平均以下の吉田と、平均以上の佐藤。それだけで身長差はかなりのものであり、体格差もまた然り。
「重い―――! 重いよ―――!!!」
 その相手が胸の上に乗っているのだ。吉田はもう、じたばたするしかない。
 しかし、本当にただ乗っているだけなら、吉田の方に息苦しいだけで済む筈がない。眠っていて意識がないままにも、佐藤は吉田の事を気遣っている証拠である。
「さーとーう―――!!!」
 とりあえず、バシバシと佐藤の背中を叩いてみるが、佐藤越しに自分に振動が伝わって来て、吉田は早々に止めた。だったら、と耳元で名前を大声で呼んでやる。この部屋が立派で良かった。以前高橋と住んでいた所だったら、たちまち近所迷惑である。
「………ん〜〜………」
 大声にやられたというより、吉田が自分を呼んでいる、と言う方に反応したかのようの佐藤が目を覚ます。
 いつもさらさらな髪も、さすがに今はぼさっとしている。そんな佐藤の第一声は。
「吉田、おはようv」
「おはよ……って、そうじゃな――――い!!!」
 吉田が怒鳴ったのは、いつも通りに挨拶をしようとしていた自分にもだった。


 騒動の朝から時間は少し遡って、佐藤帰宅の昨夜未明。ほぼ朝になろうかという深夜に、佐藤はのっそりと自宅の玄関に辿りついた。あと少し、数メートルで吉田の顔が見られる……!それだけを支えに、何とか状態を覚醒に保っていた。最も、いつ眠りに落ちても可笑しくない、そんなギリギリの所であるが。
 時間からしてみて、もうとっくにベッドに残ってるだろう。玄関にちょこんと置かれた、吉田サイズの小さく可愛い靴に顔を綻ばせながら、真っすぐにベッドルームへと向かう。
 部屋に入ると、吉田の顔はまだ見れないが、こんもりと膨らんだベットに、佐藤は締まりなく笑顔を浮かべた。沢山のおもちゃを前に、好きに遊んでいいと言われた子供のそれとよく似ていたかもしれない。仕事での彼しか知らない今日の食事会のメンバーが見たのなら、すぐに自分の目と脳の異常を心配する、そんな無邪気な笑顔だった。しかし、彼に近しい人なら、案外馴染みある顔でもある。主に吉田が絡むと、佐藤はこんな顔をする。
 熟睡した吉田は、ちょっとやそっとじゃ起きないけども、佐藤はゆっくゆっくり、足音を殺してそっと近づいた。
 すっかり布団の中に潜ってしまっている吉田。その寝顔がどうしても拝みたくて、佐藤はそっと布団を捲る。そこには、身を丸めるようにしてすやすやと寝ている吉田の姿。ようやっと目に出来た愛しい人。
 身を丸めて眠るその姿は、何だか冬眠中の小動物のようだった。可愛いなぁ、と佐藤はその姿に見入る。
 眠る為にしなければならない事はある。シャワーを浴びたり、着替えたり。そんな事を思いながらも、目的に辿りついた佐藤は、その達成感で気が抜けたか、ゆるゆるとその場に沈んでいった。


 で、その結果。
「全くもう!そんなにくたくたになるなら、無理して帰んなって言ったのに!!」
 とりあえず2人とも身を起こし、十数時間ぶりの対面はベッドの上でなされた。
 佐藤の姿は着崩させたスーツで、いかにも帰ってそのままベッドに来て潰れるように寝入ってしまいました、という一連が吉田にも想像出来た。
「くたくただから、早く家に帰りたかったんじゃないか。無理してでも帰るよ、そりゃ」
 そう言われて、嬉しくない訳が無い吉田ではあるが、ここはきっちり締めて置かないと、繰り返されても困る。
「だからって、何かあったら……!」
「何かあると思う? 俺に」
「……………」  
 黙ってしまう吉田だった。大袈裟な話し、佐藤を捕獲しようと思ったら、全特殊部隊を率いて来なくてはならないような気もする。
「……でも、万が一って事もあるし」
 吉田がせめてもの抵抗の様に言う。例外もあるだろうが、事件に巻き込まれた人達の大半が、自分が事件に遭うとは思ってすらなかっただろう。実際に遭遇してしまう、その直前にも。佐藤だって、いっそ非常識な能力も蓄えているような人間だけど、どこかに必ず隙は生じるし、そこを突かれないとも限らない。
 まあ、佐藤だって全く反省の無いわけでもないのだ。
「……そうだな、せめて潰れて寝ない様にするくらいの体力は残しておく。あと、シャワーも」
「……あー、うん。そだね」
 佐藤のシャツから漂うそれに、さすがに匂わないよ、とは言えない吉田だった。酒ならまだしも、タバコの方は2人とも喫煙の慣習が無いからか、その匂いは敏感に気付く。
 特に昨日の集まりでは、愛煙家が何人か集まっていた。昨今、どこもかしこも禁煙だからと存分に吸っていた。その匂いが移ったのだ。
「こうなったら風呂の方がいいな。ゆっくり浸かろう」
「うん、それが良いよ」
 と、吉田が同意したのは30分前。あっという間に入った湯船に、佐藤と、何故か吉田も居る。
「……なんか、お風呂に入ってばっかりの気分」
 吉田が言う。吉田は眠る前に風呂に入ったので、記憶としてはほぼ連続している。
「いいじゃないか。朝に入る風呂はさっぱりするし」
「そりゃそうだけど」
 一旦は辞退した吉田なのだが、「どうせ着替える時脱ぐだろ」と良く解らない理由を持ち出され、結局こうして一緒に入っている。部屋の間取りとして、浴室には窓が取り付けられている。居間の様に景色を楽しむものではないが、其処から差し込む朝の光はなんとも心地よいものだ。
 吉田の背後に居る佐藤は、昨夜の彼女に用に小瓶を手に取り、オイルを垂らす。
「何入れたの?」
「オールドローズと、ジャスミン」
 佐藤がそう答えると、振り返った吉田が物言いたげな目をしている。佐藤はその視線に、素知らぬ顔をしながらもにこりと笑ってやる。
「別に、良い香りだからだけど?」
「……そうだけど……」
 艶子からこの贈物を貰って、吉田も多少ながらアロマテラピーの勉強の様なものをした。折角貰ったのだから、有効に使ってやりたい。
 そこで解ったのが、ローズ系のものは大抵媚薬としての効果があるという事だ。最もそれだけでもないし、いくつもある効能の1つのしか過ぎない。ジャスミンもまた、そのエキゾチックな花の香りに夜の床で焚かれたという逸話があるくらい、催淫作用が認められている。しかも佐藤が選んだとなると、その裏を探りたくなる。
(……まあ、別にイヤじゃないんだけど………)
 そうだとしても、そうなっても。そう思って吉田は、居た堪れないくらい真っ赤になる。
 初めて身体を繋げたのはもう随分前。キスはもっと前だと言うのに、未だ唇が触れるだけでドキドキしてしまう吉田だった。これが良い事なのかどうなのか、判断は出来ない。
 吉田がそんな風にぐるぐるしたのを見計らったのか、不意に佐藤が吉田の身体を反転させて、向かい合わせの体勢にする。さっきまでくたくたでへろへろな佐藤だったが、吉田も補充出来たしゆっくり湯に入れたしで、すっかり普段の調子を取り戻している。いや、入浴中で濡れた髪や火照った肌のおかけで色気は三割増だ。やっぱり、さっき入れたアロマバスはそうとしか思えない程。
「なな、何、もう、出………んっ、」
 わたわたとする吉田を軽く抱きしめ、佐藤はまだ動いている口にキスをした。お互い裸なので、抱き合うだけで肌が凄く触れ合う。
 存分に口付けを交わした後、さっきの佐藤よりくたくたの吉田は、目の前の身体に凭れかかった。そう言えば、朝御飯がまだだなぁ、なんて思いながら。
 自分の身体を撫でる手が、明らかに意図を持っているのに気付く。
「……ここで?」
「吉田が良いなら」
 こうして選択を委ねるけども、結局は佐藤の思い通りになっているように思えてならない。最も、佐藤の思う事はそのまま吉田の望む事でもあるのだが。
「ん〜……ベッドが良い」
 別に風呂が嫌な訳じゃないけど、ちゃんとした場所がいいと思うとやはりベッドを選ぶ吉田だった。外でやるとか、もう信じられない……のだが、佐藤はともすればやろうとするし、山中なんかしてるし。
 所構わずも解らないでもないけど、やっぱり選んで欲しい吉田だった。
 尋ねておきながらも、佐藤はその返事が解っていたように頷く。
「あーでも、ベッドだと途中で寝るかな〜……」
 なんだかんだで、ちょっとしか寝ていない佐藤である。その可能性に、佐藤はちょっと顔を顰める。その為生じてしまった眉間の皺を、吉田が可笑しそうに指でなぞった。
「そうなったら、仕方ないよ。ゆっくり寝よう」
 そんな風ににっこり笑って言う吉田は、本当に天使の様だ。丁度今は、木漏れ日も辺りその相乗効果も手伝っている。
「……じゃあ、今日はゆっくりして、遊ぶには明日にするか」
 どうやら佐藤は、さっきまで今日も吉田と外出する気でいたようだ。確かにそんな事を言っていたが、無謀と言うかなんというか。割とよく嘘をつく癖に、有言実行なのである。
「どこに行こうかな」
「そうだなー。久々に遊園地みたいな所にでも行くか」
 不意に洩らしたその提案は、吉田の興味を俄然引いたようだ。顔を輝かせ「いいね、それ!」と今から楽しそうに吉田は言う。
「ああいう所で食べるアイスって、何だか美味しいんだよね〜」
 わくわくと予定を立てていた吉田が、何かにはっと気付いて佐藤を向いた。
「で、でも! お化け屋敷には行かないから! 絶対!!!」
「なんだー、まだ怖いの? 一生に一度くらいは、出口まで到達してみようよ」
「別にしなくていいし! むしろもう入りたくないから!!!」
 ばちゃばちゃ、と湯を波立たせて吉田が抗議する。それを宥め、とりあえずはこれから始まる甘い朝の時間に、佐藤は胸を馳せた。
 2人の休みは、まだ始まったばかりなのだ。



<END>

*日常でイチャイチャしてる2人が書きたかったんですv^^*