給食という制度の無い高校の昼休み。それぞれが思い思いの場所で各自用意した昼食を開き始める。
 そんな中、吉田はこそこそと教室を抜け出そうとしていた。「抜け出した」という描写を使われない辺り、吉田が誰かに見つかったのは明白の事。
「吉田。オチケンの部室に行くのか? 俺も一緒にいい?」
 今日も引く手数多だっただろう、昼食に誘いを華麗にすり抜けたらしい佐藤は、校内秘密恋愛仲の彼女に、にっこりと笑いかける。相手がこういう顔に弱いのを知っての上だ。案の定、吉田はぽーっと赤くなったが、すぐに自分の中の何かに気づいたか、ブルブルと首を振る。その仕草は可愛かったのだが。
「だ、ダメ。オチケンに行くんじゃないし、……あと、とらちんと食べるから」
 出されたのは拒絶の言葉。これは佐藤として面白くない。
「ふうん?」
「……これから暫くそうするつもりだから……」
「へー」
「だから、さ、佐藤と一緒にお昼しないからッ!」
 ちゃんとはっきり告げないと、どこまでもはぐらかす気の佐藤を察してか、半ば自棄になって吉田が言う。事実、吉田からはっきりと言われるまで、佐藤はしらばっくれるつもり満々だった。最近はこの底意地の悪い恋人に耐性(?)でもついてきたか、思った事はちょっとは言えるようになった吉田だ。
 吉田は、何かを貯め込んだような目で佐藤を軽く睨み、「それじゃね!」とパタパタと可愛い足音を立てて去って行った。
 その後ろ姿を、傍観者のように眺める佐藤。
「……………」
 佇む佐藤の耳に、あらぬ方向からの喧騒が入る。
「ねー、とらちんv お昼一緒に食べよーよ」
「うっせーな! メシ食らい一人で食わせろ!」
「俺、とらちんの手料理とか食べてみたいなー」
「聞けよ人の話し」
 暫くそんな小競り合いが続いた後、最終的にバキィッ!という破壊音で実りのない会話が終了した。
 さて。
 これで吉田の言い分が嘘だと解る。とは言え、吉田の顔を見るだけで、嘘を言ってるかどうかくらい、容易く解るけども。
(……すぐバレる嘘なんて、つかない方がいいと思うけどなー)
 最も、佐藤は余程精巧に考え抜かれた嘘だって見抜くと思うが。
 やれやれ、と佐藤は胸中で嘆息しながら、屋上へと足を向けた。
 昼休みを誰かと一緒に過ごしたくないのなら、あそこが最も適した場所だからだ。


 そしてその想像通り、吉田は屋上に居た。
 サボる場所として最適な屋上は、それだから昼食を取る場所としてはあまり適切では無いみたいだ。風は強いし、正直此処まで来るのが面倒くさい。
 しかし吉田は、誰も居ない環境が今欲しかった。
 コンビニの袋から、吉田は丸くて透明な容器を取り出す。そこには、彩りを考えた野菜が詰めてある。つまりは、サラダだ。
 そして、野菜ジュース。
 吉田の昼の献立は、これだけだ。それを知られたくなくて、こうして密やかに食事をしよう、という事なのだ。
 見た目からして食欲をそそられないメニューに、吉田は半ば事務的にサラダにドレッシングをかけ、口に運んで行く。
 そんな食事は、あっという間に終わった。
「……………」
 今は食べた直後だから、それなりに腹に溜まっているが、すぐに腹が減るだろうな、と思わせずにはいられない。ふぅ、と吉田は溜息をついた。
(でも、暫くこれで頑張らなきゃ)
 野菜ジュースを飲んでるから、栄養的には大丈夫……だと思う。
 コンビニの袋に、今度は空になった容器を入れて――
「吉田?」
 頭上からかかるような声に、身体が撥ねあがる程驚いた。
「え、さ、佐藤!?」
 隠れたつもりがあっさり見つかって、吉田は軽いパニック状態だった。
「な、な、な、何でここに……!」
「それは俺が言いたいかな。高橋と一緒じゃなかったのか?」
 勿論、それが嘘だと解ってて言っている佐藤だ。あぐ、と吉田が言葉に詰まる。
 にこやかな笑みを浮かべた佐藤が、隣に腰を下ろす。別に檻の中に放り込まれた訳じゃないが、佐藤の手の届く範囲に居るというのは捕まったも同然だ。あぐぐぐ、と吉田の身体が硬直する。
「何でまた急にダイエットなんて始めたんだ?」
 ずばり核心をついた佐藤にセリフに、これまた吉田は心底驚いた。
「な、何で解ったの!?」
 袋は透明では無く白色だから、外からでは中身は見れない。佐藤に透視能力でも無ければ、知りえない筈だ。
 しかし。
「食事を一緒に食べたくない理由なんて、そんなもんだろ」
 そう言えばそうかも、と吉田は思った。
 つまりは殆ど最初から見透かされていたようだ。いつもの事、と言えてしまうのが悲しい。
「それでまぁ、改めて聞くけど。なんでダイエットを?」
 言っては悪いが、吉田はそういう事には無縁の立場だと思っていた。あくまで、良い方で、だが。
「べ、別にいいじゃん………」
 嘘が下手な吉田は、結局こうして隠すしかない。まあ、上手く行った試しが無いんだが。
 勿論この場だって、佐藤は「あ、そう」で済ます筈も無かった。
 理由には原因がある。ダイエットを決意するには、それだけの動機が必ず存在するのだが、時期的に身体検査は終わってるし、水着になるプール開きにはまだ遠いし。
 勿論、誰も吉田に対して「デブ」なんて罵ったりもしていない。もしそんな事があれば、佐藤が聞き逃すはずもない。
 不貞腐れたように黙り込んだ吉田に、佐藤は少し強引に握りしめていた袋を取り上げた。ああっ!と吉田が非難の声を上げるが、無視する。果たして、佐藤の前に今日の吉田の昼のメニューが曝け出された。
 吉田が隠そうとしたくらいだ。案の定、佐藤は顔を顰める。
「サラダに野菜ジュース……お前なぁ、こんなんじゃすぐに腹が減るぞ? それに、野菜ジュース飲んでおけば栄養的にはオッケー、なんて思ってないだろうな」
 思ってました、とも言えず、口を固く噤む吉田。
「せめてもう少し腹に入れなきゃ。今日はいいけど、午後から体育でもあった日にはぶっ倒れてるぞ、オマエ」
「へ、平気だから。それくらい」
 嘘をつく時、相手の顔を真っすぐに見れない吉田だ。屋上の床を見つめながら、ぼそぼそと反論する。
「平気じゃなかった時を言ってるんだ。俺は」
 まるで小さな子を叱責するような響きに、吉田は少しカチン、となった。怒りっぽいのは食べ足りないからだが、この時の吉田が気付く筈も無い。
「な、何だよ! いいじゃん、佐藤に食べろって言ってるんじゃないんだからッ!」
 自分の事なんだから、ほっといて欲しい――しかし、そこまで吉田は言えなかった。
 佐藤の双眸がどこまでも真剣に、自分を真っすぐに見据えていたから。心の底から自分の身体を心配しているのだというのが伝わり、吉田は何も言えなくなってしまった。
「おかしな言い方かもしれないけど――吉田一人の身体じゃないんだから」
 確かにおかしな言い方だ。でも、佐藤の言いたい事が吉田にも解ってしまう。
 好きな人が無理をして、倒れてしまったら――凄く心配するだろうし、堪らなく不安にもなるだろう。
 なまじ自分の身の事ではないから、その度合いも解らなくて、する必要のない恐れすら抱く。
 しかもその原因を目の当たりにしていたとなったら――何で後の時止めなかったのか、と自分を責めるだろう。吉田は、佐藤から奪い返した食事の残骸を見つめた。
「別にダイエットするなとは言わないよ。でも、何でかは教えてくれない?」
「う…………」
「ダメ?」
「っ…………」
 あえて下から覗き込むように見つめると、息をつめた吉田が解る。もう一息、と言った所だ。
 しかし吉田も中々に頑なで、佐藤の表情に惑わされまいと、ぎゅっと目を閉じて首を横に振った。視覚への訴えが封じられたとしても、佐藤の攻撃の手が休む事は無い。目の見えなくなったのを良い事に、佐藤は吉田を抱き寄せ、自分の膝の上に乗せてしまう。ひぇっ、と吉田が戦慄く。
「どうしても教えてくれないの………?」
 目がダメなら次は耳だ。ごく至近距離の、声が出した振動で耳をくすぐるような囁きに、吉田の背中がゾクゾクッとなった。
「教えてくれないなら……どうしよっかな」
「え、ちょ、や、ぁ………っ」
 今は制服の上からだが、不埒な動きを早速見せ始めたような手に、吉田は身を捩って逃げようとする。しかし、今は佐藤の膝の上だ。逃げる場所なんて、無い。
「どこまでしたら、吉田は素直になってくれるのかな?」
「!!!!!」
 顎の下をす、と撫でた動きに、肌が泡立つ。触れていない箇所にも、痺れのような感触が広がって行く。
 まだ最後まではしてない2人だが、すでにお互いの体の事は十分知り尽くしている。佐藤は、吉田以上に吉田の身体に詳しくなった。どこを触れば、引き返せないくらいの熱が湧き起こるのか、という事も。
 これまでの経験が、吉田に危機感を抱かせる。佐藤の手にかかれば、こんな未熟な身体も完熟しきったように蕩けてしまうのだから。そんな状態を引きずったまま、この後にクラスメイトに見られるのかと思うと、吉田の精神は耐えられない。
「が、が、学校はヤ、だ………」
「それは吉田次第かなv」
 怯えるような吉田に、佐藤は残酷なくらい陽気に言った。その軽さが、却って本気を知らしめる。
 佐藤は吉田の事が好きだ。だから、勿論大事だ。
 ちょっとした悪戯はするけども、最終的には吉田の嫌がる事は絶対しない……のだが。
 目の前で無茶なダイエットを強行しようとしているなら、話は別だ。
 人の体はある程度の自己修復が効くけども、その分一度壊れたら治るのにかなりの時間を要する。それに、完全に戻るとも言えない。
 肥満矯正施設に入れられたおかげで、そいう事例の恐ろしを佐藤はみっちり仕込まれている。そのせいでいささか過剰反応気味だと佐藤も自覚しているが、吉田の身体に万一の事を起こしたくないのだ。そう、大事だから。
 ダイエットに賛成するも反対するも、まずはその原因を知ってからだ。その為なら、何だってしてやる。
 その佐藤の決意が掌から伝わったのか、リボンを解けかけられた時、ついに吉田は白旗を上げた。
「わ、解った! 言う、言う――――!!!」
 必死の吉田の声に、佐藤は嬉しそうに頷いた。


 事の始まりはちょっと前の事だった。
 たまたま暇だった吉田は、思いつきでケーキでも焼こう、と思ったのだ。
 その背景に、いつか見た番組で簡単に作れるケーキを紹介していた事や、牧村から「何だかんだで男は手作り菓子に弱い」と聞いた事があったのかは、定かではないが、否定も出来ない。ともあれ、その日吉田はケーキを焼こうと思ったのだ。
 母親が保持じている料理の本から、一番簡単そうなものを選び、幸い材料は揃っていたので早速挑戦し始めた。
 結果は思い出す度に憂鬱になるものだったらしい。吉田曰く「ケーキの材料なのにけーきじゃない物」が出来てしまったそうだ。
 思えば、クリスマスにバレンタイン。相手の誕生日とこの先お菓子が要りそうなイベントは目白押しだし、それよりも単純に自分の作ったもので、相手に笑顔を浮かべさせてやりたい。そう思った吉田は一念発起、ケーキ作りの特訓に勤しんだ。家に帰ってから母親のパートが終わりまで時間があるから、その中で作っていた。まだ親にも佐藤の事は内緒なのだ。
 そしてそこで問題になるのは――こういう表現は適切ではないかもい知れないが、出来あがったケーキの始末、である。
 これで吉田がクラスメイトにケーキをお裾わけするようなキャラだったらいいのだが、実際は女の子らしい事をしていると知られるのを躊躇うような吉田だ。中学に上がるまで空手に勤しんでいたのがそうさせているのか、単に本人の性格なのか……(多分、後者っぽい)
 ともあれ、吉田の取った手段は文字通り一人で飲み込んでしまう事だった。幸い、仕上がりの具合を気にしなければ、菓子なんてものは分量をきっちり図れば食べれる味となっている(だからこそ、軽量が絶対かもしれないが)。吉田は甘い物が好きだし、それは苦にならなかったが、そこで別の問題が浮上した。
 秘密の特訓を続けていたある日、ふと吉田はケーキのカロリーというものが気になった。すぐに思い付かないのが吉田らしい所だ。
 それまでほぼ毎日、普段の食事にパウンドケーキ一本が加わった生活なのだ。さすがに摂取量が気になったらしい。
 そして調べてみて、そのカロリーに「んぎゃー!」と叫び……ダイエットの決意に至った、という事だ。
 それを聞いていた佐藤は、顔がにやけっぱなしだ。何せ、佐藤の為にケーキを作ろうとしたという説明辺りからだから、ほぼ最初からこんな感じだ。だから言うのが嫌だったんだ、と真っ赤な顔で吉田が唸る。
「――って事は、まだ上手に作れないって事なんだな?」
「う、うん……結構マシになったけど」
 ケーキとは呼べなかった第一号から、最近のはケーキと言っても差し支えのない程度には進歩している。しかし。
「なんか、上手く膨らまないんだよね」
 写真の完成図では、もっとふっくらと表面を押し上げていた。吉田の作るケーキは、それがまだ足りないような気がしてならない。
「ふーん、ならそういう時は………」
「!!!!! ダメ―――――――ッ!!!」
 佐藤がアドバイスをしようとしたまさにその時、吉田が佐藤に半ばのしかかるように、その手で口を封じた。小さな手だが、両方使えば佐藤の口くらい塞げる。ふがぐっ?と間抜けな音が塞がれた佐藤の口から洩れる。
「そういうの、いいから! 自分で出来るからッ! 大丈夫だからッッ!! ちゃんと出来るからッッ!!」
 勉強の時は勿論、デートの時だって、佐藤に何もかもを任せてしまっている。佐藤はそれでいいよ、と言うだろうが、吉田は納得できない。
 自分からも、佐藤に何かを与えたい。それも、自分だけの力で果たした事で、自分の気持ちだけを詰め込んだ事で。
 自分が上手く言って無いと解ると、助けてくれるだろう佐藤だから、今まで内緒にしていたのだ。
 何となくケーキを作ろうと思った吉田だが、そういう気持ちが根底にずっと芽生えていたからだと思っている。だから、こんな特訓までするのだ。
 アドバイスを受ける事すら拒んで。
「だ、だから―――…………」
 ここでようやく。吉田は自身が取ってる体制に気付いたらしかった。半ば佐藤を押し倒しているような現状を。
 珍しく自分の眼下に位置する佐藤は、きょとんと眼を丸くして吉田を見ている。こういう意表を突かれたような顔になると、佐藤もまだまだ高校生なんだ、と解るが、吉田にそんな余裕はない。
「ご、ごごご、ごめ、息、苦しかっ……あわわわわ」
 退こうとする吉田の身体を、佐藤の腕が捕まえる。そして、そのままの体勢で離れた事を咎めるように、今一度口に触れ居ていた手を招き寄せ、恭しくキスをした。まるで忠誠を誓うようなキザな仕草に、吉田の顔がいよいよ赤くなる。
「……じゃあ、期待しとく。そんなに練習してるんだから、吉田のケーキ、凄く美味しいんだろうなv」
「……あ、あんまりハードルは上げない方が………」
 所詮作ってるのは目の前の自分なのだとちゃんと把握して欲しい。決してプロでは無いのだから、プロの味は出せない。
「美味しいに決まってるよ。だって愛情たっぷりなんだから」
「あ、愛情て…………」
 しれっと言われたセリフに、吉田は絶句する。
「違わないだろ?」
 ここで「違うか?」と尋ねないのが佐藤なのだろう。吉田は、もごもごと「知らないもん……」と言うだけで精いっぱいだった。とにかく、恥ずかしい。
 相手の事が好きだと知られるのは、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。それに、もう付き合ってる相手なのに。
 解らない限り、ずっとこの顔は赤いままなのだろう。相対的に冷たく感じる佐藤の指先は、けれど撫でられて心地よかった。
「ケーキ作りに関しては何も言わないけど……ダイエットについては言っておこうかな」
 と、佐藤は前置きのように言った。
「まず、ダイエットにサラダなんて考えが安直以上に、突き詰めて言ってしまえば最悪のチョイスだ」
「え、そうなの?」
「ああ。生のままじゃ持ってる栄養を全部摂取出来しないし、大体ドレッシングなんて油と塩分の塊だぞ? そんなもんかけて食べて、痩せるとかあり得ない話だろ。
 そういうのも気を配らないと、ダイエットなんて勤まらないんだからな」
 元肥満児の佐藤が言うとやたら説得力がある。なんて言える訳も無い吉田は、黙ってコクコクと頷くだけだ。実際為になる知識だし。
「一番いいのは、やっぱり食べた分だけ動く事だな。そもそも動く為に食べているんだから」
「ん〜……やっぱそうか〜………」
 吉田は唸る様に言った。
 ケーキのカロリーを知った時の衝撃から少し立ち直り、その分を消費するにはどれくらいの動く必要があるかと調べて、今度は目の前が真っ暗になった。
「まあ、吉田の場合、ケーキの分が余分な訳だから、それをどうにかすればいい訳だ。作る回数を減らすとか、誰かにあげるとか」
 あげるような人が居れば、最初からそうしてるだろうな、と言う事は佐藤はしかめっ面の吉田を見る前に解った。照れ屋の吉田が、あからさまに恋人が出来たような行動を取る筈も無い。
「それなら、やっぱり運動するしかないかな」
 うんうん、と佐藤が納得顔で頷いている。……吉田はそれに猛烈に嫌な予感がした。特に、「運動」の辺りで。
 そんな、危険を感じて引き攣った顔も、佐藤にはとても可愛らしい。
 自分の為に一生懸命ケーキを練習しているのも可愛いが、それ以上に出来あがったケーキを周囲に隠す為にせっせと食べていたという吉田が堪らなく愛しい。想像するとちょっと憐憫を誘う情景かもしれないが、それすらもスパイスとなって感情を広げてくれる。
 吉田はどこまで自分を夢中にさせてくれるんだろう、と佐藤は答えのない幸せな疑問を抱く。
「何だったらさ、練習のケーキ学校に持ってきてよ。一緒に食べよう」
「え、でも、それじゃ………」
「特別な日にはまた気合入れて凄いの作ればいいんだよ。大丈夫、吉田には出来る」
 佐藤にそう言われてしまうと、出来そうな気になってくるのは単純だからか……相手が佐藤だからか。ともあれ、促されるまま、吉田は頷いてしまっていた。
 そういう事で、今日から出来たケーキは作ったその場で食べず、明日に持って行く為ラッピングしておく。
(そーいえば、パウンドケーキって、出来たてより何日か置いた方が美味しいんだっけ)
 出来上がりの向上を図る為、本屋で手当たり次第製菓の本を読んだのだが、何処も美味しさの秘訣としてそれが乗っていた。生地が馴染むのだそうだ。
「…………」
 吉田はつい最近だが、佐藤はもう少なくとも3年は狂おしい恋慕を身に潜めて過ごしていた。その分、その感情は佐藤に馴染んでいて、だからあんなに恥ずかしい事も言えるんだろうか。
 そして、自分もああなって行くんだろうか。両親のやり取りが思い出される。
(運動するって言ってたけど……別に、普通だよな? 佐藤だって、食べるからにはしなくちゃいけなんだし……)
 浮かべた表情と照らし合わせ、てっきり「そういう」運動かと思ったけど、違うんだろうか。
 勿論違わない筈は無いのだが、それに吉田が気付くのはその時になってからで、全ては遅かった。
 そのおかげか、体重を変わらずキープし続けているのだけは幸いだった。




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