買い物というよりは観光のように、2人は遠くの大きなデパートにまで足を運んだ。特に何を買うと言う訳でもないけど、沢山並んでいる品物を眺めながら歩くだけでも楽しいものだ。特に、好きな人がすぐ傍に居ると。
 あれが似合うこれが似合う、と目にする衣類を脳内で吉田に着せているのか、そんな事を言うのは専ら佐藤である。生憎、吉田には服のセンスがあまりないので、服は丈夫で着やすく、他人に不快感を与えなければ良いという程度の認識しか無い。
 それでも「あの服佐藤が着たら格好良いだろうな」くらいの事は思う。吉田の場合は思うだけに留めておく。うっかりそんな事をぽろっと言えば佐藤はすぐ買いそうだし、吉田は自分のセンスに自信が無いし。
 入ったデパートですぐ近くの公園でフリーマーケットの様なものが開催されていると知った2人は、そこへ行く事にした。幸い、裏手に回って少し歩いた所に目的地はあった。
 学校の時のバザーを大きくしたような感じ、という印象を吉田は持った。結構の広さの土地なのに、所狭しと物や人がひしめき合っている。けれども、人の通る通路のような場所はそんなに混んではいない。じっくりと品定めは出来そうだ。
 フリーマーケットというと、自分の所の不用品を売る場所かと思えば、そうでもないようだ。まるで本当の店のように並び方が凝った所もある。置いてある品物も、衣服の他に家具、電化製品、はたまた異国の地からやってきたアンティークも多かった。
 元の地では慣れ親しんだ物かもしれないが、吉田にとっては未知の器具である。しかしそこは、物知りな佐藤のおかげですぐさま正体を知る事が出来る。
「これ、何?まな板みたいだけど……?」
 吉田が目で差した物は、確かに形状も材質もまな板そのものと言っていいかもしれないが、けれど5つばかりついている小さな金属のアーチのパーツが解らない。吉田の疑問に佐藤は応える。
「ああ、それはトーストスタンドだよ。そこにトーストを立てておく訳」
 なるほど、このアーチはその為のものか。吉田は深く頷いた。
「あ、可愛い鞄」
 思わず手に取りたくなったそれは、赤と白のチェック柄の可愛らしい鞄だった。側面が正方形の直方体で、上に皮の取っ手がついている。
「…………」
 吉田が単なる鞄だと思ったそれを、佐藤は何故だかしげしげとみつめていた。そしてやおら、口を開く。
「これ、もしかしてクッキーケースなんじゃないかな」
「へ?ケース?」
 鞄じゃないの?と吉田は首を傾げる。
 半ばあてずっぽうだった佐藤の考えが正しかったのは、そこの売り場の主が言ってくれた。良く解ったね、と。
「そっか、クッキーを入れるものなんだ」
「まあ、そうだけど……」
 そう言う吉田の口調が、バスケットと同じ認識であるのに佐藤は気付いた。これはもっと作りが違うのである。
 実際に見せてやりたい佐藤は、売主に一声かけてからケースを開く。
 佐藤がそれをクッキーケースでは、と思い当たったのは、開け閉めする所が上では無く、側面になっていたからだ。佐藤はそこを開けて見せる。すると、吉田からあっ、と驚いた声が上がった。
 まさにクッキーを入れるトレイが5枚、まるで階段のように間隔を開けて積み重なって出てきたではないか。
「すごーい! 面白いね、これ!」
「だろ?」
 はしゃぐ吉田に、佐藤の方が嬉しそうに頷いて見せた。
 吉田はもう一度クッキーケースを眺めた。大体等間隔かと思われたが、最後の段だけは高さがある。ここにはスコーンとか入ったらいいだろうな、と吉田は思った。そして、佐藤とピクニックへ。
 想像の中のピクニックに、ふにゃり、と顔が綻ぶ吉田。勿論、すぐ横の佐藤はばっちり目撃していた。
「買う?」
 至極当然のように佐藤が問いかける。その声で吉田は現実に戻ったか、はっ、と目を丸く見開いた。
「え、でも、ピクニックなんてそうする事じゃないし……」
 幼い頃から「余計なものは買わない!」という方針がすっかり染みついている吉田だ。可愛いとは思うけど、衝動買いは出来ない。
 けれども、佐藤は食い下がった。
「ピクニックっていっても、そう大したものじゃなくていいよ。近くの公園でもいいんだ。そこでお茶するとか」
「う、う〜〜ん……」
 確かにそれは楽しそう……凄く。
 吉田の心が揺れているのが気付いたか、売主も「値段まけますよ」と佐藤に向けて援護射撃。
 実質2対1の劣勢に追い込まれ、何より自分の心に正直になった吉田が購入を決めたのは、それから程なくの頃だった。


「あー、買っちゃったー」
 そう言う吉田の腕の中には、先ほどのクッキーケース。
 購入を決めた際のおまけに、エッグスタンドもおまけにつけてくれた。確かに、言ってはなんだけどもクッキーケースなんてものは、日本人にはあまり無用の様な気もするし。買ってくれて感謝、といった所だろうか。
 佐藤も、重厚な質感ある木で作られたブックエンを購入。これで本棚を整理しても良いし、ベット際にちょっとした本置き場も作れる。何気無くふらりと立ち寄ったにしては、良い収穫であった。
「吉田だって、欲しかったんだろ?」
 ちょっとだけ意地悪く、佐藤が言う。そうして買っているのだから、それは明白だった。そうだけど、と吉田はちょっと顔を赤らめる。
 何に使うでも無いけど、見るだけでときめくものもあるのだ。吉田の場合、それは服でも装飾品でもなくて、手にしたそれだった。
 佐藤にはそんな吉田が、凄く凄く可愛いのだ。だから、半ば推し進めてみた訳だが。
「でも佐藤、よくこれの事解ったよなー」
 吉田がクッキーケースを眺めるようにして言う。はっきりいって、吉田は人生の中で初めて見たのだ。
 吉田の台詞に、佐藤は少しう〜ん、と考えてから言った。
「……多分、前にどこかで見たのかもな」
 施設に居た頃。初期を除いてはもう皆もやりたい放題だった。要塞かと思われたあの施設も、結局ほいほいと抜け出しては街へと遊んでいた。けれども、施設にしか帰る場所が無いと言うのも何だか寂しい話しでもあったが。
「へえー、佐藤もピクニックとかしたんだ」
 呑気な声で吉田が言う。大事な仲間とも出会った場所だけども、暗黒時代と呼んでもいいその頃(特に女性関係)の事は、まだ吉田には詳細を話しきれていない。
 この後ろめたさはもう一生続くんだろうな、と思うが、あまり嫌な気にはならない。どんな感情であれ、吉田が起因するのであれば佐藤は基本的に受け入れられるようだ。割と単純だな、と佐藤は自分にちょっと笑った。


 吉田も、本当なら休日でも起床時間を変える事無く生活リズムを整えた方が良い事は知っている。
 けれども、やっぱり日曜の朝は寝坊していたい。布団の中で2度寝どころか3度寝まで繰り返してとろとろまどろむのが好きだ。
 しかし、隣に佐藤が居ないとその時間もぐっと短縮される。
 ぽっかり空いた隣のスペースを空虚に感じ、吉田はのっそりと起き上がった。強い髪質の為、簡単に癖のつく吉田は寝起き直後にまず軽く手櫛で整えた。
「おはよー」
 パジャマに上着を軽く羽織った後、佐藤が居るだろうリビングに赴く。そこには、吉田の予想通り、佐藤の姿。
 窓から見える景色は、生憎の雨模様。もし晴れなら、佐藤が言っていたように散歩ついでに公園でお茶がしてみたかったのだけども。
 まあ、機会はいずれ来るだろう。吉田は気を持ち直す。
「うん、おはよ」
 佐藤は吉田に挨拶し、新聞を閉じる。吉田にとって恐ろしい事に、佐藤は英字新聞を読んでいた。今は携帯やタブレットからでも新聞が見れるだろうに、佐藤は紙媒体に拘っている。
「朝食、出来てるよ」
 その佐藤の言葉に、吉田は首を軽く傾げた。リビングから見えるキッチンの傍のテーブルやカウンターには、朝食らしくものは何も揃っていない。これから作るのだとばかり思っていたのだが、今の佐藤の口ぶりだとすでに完成しているらしい。
 佐藤は吉田に席につくように促す。そして珈琲を入れる為にヤカンに水を入れ、火を付ける。
 そして佐藤は、それを取り出し、机の上に置く。
 あっっ、と吉田の顔が嬉しそうに輝く。
「開けてごらん」
 佐藤に言われて吉田は開く。
 開かれたクッキーケースのトレイには、スコーンやパウンドケーキ、一番上にはフルーツヨーグルトを入れた小さなタルトが入っていた。つまりはケーキスタンドのように用いているのだ。
「スコーンも生地から作ったから、タルトはちょっと手抜きしたよ」
「えー、でも、タルトも美味しそう! これから食べても良い?」
 下の段から食べていくのがマナーのアフターヌーンティーなら、吉田の台詞はまさにご法度だ。しかし、今はアフターヌーンでも無いし、これもケーキスタンドでは無い。佐藤も快く良いよ、と頷くのだった。
 市販のすでに焼き上がったタルト生地の中に、フルーツヨーグルトが入っている。けれど、フルーツはフルーツでもドライフルーツだ。こうすてドライフルーツを一晩プレーンのヨーグルトにつけておくと、ドライフルーツに潤いが戻り、ヨーグルトも適度に水分が抜け良い感触を口の中に残してくれる。
「ん! おいしい〜〜」
 中指で作る輪っかよりやや大きいくらいのタルトは、吉田の一口ですでに半分が消えていた。ただのフルーツヨーグルトかもしれないけど、スプーンで食べるのとタルトに乗せられたのでは大幅に違う。
「早速、役立ったな」
 ぽん、とクッキーケースに手を乗せ、佐藤が言う。吉田も、にっこり笑顔で頷いた。
「中に、つまみになるのを入れても良いかもな。DVD見る時とか、これをテーブルに置いてさ」
「わ、それ楽しそう!!」
 吉田は顔をキラキラと楽しそうに輝かせて言う。勿論、ただ皿に並べるだけでも事足りるだろうけど、こういうのは演出である。日常の中にちょっとしたエッセンス。そしてだからこそ、日常を楽しくする。
 良い買い物したな〜と、吉田も佐藤に倣ってクッキーケースを撫でてみる。
 最も、吉田の日常を一番彩ってくれるのは、他でも無い目の前の佐藤であり。
 そして佐藤も、吉田と一緒に居るのが何でも無い、けれど最高の日常だった。
「今日はどうする?」
 佐藤は吉田に尋ねる。吉田はん〜〜とスコーンにジャムを塗りながら考え、特に行きたい所は無いと告げる。こうなると、部屋でだらだらのパターンである。
 やはり今でも、女性たちの注目を浴びる佐藤は、人ごみの中は辟易する。吉田も、佐藤に注がれる視線を思うとちょっともやもやした気持ちになってしまうし。
 若干出不精かもしれないが、閉塞的には過ごさない。
 どこか遠くへ遊びに行きたい気持ちはあるし、思い出が出来る事を期待して外出もする。
 だから、今度の晴れた日曜日には、吉田の好物ばかり詰めたクッキーケースを持ってピクニックに出掛けよう。
 街から離れ、自然に囲まれた場所でも良い。その辺の公園でも良い。
 きっとその日も、今日みたいな素晴らしい日になるのだろう。



<END>

*作中のプレーンヨーグルトにドライフルーツ一晩漬ける、というのはとある本を参考にしました〜^^