3月下旬や4月にかけては冬と春が入り混じったような、曖昧で不安定な日が続く。
 丁度この時期は卒業と入学のシーズンなので、揺れ動く天候は新生活に不安を感じる心と同調しているのかな、とも思う。
 まあ、とりあえずはそんな事は無縁の吉田は、部屋でごろごろとしていた。平日だけど、母親はパートだ。家の中でのプチ独り暮らしを満喫している。数時間くらいだけれども。
 高校はこうして自宅通学だけど、やはり大学となるとこの家を出る事もあるだろうか。のびのびと出来る独り暮らしには、不安より期待の方が吉田はちょっとだけ勝る。
 最も、独り暮らしよりも、吉田としては……
「……………」
 佐藤との部屋デートを思い出し、ふにゃり、と蕩けるような吉田。あれが日常となる日が、来ると思って良いだろうか。来ると良いな。
 等と思っていたら、佐藤からの着信だ。吉田は慌てて携帯を開く。
「もっ、もしもし!!」
『吉田。明日、ウチに来れる?』
 慌てふためいた吉田には触れる事無く、佐藤は早速用件を切り出した。明日は特に予定も何も無い。
 吉田は頷こうとして……気付いた。
 今日は3月の最終日。即ち、明日は4月1日、つまりエイプリルフール!!!
 嘘をつくのが合法(?)的な日だ。普段から佐藤に騙されている吉田にとって、何よりも警戒すべき日だろう。
「い、行ってもいいけど、変な嘘ついたり、騙したりしたら行かないから!!」
 結局行くのか行かないのかよく解らない吉田の台詞である。
 電話の向こうの佐藤は、「へ?」と間の抜けたような声を出したが、すぐに「ああ」と納得した。
『エイプリルフールだからって、別にわざわざ家に呼び寄せて嘘ついたりしないよ』
「……ホントに?」
 吉田は佐藤と付き合うようになって、人と疑うという事を良く学んだ。と、思う。
 思いっきり警戒する吉田に、「ホント、ホント」と佐藤の気楽な言い方。
『そういうのは、不意打ちで騙すのが良いんだって。皆が嘘つくだろうな、っていう日にやってどうする』
「……………」
 何故だろう。説得力はあるのに、信用できない。
 返事に迷う吉田に、佐藤は言う。
『実はさ、ジャック達から明日に着くように宅配出したってさっきいきなり連絡来たから。吉田の分もあるんだって』
 と、いうかむしろ俺の分がついでだろうな、と佐藤は思った。贈物をしてむしろ自分が良い気分に浸れるような相手なのだ。吉田は。
「えっ、なんだー。それを先に言ってよ!うん、行く。何時に行けばいい?」
 なかなか会えない遠い異国の友達からの贈物があるとなっては、行かない手は無い。
 途端に乗り気になった吉田に、しかし佐藤はすぐに返事はせずに。
『……ふーん。俺の誘いはすぐに来ないのに、ジャック達からだと来るんだ。ふーーーん』
「なっ……そ、そんなので拗ねるな!」
『どうせ、俺はそんなので拗ねる奴だよ』
「ちょ、ちょっと〜〜〜」
 何せ目の前に相手が居ないので、表情は雰囲気で様子を読み取ることが出来ない。本気で拗ねたのかな、とおろおろする吉田。そんな様子は佐藤には容易く想像出来て、実際の佐藤と言えばむしろ笑みすら浮かべていたのだった。


 そして、後日。
 拗ねた(ふりをしてみせた)佐藤により、吉田は昼食と夕食を佐藤と共にする約束をした。まあ、自分もその方がいいけど、と何かを誤魔化すように吉田の胸中。
 荷物は吉田の来る前の午前中にすでに着いていた。なんだろう、とまずダンボールを開ける。その中には、木箱が入っていた。
 そしてその側面に「Fish」の文字。英語に疎い吉田でも、さすがにこれは解る。
「魚でも入ってるのかな?」
「まあ、開けてみろよ」
 そう言う佐藤は、中身の想像がついているみたいだ。言われた通り、蓋をそっと開ける。
 中身を見て、吉田は「あっ!!」と喜色を浮かべた。
「お菓子が一杯!!」
 吉田が嬉しそうに言う通り、箱の中はチョコレートやビスケット、キャンディなどでこれでもかと言う程に一杯だった。甘いもの好きな吉田としては、桃源郷にすら匹敵する光景である。
 しかし、それらには吉田にしてみれば変わった共通項があった。
「でもなんで、全部魚の形してるんだろ?」
 ある意味、箱に書いてある事が証明されたようなものだが、それでは何故魚なのか、という疑問は解消されない。
 それは、佐藤が答えた。
「ヨーロッパの方じゃ、4月1日は嘘をつく日っていうより、魚を贈る日なんだよ」
 フランス語で言う所のプワゾン・ダブリルってやつだな、と吉田に難解な言語で言う佐藤。
「へー。なんで魚?」
「まあ、各説謂れはあるけど、通説としてはエイプリルフールと同じで、今日がかつての祝日だった事が由来だって言われているんだ。
 本当の祝日じゃない日に、価値の無い物を贈って祝う一種のパーティージョークみたいな感じで。向こうだと、魚は肉の代用品みたいな扱いだから」
「へー、そうなんだ」
 目をぱちぱちさせる吉田。魚が代用品と言われ、意外そうにしている。時には肉より魚の方が高値で取引される事もある日本に居たのでは、その感覚は薄いのだろう。所かわれば価値も変わるだろうが、「俺、魚捌くの怖いんだよな。あの目玉がさ〜」と言っている人物が鶏の首をコキャッと締めているのを見て、どう言ってやれば良いだろうかと考え込んだ記憶のある佐藤である。
「本当の魚を贈るより、こうやって魚の形をした菓子を贈るのが一般的かな」
 そう言って、魚型の菓子を1つ摘み取る佐藤。自分の口に運ぶかと思いきや、吉田の口に入れる。
 サクッと齧ると、ココナツの芳醇な風味。
「ん、美味しい」
「そりゃ良かったv」
 にこっと微笑む佐藤に、吉田の頬にぽっと赤みが灯る。
「あ、お手紙」
 箱の裏に、手紙が張りつけてあった。それを佐藤に手渡す。自分も何が書いてあるか気になるけど、ここは付き合いの長い佐藤が先に読んでやるべきだろう。
 何より、この菓子達に集中したい!!
 キャンディも美味しそうだけど、これは口に入れると中々無くならないから、後回した。ココナツサブレは佐藤に今しがた食べさせれられた。次はチョコレートかな〜と中身を漁っていく。
 と、そこに菓子類では無さそうな感触を見つける。取りだしたそれは、ビニール袋に包まれたブレスレットだ。素材はガラスなのか、透き通る青が綺麗に室内の明かりを反射する。
「佐藤、これ……」
「ああ、何だか、向こうでトンボ玉がにわかに流行ったみたいだぞ」
 それでブレスレットを作ったのだそうだ。手紙を読みつつ、佐藤が言った。
 トンボ玉とは、つまりは穴の開いたビー玉である。大きなビーズと言ってもいいだろう。大きな丸いビー玉を繋げた様なそのブレスレットは、表面に細かく魚の模様が施されていた。芸が細かいな〜と吉田はほれぼれとブレスレットに見惚れる。まだまだ食い気の勝る吉田だけど、綺麗なものを見て感動しない心が無いわけでもない。
 着けてみよう、とお菓子を見た時とは違ったワクワク感に身を委ね、吉田はビニール袋を開封してブレスレットを取り出す。
 が、着けるとしてかなりの問題点が浮上した。
「佐藤、これ、大きいよ〜」
 少し緩めに作ってあるとかのではなく、本当にサイズ違いとしか言いようのない大きさだ。とてもぶかぶかで、吉田の手からすり抜けてしまう。
 それに訝しんだのは佐藤だ。あの遊びに全力をかけるような友人達が、こんな凡ミスをするだろうか。
 しかし、大きすぎるブレスレットの真意に先に気付いたのは、吉田だった。
「あ、これ、佐藤のなんじゃないかな」
「ん? 俺?」
「だって、佐藤は甘いのあんまり好きじゃないし。佐藤用の贈物って事なんじゃないかな」
 まあ実際、吉田が来なければこの家に甘味が存在する事も無いだろう。せいぜい、調味料のさしすせその砂糖くらいだ。
 きっとそうだよ、と自信満々に言いきる吉田。そして、佐藤の手を取る。
 吉田の手が佐藤に触れた時、僅かばかりに佐藤が緊張したのに、吉田は気付かないでいた。佐藤も、気付かれない方が良い。
 そして吉田は、ブレスレットを佐藤の手首に嵌めてみる。目論見通り、それは佐藤にぴったりのサイズだった。
 ほらな、と嬉しそうな吉田。まるで自分が貰ったかのように、いやそれ以上の喜びかもしれない。
 自分に起きた事を、そんな風に嬉しく思われるなんて、佐藤の人生の中ではとても希薄だ。どう返せば良いか解らなくて、思わず眉間に力が入ってしまう。そこを、変な顔と吉田に揶揄されてしまうのだろうけど。
 けれど今回は、そうやってからかわれる事は無かった。眉間に力が入ってしまう前、佐藤も気付けたのだ。
 さっきの吉田の様に、箱の中を漁る佐藤。そして佐藤は、自分の考えの正しさを知る。
 その手には、やはりブレスレット。けれど、自分が嵌めているのよりかなり小さい。それに色も青では無く赤……というか、濃いピンクをしている。
 これが誰に宛てた物か、考えるまでも無い。
 佐藤は、先ほど自分がされたように、吉田の手を取る。そして、ブレスレットをそっと手首に通した。サイズは、丁度良い。
「…………」
 吉田は、自分の手首にあるブレスレットをまじまじと見る。手をひっくり返したりして、全部を見た。
 そして、佐藤の方も見る。
「……お揃いだな」
 えへ、と照れ臭いか、そう言って笑う。けれど、嬉しさは全身から滲んでいる。
「そうだな」
 はめられた時はひんやりとしたガラスのブレスレットも、今は自分の体温で大分馴染んで来た。
 どうだ!嬉しいだろ!と仲間たちの得意げな顔が浮かぶようだ。
 ああ、確かに吉田とのお揃いは、自分にはとても嬉しかった。
 悔しいが、そう返事を出してやるべきだろう。
 ジャック達に返事をするから、とブレスレットを着けた吉田を画像に取る。
 勿論ジャック達にも送るけど、自分様にもしっかり保存だ。
 吉田単品ばかりが多くなるけど、こればかりは佐藤も一緒のツーショットとなった。



<END>


*4月1日後に浮かんだ話でした!浮かぶの遅い!!
 この日に魚を贈るのってフランスだけだったかな〜ヨーロッパ全域かな〜と思いながらも裏取ってません(オイ!)
 実際と違っても気にしないでおくんなさい!