「ねー、ダメ?」
「ダメッ!」
「どうしてもダメ?」
「ダ、ダメだってばぁ! もう!!」
 と、何を佐藤と吉田が押し問答の様な堂々巡りをしているかと言えば、現在小悪魔ちゃんな格好の吉田の姿を、佐藤が写メで取りたいと言って、吉田がそれを拒んでいる構図な訳だ。
 容姿にコンプレックスを持つ吉田にとって、その姿を画像として残されるのはあまり歓迎出来ない事だと、佐藤も理解している事だが、こうやってダメ、と顔を赤らめて言う吉田はとても可愛いので、それを見るだけでも佐藤にとって十分価値ある事だ。勿論、ここで素直に応じてくれても当然佐藤にとって僥倖な事態である。つまりは、佐藤ばかりが得をして、吉田だけが恥ずかしい、という何気に理不尽な状況だったりするが、生憎当の本人である吉田が一番気付いて居なかった。
 勿論、吉田が本気で嫌がれば、そうなったら佐藤は退く。その辺りを見極めつつ、吉田の可愛らしい反応を堪能していた。幸い、お菓子配りの仕事はひと段落している……と、いうか近くの子供たちにはあらかた配った後だ。新たな一団が来れば、また吉田の周りは賑やかになる事だろう。その前の嵐の静けさとも呼べるこの合間を、佐藤は思いっきり堪能している、という訳だ。本当はもっと沢山居たいけども、周囲に秘密にしている自分達にとって、近くに居る井上の存在は脅威だ。いや、脅威なのは多分吉田だけで、佐藤は然程でもない。ふとした時は率先して吹聴したいと思っているくらいだ。吉田との時間を邪魔されない為に。
「なあ、帰り迎えに来ようか?」 
 ひとまず、吉田の姿を携帯に収める件は一旦保留として、佐藤は言いだす。急に話題が変わった事に、えっ、と吉田は瞬きを一回。
「……え、でも、井上さんと一緒だし……」
 手をもじもじさせて言う吉田は、その発言の裏で出来ればホントは一緒に帰りたい、という意思を込めて居た。当然、それをキャッチして上機嫌になる佐藤。
「でも、確か彼氏居るって言ってたよな。そいつも、迎えに来るんじゃないか? 彼女のバイト帰りなんだし」
「うーん、そうかな……」
「井上だって自分の彼氏と帰る方がいいだろ?」
 と、井上に気を効かせてやれと促す傍ら、思いっきり自分の要望も通そうとする佐藤であった。とは言え、彼氏との方が井上も喜ぶだろう、という意見も別に嘘八百でもないが。仮にここに、ジャックと佐藤が居たとして、吉田が「やっほー」と来てくれたのなら、佐藤はもう天にも昇る気持ちだ。別に、ジャックと居た事が苦痛でも嫌でも無かったが。
 佐藤がそんな事をつらつらと思っている傍ら、佐藤の打算をふんだんに込めた発言を受けた吉田は「そうだな、気を効かせてあげるべきかな」と思い始めて来た。佐藤の思惑通り。
 好きな人と一緒に居る喜びや嬉しさは、今の吉田も知る所となった。井上も、彼氏との仲がこじれている訳でもないし、井上からの話を聞くだけだが、良好だと思える。井上は、吉田に恋人が居ないものと思っているから、帰りも付き合ってくれるのだろう。しかし、実際には佐藤が居る訳で。
「…………」
 佐藤の事は秘密だけども、時折それが心苦しく思うのは、こんな時だ。いっそ打明けるべきかと思うけど、上手く説明出来るか自信が無くて、結局今までも先送りにしてしまっている。いつかは言わなくてはいけない事だけども。いつかは。
 そんな風に吉田がぐるぐるしていると、不意に横に居る佐藤がとある方向に顔を向けた。その動きを感じた吉田も、つられる形でその方へ顔を向ける。と、そこには。
「あっ、」
 と、吉田が声を上げる。そこにちょこんと立っていたのは、さっき吉田に悪戯した男の子だった。表情や雰囲気で察するに懲りずに悪戯しに来たのでは無さそうだ。
「どうしたの?」
 と、吉田が問いかける程に、その男の子はやや挙動が不審だ。手を後ろに組んでいる体勢も、決して自然のものと思えそうもない。
 やがて男の子は、意を決したか、その後ろ手で持っていたものを前に出す。それは、とても小さな花束だった。そしてその花束は、吉田に向けて真っすぐ突きつけられている。吉田は、ぱちくりと瞬きをした。
「くれるの?」
 あるいは、と尋ねてみた吉田の言葉に、男の子は何度もこくこくと頷いた。どうやら、さっきの粗相のお詫びの様だ。もし親が居たのなら、多分この場に同席している筈。それが見えないとなると、この花束はこの子の小遣いで買った物と思われた。そういえば、100円の駄菓子で花束を模したものが店内にあった。そこで買ったのだろう。造花に埋もれて、砂糖菓子が散りばめられている物だ。
 たかが100円、されど100円である。ここで重要なのは金額自体では無く、それが全体の何割を占めるかだ。男の子の年齢を思うと、結構な金額だったかもしれない。
「うわー、ありがとね」
 にっこり笑って吉田がそれを受け取ると、男の子はぽっと顔を染め、また逃げ去る様にトテテテ、と小走りで去って行った。行っちゃった、とその様子を見て何となしに呟く。
「えへへ、お菓子貰っちゃった」
 合い言葉も言ってないのに、と吉田が可笑しそうに言うと、すぐ間近からひしひしと突き刺さるような視線を感じた。言うまでも無く、佐藤である。
 そういえばこの状況、突き詰めれば隣に恋人を置いていて、他の男からプレゼントを受け取ったという形になるのだろうか。いやしかし、相手は子供だし!どうしようもなく疑いようの無い程の子供だし!!
「さ、佐藤?あの、これは、その……」
 言いながら、吉田は貰ったお菓子の花束を、さっきの男の子が持っていたようにそそくさと後ろに回した。それを、物を食べて居る時や、西田と対峙している時以上の仏頂面で眺めている佐藤。
「何、俺に取られると思った?」
 睨まれてはいないが、いかんせん威圧感が凄い。その通り、までとはいかないが、ちらっと思った事なので、どう返事すべきか吉田が迷う。
「まあ、別にそう思ってくれていて外れじゃないけど」
「……おい、」
 しれっと呟かれた、決して褒められない佐藤の本音に、吉田は手短に突っ込んだ。
 佐藤は言う。
「思うだけで実際にはしないって。同じ恋するもの同士だし……それに、知ってるし」
「? 何を?」
「吉田は本当はモテるんだって事」
 そう言われてしまい、吉田はなんと答えるべきか、また迷ってしまう。そんな訳あるか、と言いきれたならまだ良かったものの、佐藤との出会いである小学時代、吉田は確かに自覚が芽生える程にモテ期であった。とはいえ、現在の佐藤のようなアイドル的なものではなく、喧嘩が強い人気者、と言った具合ではあったが。
 佐藤は、所謂モテ期は、自分では無く他人が作るものだと思っている。例えばグループ内の誰かが「あの人格好良いよね」なんて言ったりする。周りはそれに同調しないとのけものにされると思って、さしてそう思ってないのに一緒になってはしゃいだりして、それを見た別のグループも格好いいと思わなければ、といった具合だ。だから。また誰かが「吉田って良いよな」なんて言い出したら、その意見が当然のように周囲に蔓延るかもしれない佐藤はそんな風に考えるのだ。
「……別に〜、」
 と、吉田は花束を前に持ち、花束が壊れない様にそれを弄りながら言う。
「年下とかそんなに……まあ、年上も……」
 実に控えめに、回りくどく呟かれた言葉から考察するに。
 佐藤は、にぃ、とやや意地悪い笑みを見せる。
「同年代が好き?」
「……どうだろ」
 顔を赤らめて、吉田はそっぽ向く。そんなものは結果論なのだ。佐藤が、同年代だからそう思うだけで。本当は年上とか年下とか関係ない。佐藤という個人が好きなのだから。そんな吉田の気持ちが届いたか、吉田の視界には入らないものの、佐藤が笑っているのを何となく感じられた。
(う〜、悔しい)
 今日もまた、こんなパターンだ。自分ばっかり恥ずかしい思いしている。
 と、吉田はそんな感想を抱くが、実の所佐藤の方が余程見っとも無い所を晒している。それに気付かないのは、というか気付けないのは惚れた欲目というものだった。まあ、現在の吉田の羞恥の理由は、このコスプレまがいの姿が一番の要因だろうけども。正確な場所も教えてないのに、まさか来るとは思わなかった。最も、佐藤ならやりかねない、とも思うけど。
 自分の服装を改めて省みた吉田の脳裏に、1ついいアイデアが浮かんだ。折角、こんな恰好をしているのだから。
「佐藤」
「ん?」
「トリック・オア・トリート!」
 今日、幾度となく聞いた台詞を、今度は吉田が口にした。揚々と言った姿に、佐藤が少しきょとんとする。そして、長い睫毛が似合う双眸を、一度瞬きさせる。
「……いや、だって今日は当日じゃないし……」
 佐藤が言う。確かに、本来のハロウィンは週明けで、今日こうして催されているのは単に一番近い休日だからという理由に過ぎない。
 けれど、吉田は。
「いいじゃん。こっちはこんな恰好してるんだし」
 と、良く解らない倫理武装をして、尚も強請る。
 基本、好きな子に頼まれて嫌な気を抱かない佐藤は、このハロウィンにこじつけた我儘だって、応じてやりたい。だが、しかし。
「お菓子を持ってないよ」
 無い袖はふれない様に、持っていないお菓子はあげられないのである。全く当然だが。
「何か買ってくるよ」
 待ってて、という佐藤に、けれど吉田がストップをかける。
「ダメ。今すぐこの場じゃないと」
「いや、でも……」
「無いなら、悪戯だね」
 ふふん、と何故か得意げになった吉田を見て、佐藤もピンときた。吉田の目的はお菓子ではなかったのだ。
 普段は、佐藤が吉田をからかう傾向が多いから、このイベントにかこつけての意趣返しだろうか。ハロウィンの企画のバイトに出ると解っていたのだから、お菓子の1つでも持ってくれば良かっただろうか。でも佐藤には、それ以上に吉田が構ってくれた事の方が嬉しかった。
「まあ、お菓子持ってないもんな。仕方ない」
 佐藤は降参するように手を上げてみた。吉田の笑顔が、一層にこにこと楽しげになる。
「じゃ、目、瞑って」
 はいはい、と言われるまま、大人しく従う佐藤。デコピンでもするのかな、と思って待機していると――指で弾くのより、遥かに軽く柔らかい感触。佐藤はそれを知っている。今だって、ずっとそこに触れたいなと思っている箇所だからだ。
 驚いた佐藤は、そこで目を開いたが、まだ吉田の口が離れたばかりで顔が見れない。やがて、向き合えるまでの位置に戻ると、吉田のしてやったりというか、はにかんだような表情が出迎える。
 その顔はとても満足そうで、佐藤はそこから、自分が酷く驚いた顔をしているのだと知る。
 下手な鏡なんかより、吉田を見て居た方が余程自分を知る。
「……やったな」
「へへー、」
 恨みごとでも言うように呟くが、吉田はただただ明るく笑みを浮かべるだけ。だからきっと、今の自分も、笑っているのだろう。
 ハロウィン自体が前夜祭だが、これはさらにそんなハロウィンの前夜祭といった所か。
 当日は目にもの言わせてやろう、と考える佐藤には気付かず、吉田はまた集まって来た子供たちに菓子を配るのだった。


<END>