栄枯盛衰、形ある物は皆壊れる。
 などという大層なものでもないが、使い続けるものはいつかは使えなくなる運命にある。吉田が手にしている下着も同じ事だ。
 割と長くに渡って愛用してきたのだが、その為の度重なる洗濯の結果、生地からしてよれっとなってしまっている。こうなってはもう処分しかない。
 気に入ってたのに残念、と吉田は今一度無念を感じた。けれども、すかした顔してスキンシップ大好きな恋人を持つ身としては、下着には十分気を配りたい所なのだ。頑張ればまだ着れる余地は残されていそうものだが、ここは御臨終してもらう。
 1つ処分したら1つ購入するのが吉田の方針である。高橋とのシェア生活で身に着いた、節度ある暮らしの習わしだ。ただ、時折なんやかやと理由を着けて佐藤やらその仲間達が吉田に衣装類を贈ったりもするが。
 まあそんな訳で、ここらで新しい下着を購入したい吉田だ。しかし、ちょっとした問題が。
 問題と言う程でも無いが、佐藤の所存についてである。洋服を買いに行くとなると、佐藤はいそいそと着いて来る。吉田の服のコーディネイトをしたいのだ。吉田も、自分何かのセンスより佐藤に従った方が、余程自分に似合った服を選んでくれるのでそれは良しとするが、さすがに下着は頂けない。
 仕事帰りにちょろっと寄って買いたい所だが、吉田のお気に入りのメーカーはちょっと大きめなデパートにしか入っていない。直に身に着けるものであるし、変なものは買いたくない。何より、佐藤に見られる訳だし。
 どうせ見られるなら一緒に買ってもいいじゃない!と佐藤ナイズされた脳内の自分が主張したが、すぐさま「恥ずかしいからヤだ!」と根っこからの自分が否定する。吉田も、最終意思決定はその意見に準じたのだった。
(っても、佐藤を置いて自分だけで出掛けるのもな〜)
 そうすれば簡単な事だけども、吉田はそれにはあまり乗り気にはなれなかった。
 思えば、佐藤の部屋に来てからこっち、下着を買い替えようかというのはこれが初めての事である。これまでは下着を買う時は自分一人か、高橋と一緒だった。
 初めて直面したこの悩みに、吉田は何故だか無性に照れ臭くなって、真っ赤な顔をしながら捨てる下着を細かく切っていた。


 そんな事があってからの近い休み、2人は駅についているデパートへと訪れていた。特に何か用がある訳でもないが、ここ最近は部屋でまったりが続いていたのでたまには、という感覚だ。
 新しい下着を買うには絶好の好機だ。けれども……吉田はそっと、隣の佐藤を窺う。佐藤は店内のポスターを見て、催事場で何か開催されているかと見ている。こういう細かいチェックは欠かさないのである。最もそれは自分の為というより、吉田が楽しめるものであるかどうか、という点にウエイトが置かれているが。
 その横で吉田は考える。何とかして、ちょっとだけ別行動したい所だ。けれども、下手な嘘はあっさり看破されるし、何より自分は恐ろしく誤魔化すのが下手である。高校からの付き合いの中、何度それを思い知らされたか。
 とりあえず、全ては話さずともホントの事を言おう。吉田は、佐藤に向き直る。
「あ、あのね、佐藤……」
「ん?」
 高校で再会した時よりもっと大きくなった身長差で、佐藤は吉田を優しく見下ろす。あのね、ともう一度口ごもりながら吉田。
「ちょっと、買いたいものあって、別行動していい?」
 言いながら吉田は、佐藤に「買いたいものってなぁに〜?」とドSスマイルで尋ねられやしないかと、ヒヤヒヤというかドキドキだった。休日のデパート内だけあり、さすがに人で混雑している。こんな中での言葉攻めは勘弁してもらいたい。いやまぁ、別に家の中から良いという事でも無いんだけど。だってMじゃないし、と吉田が思っていると。
「うん、いいよ」
 とてもさらっとした返事に、吉田は一瞬現実かと疑った。続く佐藤の台詞が後少し遅かったら、頬でも抓っていたかもしれない。
「じゃあ、俺は適当に本屋でぶらついているから。終わったらメールして」
「う、うん」
 と、話はサクサク進んで行き、丁度本屋のある階に直通するエレベーターが到着してので、ここで佐藤と別行動である。
 後でね、と佐藤は軽く手を挙げてエレベーターに乗り込んだ。吉田も、とりあえず何とか手を振る事が出来た。エレベーターの扉が仕舞っても、その手が中々降ろせなかったけども。
「……………」
 一体、ちょっと前までの自分の悩みは何だったのだ、と言う程の呆気なさ、というかすんなりっぷりである。何せこれまでがこれまでなので、ぽかんとしてしまう。
 とはいえ、いつまでも固まったままでは居られない。佐藤を何時までも待たせたくないし、何より吉田が早く合流したい。吉田も目当ての階にエスカレーターで向かう。
 いかにも「見せる」用の下着を着たマネキン達を余所に、吉田はナチュラルな内装の一角を目指す。このメーカーの下着は生地が良い。以前、適当に選んだ下着で肌が擦れてしまい文字通り痛い目にあったので、下着選びにはとても慎重になった。お気に入りの所を見つけられたのは、本当に幸いだった。
 捨ててしまったのと、似たようなのがあればいいな〜と吉田は下着を選ぶ。あまりデザインでは冒険しない性質である。
 下着を選びつつ、吉田は思う。佐藤は、本当は吉田の買い物の目的を察して、それであっさり引いてくれたのかもしれない。あれだけの吉田の台詞では、とっても納得しきれるものではなかっただろうし。
 以前だったら、絶対に嫌がる吉田にひっついて来た事だろう。
 佐藤もちょっとは大人になったんだな〜と自分達の歩みを思い出し、ちょっと笑顔になった吉田だった。


 レジに並んでいる最中、佐藤からのメールが来た。本屋ではなく、デパート内の喫茶店に移ったとの内容だ。簡単な場所説明が添えてある。それに従い、吉田は佐藤の待つ喫茶店に向かった。豆を店内で挽いているらしく、コーヒーの芳醇な香りが漂う。覗く木材にはその香りが染みついたような重厚な色をしていた。その中で、佐藤を探す。程なく見つけた佐藤は、机の上にコーヒーのカップを置いて、読書をしていた。何だか、誰かがコーディネイトしたような凄く決まった構図で、ずっと見続けたい様な気持ちになる。
 が、傍に行きたい気持ちの方が勝ったので。
「ごめんね、待った?」
 何て言いながら、佐藤の待つ机に向かう。今の台詞がとても恋人的なもので、吉田は言ってしまった後に赤面した。
「ううん。丁度読みたい本見つけたから」
 喫茶店に移動したのは、疲れたからではなくて本を読む為の行動のようだ。ここの本屋のブックカバーをした本を佐藤は手にして居る。
「ここ、ケーキの種類が豊富みたいだぞ。このまま、お茶していこうか」
 そう言って、佐藤は吉田に座る事を促す。ケーキ?と表情を輝かせた吉田に、その申し出を断る理由は無い。
「わっ、チーズケーキ良いなぁ……!でも、チョコレートケーキも美味しそう〜!」
 嬉々としてメニューを眺める吉田に、佐藤も口元を綻ばせたのだった。


 下着を身に着けた吉田は、軽く身体を捻ってみる。何を隠そう、隠すまでも無いがこの下着こそ前の休みに買った新しい下着である。何でも、新しいものを身に着けると背筋を伸ばしたい心地だ。
 店内で試着もしたけど、改めて自分に合う事を確認する。それから、通勤着へと着替えた。
「じゃ、行ってきまーす」
「ん、いってらっしゃい」
 今日は吉田が早く家を出る。玄関口で、軽くキスを交わした。所謂いってらっしゃいのキスである。ここに越して来た次の日から早速強請られた。
 最初は慣れなかったけど今は……やっぱり慣れない。顔が熱くなるのはもう仕様という事にしよう、と達観した吉田である。
 さて、その夜。
 夕飯の片付けまですっかり済ませた後は、2人の時間である。座り心地の良いソファに座り、他愛ない会話を楽しむ。
 こういう時間は以前からあったけども、その時はいつも佐藤とあとどれくらい居られるか、と頭の中でどこか計算していた。でも、今はそんな事は必要ないのだ。吉田も、ここで暮らしているから。何気ない時にこそ、幸せを感じるものだ。
 と、その時、佐藤が吉田の髪を撫でる。たったそれだけの仕草だが、佐藤が「そういうつもり」で居るのが解る。そして、そういう時は、吉田にも応える気持ちがある時だ。声に出さないと通じない事は多いと思うが、出さなくても通じる事もあるのだ。こういう時とかには。
 優しい手つきで撫でられ、ふにゃりとした頃に佐藤が顔をそっと寄せてくる。吉田は目を閉じてキスを受け止める。
 軽く触れあうものから徐々に深く。それに伴い、吉田の身体も後ろに倒されていく。狭いソファだが、吉田が横たわるには十分なスペースがある。
「んっ……ちょ、っと……!」
 佐藤の手が服の下に侵入して来た時、吉田がやんわりとそれを止める。
「……お風呂、行こうよ」
 それは拒むのではなくむしろ逆の意味合いである。
 が、しかし。
「ヤだ」
 あっさりと佐藤はそれを却下した。え、と組み敷かれながらも目を丸くする吉田。
「え、そ、な、なんで……っ!」
「だって、吉田の新しい下着見たいんだもん」
 目を丸くした吉田が、佐藤のその台詞にさらに丸くした。
「なっ、なんでそれを――!?」
 下着を買った事はさておき、それを今日身に着けているのを知っているのがさらに驚きだ。佐藤、千里眼の持ち主か!
 なんて事も無く。
「そりゃー、今日ゴミ捨てする時下着の入ってた袋があったし」
 あっ、と吉田が思い当たる。そういえば、今日はゴミの日で後から家を出る佐藤がゴミ当番だった。ゴミ出しは当日の朝にゴミを纏めて出す事にしている。その時に見つけたのだろう。
「今日はずーっと新しい吉田の下着見たいって思ってたんだv だから、見る」
「ず、ずっとって、ばばば、バカ!何考えて仕事してんだ!てか、お風呂――――!」
 ぐいぐいと佐藤を押しのけようとするが、所詮は叶わぬ夢である。いっそ愉快な程にびくともしない。
「お風呂もいいけど、それだとすぐに脱いじゃうじゃん。俺はもっと見たいのー」
「えええええ――――!」
「あっ、可愛いv」
「コラ――――!佐藤ぅ―――――ッ!!」
 結局は、佐藤の中見なんてあまり高校生の頃から変わっていなくて。
 散々じろじろ下着姿を見られた吉田は、佐藤にその不満を遠慮なくぶちまけたが、それは事後の風呂での事なので殆ど睦言と変わりない。
「やっぱり、お楽しみはとっておくと喜びも一入だなv」
 なんていう一言に、買う時一緒に着いて来なかった佐藤の真意を知った吉田だった。



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