佐藤という存在に、恐怖しここまで怯えまくっているというのなら、その対象と親密な接点にある自分に声なんてかけなければいいのに、と山中を前にした吉田はいつも思う。最も、山中の方だってそうした所なのだろうが、いかんせん山中には「佐藤の恋人」ではなく「高橋の親友」に用があるのだ。しかも、とても重大な(山中にとっては)。
 今日もこっそりと呼びだした先、しきりに辺りをきょろきょろと窺い、彼なりの安堵を整えた後、山中は口を開く。
「なあ、吉田、初めて突っ込まれた時ってどんな感じだった?」
「………………………………」
 吉田はまず、目の前の山中の鼻に拳を叩きつけた後、痛さに机の上で伏せた山中の後頭部に更に容赦なく、パイプ椅子を叩きつけた。これでもか!これでもか!!!
「バカ野郎! お前、殺す気か!!!」
 本気で死の影がちらつき始めた山中が、必死に吉田の猛攻から逃げ遂せた。そして、ひと吠え。
「今までそうしなかった事を思いっきり後悔してる!!
 わざわざ呼び出しておいて、何て事訊いて来んだ!何て事!!」
 憤怒やら羞恥やらで、吉田の顔はもうトマトよりリンゴより真っ赤っかだった。
 あれだけボコボコにした割には回復の早い山中は、座り直し、髪を整えた後(←この仕草でまた吉田がイラっとする)まるで弁解の様に台詞を紡ぐ。
「だってさ。とらちんも初めてな訳だし。俺って良く考えたら、初めての子相手にした事ないからどうしればいいのか解らなくって。傷つけちゃったら大変だし」
 と、ここで終わればまだ愁傷な男なのだが。
「やっぱ遊ぶ相手って経験豊富なのを俺も選ぶし。その方が面倒無くて良いし楽しいし、初めてを捧げたって言われるの重いし鬱陶しいし、責任とってーなんて言われるし。
 あ、でもとらちんには責任取るよ。むしろ取りたぐげはっ!!!!」
 吉田の拳が本日山中の顔に二度目の炸裂をした。
「帰る!!!!!」
 そもそも来るべきじゃなかった!と吉田は言う。
「なんだよー!聞かせてくれよ!とらちんの為なんだよ!お前、とらちんが痛い目に遭ってもいいってのか!!」
「そうなったらボコボコにするだけだから」
「お前が言うと洒落にならない!!」
 山中が悲鳴のように言うが、事実吉田は本音で言ってるので当然の事だ。
「じゃ、じゃあ気持ち良かったかどうかだけ教えてくれ! あいつ、上手いのか?! どうなんだ!?」
「え――――い、もう、知ら―――――ん!!!」
 さっきは叩きつけた椅子を、今度は投げつけ。
 山中の安否も確認する事無く、吉田は空き教室から足音勇ましく出て行ったのだった。


(全くもう、山中め!!!)
 夜、入浴後に自室で過ごす時間にて、吉田はまだ学校での出来事に腹を立てていた。吉田が佐藤を癒すように、吉田も佐藤と過ごす幸せな時に心が和む、いかんせん今日は佐藤は女子達と帰ってしまった。その分のストレスも合わせ、吉田はプンプンと怒っている、ドライヤーをかけるように佐藤に言われているけども、そんなのはまるっきり無視である。ゴシゴシゴシ!と力任せにタオルで拭う。
 それでもしっかり乾かした後、吉田は就寝前の読書タイムに入った。まあ、読書と言っても漫画雑誌ではあるが。
 ベッドの上に横になり、ゴロゴロと読んでいたら、その中の作品でこれまた主人公とその恋人間で初体験がどうのこうのという話になっていた。何となく、雑誌を閉じてしまう吉田。
 そのまま枕を抱きかかえるようにうつ伏せになり、悶々とする。山中の中では、自分達はすっかり最後までしている仲になっている。でも、実際はまだだ。
 それは佐藤が拒んでいるのでもなく、山中の言った戯言の様に責任を取るのが嫌だからでもない。とても大事な事だから、タイミングを図っているのだというのは吉田も解る。佐藤はあれでいてとても脆い部分を抱えていて、色々思い悩む所が多いのだ。自分がもっと賢ければ、上手に癒してあげるのに、と吉田は自分の力不足に悩む。
 でもきっといつか、確実に佐藤と最後までする日はやって来る。その寸前までしているのだし、何よりもう、吉田には佐藤以外が考えられなかった。
「……………」
 近い将来来るだろうその日に、今から頬を染め、吉田はもそもそと布団に潜った。


 次の日――
 今日は朝から、佐藤は吉田と一緒に帰る事を決めていた。そしてさらに、放課後は部屋に連れ込む事も決めている。幸い今日は英語がある。出される課題を解消する目当てに引き込むのは容易い事だろう。
 そこまで考えを巡らせた後、佐藤はふっと息を吐いた。課題だとかそんなものを無しに、吉田が主体的に行きたいと言ってくれて、部屋に招き入られたらいいのにな、と思う。そういう気持ちは、吉田にもおそらくあるのだろうが、そこから口から出るまでの道のりがいかせん、遠い。果てしなく。
 最も一番の理想は、部屋に招く必要が無くなる事だが。つまりは一緒に住めたなら。
 起きる時、寝る時も吉田と一緒。それを思うだけで、佐藤の胸がときめく。これもまた、実現への道のりは果てしなく遠いだろう。けれどもいつかは辿りつくと信じて、差し当たっては登校してきた吉田に挨拶をしよう。行く行く一緒に暮らすのだとしたら、こういう時間は逆に貴重になるだろうし。
「おはよ、吉田」
 それまで取り囲まれていた女子の集団からさりげなく抜け出し、マフラーを巻いて登校してきた吉田ににっこりと笑顔で挨拶をする。女子達に向けた物とは違う、純度100%の佐藤の笑顔だ。
 吉田に巻かれたマフラーは、口元まですっぽり隠れてしまい、何だか埋もれている感じだ。これはマフラーが大きいというより、単純に吉田が小さいのだろう。まあ、喉元が完全に防護されて何よりの事だ。それに、見ていて可愛いし。
 声を掛けられた吉田は、その反射で佐藤の方を向く。が、何故だか一瞬かち合ったと思った目はすぐに逸らされた。あれ、と思う佐藤。
「お、おはよっ」
 それだけ言って、吉田はそそくさと自分の席に着く。
「………」
 怪しい。明らかに怪しい。ちっちゃい吉田の背中を見ながら、佐藤ははっきりとした疑念を抱く。
 とは言え、自分に怒っているというのでは無さそうだ。解り易い吉田は、そんな時は挨拶も返さないで「ふんだ!」という態度でそっぽ向くのだから。
 状況や事態を鑑みて、相手の内情を察するのは佐藤も得意とする所だ。けれどもまるで根拠のない、相手の勝手な憶測や想像による勘違いや擦れ違いは、さすがに及ぶ所では無い。
 佐藤はそれとなく、離れてしまった吉田を観察した。他の人物には普通に挨拶しているのを見ると、要因となるのはやはり佐藤自身にありそうだ。が、佐藤には何も覚えが無い。昨日は吉田とではなくクラスの女子達と帰ってしまったのだが、それなら吉田は不機嫌になる筈であり、それであの態度では頷けない。
 視線を泳がし、相手の顔が見れないというのは……そのまま、相手の顔が見れない心境にある事。つまりは嘘をついているか、後ろめたい何かを隠している場合だ。ただ挨拶をしたあの場で当てはめるなら、該当するのは後者であろう。
 昨日の吉田と言えば、また山中なんぞの相談に乗っていた。吉田は上手く隠しているだろうが、佐藤は勿論お見通しだ。吉田にした事を思うと、憎んでも憎み切れない山中ではあるが、その山中が現在よりによって吉田の親友である高橋に懸想し、その相談の為に吉田を頼っているのだ。ここで山中を放置すれば、高橋にとって良くない事態が起こりかねない。そうなれば吉田も悲しむ結果になり、だったらその前に吉田が山中に直接歯止めをかけてやればダメージはまだ少ない、と佐藤は敢えて黙認している。何だかんだで見過ごせられるのは、西田と違って山中には吉田に対し恋慕を抱く事が全くないという事だろうか。まあだからと言って吉田を襲った事実は絶対忘れん。永遠に忘れん。死んでも追いかけて呪ってやる。
 今日の吉田の妙な態度が、山中が原因だったら――
(今日がお前の命日だな、山中……)
 まさか西田の前にお前を消す事になろうとはな。
 そう胸中で呟いた時、クラスの違う山中が壮絶な悪寒を感じて高橋に泣きついていた。
「怖い! 何か怖いよとらちん―――!」
「何かってなんだよ! だぁぁ!離れろ――――!!!」


 そして、放課後。
 英語の授業は本日最後の授業だった。吉田の今日の締め括りは苦手な教科の上、きっちり課題を出されてしまい、ややブルーな気分である。若干憂鬱な気分で教科書を鞄に入れる吉田。と、そこへすかさず佐藤が赴く。
「吉田、今日ウチ来る?」
 英語の課題出ただろ、と言う佐藤。しかし、吉田は。
「……え、……えっと、……う〜〜……」
 実に煮え切らない。英語の課題を餌につれば、かなりホイホイとついてくると言うのに。
「ん? 吉田、自分で出来るの? ……今日出された所、厄介なのが1つあるんだよな〜」
 わざとらしく付け加えると、吉田も背に腹は代えられないとばかりに頷いた。やはり、どこかいつもと様子が違う。
 昼、食事の時間では普通だった。しかしその時は牧村と秋本も交えての事だったので、つまりは自分と2人きりになるのが吉田にとってあまり都合の良い事態とは言えないらしい。
 それは佐藤にとって不服でありあまりにも不本意である。これは早急に原因追究及び問題解消に乗り出さなければ、と改めて決意を固める佐藤だった。


 自分の部屋に行くまでの道中は、敢えて佐藤は普段通りを装った。最初はそれでもちょっとぎこちなかった吉田だが、そんな佐藤にほだされるように徐々にいつもの状態を取り戻しつつある。が、それでもどこか薄く張った一線でも構えたかのように、態度がちょっとつれない。それでも邪険にしない所を見ると、非が佐藤にあるとは考えづらい。
 あるいはほっといても収まるかもしれないが、やっぱり佐藤は気になって。
「ねえ、吉田。何か悩み事でもある?」
「えっ?ぅえっ??」
 不意を突いた直球の佐藤からの質問に、吉田は変な声で答えた。台詞にもなって居ない。
「べ、別に……」
「だって、朝から俺の方見てくれないし、目も合わせてくれないじゃないか。部屋に誘う時もすぐに頷いてくれなかったし……寂しかったんだからな」
 慌てて誤魔化そうとする吉田の先手を打つように、佐藤は言った。真っすぐな吉田には、搦め手で攻めるより自分も素直に吐露した方が効果的だ。佐藤も、素を曝け出すのはちょっと躊躇するけども。恥ずかしいし。
 しかし、それを堪えて本音を告げただけあり、吉田の方に変化はあった。目を瞬かせ、申し訳なさそうに顔をちょっと伏せる。吉田は優しいから、故意ではないにしろ佐藤に寂しい思いをさせてしまった事を悔いているのだろう。
「……そんな、大した事じゃないんだけど……」
 と、吉田が話しだす。その顔は、とても赤い。どんどん赤くなる。
「……ちょっと、変な夢みちゃって、それで……っ……」
 それ以上は言えない、とばかりに吉田は口を閉ざす。
「……変な夢、って?」
 佐藤と――恋人と顔を合わせ辛くなる変な夢。それでいて、この顔の赤さ。
 これだけ揃ったら、その夢の内容も予想がつくというものだろうが、吉田に言わせたい当たり、佐藤は真性ドSではないにしても、やっぱりSっ気が強いのだろう。内容を言うように促されて、ふにゃぁ、と恥ずかしさに表情を崩す吉田を見ると、胸が騒ぐ。
「だ、だからそれはっ……!!」
「その夢って、俺が出てるの?」
「!!!!」
 図星のようだ。吉田の顔は爆発したかのように赤い。
「んー、いよいよ気になるなー。ねえ、どんな夢?」
「ひ、ぇっ!」
 段々と逃げ腰になる吉田を抱きとめ、背後からそっと耳元で囁く。その声とくすぐったさに、吉田は驚いた声を上げた。
「〜〜〜〜〜、そ、そんな人の見た夢なんか聞いたって、面白くないんだから!!」
 悪あがきの様に吉田が言う。抵抗を示されると、どう落とそうかワクワクしてしまう佐藤だ。
「そりゃ、牧村なんかの夢なんてちっとも聞きたくないけど、吉田のは知りたいな」
 あからさまな贔屓に、けれど吉田はうっ、と言葉を詰まらせてしまう。
「ねえ、どんな夢? 教えて」
「〜〜〜〜〜っ!」
 誰にも聞かせた事の無い様な、甘ったるい声で囁く。まるで毒でも孕んでいるように、じくじくと吉田を蝕んだ。
「ね、吉田?」
 留めの様に、名前を呼ぶ。ふるり、と身を震わせる吉田。
「…………」
 あと少しだな、と楽しそうに佐藤が微笑む中、吉田がぎゅぅ、と目を瞑る。真っ赤になってふるふると震えているのを見ると、これは泣く予兆である。あ、やばい。とそれまでの余裕を吹っ飛ばして、佐藤も焦る。
「……だって、言ったら、佐藤……」
「何、嫌いになるとか言うの? 馬鹿だな、そんな事ある訳ないだろ」
 殊更優しく言い、髪を優しく撫でる。大体、すでに佐藤は吉田の見た夢とやらの内容に、予想がついているのだ。言われた所で幻滅したり、まして嫌悪するだなんてあり得ないだろう。
「………」
 大人しく撫でられている吉田。そして、解されるように口を開く。元から吉田は隠し事には向かない正確だし、自分で解消しきれなかったから、今日の妙な態度になっていたのだ。吉田も誰かに打ち明けたかったに違いない。
 あのね、と吉田が言う。
「……なんか、その……なんでそうなったのか、良く解らないんだけど……」
「うん」
 途中、つっかえつっかえで台詞が途切れるが、佐藤は急かさない代わりに続きを待っている。吉田も、自分なりのペースで言葉を紡ぐ。
「……なんかね、……佐藤と……」
「…………」
「えっちな事、……最後までしてる、夢……見ちゃった……」
 言い終えた吉田は、一層目をぎゅっと瞑り、うぅぅ〜〜!と唸った。
 その背後に居る佐藤と言えば、解っていた内容通りだったというのに、やはり実際に本人の口から出された威力にすっかり参っていた。顔が赤い。多分、変な顔になっている。
「だ、誰とかは言わないけど、そのちょっと前にそーゆー相談に乗ってて、だから見ちゃったのかなぁ……!!」
 慌ててそういう吉田。佐藤としてはその相談相手を知っているので、山中に対して改めて殺意を抱く。
 と、同時にちょっと申し訳ないのは、山中は吉田に話を持ちかけている訳だが、その吉田は肝心な相談相手が居ないという事だ。辛うじて艶子がいるももの、やはりこの手の話題は切り出しにくいだろうし。第一、今でこそ艶子は吉田の友人であるが、それ以前として佐藤側の知り合いなのだ。佐藤の身に置き換えれば、こういう話を高橋に擦る様なものである。出来るだろうか。いや、出来ない。
 いっそ、親友であり立場の似ているその高橋こそが、吉田の相談役に回ってくれればいいのかもしれないが、彼女もまた吉田を頼りにする身であり、自分の恋模様にアップアップでそれどころではないだろう。つまり山中がもっとしっかりすれば吉田の悩みももスムーズになるだろうにやっぱり山中めアノヤロウ。
 などと山中に恨みを綴っている間、佐藤の腕の中で吉田はなんであんな夢見ちゃったんだろう。恥ずかしい、恥ずかしい、とうにゃうにゃと顔を赤らめている。可愛い。
 こういう顔を見せられると、苛めたくなるのが佐藤である。にっ、と意地悪く微笑み、ねえ吉田、と実に楽しそうに言う。
「どんなだった?」
「? どんなって……」
「夢の中の俺はどういう風に吉田を抱いたのかなー、って♪」
「!!!!!」
 絶句、とばかりに吉田は声を詰まらせ、顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。もう少し吉田に冷静さがあれば、「何て事訊くんだこのバカ!!」くらいは言えただろう。
「だって参考にしたいっていうか、対策立てたいじゃん。吉田の夢の中とは言え、俺より先に吉田を喜ばすなんて」
「なっ!んな……っ! た、たかが夢だろ!! 何、変な対抗心燃やしてんのっっ!!!」
「ま、そうだな。たかが、夢。だな」
 そう言って、首を捻ってこっちを向いた吉田の身体を反転させ、向い合せになる。そして、額が触れ合う程顔を寄せ合った。
 これ以上ない程の間近の佐藤の顔に、吉田はそれに純粋に見惚れてぽっとなる。顔のレベル云々の話では無く、佐藤だからこその反応だ。
 たかが夢。自分で発した台詞より、佐藤にそう言われた事で、吉田も段々と落ち着きを取り戻していく。
「……佐藤、も、」
「うん?」
「……見たりとか、ある?そんな夢……」
 恥ずかしさに潤んでいるよしだの双眸は、何だか食べごろみたいに潤んでいる。その口だって、今は服の下の柔らかい部分だって。
「さすがに夢は見た事無いけど」
「………」
「でも、想像はするよ。たくさん」
 続けられて発せられたに、吉田は軽く目を見開いて固まる。まるで、目の前で猫だましを食らった猫の様だ。
「そ、想像って……」
「んー、まあ。色々v
 吉田にどうしたら気持ち良くなってもらう事が出来るかなー、とか。その時の吉田はすっごく可愛いんだろうなー、とか」
「……そ、それはどうかな……」
 下手にハードルを上げない方が良い、と吉田は控えめに提言する。それに、ふっと小さく笑う佐藤。」
 にこっと笑って言って見せた佐藤だ。そして。
「引いた?」
「……う、ううん」
 首を振る吉田。
 佐藤の中でそういう対象であるのは知っているし、自分達の関係だって把握出来ている。ちょっと動揺はしたけれど、それは嫌悪とはあまりにかけ離れている。微塵も無い。
 だったら、自分もあんな夢見ちゃっていいのかな、と吉田は思い始めた。好きな人としている夢だなんて、吉田の初心な性格から思うと罪悪感すら抱いてしまうが、けれどもそういう行為を含めて佐藤を好きだという想いで居る。心は勿論だが、身体だって繋がりたい。佐藤は気持ち良くさせたいとは言ってくれたけど、酷い痛みを伴っても、吉田はちっとも構わないのだとすら、思えた。勿論快感を得たいとも思うけど、肝心なのは佐藤を受け入れる事だから。
 吉田がそういう心持で居てくれているのを、佐藤も何となく察している。嬉しくて、少し躊躇う。今まで自分が相手にしてきた女達は、快楽の為だけに身体を開く様な連中ばかりだった。そんな者達ばかりを抱いて来た自分に、吉田をちゃんと愛する事が出来るのだろうか。あんな行為で得た経験値なんて、何の役にも立たないのだ。
「吉田、」
 囁く様に名前を呼んで、そっと唇を合わせる。その感触を楽しんだ後は、舌を差し込んで口内を貪る。
 そして、そのままベッドの上へ。
 どさり、と降ろされた場所に吉田は目を白黒させた。
「え、えええと、さとう……」
「イヤ?」
 明らかな戸惑いを見せる吉田。佐藤の問いかけには、そうじゃなくて、と首を振るのが愛しい。
「しゅ、宿題が……」
 休日に遊びに来たとは違い、放課後から立ち寄ったのでは滞在時間は限られている。おおよそ、課題をこなしてちょっとまったりするくらいで潰れてしまう短い間に、こんな事をしていたのでは、課題をやる時間なんて無くなってしまうのではないだろうか。吉田は教科書やノートの入っている自分の鞄をしきりに気にした。
「ああ、うん、でももう我慢できないし」
 ますます困った顔の吉田に、佐藤は額にキスをした。
「今日のは、俺がやってあげる」
「えっ、いいの?」
 割と勉強に対して厳しい佐藤には、かなり珍しい事だ。目をぱちくりさせた吉田は、そんなにしたいんだなぁ、とちょっと場違いなくらい、呑気に思ってしまった。
 シュル、とリボンを解かれ、吉田の身体がちょっと強張る。けれど、すぐに目の前に居るのが佐藤だと思い直し、安心する。その間は、徐々に狭まっている。
「吉田……」
 二度目の深いキスの合間、佐藤が言う。
「ん……?」
「まさかとは思うけど、これに味をしめて『えっちな事させてあげるから、宿題やってv』とか言うなよ?」
 多分自分は拒めないと言う佐藤。
「……………。言う訳あるかぁぁぁぁぁ!!!馬鹿ぁ―――――――!!!」
 甘い甘いひと時の前に、佐藤の顔面に一発拳を叩きこんだ吉田だった。



<END>