テスト期間中であるこの時に、佐藤の眉間にはそのまま刻みつけられようかと言う程皺が寄せられていた。
 とはいえ、英語は満点、校内で一番の成績を取る佐藤がたかが定期テスト如きに物憂げになる事はない。問題は、好きで好きで堪らない吉田に触れられなくてむしろ溜まってしまう事だった。
 ただえさえ恋愛初心者の吉田は素直な性格も手伝って、そういう雰囲気になった時には佐藤の一挙一動に全身を使ってあわわわ、とうろたえる。そんな吉田はとても可愛くて佐藤は大好きなのだが、そんな状態ではとても勉強なんて勤まる筈が無いので自粛、というか自重しているのである。ただえさえ危げな結果を残す吉田が、それが原因で留年してしまうのは佐藤も困る。何故って同じクラスになれないから。
 しかしながら、顔見れないという訳でもないし、勉強という名目で家に招く事もある。頭をなでたり頬を抓ったり、そんなささやかなスキンシップでお茶を濁していたのだが、少しだけ触れたその感触から、下着の下に隠れている柔らかい箇所を思い出してしまい、吉田が帰った後ベットの上で悶絶したり轟沈したりする日々を迎えていた佐藤だった。こんな見っとも無い姿、吉田は勿論、艶子にもイギリスに居る友人達にも見せられない。
 このままブチ切れて吉田を襲ってしまったらどうしよう、という心配に苛まされたものの、そういうネガティブな時には、佐藤のあの凄まじい行動力は10分の1以下に陥る為、実行に移る事は無かった。良かった……と、言ってやるべきだろうか。
 だが、しかし。
 そんな辛い日々も、今日で終止符が打たれる。また数ヵ月後には訪れるとは言え、今はこの時の解放を噛み締めよう。
(終わった……!!)
 テストの日程の最終日、最後の教科のテストが終わり、佐藤は胸中で呟く。
 同じ事を思った生徒は数知れないだろうが、佐藤と同じ意味で呟いたものは、多分居ない。


「今回は、平均点いったような気がする!」
 そんな風に悶々としている佐藤とは打って変わって、テストの終わった吉田の表情は晴々としている。佐藤の抱える原因は決してテストではないので、この時点ではまだ不調の現状維持である。
「そうか、良かったな………」
 喜びをあらわにする吉田に、一緒に喜んであげたい所だが、いかんせん今の佐藤はかなり脆弱な状態だ。ゲージは限りなく0に近い。早い所吉田に触れたい所だが、がっついてる所は見せたくない。吉田が安心して傍に居られる、頼もしい恋人でなければと佐藤は己に課していた。
 どんなタイミングの、どんな切り口で吉田に迫るのが吉田にとって良いのか。今日はもうテストよりその事で頭がいっぱいだった佐藤だ。まあ、そんな状態で受けたテストだけども、また学年トップで間違いないだろうか。
「…………?」
 一方吉田は、若干いつもの覇気に欠けた佐藤に気付き、怪訝な面持で居た。吉田は佐藤とは反対に、期間中も含めテストの事で頭一杯だったので、今気付いたのだった。そういえば、髪の艶もいつもより良くない様な気がするし。
(佐藤、どうしたのかな〜。まあ、テストの結果が悪かったとかじゃないだろうけど……)
 佐藤の学力も性格もよく知っている吉田は、そう結論付ける。実際その通りだし。佐藤がこんな風に精神的に浮き沈みするのは、自覚するのも恥ずかしいが自分が原因なのだ。それを思って、吉田は顔を赤らめた。
 そして、はっ、と気付く。それはついさっき繰り広げられた光景だ。テストが終わったから!と言って山中が高橋に迫ってあっという間に返り討ちにあった場面である。その時、山中が叫んだ。
「だってー!テスト期間中もずっととらちんに触れなかったのに!俺もう死にそうなんだからね!!」
 で、叫んだ後はやっぱり殴られていた。その後は高橋がちゃんと回収していたから、大丈夫だとは思うけど。
(って事は佐藤も……)
 同じ括りにしたくはないが、佐藤も山中も同じ男だ。そして、長い事そういう事をしていない。女である自分にはいまいち実感解らないけども、男の人は定期的にしないと何だか良くない事になるみたいだし。確かに、今の佐藤は何だか辛そうだ。色々耐えている表情をしている。
(よし!)
 きっと、それを解消出来るのは自分だけなのだ。吉田は意を決して、佐藤に向き合う。
「?」
 急に真剣な面持ちで自分を除きこんで来た吉田に、今度は佐藤が軽く首を捻る。今から言おうとする事はとても恥ずかしいけど、でも言わなきゃ!と吉田は勇気を振り絞った。
「あ、あのね、佐藤!」
「うん?」
「きょ、今日は、その、えっと……!!」
 何だか解らないが、何かを必死に伝えようとしている吉田は、その一生懸命さが可愛い。またピントのずれた事でも言い出すのかな、と微笑ましくその様子を見守っていた佐藤の心情は、ものの見事に裏切られる事になる。
「今日は、あの――さ、佐藤の、口で、する!」
「―――――へっ?」
 口で、する?
 何を? どれを???
 思わず思考が停止する佐藤だ。
 否定しないのを肯定だと思ったか、吉田は佐藤のズボンを脱がしにかかる。
「ぬ、脱がすね」
 そう言った吉田が、ズボンのファスナーに手を掛けた時、佐藤の機能が戻る。
 口でするってやっぱり……やっぱり―――!!!!
「ちょ、ちょっと!ちょっと待っ、吉田!!」
 慌てた佐藤だけども、そこはきちんと吉田が痛がらない力加減でその手を止めた。両手を掴まれた吉田は、きょとんとした顔になる。
「え、何?」
「何じゃなくて、ていうかこっちの台詞だろ!」
 どうやらきちんと承諾が取れて無かったようだ、と事態を把握した吉田は、顔を赤らめて言う。
「だって、その……佐藤、今、溜まってる? とかそんな感じじゃないのかなって……」
「!!!!」
 バレてたいう衝撃が佐藤を駆け抜ける。正直穴があったら入りたい心境だ。
 吉田に飢えているという事を、自分から明かす分には構わないのだが、肝心のその相手に勘付かれるのは酷く見っとも無いと思う。勝手な言い分かもしれないが、恋をすると皆そんなもんだ。
「え、あ、あれ? ち、違った???」
 ひたすら無言で居る佐藤に、吉田が戸惑う。
 ここで違うよと乗ってしまえば、あるいは佐藤の面子が保たれるだろうが、そうすれば吉田が酷く恥をかく事になる。そうなったら、今度から余計にこういう雰囲気に吉田がしり込みしてしまうかもしれない。佐藤としては、自分のプライドより、吉田と触れ合う時間が減る方が余程困る。過言すれば命に関わる!かもしれない!
「………違わないよ」
 間違えた〜!恥ずかしいぃ〜〜!とすでに涙目になりつつあった吉田は、その一言でほっと胸を撫で下ろした。そんな吉田を見て、やっぱり正直に言って良かったと佐藤も安堵する。
「違わないけど、でも、あ〜………
「?」
 いつになく歯切れの悪い佐藤である。
 吉田と違ってそこそこ経験豊富な佐藤は、勿論その時の相手にそういう事をして貰った事があるが、なまじそんな経験がある為、それを吉田にさせるとなると猛烈な罪悪感みたいなものが押し寄せる。いや、どっちかと言えばした貰いたいけど!やって欲しいけど!!でもそれは初めを済ませた時か、遊びまくってた過去を昇華出来てからだと思ってたので、今この場でいきなり申し出られるとそれはもう謹んでお断りの方向に行かざるを得ない様な。
「……そりゃ、多分上手くは出来ないと思うけど、」
 佐藤の沈黙を再び斜めに受け取った吉田が、口を開く。
「でもさせてくれないと何時まで経っても上達出来ないじゃんか! 下手くそだと思うけど、佐藤がイケるまで頑張る……」
「!!!!!」
「ふぐむぎゅ、」
 そのままほっといたらとんでもない台詞が飛びだしそうで、佐藤は慌てて吉田の口を手で押さえた。口を塞がれたまま文句を言う吉田に、佐藤はすぐ手を離した。
「何すんだよ!」
 どうやら、手で塞がれてる間中、それを唸っていたようだ。
「吉田の問題じゃなくて俺の問題っていうか……」
 今、自分が凄く酷い顔になっていると自覚があるのに、佐藤は取り繕えようもなかった。まあ、そんな場面はこの時に限った事でもないが。吉田の前で、自分は素を出せる。良くも悪くも。
「だ、だからさ、嫌じゃないよ。嫌じゃないかあら、困ってるんだって。それで自分がどうなっちゃうから解らないから、何て言うか……」
「別に、佐藤がどんな反応したって、嫌いにならないよ。なる訳ないじゃん」
 しどろもどろな佐藤と反して、吉田は佐藤を真っすぐに見据え、しっかりとした口調で言う。そして、続ける。
「――っていうか、前にそう言ったこっちの言い分無視して殆ど強引に進めた癖に、自分の時はなんなんだよ佐藤!!!」
 しまった、自爆だったかな、と凄い剣幕で託し立てる吉田に、佐藤は気圧された。
 しかし、そんな吉田の勢いはすぐに鎮火し、打って変わって下から佐藤を覗きこむ。別にこれはあざとい演出ではなく、単に身長差の都合だ。
「ねえ、どうしてもダメ? 佐藤の事、気持ち良くしてあげたい」
「っ………!!!」
 ただえさえ上目遣いの懇願というシチュエーションで、その上この内容だ。理性がグラつくのを、佐藤は感覚で把握した。
 好きで好きで堪らない吉田にそんな事をされた日には、本当にどんな醜態を晒すか解ったものじゃない。見っとも無い姿は見せたくないと、男として断固拒否したい所だが、恋人としてこんな可愛いおねだりを断る事が出来ようか!いや、出来ない!!
 佐藤の中で、男VS恋人の部分が対決し、結果勝ったのはやっぱりというか恋人の部分だった。基本、吉田が全ての男である、佐藤は。
「……じゃあ、ちょっとシャワー浴びて来る」
 佐藤が、ぼそりと言う。事実上、承諾の返事を貰った吉田は、嬉しそうに喜色を上げた。やり方も印象も違うだろうけど、相手を気持ち良くしてあげたい、という欲求に男女の差は無いのだと思う。……こんな無邪気に喜ばせておいて、散々な結果にだけはすまい、と佐藤は誓った。かたく、誓った。
「あっ、そうだ。一緒にシャワー浴びたらいいんじゃないかなぁ」
 ごそごそと移動し始める佐藤に、吉田が良い事思い付いた!みたいに言う。
「そしたら、すぐ……」
「!!! いや、やっぱり自分の部屋がいいから! 吉田待ってて!!」
 これ以上吉田が言いだす前に、と佐藤は走って部屋を出て行ってしまった。ぽつん、と残される吉田。
(なんか佐藤、凄く慌ててたなぁ)
 今の佐藤を指していうなら、慌ててたというより狼狽えてると言った方が正しいのだが。
 正直な所、吉田はここまで拗れるとは思って無かった。普段から隙あらば襲って来ようとする佐藤だから、こういう申し出をすれば2つ返事でさせてくれると思ってたのに。
 やっぱり、するのとされるのだと大分違うのかな、とそんな事を思ってみた。


 部屋を飛び出した佐藤だが、すぐにシャワーに駆けこんだ訳でも無かったようだ。佐藤は一旦部屋に戻り、ティーポットとクッキーを持って来た。そんなに長くシャワーに入るつもりなのだろうか。佐藤としては、もう隅から隅まで綺麗にしたい所なのだろうが。
 まあ、待てばその内出て来るよね、と吉田の方は気楽な調子で佐藤を待った。紅茶もクッキーも、とても美味しいし。これらを持って来た時の佐藤は、食事中の様に顔を顰めて、けれど食事中とは違って顔が真っ赤だった。クラスの女子は綺麗に微笑む佐藤が好きらしいが、吉田はああいう佐藤の方が好きだ。何だか、可愛いし。
 さっきの佐藤を思い出し、ふにゃふにゃと蕩けていた吉田は、ドアの開く音で戻る。
「……………」
 そこに居たのは、勿論佐藤だ。シャワーだけの割には、肌が火照ったように仄かに赤い。着て来た服は違って、今はTシャツと下はスウェットになっている。首元から覗く鎖骨に、汗だか水滴が伝って落ちる。水(いや、お湯だが)に濡れた事で、佐藤の艶めかしさは3割程アップしているように見えた。今、吉田が佐藤から感じ取っているのは、紛れも無く色気と言うものだろう。
(う〜、ちょっとドキドキして来た……)
 ちょっとどこか、大変ドキドキしているけども。でも佐藤の方がもっと一杯一杯だから、ここは自分がしっかりしなくっちゃ!と吉田は改めて気を引き締めた。
「吉田、
「ん? な、何?」
 ベッドの上で向き合うように座り、佐藤がまず吉田に声を掛ける。
「……やっぱり、口はまだ心の準備が出来てないから、手でして貰っていいかな」
「え? 手?」
「うん」
 瞬きをする吉田に、佐藤は神妙な顔で頷いた。その表情が彼の心境を全て物語っていると言っていいかもしれない。
「いいけど……でも、手でするより口の方が良い、って皆言ってるような………」
「み、皆って誰だ!!?!!???」
「え、雑誌のアンケートとか……」
 瞬時に詰め寄る佐藤に、驚いた吉田はそのまま答えてしまう。そういう雑誌を読んでるのがバレたと恥ずかしがる場面だろうけど、佐藤の勢いに驚いてその辺りの羞恥はまだ襲って来ない。
「なんだ、アンケか」
 佐藤は安心する。てっきり自分以外の誰かとそんな話をしているのかと思ってしまった。
「じゃ、いい?」
 される側ではなく、する側になっているからか、吉田はいつになく乗り気だ。こういう場面で率先的な吉田というのは珍しい。むしろ初めてかも。
「あー……その、最初にキスしようよ」
 そんな吉田は嫌じゃないし、何だかんだで佐藤も吉田にこうして貰うのを夢見ていなかった訳でもないけど、いきなり始めるのは即物的な感じがするし。身体も目当てだけど、身体だけじゃないのだから。
「え、あ、うん」
 佐藤がキスを強請ると、吉田はぽっと顔を赤らめて頷く。これから吉田がしとうよしている事を思えば、キスなんて本当、挨拶ぐらいみたいなもんだと思うけども。佐藤は少しだけ笑って、そっと口を合わせた。相変わらず、吉田の唇は小さくて可愛い。そして舌も可愛くて、いつまでもキスをして居ても全く飽きる事が無い。まあ、未だ上手く呼吸できない吉田が酸素不足になってしまうので、頃合いを見計らって離さなければならないが。
 佐藤としてはそうしつこくしていた覚えは無いのだが、キスを終えた時、吉田はぷは、と酸素を取り込んでいた。目の周りが赤いのは、息が苦しかったからか、それとはまた別か。仕上げとばかりに、佐藤はその目元にチュッと軽いキスをした。
 と、その後に、仕返しの様に吉田からの不意打ちのキスが来た。唇に軽く触れる程度だったが、その感触はじんわりと痺れるように残る。
 目をぱちくりとさせた佐藤に、吉田は「へへ、」と得意そうに笑った。吉田に対し、叶わないと思うのはこんな時だ。
「ん、じゃあ、頑張るからね!」
 何とも吉田らしい声に、佐藤も和んでしまう。けれどもやはり、懸念は払拭出来なくて。
「……やっぱり無理と思ったら、途中で止めて全然構わないからな」
「またそういう事言う」
 むぅ、とまだ弱腰な佐藤に、吉田はちょっと剥れる。
「別に初めて見るって訳でも無いんだしさ。……まあ、触るのは初めてだけど」
 より正確に言うなら、手で触れるのは初めてという所か。佐藤の昂りの熱さなら、他の箇所でなら知っている。ぽそ、と最後の一言を付け加えた後、吉田は佐藤に向き直る。
「えっと……痛かったら、言ってね」
 と、言ったはいいが、佐藤のをどう取り出せば。いきなりだが今更の難関に、吉田は首を傾げる。そんな吉田の胸中、佐藤には手に取る様に解ったので、佐藤は自分で前を掲げた。
(わっ……)
 見るのは初めてじゃないけど、こうして真正面からまじまじと見るのは初めてだった。
「……そんなにじろじろ見るなって」
「あ、ご、ごめん」
 照れたような変な顔になってる佐藤に詫びてから、吉田はようやっと佐藤のものに触れた。不思議と嫌悪感は無い。いや、最初からそんなものは無かったのだけども。
(わ、わ、なんか凄い……!)
 とりあえず、手で包むようにしてそれで上下に擦ってみる。このやり方が正しいのかすら吉田には解らないけど、激しく間違っていたら佐藤から指摘が飛ぶだろうから、それが無いのならこれで良いのだろう。
 摩って行くと、始めよりもさらに熱さと硬さを帯びていく様な気がする。佐藤の変化をこんなに顕著に感じ取った事は無い。そんなに動いて居ない癖に、吉田も息が上がって来た。
(佐藤、何も言わないけど、力加減とかこれでいいのかな……?)
 何せ大事な部分である。乱暴にしちゃダメだろう、と吉田の手の動きはとても繊細で丁寧だった。ある程度の強さがなければ達せないのだから、こんな微細な力加減は、じれったいを通り越してむしろ拷問の様な気がして来た。
 吉田の小さい手が、自分のを一生懸命扱いている光景はそれだけで眩暈がする程の恍惚感がある。が、実際に達するにはやはりそれなりの刺激が必要で。でもこんな頑張ってる吉田に口を出すのも無粋なような気もするし、と沈黙を保っていた佐藤だけども。
「………ごめん…………」
「え、えっ? 何??」
 やっぱりやり方が不味かったんだろうか、下手くそだったんだろうか、とうろたえる吉田に、すぐには答えないで佐藤はそれより先に、自身を包んでいる吉田の手の上から自分のを重ねた。手の甲に佐藤の体温を感じ、え?と吉田が戸惑う。とん、と吉田の肩に佐藤が顔を埋める。
「……ごめん、ちょっともう、限界だから……!!」
「さ、佐藤??」
 肩に額を押し付けている佐藤の表情を窺う事は出来ない。ごめん、と佐藤はもう一度詫びてから、吉田の手と一緒に、自分の手も動かした。動かしているのは自分でも、実際触れているのは吉田の手だ。酷く興奮する。
 佐藤も大変だったが、吉田も大変だ。
(ええええ、こ、こんな強くやっていいの!? い、痛くないのかな!?)
 まあ、自分でやっているのだから、良いのだろうけど。こんなにしても大丈夫なんだ!と吉田はその頑丈さ(?)に地味に感嘆していた。何せ自分には無い部分なので、勝手が何も解らない。
 直に触れている手と、間近の佐藤に顔は見えなくても限界が近づいているのが、吉田にも何となく解った。
「っっ………、イきそうっ………!」
 零すように呟いた佐藤の声に、吉田も動かされるだけじゃなく、自分からも佐藤のを激しく擦る。吐精の時には、吉田の手を外そうと思っていた佐藤に、この動きは想定外だった。そして、偶然、丁度感じる箇所を強く擦った為か、佐藤は最後の瞬間を迎えてしまう。
「――――ッッ!!!」
 吉田の肩にさらに額を擦り付け、絶頂の反動をやりきる。ドクドクと吐き出される白濁は、吉田の手に絶対かかっているだろうが、堪えようが無かった。
「…………」
 吉田は無言だ。それは気になるけど、この勢いを止める事は出来ない。結局佐藤は、溜まっていた分最後まで吐き出した。今までで最高に気持ち良かったかもしれない。けれど、その余韻は早々に引いた。
(何て事を……!)
 まだキスで顔を赤くする吉田の掌を精液で汚すだなんて、佐藤にはとんでもない事だった。今すぐ詫びたいけども、荒い息でそれもままならない。今は吉田も、驚きで身体が動かないのだろうけど、その波が去った後、一体どう出るか……!
「お、終わった?? 大丈夫??」
 肩で息をする様な佐藤は、吉田の眼には辛そうに見えたのだろう。確かに胸中は穏やかとは言えない。
 そういえば、吉田の手を掴んだままだった。そっと今更のように手を離す。やはり、自分の手にはあまりついて居ない。
 その小さな掌一杯に広がる白い液体を、吉田はきょとんとした顔で見ていた。
「吉田! ご、ごめ……ん?」
 謝罪の言葉も言い終えないまま、佐藤の目が点になったのは、なんと、よりによって、こともあろうに、吉田が掌に舌を伸ばしてぺろりと舐めたからだ。まさに、猫がミルクを飲むように。しかし吉田が口にして居るのを思って、佐藤は慌ててその手を掴んだ。
「ば、ばか!! 何舐めてるんだ!」
「え、でも、皆舐めてるし……」
「皆って誰だよ!?」
「ま、マンガとかで」
 どうやら、吉田の性に関する手解きは、佐藤以外ならちょっとエッチなティーン誌のようだった。別に参考するなとは言わないが、鵜呑みにするのもどうかと思う。その辺りの事はさておき、今は色々脱力してしまった佐藤だった。
「ねえ、イケたんだよね? 気持ち良かった??」
 吉田は、手に吐きだされた白濁より、そっちの方が気になるらしい。あまりに吉田らしいというか。
 すっかり溜まっていた精ごと、毒気も吐き出した様な佐藤は、ふっ、と笑みを浮かべる。
「うん……良かった」
 技術云々というより、好きな子にこうまでされて、感じ無いヤツがいたらそいつは不感症以外何ものでもないだろう。自分の目的を達成できたと、吉田は無邪気に笑う。その笑顔につられるように、佐藤もまた笑う。
 さて、ここまで吉田が頑張ってくれたのだ。自分もたっぷりしてあげないと、と反撃(?)を狙っている佐藤を余所に、何も知らない吉田は、とても満足そうににこにことしていた。




<END>