気持ち厚めに切ったシフォンケーキに、たっぷりの生クリームを添える。よく若い女性がカロリーを気にしてデコレートしてあるクリームを避けたりするが、吉田はそんな野暮な真似はせず、出されたものは全部平らげる。佐藤の好きな所の1つだ。
「わああ、美味しそ〜vv それに、綺麗だな!」
 吉田が目を輝かせてケーキに見入る。それはイチゴのシフォンケーキで、しかしイチゴのピューレを生地には完全に混ぜず、マーブル状を保っている。その断面はそれだけで目を引いた。
 しかしどれだけ綺麗でも、ケーキである。食されて召されるのが運命だ。吉田はフォークを片手に「頂きます!」と一言置いた後、パクパクと口に運んで行く。さっき激しい運動をした(された)為、甘い物を欲しているのだ。
「美味しい〜〜vv」
 一口飲み込み、吉田はそれを味わった悦びに震えながら声を漏らす。マーブル状のケーキは、味が均一ではなくバラつきがあり、それが却って面白かった。今入れた一口はイチゴの味を存分に堪能出来たもので、次の一口はプレーンの生地の比率が多く、イチゴの生地がアクセントとなって単調にならず味に膨らみを齎していた。生クリームと一緒に口に入れると、クリームに包まれた生地が食感を変えて楽しませる。いくら食べても、全く飽きないケーキだった。
「全部食べて良いの?」
 元々がさほど大きな物ではなかったが、すでに半分が吉田の胃袋に消えていた。腹が空いていた欲求に赴くまま食べていた吉田は、ここでようやく余裕が出来たのか、佐藤に尋ねる。
「うん、もちろん。吉田のだからね」
 吉田の食べっぷりに惚れ直していた佐藤は、にっこりして答える。
 美味しい物を目の前にした時、一人占めしたいと思うと同時に、この美味しさを分かち合って喜びを共有したいとも思う。吉田は佐藤が一切れくらい食べてくれるのを、ちょっと期待していた。
「あー、でも、一口くらいは貰おうかな……」
 佐藤が何やら、思案顔で呟く。そしてそう言った後、吉田にそっと顔を寄せ、口を開いて待つ。食べさせて、という事だろう。
(全く、もー)
 一々こういう真似しないと気が済まないんだから、と吉田は嘆息する。でも、こうやって甘えられるのは、正直悪い気はしない。むしろ、嬉しい。こんな我儘をしてくるのは、吉田の知る範囲でなら自分のみだからだ。
 吉田は佐藤の一口に合うように慎重にフォークを動かす。最後に生クリームを着け、佐藤の口へと運んだ。
「ん、………」
 もご、と佐藤の口が動く。その動作がやめに艶めかしく見えて、吉田はドキン、となった。
(な、何を……さ、さっきしたばっかじゃん!)
 しかも、半ば意識を飛ばす程に。なのに妖しく火照ってるような自分の身体に、吉田はうろたえた。
 もうすっかり着替えて、部屋に着いた時と同じ服装なのに。下着も、勿論佐藤から贈られたものではなく、ちゃんと自分だ。これでさっきの姿――バスタオル一枚、というような姿だったら、吉田もちょっと危なかったかもしれない。
(あ、)
 一度俯いてしまった為、気付くのに少し遅れた。
「佐藤、口の端についてるよ」
 どうやら位置が悪かったらしく、佐藤の口の横に生クリームがついてしまっている。見た目の美麗さとは裏腹のオプションに、吉田の口も知らず緩む。
「じゃ、取ってv」
「え。………… ……………………」
 言いながら、佐藤はさらにぐっと顔を近づける。
 取って、というのは多分、拭いて、という事ではないのだろう。口の端にクリームを付けたまま、佐藤は待っている。
 吉田は、物凄く困った顔を真っ赤になって浮かべ、そっと舌を佐藤の頬に這わした。なるべく最小の動きで済まそうと思ってはいたけど、どうしても舌を動かす必要があり、その度吉田の心臓が撥ねる。
 舌に乗せたクリームを自分の口内に運ぶ過程で立ってしまうピチャリという水音が、否応無しに違う場面を思い出させる。
(あう〜〜〜 目が回って来た……)
 それでも、どうにか何とかクリームを舐め取る事が出来た。顔を赤面させて落ちつかない吉田を労わる様に、佐藤は優しく頭を撫でる。
「ほら、ケーキ。もっと食べていいぞ?」
 そうやって促すのは、今日はもうエッチな事はしないよ、という事なのだろう。さっき無理をさせた、という自覚はさすがにあるらしい。
 佐藤に言われるまま、もぐ、と再びケーキを咀嚼するが、頭で考えるのは別の事だった。
(別に……嫌じゃなかったんだけどなぁ………)
 妙な気持ちになってしまった吉田を察し、常に触れたがってる佐藤に再び押し倒されても、多分抵抗しなかっただろう。
 さっき佐藤に言った通りだ。自分を置いてけぼりにされるのが嫌なだけで、行為自体は決して嫌では無い。いや、むしろ、あるいは佐藤以上に……
(って、何考えてんだ〜〜〜!!)
 まるで自縛みたいに吉田は混乱し、丁度ケーキを食べている時でもあったので、余所事で思考を紛らわそうとその手を早くした。もぐもぐもぐ!とケーキがあっという間に消えて行く。
 吉田の胸中は複雑で、この時ばかりは佐藤も本意には気付けなかった。ただ、さっきクリームを舐め取った事にまだ照れているのだろう、と。
 勢いよくケーキを頬張る吉田を見て、佐藤はふと思い出した。
「あ、そうだ。艶子からお前に、って」
「んぇ?」
 ちょうど大きな塊を無理やり口に詰め入れた後だったので、吉田がヘンな声で相槌を打つ。ケーキを収めた口内も、まるでほお袋を一杯にしたリスみたいだった。可愛い。
 華やかで、しかし上品。艶子のイメージのままの包装の箱を吉田は受け取り、中がマカロンだと解ると喜色を顔に浮かべた。まだ自分のケーキは残されてるというのに、そんな嬉しそうな顔をされては蔑ろにされた……とまではいかないが、面白くないのは確かだ。
「お前、チョコあげたらしいな」
 小言のような言い方になってしまったのは仕方ないと思う。
「あー、うん。色々お世話になってるし……」
 吉田は言葉を濁すように言う。その「お世話」とは佐藤か絡む問題なのが多い。と、いうかそれしかない。
 吉田は貰った箱を眺める。とても、綺麗だ。
「……でも、いつものお礼のつもりであげたのに、お返し貰っちゃったなぁ……」
 これのお返事もすべきかな? と吉田が思案しているのが見て解る。
「別にいいんじゃないか。アイツ、贈物するのが好きな所があるし」
 特にお前には、という重要な一文を隠す佐藤だった。
「んじゃ、今度会ったらお礼言っとこうっと。佐藤、艶子さんから連絡あったら教えてな」
 出来る事ならそんな約束はしたくない。……が、ここまで全幅の信頼を寄せられ満面の笑みを貰って断れる程、佐藤もストイックではなかった。
「そーいえば、いつ艶子さんと会ったの?」
 自分の知らない期間のを佐藤と過ごした艶子に、時折ヤキモチもしてしまう吉田だが、この時は純粋に気になって尋ねた。
「んー? 昨日」
 さっきの吉田の笑みに浸ってる佐藤は、ついポロリと言ってしまった。
「へ? 昨日? いきなり来たの……… …………… ……………………」
 セリフの最中に、吉田の声が途切れた。その頭の中で、高速な計算が展開されてる。
 さっき貰ったとんでもない下着と、そして訪問した艶子の関連性について。
 吉田がその真実に到達してしまうのは、見て解った。ヤバいな、と佐藤は思ったが一度動いた流れは止まるまで終わらない。
 佐藤は、多分自分が吉田に直接嘘をつく事は出来ないのだと思う。吉田は佐藤の嘘で振り回されてる女子たちに翻弄されてるに過ぎない。だから中学の時の事を尋ねられても、吉田には内緒、とか秘密、とかはぐらかすしか出来ないのだろう。
 適当で聴こえのいい、相手を納得させるもっともらしい事実をでっちあげるのには慣れてる筈なのに。
(俺も結構純情だよなぁ………)
 吉田が訊けば猛烈な異議を飛ばすだろう事を考える佐藤だった。
 そして。
 吉田が気づいてはいけない事実にとうとう到達してしまったようだ。
「ま、ま、ま、ま、まさかさっきのスゴイ下着………まさか!!!!」
 口と言わず、身体全体を戦慄かせて言う吉田。そしてその紅潮も、顔と言わずこれまた全身に回っていた。
「……………………」
 思わずそっぽ向いてしまう佐藤。それは頷くにも等しい反応だった。吉田の中でブチリと何かが切れる。
「う、う……うわぁぁぁぁぁんっ! おま、何て事艶子さんに頼んでんだ! あ、あ、あ、あんなの着けてるなんて思われたらっ……! 思われたら――――!!!」
 艶子は自分達が付き合ってるのを知っている。その上で佐藤が女性の下着を欲しがってるとなると、答えは1つだ。
 あんな、あんな穿いているんだかいないんだか良く解らないやらしい下着を着けてえっちな事してると思われたら!!(実際そうなんだけど)
「もう……もう、艶子さんと会えないよ〜〜〜〜〜!! 佐藤のバカッ! どうすんだ!!!!」
 良い事じゃないか、と吉田にぽかぽか殴られながらそんな事を思う佐藤だった。
「吉田、ちょっと落ち付けって」
 過去空手を習っていたせいか、その華奢過ぎる体躯の割には殴られると結構なダメージが換算させる。ダウンする程で無いが、話し合いは無理だ。
「ヤダ! 佐藤のバカ! 大嫌い――――!」
 グサッ!!!!(←吉田のセリフが刺さった音)
「よ……吉田……」
 クロスカウンターを食らった並みに佐藤は精神的によろめいた。幸い、吉田は大きく叫んだ事で波を越えたか、少し落ち着きを戻してぐすんぐすん、と嗚咽を零している。これなら、話は出来そうだ。
「あのな……確かに艶子に頼んだけど、上だけだよ」
「う、え……?」
「そう。あれは下単品でしか売ってなかったんだ。だから揃いに見えるようなデザインを俺が考えて、その図案を艶子に特注して貰っただけ」
 と、言う事はあれはフルオーダーだったのか……何て手間と金のかかった真似を! という事実に吉田が気付いたのは、もう少し後。
 結局下着を艶子に都合してもらった、という事実は変わらないが、とにかくあの恥ずかしいショーツの事は知られてないようだ。そこが肝心な所で、他の事の重要性すら失せる。
 艶子に知られていない、という安堵と、それなのに怒り狂った自分が恥ずかしくて、吉田の視線が彷徨う。そんな態度の吉田を愛しく思い、自分の方に引っ張ってより密着させた。あわわ、と吉田が慌てる。
「それに、覚えとけよ? 俺は独占欲が強いんだから、可愛い吉田の姿を簡単に他人に見られたり教えたりしないって」
 その材料すら渡さない、と殊更熱っぽく佐藤は囁く。
 ここでの「可愛い」は吉田にとて「とてつもなく堪らなくとんでもなく恥ずかしい」と直結するものだが、それについても何も言えないくらい、吉田は真っ赤だ。そこに畳みかけるように佐藤が問う。
「解った?」
「う………うん………」
 カックン、とねじの壊れた人形みたいに動く吉田。つい、思わず頷いてしまった、という感じだ。
(可愛いなぁ……vvv)
 こうなるともっと可愛い吉田が見たくて何かを仕掛けたくなるのが佐藤という人間だ。ふと目に入ったのは、食べかけのケーキ。アイテムは決まった。
「ほら、吉田。アーンv」
「ふぇ? ………んぐっ!」
 明らかに一口では食べきれない分量を押し付けられ、吉田は目を白黒された。それをにこにこして眺める佐藤。
 それでもどうにか吉田は食べきって、しかし口の周りはクリームでベタベタだ。この後の事が何となく予感で来た吉田に、早速頬にざらついた感触が襲った。



<END>