の出来る大きさや重さで、吉田の部屋に飾ったとしてさほど問題は無いと思える。もし訪れた友達や、母親辺りに尋ねられたらそこは普通に貰ったと言えば良いのに。吉田に贈られたものには恋人の存在を匂わす物もあって、親どころかクラスメイトにも関係を秘密よしている吉田には、部屋に置くには危険だった。けれど、このツリーなら特にそういう要素も無いだろうと。預かるのはちっとも嫌じゃないが、吉田に贈られたものなのだから、吉田が持つのが一番だとそこは佐藤も思う。
 佐藤から指摘され、吉田もそういえばこれは持ち帰っても困るものでは無いな、と思ったらしい。蓋に手を掛けたまま、持ち帰るべきか否かを迷うように、ううん、と眉間に皹を作っている。
「持ち帰りなよ」
 答えがまるで見つから無さそうな吉田に、佐藤がそっと言う。
「吉田の部屋にある物だって飾れそうだしさ」
 元より、贈り主であるジャックもそれを思っての選択なのだろう。吉田もそれもそうか、と徐々に持ち帰る方に思考が傾いてきたようだ。
「うん、それもそっか。ジャックにも送りたいな~」
「俺に画像くれたら、そのまま転送するよ」
 さりげなく画像を強請る佐藤。そんな思惑に気付かない吉田は、ありがとう!と素直に感謝の言葉を口にした。


 そして、佐藤の部屋でお菓子を食べたり、甘いひと時を過ごした後。
 帰宅して、吉田は早速さっき貰ったプレゼントを取り出した。そうしてとりだし、置き場所を考えて低い方の箪笥の上に乗せた。ここなら、寝る時の視界にも入る。
 さて、いよいよ飾りつけだ。ある意味新雪の上を歩くような高揚感に見舞われる。
 付属の飾りはフックに対して半分くらいだ。これは佐藤からの説明の通り、私物も掛けられるようにした配慮なのだろう。まずはと、ツリーと同じくガラス細工である飾りを手にする。小さいツリーに見合った小さな飾りだ。それを見るだけで、何だか微笑ましい気持ちになってくる。
 飾りは主にツリーの飾りとしてポピュラーな物ばかりだ。サンタや天使、杖のようなキャンディーにジンジャーマンクッキーを模したものもある。知らず口元に笑みを浮かべながら、吉田はそれらを飾り付けて行った。それとなく、全体のバランスを考えて。同じような飾りが隣同士にならないように。
 さて、後は自分の物で飾り付けた。吉田は机の上にある、小さな引き出しをごそごそと漁って行った。


「へぇー、良いじゃん」
 翌日、早速とばかりに吉田は自分の携帯で写した画像を佐藤に見せる。写メで送らず、自分の携帯で見せる所に吉田の可愛さがあった。
 そして、吉田のセンスで飾り付けられたツリーを見て、佐藤の感想はそれだった。とても、吉田らしく仕上がっていると思えた。
「これって、全部ストラップだよな?」
「うん、そうだよ」
 よく解ったなぁ、というように吉田は頷く。
 昼休みのオチケン部室。女子達の追跡から逃れ、呑気なひと時を二人きりで送っている。折角二人きりだから何かしたいのだが、吉田が嫌がるというか拒むので手を出しづらい。ちょっとならもう!と怒られるくらいで済むのだが、本格的に拗ねられたらこの後の時間が寂しいものになってしまう。それは、良くない。
 見せて貰ったツリーの中、佐藤は見知った物を見つけていた。どこだと検索をかければ、それは吉田の携帯。飾りはつけたいけど、じゃらじゃらするのは頂けないという吉田は、ストラップを替える事が多い。全部が全部、自分で買ったというものでもない。親から友達から、誕生日のプレゼントや旅先の土産。吉田の事を良く知る人からの贈り物だから、吉田の好みもよく解っている。
 それらを飾り付けたツリーは、はっきりいって統一性は無い。けれど、吉田という色がこれでもかというくらい出ていて、佐藤にとっても見て楽しいものになっていた。出来れば、実物が拝みたいのだが、帰宅時間にはすでに母親がパートから帰っている、というサイクルでは当分難しそうだ。
「じゃあ、ジャックに送っておく」
 写メで自分の携帯に送って貰った後、そう告げる。
「本当なら、何か贈り返したいんだけど」
 パックの牛乳を啜りながら、吉田が呟く。その声に、佐藤はぴたり、と食事の手が止まった。
「……いや、いいんじゃないかな。吉田がそうやって喜ぶのが、むしろ何よりのお返しだと思うし」
「そっかな?」
「そう」
 懐疑的というより、最後の確認を求めるように吉田が首を傾ける。それに、力強く頷く佐藤。
 吉田から贈物だと?俺だってまだ数えるくらいにしか貰ってないというのに。仲間達に恨みは無いが、もう少自分が満足してからその恩恵を受けて貰いたい。完全なる佐藤の嫉妬であり、独占欲だった。
「でも、クリスマスカードくらいは贈りたいなぁ~」
 そういうの選ぶの好きだし、と吉田が言う。好きだというのなら、佐藤もその為に尽力しなければなるまい。まあ、クリスマスカードを買う名目で、大きなデパートとかに出掛けるよう、取り付けようか。最近はテスト習慣のおかげで、殆ど部屋に籠りきりだったから丁度良い。
「あっ、でも外国の出し方解らない……」
「俺が出すから大丈夫だって」
 とんでもない難局に突き当り、吉田が挫けるように肩を落とす。教科書レベルでお手上げの吉田には、海外に手紙を出すなんて夢のまた夢のようだった。落ち込む辺り、まるで自分の存在を忘れているような吉田に、佐藤は軽く頬を突きながら言う。からかわれた仕草にちょっと顔を吉田は赤く染めた。
 そこで昼食も食べ終わった所で、時間も時間だからそろそろ教室に向かわなければならない。ごみを片付け、部屋から出る。この時、辺りに誰かいないか、軽く辺りを見渡した。近頃はもう北風も吹いてきたから、長い休み時間でも外に出るような生徒は少ない。
「切手って、日本ので良いのかな」
「そりゃぁ、日本の郵便局から出すしなぁ」
 道すがら、初めて海外に手紙を出す件について、吉田が訥々と佐藤に質問する。それに、球技のリレーのようにぽんと軽く答える佐藤。
 そんなやり取りが、カイロより何より佐藤を温めるのだった。



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