休日はしょっちゅう佐藤の部屋を訪れる吉田だけども、必ず毎回という訳ではない。他の友達とも約束が生じる事もあるし、佐藤の方に予定がある時もある。今日は後者。そしてさらに、他の友達も今日は他に用事があり、吉田は部屋で実に怠惰な休日を過ごしていた。
(う〜ん、つまんない)
 これなら、両親の外出についていけば良かったか、と血迷ったがすぐにそんな考えは訂正する。両親とは言え、愛する者同士のデートを邪魔するような野暮はしたくはない。特に自分の父親は出張が多く、母親は寂しい思いも多いだろう。
 その母親を思い出すと、大分自分は恵まれていると思う。何も約束をしなくても、1週間の内5日は必ず佐藤の顔が見られる。一緒に話もする。
 けれども……会えない時の寂しさは、きっと同じだ。
「……………」
 家に1人きりを満喫する吉田は、自室より広いリビングでごろごろしていた。けれど、不意に立ちあがり、そして自室へと戻る。
 ベッドの下に上半身を突っ込んで、奥の方にある箱を取り出した。
 この箱は、元はといえばクッキーが入っていた箱だ。柄が可愛かったので、食べ終わった後母親に言うでも無く勝手に拝借をした。
 その蓋を、そっと開く。
 そこには、さまざまなものが雑多に詰まっていた。見るものによっては、全てがゴミに見えるだろう。
 けれど、吉田にとっては大切なもの。ある意味、金では買えない宝物なのだ。
 この映画の半券も、レシートも、お菓子を包んでいた包装紙やリボンも。
 全部全部、佐藤と過ごした時に貰った物。


 几帳面という単語には程遠い吉田なので、箱の中は無法地帯に近い事になっていた。全部大事な物だというのに、これはちょっといけないかも、と吉田自身が思った。実際、それを思い出してこの箱を取り出したのだ。いつ、両親が部屋に来るか解らない普段では、おちおち整理も出来ない。揃って外出している、今がチャンス!なのだ。
(とりあえず、一旦全部外に出そう)
 そう決めた吉田は、1つ1つと丁寧に外に出す。さすがにこればかりは、箱を逆さにしてドバッ!なんて事はしない。
 取り出しながら物を改めていると、ごちゃごちゃになる問題点が見えてきたように思えた。小さい紙ばかりなので、単に重ねてまとめただけでは開け閉めの際や後から物を入れる時、どうしても崩れてしまうのだ。
 かといって、輪ゴムで纏められる物でもないだろうし……吉田の脳裏に、カンピョウで巻いた昆布巻きが過ぎる。おそらく、あんな感じになるだろう。
 ホチキスで止めるのもちょっと嫌な感じだし……クリップじゃ間に合わないし……と吉田はあれこれと考えをめぐらす。
(あ、そうだ。ちっちゃいポーチみたいなのに纏めれば良いかな)
 以前井上が、指を切ってしまった高橋の為に絆創膏を取り出した時。ごく小さなポーチ袋に、それを収めていたのを思い出す。絆創膏もある意味小さな紙製品だ。レシートを纏め入れるものならぴったりだろう。
(100均に行けば売ってるよねー)
 吉田はどこか軽い足取りで、その店を急いだ。


 案の定、吉田の要望を満たすような小さなポーチは沢山あった。井上は治療道具を入れていたけど、どうも本来の目的は旅行用品のようだ。携帯瓶に詰めた化粧水やシャンプーなどを入れるのだ。
 ターゲットが女性にしてあるようで、プリントしてある柄や色使いは可愛い物ばかり。迷っちゃうな〜と吉田は並ぶそれらを見比べる。花柄のものや、水玉模様。ディフォルメされた動物の絵もある。さすがにこれは子供っぽいかな……と一瞬気を引かれたが、思い直す吉田だ。ただえさえ子供っぽいと言われるのだから、せめて身の回り物から改善していかないと。
 そう考えた吉田が手にしたのは、シンプルなボーダー柄。青色と茶色のラインが1つづつ走っている。その線に沿うように、何か英文字が踊っているが、生憎吉田には判読不明だ。
 佐藤と一緒に入った店のカードも吉田はもれなく貰っている。あれは名刺入れにまとめた方が良さそうだな〜と吉田はその後、しばらく店内を徘徊した。


「吉田、機嫌が良さそうだね」
 休みの開けた月曜日。2日ぶりに会った佐藤は、相変わらず格好良くて、相変わらず女子にキャーキャー言われている。決して嫌われたらいいとは思わないが、ここまでヒートアップしない程度に収まってくれないかな……とは思う。
「え、そ、そう?」
 佐藤の発言に、吉田は目を瞬かせる。それは、唐突な言葉を言われたからではなく、言い当てられてドキッとしたからだ。
 あの後、100均ショップで箱の中の整理に利用できそうな物をこまごまと買いこみ、その後部屋に入って整理作業に取り掛かった。きちんと纏められた箱の中は、片付ける前より空きスペースが生じていた。もっと佐藤との思い出が詰められる、と吉田は何だか嬉しくなったのだった。
 現在の吉田の機嫌が良さそうに見えるとするなら、原因はおそらくこれだろう。……確かに嬉しかったけど、まさか後日に持ち越す程だったとは。そんなに佐藤が好きだったなんて、と顔を赤くする吉田だった。
「何か良い事あった?」
「え?う、うーんと……」
 本当の理由は告げるには少し恥ずかしい。それらしい言い訳をしなければ!と吉田はテスト中でも中々回らない頭を必死で回した。
「――き、昨日の夕食がハンバーグで!!」
 言ってしまった後、もっとマシなのにしとけば良かった!!とまた赤面した吉田である。
「かっ、母ちゃんのハンバーグ、美味しいんだ〜!あれでいて!!おかわり3回もしちゃった!!!」
 発言の信憑性を持たせるためと、矢継ぎ早に捲し立てていく。……が、あからさま過ぎたかな、と吉田は内心冷や汗を浮かび始めていた。と、いうのも目の前の佐藤が、やたらじーっと吉田を見つめているからだ。そしてその視線が、冷たい……という程でも無いが、普段の熱の籠ったものに比べると、若干無機質のように思う。
 もしかして、嘘がバレた?と吉田は気が気では無い。何せ佐藤の「お仕置き」は性質が悪い。吉田的に。
「……………」
「……ほ、ホント、だけど?」
 実際夕食はハンバーグだったのだし。そこは嘘では無い。……そこだけは。
「……さ、さとう?」
 あまりに執拗に注がれる視線に、吉田は身を竦ませた。
 そんな吉田に佐藤は――ふっ、と目を細ませて微笑んだ。
「そっか。良い事があったのか。良かったな」
 そう言ってくしゃり、と吉田の頭を撫でる。その手は温かい。そして、心地良い。
「……佐藤、」
 休みはどうだったのか。訊きたいけど、聞いちゃいけないような気もして吉田は口を閉ざした。
 確か、実家に戻ってた筈だけど……何か、嫌な事でもあったのだろうか。そりゃ、家族だからって良い事ばかりでもないのは、吉田も解っているけど。
(う〜ん……)
 こういう時、なんて声を掛けてやればいいか。人生経験も恋愛経験も豊富じゃない吉田には、あまりにも強大な難問だ。英語のテストどころじゃない。そして、こればかりは佐藤にも教わる訳にもいかないのだ。
 だけど、絶対投げ出さない。
 自分の頭を撫でて、表情を和らげる佐藤を見て、吉田はそう決めていた。


「吉田、放課後空いてる?」
「うえ?……あ、うん」
 このやり取りはつまり、佐藤の部屋に行くという意味である。何度しても照れる……と、吉田は佐藤に見られない様、顔を赤くした。まあ、ばっちり見られているのだけども。
 そう返事した途端、佐藤は吉田をむぎゅっと抱きしめた。あまりに身長に差のある2人なので、佐藤に抱き締められると姿勢次第では吉田の視界は完全に潰れてしまう。で、今がその、視界が完全に潰れてしまう抱擁だった。むぎゅう、と頬に佐藤のシャツを感じる。
「ちょちょちょ!! まだ学校!!」
 折角放課後に佐藤の部屋に行く約束をつけたのだから、今からこんな恥ずかしい目に遭わせなくても良いのに!と吉田はじたばたした。
「いいじゃん。こっちは吉田が不足してもう大変なんだから」
「ふ、不足って……」
「足りなくなるの。色々と」
 色々って何だよ、と言い返してやりたいが、佐藤の体温にすっぽり包まれた今だと、どうも意地を張るのが詰まらない事の様に思えてしまう。
「吉田は休日に何か楽しい事あったんだろ?俺は吉田に会えなくてずーっと詰まらなかったのに」
 この抱擁はその分だ、と言うように抱きしめる腕にちょっと力を込める。
「詰まらなかったって……え、じゃあ、さっき。やたらちょっと恨めしそうに見つめてみたのって、それが理由?」
「ん? そんなに見てたか、俺」
 無自覚か!と吉田は戦慄した。
「まあ、吉田がどう受け取っちゃったかはともかく……俺としては吉田の一挙一動、逃がす事無く全部見たかっただけだよ」
「ええええ、そんな見つめても良い事無いのに……っ!」
 慌てふためく吉田に、しかし佐藤は。
「そうでもないよ。今だって可愛い」
「顔、見てない癖にっ!」
 吉田の視界は佐藤の腕しか無い。こんな姿勢なのだから、佐藤からは、吉田の頭の天辺しか見えていない筈だ。
「じゃあ、見せて」
「……えっ!あ、ぅ……」
 言うや否や、佐藤はすぐに吉田との視線を合わせる。吉田の両頬には、佐藤の手が。
 佐藤の唇が吉田のと合わさる。佐藤とのキスは、驚くけど違和感を感じない。しっくりするというか……予め決められていた事のようにも感じる。
 放課後の事を思ってか、このキスは触れ合う程度で収まった。けれど、2日ぶりのキスはそれだけでも、吉田の唇を痺れさせる。
 ここで口を拭うのは失礼だよな……と、吉田はその手を必死に押さえた。
 佐藤は、吉田の額にもチュッとキスをした。不意打ちのキスを食らって、軽く飛び跳ねる吉田を佐藤は楽しそうに眺める。
「あー、楽しい。やっぱり吉田って好きだな」
「………うぅ、」
 こんな時のこんな状況で好きと言われても嬉しくはない。……そんなには。
「なー、週末には映画見に行く? 吉田が見たいって言ってたの、今週公開だけど」
「えっ、そうだったっけ? うん、見たい見たい!」
 こくこく、と何度も首を縦に振る吉田。
「じゃ、そうしようか」
 そんな吉田を見てそういう佐藤は、何だかとても嬉しそうだ。
 やっぱりこれは、自分と一緒に過ごせるからだろうな、と吉田もそこは自覚する。やたら恥ずかしいけど、でも大事な事でもある。
 佐藤から自分に向けられた気持ちは、全部大切にとっておきたい。それはレシートや半券のように目に見えて貯めるものでもないけれど、佐藤が自分にくれたとても大事なものだから。
 だから、全部しっかり自覚しないと。大丈夫、自惚れでは無い筈。吉田は、若干不安に揺れる胸中に、そう言い聞かせた。
「何か、美味しい物食べに行こうね」
「ああ、何にしようか」
「えーっとね……」
 あれこれ考える吉田に、佐藤は「まあ、ゆっくり考えろよ」と笑って行った。

 次の週末、吉田の思い出がまた増える。
 箱の中にも――心の中でも。


<END>