*前の話の続きです^^*



 頭上からのアラーム音で、佐藤は目を覚ました。
 寝ていたのか、と携帯のボタンでその音を停止しながら、佐藤はそんな事を思う。
 眠気は感じていたが、ここまで寝入ってしまうとは正直思っていなかった。
 すぐ横には、目を閉じて横たわる吉田の姿。寝付く時は、枕を並べていた筈なのだが、何時の間にか胸元に抱く様にして眠いって居た。佐藤が無意識に抱き締めたのか、はたまた吉田が潜り込んだのか。
 佐藤が気付いたアラーム音で目を覚まさなかった吉田は、余程熟睡していると見える。規則正しい寝息はその象徴のように思う。
 警戒心とも緊張ともまるで無縁のように、無防備な寝顔。見ている佐藤の気持ちがほっこり和んでくる。
 自分も、ついさっきまで吉田の元で寝ていた時には、こんな寝顔をしていたのだろうか。いかんせん、実際の光景を自分で見るには不可能な状況だ。いつか吉田が、自分の寝顔を見て、今の自分様に幸せな気持ちに浸れたらいいな、と思う。
 こんなにもすやすやと寝ている吉田を起こすのは本当に気が引けるが、吉田が帰宅する必要がある以上、起こさなくてはならない。
「吉田、吉田。起きて」
 まずは名前を呼び、肩を掴んで揺さぶってみる。が、まだ応答は無い。
 普段だったら、ちょっとエッチな悪戯の1つや2つでもしてみせるのだが、そもそも眠りについた状況、というか吉田の体調を思うとそうもいかない。それはどっちかと言えば、佐藤の都合上であった。
「よーしーだ」
 仕方無しに、普通の起こし方を続ける佐藤。
 やがて、
「んー……んんぅ……うにゅ、……」
 若干の反応あり。小さく呻いた吉田を確認し、佐藤はとどめだ、とばかりに鼻をむぎゅっと摘む。
 徐々に覚醒しつつあった中での、この突然過ぎる鼻の痛みにに吉田は瞬時に目を見開いた。痛さは然程ではないのだが、思っても無かった場所に感じた感触に意識が飛び跳ねる。
「んぎゃっっっ、ひゃに!?!??」
 鼻を摘まれているからか、寝起きだからか、何ともあやふやな発音の声と共に目を覚ます吉田。佐藤も、手を離してやる。
 のっそりと起き上がった吉田は、やはり眠たそうだ。しかし、それを乗り越えてて意識を目覚めさせている。
「……あっ、さ、佐藤……」
 ぱちぱち、と何度も瞬きをし、吉田はようやっと状況を理解した――というか、思いだしたようだ。
 ちょっと気まずそうに首を竦める。そうすると、必然的に上目遣いになるので、佐藤的に大変美味しい。
「ごめん。思いっきり寝てた」
 それはむしろ、吉田よりも佐藤の方が解りきった事だろう。
「ううん。いいよ。そこまで吉田が休めれた事の方が、俺は嬉しい」
 そう言って、そっと指を滑らせた吉田の頬は、寝る前よりも大分血色がよくなっている。不調は終わったと思っていいだろう。
 その吉田の頬が段々と赤くなっているのは、佐藤の錯覚では無い。
 頬を撫でた指で、そのまま頭を撫でる。張りの良い吉田の髪はすぐに癖がついてしまって、今も横になっていた分、髪が多少乱れている。それを整える佐藤の指は、どこまでも繊細で優しげで、そこまでされる髪でもないのに、と吉田はちょっと気恥しく思えた。
「自転車で家の前まで送って行くから」
 帰り支度を整え始めた吉田に、佐藤は有無を言わさない勢いで言う。
 それでも、え、でも、だけど、と物言いたげな吉田に、佐藤は更に言う。
「今日はちゃんと帰れたって確認出来ないと、俺の気が持たない」
 実際具合の悪そうな所を見せてしまったし、そうまで言われてしまうと、吉田も言い返す事も出来ない。今日は、大人しく従う事にした。
 ただそれでも、佐藤に自転車で家の前まで送ってもらう、というのは吉田には手放しでは歓迎出来ない事なのだ。
 何故って。
「しっかり捕まってろよ」
「う、うん」
 自転車の後ろに乗り、背後からぎゅっと佐藤にしがみ付く。それは落ちない為に必要な事としてしがみ付いているのであるが……やっぱり、ものすごく、とんでもなくひたすら恥ずかしい。
 そもそも、同じ学校の人に見られたら何て思われるか、というか、何と言われるか。この辺りは同級生も上級生もあまり見ないとはこれまでの行き来で解っている事だが、吉田としては生きた心地がしない。
 まあ、家に着くまでの間、心臓がバクバクと大きく鼓動しっぱなしなのは、目撃されるかという心配よりも佐藤に背後から抱きついている、自分のこの体勢のせいだと思うけども。


 玄関先の明かりはついていて、すでに家に人が居る事を外部に報せている。念の為、かなり手前で降ろして貰って正解だった。何の拍子に母親が出てくるとも知れないし。
 父親は、休日だというのに出張中だ。3人家族なので、こうなると吉田は母親と2人きりである。
 でも、同じ2人きりだけど、相手が佐藤とはまるで違うな。そんな事を思う吉田だった。
 今日はあまりおしゃべりとか出来なかったけど、スキンシップはたっぷりした感だ。スキンシップも決して素肌同士ではないけど、心はたっぷり満たされている。いわば佐藤充とでも言おうか。
 で、夕食も終わり。
「あのさ、母ちゃん」
 と、吉田は母親に言う。
「ウチも羽毛布団にしようよ。軽くて、温かいんだよ。とっても」
 さっきの睡眠ですっかり味をしめたような吉田は、早速母親に強請る。睡眠は大事だ。良い目覚めは良い眠りからしか齎されないのだから。
 佐藤のベッドで羽毛布団に埋まっていた時は、本当に夢心地だった。幼い頃、あの上に乗ってみたいと想像した重厚な雲の中に包まれているかのようだった。思い出し、顔をふにゃりと弛緩させる吉田。
「だからさ〜布団変えようよ」
「羽毛……ねぇ」
 そう言って強請ってみるが、母親は難色を示している。その顔は、布団なんて買い替えたくないと語っていた。母親としてはそれより美味しい酒の方が魅力的かもしれない。
「でも、何でそんな突然言う訳?」
 母親の最もな疑問。それに、吉田は。
「えーっと……今日行った友達の家が羽毛布団でさ」
 そう言い訳する吉田の脳内に、「友達?」と顔を顰めている佐藤のイメージが浮かんだ。ここは頭を下げて退場して頂く。
「でも、今でも羽毛布団で寝た事あったじゃない」
 母親のその発言に、吉田はへっ?と目を丸くする。
「前の旅行とか、布団は羽毛布団だったわよ」
 その時の吉田は、フツーに寝てフツーに起きたのだと言う。特に、羽毛の布団に感激した訳でも無かった、と当時を振り返って母親。
「え、そうだっけ?」
「そうよ」
 揺ぎ無く頷く母親であった。
「……ん〜、でも寝心地良いのは確かなんだし。母ちゃんだって気持ち良く眠りたくない?」
「だったら、羽毛布団なんかより、お父さんと一緒に寝た方が余程気持ち良く眠れるわよ」
 ここに父親が居なくとも、娘に平然と惚気る母親であった。それに中てられたように、吉田は若干表情を引き攣らせる。
「いや、そんなんじゃなくてさ……」
 と、反論を試みた吉田だが、そこでふと気付いてしまった。
 確かにさっき、とても気持ち良く眠れたけど、それは果たして羽毛布団の功績だったであろうか。
 それが佐藤のベッドだから、あるいは佐藤が隣に居たからこそのあの夢の様な寝心地だったのでは。
 むしろ寝具に左右される様なデリケートな性質では無いのは、吉田は自分でよく解っている。
 と、いうことはやはり……
 気付いた、自覚した途端に吉田の顔の熱が一気に上がった。
 そんな娘の異変に気付かないか、母親は晩酌をしつつ言う。
「ん〜でも、あんた最近勉強頑張ってるもんね。そんなに欲しいなら、帰って来たらお父さんと……」
「!!! あーでも、やっぱりいいや!そんなでもないかも!!」
 折角好意的に考えてくれてるようだが、吉田の中ではもうこの話題は終わりにしたい。
 何て事は無い。自分とこの母親は、顔以上に中身もよく似ているという事だ。それを認めるのは、吉田には何とも恥ずかしい。
 半ば逃げるように自室へと逃げ込む。母親はちょっとそんな様子に首を傾げたが、直度届いた最愛の夫からのメールにそんな事は吹き飛んだ。
 奇しくもその時、吉田も佐藤からメールを貰い、母子ともとてもよく似た表情を浮かべていたのだが、それに気づく者は誰ひとり居ないのだった。




<END>