冬用の制服の上着は、確かに寒さを塞いでくれるが、やっぱり着るとちょっと重たい。
 今日はそこまで寒くはないから、吉田は学校指定のカーティガンを着こんで登校した。皆、だいたい気温でコーディネイトしているので、吉田度同じ格好の生徒は多かった。
「吉田、おはよ。…………」
「ああ、佐藤、おはよー………って、何じろじろ見てんの」
 はっきり言って、クラスの中でのそんな態度はご遠慮願いたい。今ですらひしひしと、女子達から「何よ吉田!佐藤くんと見つめ合っちゃって!」みたいな視線をひしひし感じるのだ。
「いや、今日は冬用の上着じゃないんだなーって」
「まあ、そうだけど……」
 それが何?と吉田が首を傾げる。しかし佐藤は含みを持たせるように「ん。別に」とちょっと笑って言っただけで、後は大人しく席へ戻った。
 そしてそんな始まりの1日は、時間は流れ学校は終わり放課後となった現在。吉田は佐藤の家にお邪魔していた。
 出された英語の課題がこれまた手強いものだったのだ。吉田一人の力ではとても解けるものではない。断言できる。
 そんな訳で、佐藤の部屋に来た目的は、あくまで課題を片付けるものだけども、その前に吉田はどうしても聞きたい事が。
「あのさ……今日、何?」
「何って?」
 しれっと言い返す佐藤。にやりと多少歪めた口元すら、格好良くで吉田はなんだか腹が立って来た。
「何も何でもも無い! 朝からずーっと、人の方見てにやにや笑っちゃって!
 何か、ついてた?」
 吉田は口に出して言ってみたものの、その可能性が無い事は知っている。トイレに言って何度も鏡でチェックしたし、親友の高橋にも「何か着いてる?」と尋ねたからだ。彼女はそれに首を振った。
「ついてたとかじゃなくてさ……
 その格好だと、袖が余ってるな〜って」
「へ? ……まあ、そうだけど」
 基準より小さい吉田は、市販のSサイズでは間に合わない場合が多々ある。最も、カーティガン等の上着類なら、そう自分の身体のサイズと厳密に合わせる必要も無いが。佐藤の指摘通り、普通に手を降ろした状態だと、袖口から覗くのはほんの指先程度になってしまう。それでも手を上にあげれば重力に従い袖は下にずれるので、作業するのにそんなには不便して居ない。
 吉田にとっては気に留める程の事でも無いのだけど、何故だか佐藤は反応していてテンションを上げているみたいだ。笑顔が凄いにっこにこしている。
「なんだか、ちっちゃい吉田が余計にちっちゃく見えて、とっても可愛いな〜ってvv」
「なっ、何言ってんだ!っていうか、今日ずっとそんな目で見てたの!!?」
「うん」
 迷いなく頷く佐藤に、吉田は真っ赤になってぎゃーと叫び「信じらんない!」と連発していた。
(かっ……可愛いって……そんな……!)
 開いていると目が回りそうで、吉田はぎゅうと瞑った。
 可愛がられる事はまだ慣れない。一生恋人が出来ないだろうとまでは行かなかったけど、こんなに熱愛を受けて猫可愛がりされるとは思ってもみなかったのだ。それこそ、夢でも。縁がないと思っていたものが、最大級のものがいきなり転がり込んだのだ。慣れるまではかなり時間がかかるだろう。
「……佐藤って、ちっさいのが好きなの?」
 何気に、吉田は尋ねてみた。しかし何気なく尋ねた事ながら、佐藤は不意に笑顔を引っ込める。
「小さいのが好きなんじゃなくて、吉田が小さいから小さいのが可愛いなって思うんだってば」
「……………。ちょっと、解らなくなった」
「俺は吉田が好き、ってことだよ」
「…………………」
 回り道して結局ストレートに戻った様な会話だった。吉田は、あうう、と呻いて顔を赤くする。
 些細な睦言だけでいっぱいになる吉田が可愛い。佐藤は、小さいその体躯を容易く自分の膝の上に乗せてしまった。
「わっ! 急は止めてってば!」
 窘める吉田を、佐藤はぎゅっと抱きしめた。自分の腕ですっぽり包み込んでしまえる。
「〜〜〜〜〜〜っ! もー!小さいからって、お人形じゃないんだからなっ!」
 つまりはこんなに抱きしめるな、と訴えてるのだろう。じたばたと暴れたいつもりらしいが、ごそごそともがく程しか吉田は出来ない。本気で暴れて、佐藤を傷つけてしまうのを避けているのだ。
「人形だって思ってたら、こんな事しないよ」
 佐藤は少し笑いながら言って、吉田のこめかみに口付けた。佐藤の唇の感触に「ぎゃっ!」と赤くなる吉田。
「それと、こんな事も」
「へっ? うぇ、ちょ、ちょっと―――!?」
 どさり、と衝撃も感じないで乗せ上げられたのは、ソファの上だ。狭いながらも、一応身体を横たわらせる事が出来る。
「さささ、佐藤ぅぅぅ!しゅ、しゅく、宿題……!」
「あんなの30分あれば出来るよ」
 佐藤はさらっと言う。吉田だったら1日かけても出来ないだろう。
「で、で、で、でもっ……わ―――!こら――――!!!」
 切り替えも難しい吉田としては、出来れば課題を済ます方を先にやっておきたい。
 しかし佐藤は、そんな吉田を意に介さず、自分のペースで事を進めて行く。
 服のボタンは外さず、そのまま上にずらして誰も触れた事の無い素肌を露わにする。ブラジャーまで上にあげられて、鎖骨辺りで衣服がくしゃくしゃと纏められる。
「も、もう、や、やめっ……!!」
「着たままって何かエロいねvvv」
「!!!! ばばば、ばか――――――ッ!!」
 佐藤のばか!アホ!むっつりスケベ!!ヘンタイ!等々。
 吉田は自分の思い付く限りの罵声を浴びせたが、基本お人好しの吉田だ。本気で人を気付ける文句が弾きだされる筈も無かった。
 結局先にやられてしまい、吉田は熱っぽい身体を気にしながら課題に取り組んだ。あれだけ好き勝手したのだから、代わりにと言うかお詫びに課題をやってくれてもいいのに、佐藤は「それじゃ吉田の為にならない」と最初は自力で解く様に促すのだ。
 こんな状態じゃ考える頭もまとまらないのに!と吉田は憤慨しながら、うんうんと唸って教科書に挑む。そんな顔も、佐藤にとっては甘いご褒美のように可愛い。
 佐藤は思う。
(可愛いって思うのは、吉田だから。なんだろうな)
 仮に同じ事を他人がしても、自分の心はちっとも靡かないだろう。
 誰かの事愛しく、そして可愛く思う心があっただなんて。少し前では考えもしなかった事だ。
 きっと吉田は知らないだろう。そんな心を自覚した為、どれだけ自分が戸惑ったか、そして幸せに震えたか。
 明日の自分は、どんな事で吉田を可愛く思うのだろう。
 先の事を楽しみに思いながら、今現在目の前に居る吉田を見ては頬が緩むのを止められない佐藤だった。



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