吉田はお化け屋敷が苦手だ。それはもう、トラウマレベルに至るまで。
 その事実を、話の流れとは言え佐藤の前で口開いてしまったのは、まさに痛手としか言いようがない。佐藤が苛めっ子体質だというのは、告白のその瞬間、当の本人の口から語られた筈なのに。
 きっとおそらく、その時からこんな未来が用意されていたに違い無い。
「ヤ―――だ――――ッ!!お化け屋敷なんて、絶対に嫌だッ!!!」
 吉田は喉の可能な限り大きな声で拒んだ。ここが正念場だと言わんばかりに。
「いいじゃん。行こうよv」
「イヤったら、嫌だッ!!」
 珍しく外デートでやってきた遊園地で、吉田はこんな窮地に追いやられてしまった。前夜、何に乗ろう、どれに乗ろう、とワクワクしていた自分を振り返ってみて、あんまりな展開だと思う。
「評判の良い所だって言うからさー。入ってみようよ」
「だから嫌だってば!っていうかお化け屋敷で評判が良いって、それtって無茶苦茶怖いって事じゃないの!?」
 吉田にしてみれば冴えた理論展開だ。恐怖が吉田の中の何かを研ぎ澄ませたのかもしれない。
「大丈夫。俺が守ってやるから」
「っ、な、何言って……」
 殊更優しい表情と口調になった佐藤に、吉田が顔を赤らめてしまった所でそれまでだ。佐藤はひょい、と笑ってしまえるくらい軽い身体を小脇に抱え、揚々とお化け屋敷に突き進んでいく。
「ぎゃ―――!! 何すんだ!馬鹿!人でなし!人さらい〜〜〜〜!!」
 ぎゃーぎゃー喚く見た目小学生の女子を小脇に抱えた佐藤はかなり怪しかったが、顔が格好良かったのと受付に居たのが女性だったのでで文字通り顔パス出来たという。


「うっ……帰りたい……帰りたい……」
「まだ一歩も中に入って無いじゃないか」
 かちこちに彫刻のように固まってしまった吉田の後ろ、佐藤が野暮だが事実をそのまま言う。現在の場所は、受付とお化け屋敷本体(?)の間を繋ぐ通路みたいな道だ。敷地内だが施設内では無い。
「ねえ!一番近い出口から出よう!」
 大抵のお化け屋敷には途中ギブアップしたい人の為の脱出口がある。吉田のお化け屋敷の知識なんて、それこそ嫌い故に無きに等しいが井上達とかからそんな情報は手に入れていた。
「え〜、勿体ないよ。最後まで行こう」
「無理ー!絶対、無理――――!!」
「ほら、後が使えたら迷惑だろ?進もう」
「それも無理ぃぃぃぃぃ――――――――ッ!!!」
 佐藤に引きずられ、しかし吉田はそこから逃れる術は何も無かったのだった。


 そして、館内。廃病院がテーマというこの施設は、確かに病院内のような作りをしている。お化け屋敷もだが、病院嫌いにも拍車がかかりそうな勢いだ。
 引きちぎられたカーテンや散乱する医療器具。あまり見ない様にしたいが、むしろ此処にはそんなものしか無い。
 物騒な道具から物騒な想像をしてしまって、吉田は自分の頭の中で作りだした恐怖でむしろパニック寸前だ。こうして、足を進められているのが奇跡な程。
「吉田。腕組んで歩こうかv」
 誰も居ないよ、とそこを強調する佐藤だったかが、吉田の首は横にしか振られない。佐藤を盾にして、怖いものは一切目に入れない作戦である。よって佐藤を先に歩かせる必要があり、腕を組む事は出来ない。
 目をむぎゅーっと閉じ、死角というか視覚を無くした吉田だったが、思わぬというか少し考えれば落とし穴が待っていた。
 それは手術室とプレートのある部屋の前を通った時、突如聴こえた効果音。ゴリ、ゴリゴリ、という音は、そうまるで骨をノコギリで切っているような――
「!!!!!!」
 恐怖が極限まで昂った吉田の中、あたかも反動のように足の力が抜けた。カクン、と崩れる膝を支える事が出来ない。
「う、うあわ、わ、あわ、わ〜」
 よてよて、と糸が切れたその反動で動いているような足の動きを見せる。やろうと思って出来る代物でも無い。
 何とか取っていたバランスも無くなりかけた時、吉田を抱えたのは彼女自身では無く、佐藤だった。支えたついでに、横抱きにしてしまう。
「なっ!ちょッ!!」
「これならもう転ばないだろ」
 それはそうだが。確かにそうだが。
 吉田が文句のひとつでも言おうと口を開いた時、またしても何かが落ちたような、ガシャーン!というけたたましい音が耳を劈く。
「!!! んわぎゃぁぁぁ――――ッ!!!」
 その音に竦み上がった吉田は、佐藤の首に腕をまわしてぎゅうぎゅうとしがみ付いた。
 佐藤が手を離しても吉田は落ちないのではないか、という力強さに、佐藤はほくほくした気分で足を進めるのだった。


「あっ、吉田。面白いのがあるぞ」
「なに……なに?」
「解剖途中の死体」
「やだぁぁぁぁぁッ!!!!」
 わあああん!と泣いて吉田は佐藤にしがみつく。こんなやり取りはこれで4,5回目だが、佐藤が止める事もなければ吉田が慣れる事もない。途中、何度か脅かし役の人にも遭遇した。佐藤は全く動じる事は無かったが、吉田が佐藤の分まで怯えてくれるので相手も脅かした甲斐があるというものだろう。
「も……もうヤだよ〜……出ようよ……」
「まだ3分の1だよ」
 半分にも至って居なかった。と、言う事は、今感じた恐怖分以上をまた味わなければならないのか。こんなに、これ以上ないってくらい怖いのに、まだ。
 吉田の目に、じわりと涙が浮かぶ。
「…………うっ、……ぐすっ………」
「……。吉田?」
 喚くのとは別に、沈痛な嗚咽を漏らし始めた吉田に、さすがの佐藤も声をかける。
「うぅ……もうヤだ……怖いのは、ヤだぁっ……」
 ひく、としゃくり上げて吉田が言う。
「……………」
 佐藤は、自分と違って感情豊かにころころ変わる表情がとても大好きで、それは笑った顔は元より、怒った顔や泣いてる顔も勿論大好きだ。
 泣いてる顔も好きだけど、泣かせたくないとも思う。矛盾してるかもしれないが、人の気持ちなんて整然と出来るものでも無い。
 佐藤は、相変わらず力いっぱいしがみ付いている吉田の髪を優しく撫で、そして正規の順路とは別の道を辿った。
 ガチャリ、とドアノブが開けられた音に、吉田は身を竦ませた。今度は、どんな事が待っているんだろう。
 しかしドアを潜った其処は、光に満ちていてそれは固く瞑ったままの吉田の瞼すら透かした。
「……?」
 頬に風を感じ、けれど中々目を空けられない吉田に、佐藤が言う。
「外に出たよ」
「えっ?」
 その声に、吉田は顔を上げた。目の前には、勿論佐藤の顔がある。佐藤は不貞腐れたような顔をしていた。けれど、ばつが悪そうな時に浮かべる表情でもあり。
「……良かった、の?」
 てっきり最後まで強行突破するとばかり思っていたのに。若干戸惑うような吉田に、佐藤は何も告げずに目に溜まった涙をそっと拭ってやった。優しい手つきに、吉田が身を攀じませる。
 そして気付いた。佐藤にずっと横抱きにされていたのだ。今、この瞬間も。
「で、出たなら降ろしてよ」
「……………」
「なんでそこで不満そうな顔をする!!」
 降りるったら降りる!とすっかり普段の調子で暴れる吉田に、ちょっと安堵しながら佐藤はそっと降ろしてやった。何せこの身長差なので、横抱きにすると結構な高さになってしまうのだ。落ちれば怪我の1つでも負ってしまうくらい。
 久々に地面に降り立った吉田は、靴を履き直していた。ずっと宙ぶらりんだったから、多少ずれてしまったのだろう。
 とんとん、とつま先で地面を叩く吉田の仕草は可愛かった。そして佐藤はその観賞と同時に辺りを巡らせて、何か食べ物を売ってる屋台が無いかと探していた。食べ物で許して貰おうという魂胆ではないが、美味しいものを食べている吉田はとても幸せそうだし。
 目に入る屋台では、たこ焼きを売っていた。せめてクレープとかポップコーンとか、そんな可愛いものを期待していた所だが、この場合仕方ないと言っていいのかどうか。それでも、たこ焼きを差し出した吉田は、とても嬉しそうに目を輝かせてくれた。
「あふいっ!あふ、あふッ!!」
 出来たてだったので、その熱さも気合が入っていた。一度口に入れた物を出すわけにもいかず、吉田はその熱さに果敢に立ち向かった。ごくん、と飲み込めた所を見ると、どうやら勝負に勝ったようだ。次のたこ焼きは、用心して端を齧っていく。
「佐藤も、食べる?」
 さっきの熱さが口の中にまだ残るのか、呂律がちょっと不安定な口調となった。酒に酔ったらこんな言い方をするのだろうか、などと佐藤は思ってみる。果たして、飲酒が出来る年齢の事も、こうして吉田はこのまま隣に居てくれるのだろうか。
 ぼんやりそんな事を考えて居たら、爪楊枝に刺されたたこ焼きがぬっと目の前に現れた。返事を待たずに、吉田が差し出して来たのだった。
「ほらっ。アーン」
 悪戯っ子な笑みで、吉田は佐藤にたこ焼きを勧める。咀嚼の時の表情を気にする佐藤が、吉田は割と気に入っている。
 普段なら、今は見当たらなくても何時人がやって来るか解らない場所で、こんな大胆な(吉田にしてみれば)事はしてこない。やはり、外出デート中と言う事で吉田のテンションもちょっと上がっているのだろうか。
 だとしたら、佐藤も何だか嬉しい。
 吉田の願いを叶えるように、佐藤はたこ焼きをぱくっと口に含んだ。ある程度覚めたのか、吉田が最初に食べた様な凶暴な熱さは感じられない。
 もぐもぐ、と口を動かす佐藤の前、吉田がじぃ、と興味津々な猫の様な目で見つめている。やがて、その目がきゅっと細まり、にこりと笑った。例の悪癖がまた出たらしいが、吉田にとってはそれが楽しみになっているらしい。
 相手が喜んでいるとは解っているが、見られて恥ずかしいものは恥ずかしい。あまりこっち見るな、と言って佐藤は顔を少し逸らす。そんな佐藤を、吉田は可愛いと思って眺めた。
 まだ入場てからお化け屋敷にしか入っていないから、そんなに時間は経っていない。最後は観覧車とどちらともなく決めて、楽しいデートは始まったばかりだった。



*何気に前の続きだったり^^遊園地デートに行きましたv


<END>