とにかく蒸し暑い日だ。こんな日は、一歩も外を歩きたくない程だが、吉田はまさにこれから外出しなければならない。
真夏より厳しい残暑の日差しを浴びながら、目指すのは佐藤の部屋。自分の所へ招けない以上、吉田が出向くより他は無いのである。
せめて、思いっきり涼しい出で立ちで行こう、と吉田は紐で吊るタイプのワンピースを取りだす。この服を着るのはかなり久しぶりの様な気がする。何故かと言えば、サイズがぴったりではないので、胸の部分がやや下がり気味になってしまうからだ。まあ、問題無いと言えば問題無いと言えるレベルなのだが、吉田はちょっと気になった。他人からの視線というより、無い胸が余計無いように見えてしまうからである。まあ、無いのだけども。
肌を晒す部分が多いのだから、きっと涼しい筈。不随の半袖のカーディガンを羽織り、吉田はいよいよ外へと向かった。
「お邪魔しまーす……うう、暑かったぁ〜〜〜〜!」
佐藤の部屋に到着するなり、吉田は知れず叫んでいた。なんというか、弱火の遠火でじっくり焼かれたかのようだ。日焼けとは火傷の一種、というのが頷ける気がする。
暑かった、としきりに繰り返す吉田の頭を、佐藤はそっと撫でる。こんな暑い中、自分に会う為にえっちらおっちらやって来た吉田には、愛しさが募るばかりだ。
「ご苦労さん。シャワーにする? それとも、冷たいの飲む?」
「ん〜〜〜、冷たいの、欲しい……」
汗をかいた自分も気になるが、今は飲み物が欲しい。身体の中から冷やしたいのだ。
「解った。用意してくるから、先に部屋に行ってて」
「うん」
サンダルを脱いで、吉田はとたた、と廊下を歩く。
そして吉田は思う。さっきのやり取り、なんだか恋人っていうか夫婦みたいで、恥ずかしい。そうして、顔を赤らめた。
佐藤も、ほぼ同時に思っていた。さっきのやり取り、何だか恋人っていうか夫婦みたいで、とっても良い。そうして、口元を綻ばせた。
今日はちょっと面白いのあげる、と佐藤は飲み物を持って来た。佐藤にとっての面白い、は大抵吉田にとって災いになる場合が多くて、何だか顔が引き攣ってしまう。
差し出されたそれは、一見すれば普通の飲み物だ。が、それが何なのかの判別がちょっと出来ないで吉田は首を傾げる。色合いはアイスティーのようだが、炭酸が入っているようで泡が上っている。
「アイスティーを炭酸で割ったヤツ。こんな日はすっきりすると思うよ」
佐藤が説明する。どうやら、見たままのものだったようだ。
しかし、アイスティーに炭酸とは。吉田のこれまでの人生では飲んだ事の代物だ。淹れたのが佐藤であるし、ちょっと不審はあるけれども。
それでも、吉田は喉が渇いているのだ。やや慎重しながらも、そっと刺さっているストローで炭酸割りのアイスティーを口に含む。
「………あっ、美味しい」
新しい発見をしたように、目を見開いて吉田が言う。
「何、信用してなかったの?」
「……だって、しょっちゅう変なチョコとか食わすじゃん」
佐藤に指で軽く額を弾かれ、吉田が些細に反論する。
「ん〜、でも美味しい。変わった感じだけど、美味しいよ」
佐藤が吉田に合わせて甘めに仕立てた為、余計に美味しく感じられるのだろう。美味しい、と連発され、佐藤も嬉しくなる。アイスティーをご機嫌に飲む吉田より、そお吉田を眺める佐藤の方が余程幸せそうだった。
吉田の好みに合わなかった時を考え、その一杯は普段に比べて少なめに淹れて来てある。よって、あっという間にアイスティーは飲み干されてしまった。
「お代り、いる?」
「うん、頂戴!」
佐藤の声に、吉田はすぐに反応する。大分気に入ったんだな、と佐藤は自分の中の吉田の情報に付け加える。多分、紙に認めてみたらその量は広辞苑にも勝るかもしれない。
アイスティーを炭酸で割ったもの。ティーサイダーとか、スパークリングティーと呼ばれるこの飲み物は、炭酸の爽快さが手伝ってこんな日こそ美味しく感じられるのだろう。距離と、移動に掛る時間を思えば日射病や熱中症には至らない程度ではあったが、それとは別に暑い中に吉田を歩かせるのはちょっと心苦しいというか、罪悪感が湧くというか。佐藤は自分が吉田の家に行っても余程良いのだが、むしろその方が良いとすら言えるのだが、吉田が恥ずかしい、ダメ、と頑なに拒むので自分の方に来て貰うしかない。
せめて車で迎えに行けたらな、と思うのだが現時点ではまだ夢物語である。
もっと言えば、一緒に暮らせるようになったら。
それは佐藤にとって一番の事だが、やはりこれも夢物語でしかない。今のところは、だが。
2杯目は、バニラアイスを乗せてティーフロートにしてみた。これには、吉田はさっきより感激してくれた。
「わーい、美味しそう!」
フロートを食べる時に使う、細長いスプーンを手にし、吉田はさっそくアイスを掬った。ぱくん、とスプーンの先が吉田の口に飲み込まれる。
「えへへ、美味しい〜」
と、蕩ける様な笑顔を浮かべる。バニラアイスを乗せてあるタイプのは、飲み物とアイスの境に出来るシャーベット状のが特に美味しい、と吉田はそう言う。
「でも、佐藤の家って凄いな」
アイスを順調に食べながら、吉田が言う。そう? とあまり心当たりの浮かばない佐藤は、首を傾げる。
「だって、アイスを丸く型抜くヤツ、ウチには無いよ」
吉田の凄いの基準は其処なのか、と佐藤は何だか可笑しくなる。
「まあ、最初からあった訳じゃないけど」
「そうなの?」
「うん、吉田が家に来るようになってからだな」
そうやって、フロートを淹れる為のグラスも、スプーンも。全ては甘いものが好きな吉田を、少しでも引き寄せたい佐藤の努力(?)の賜物なのだ。
自分の為、と知って吉田はぽっと頬を赤らめる。今更なのになぁ、と思う佐藤だが、いちいち反応する吉田が可愛くて仕方ない。
内心、激しく動揺しているくせに、平静を装ってアイスを食べようとする吉田に、佐藤が悪戯を仕掛けてやる。口に含む寸前、頬というより唇の端という際どい所に、ちゅっと軽くキスをした。案の定、飛び上がるほどに驚く吉田。
しかしこの悪戯は、成功し過ぎる程に成功してしまった為、ちょっとした被害を齎す。そしてそれが、さらに甚大な被害を生むのであった。
「っあ―――!」
と、吉田が焦ったように叫ぶ。佐藤の不意打ちのキスに驚いた拍子に、スプーンの上のアイスを落としてしまったのだ。胸元に。
肌の温度で解けたアイスは、そのまま下降して滑って行く。
「わ、わ、わ、」
落ちて行くアイスを追いかける為、吉田は胸元をぐいぐい引っ張って伸ばす。アイスは胸の間を伝って落ちて行っている。
「……………」
じぃ、と佐藤がその開かれた胸元に集中しているのに、吉田は気付かない。
「ごめん、佐藤、何か拭くもの……って、え?」
自分の手で引っ張って伸ばされている胸元に、佐藤の頭が見える。そんな所に顔を近づけてどうするの、と思った途端。ぺろり、と舐められる感触に、さっき以上の声を発した。
「ひゃあああああ!!?!??」
胸の谷間、という程のものでもないが、胸と胸の間を佐藤の舌がつぅ、と舐める。アイスの軌跡をなぞるように。
「さ、さ、佐藤っ……わ、わわわっ」
す、と自然な動作で肩紐が外され、すとん、と服が腹まで落ちる。ぎゃー!と声の無い悲鳴を上げ、真っ赤になる吉田に佐藤は至ってマイペースに自分のしたいようにしている。下着の中に潜りそうなアイスを追いかけ、下着も下へとずらした。すっかり、胸が露わになってしまった。
脱がされた事実にばかりうろたえていた吉田だが、はっと思ったのはこの蒸し暑い炎天下を歩いて来て、またシャワーを浴びて無いという事だ。
「ま、ま、待ってって、佐藤! ……シャ、シャワー浴びたい……」
シャワー浴びたいなんて、いかにもみたいなセリフに吉田の羞恥が激しく疼く。
「ダメ」
しかし、そんな必死な訴えはたった二文字により却下されてしまった。えっ、と吉田の目が丸くなる。
「え、あ、あの、シャワー浴びた後……」
やらないと言っている訳ではないのだ、と吉田はもう一度言う。けれど、佐藤の反応は同じだった。
「ダメ、もう、限界」
セリフが短く途切れている。これは本当に切羽詰まってるんだな……と、胸に顔をうずめて居て表情の見えない分、さらに物騒に思う。
「で、でもね、汗かいたし、沢山かいたし、汗臭いと思うし……ねえ……っ、」
そこで顔を上げた佐藤の、熱のこもった双眸をまともに直視してしまった吉田は、それに中てられたように動けなくなった。見惚れた、という状態なのかもしれない。
「ごめん、我慢出来ない」
「やっ、んんんっ……!」
掠れた声で佐藤は詫びて、もうアイスも関係なく吉田の胸を愛撫していく。佐藤から齎される熱は熱くて、とても熱くて外の太陽の比では無い、と吉田はぼうっとなる頭でそう思った。
「も―――!! なんで佐藤って、いっつもいきなり!!!」
「ごめん、ごめんってば」
「ふんだ!」
ぷいっとそっぽ向く吉田だが、一緒の浴槽に浸かっているという時点では、あまり効果が無い様な気がする。
空調の効いた部屋といえども、汗をかいてべたべた身体をスッキリさせる為、今は2人揃って湯船に入っている。浴槽からは、白桃の入浴剤が入れられている。可愛くて甘いその香りは吉田によく似合う、と佐藤が購入した。
吉田の服は皺くちゃになってしまったので、現在洗濯中である。後に綺麗に乾かされるだろう。
「でもさ、だって、吉田が挑発的な服着てくるんだもん」
玄関で見た時から、ドキドキしてたんだから、と佐藤が言う。挑発的って、と吉田は釈然としない面持ちになる。
「あれくらいで?」
「ふーん、言ってくれるね」
どうせあのくらいで欲情する男だよ、と今度は愚痴ながら吉田の頬を軽く抓る。背後からの手に気付かなかった吉田は、それを許してしまった。ひへへへへ!と伸ばされた口で妙な悲鳴を発する。
「もっとちゃんと自覚してよ」
ふぅ、と何故か吐かれた溜息が、吉田の頭上に降り注ぐ。ごく軽くだが、きゅっと抱きしめられてしまい、触れる腕の感触に吉田がドキマギする。
抱きしめて、佐藤は思う。小さい、細い体だ。このまま、思い切り力を込めたら骨の2,3本は折れるかもしれない。
何せこの体格差だ。吉田が必死に拒んだした所で、佐藤はその抵抗を手一本であっさり封じられる事だろう。勿論そんな酷い真似はしたくはないが、可能だという事実は常にある。だから、そんな不安や恐怖は極力払拭させて事に及ばなければならないというのに。
(つい、忘れちゃうんだよなー)
忘れると言うか、頭から吹っ飛ぶというか。理性が飛ぶ、とはよく出来た表現である。今だって、後ろから見る首筋から肩にかけてのラインを見るだけで、もやもやというかムラムラというか。ほんのり朱に染まる肌は、何だか美味しいお菓子の様だ。ふらり、と誘われるように、肩にかぷっと歯を立ててみる。案の定、んわぎゃ―――――!!と変な声が浴室を響かせた。
「何すんだっ!!」
ざぶん、と佐藤の腕から離れた吉田は、向き合って佐藤をきっと睨む。けれど、顔が真っ赤だ。
「吉田が美味しそうなのが悪いんだよ」
こんな顔は自分しか知らない、という優越感に浸りながら、佐藤がしれっと言う。
「美味しいってなんだ!!」
「そういう香りがしてる」
「? それ、入浴剤じゃないの?」
ここまでされても解ってない吉田に、怒りも呆れも通り越して、可笑しさと愛しさばかり募る。きっと、いつまで経っても、何があっても吉田は吉田なのだろう。
「吉田ーv」
「なに………ぅわッ!!」
ざばしゃん、と湯を大きく揺らし、離れたとは言えまだ近くの吉田に抱きつく。そして、さっきさんざん堪能した可愛らしい胸を、まだし足りない、というように弄り始めた。あわわ、と抱きつかれた時の数百倍真っ赤になり、そして慌てる吉田。
「ま、まだするの?」
「うん。今日はしたい気分」
「ええええええ、」
真っ赤になっておろおろしているが、嫌だという反応では無い。それにさらに気を良くした佐藤は、吉田の身体を彼女にとって心地よいように弄る。最初こそ、手加減が解らなくて痛みすら与えた事もあったりしたが、今では手慣れたものである。吉田の方も、こうして触れられる事に慣れて来た事もある。
「吉田、可愛い」
「……かわいくないもん……」
半分以上蕩けた状態で、それでも尚そんな事を言う吉田の口。
生意気だな、と佐藤は自分の唇でその口をを封じた。
<END>