「吉田、これあげる」
 いつものように部屋デートへとやって来た吉田に、佐藤は小さな袋を手渡した。
 見た感じ、入浴剤のような気がするが、その割にはパッケージに描かれたチョコレートケーキのイラストがやけに目に入る。
「チョコレートの入浴剤だってさ。店内を歩いていたら、試供品だって配ってたんだ」
「へー……」
「ホントは女性にしかあげてないんだけど、恋人にあげたいから、って貰って来ちゃったv」
「なっ!なにっ!!」
 さらっととんでもない事を口走った佐藤に、吉田は顔を真っ赤にした。もしかしてだが、その台詞を言いたいためだけに試供品を貰いに行ったんじゃないだろうか。この男は。
「まあ、とりあえず使ってみてよ。俺が使っても仕方ないし」
「うん。……あー、でも、ウチ何だかんだで、父ちゃんが入るの一番最後になるしなー」
 吉田が難しい顔になる。
 チョコレートの芳香漂う風呂に父親は入れられないし、かといって待って居たら時間が遅くなる。いつか使える、という確証は無い。
 どうしよう、と吉田は手の中にある小袋を眺める。
「そうか……なら、今から使おうか」
「へっ?」
 いっそ井上にあげるべきかと決めかねていた時、唐突に佐藤が言い出した。
 入浴剤を使うという事は、つまりは風呂に入ると言う事だ。
「うん、そうだ。そうしよう。それが良いよ」
 一人で何やら納得し――と、いうか自分で自分の考えを賞賛し、吉田にしきりに推して来る。
 そりゃ、吉田だって入ってみたい気持ちの方が強いけど。
「で、でも、遊びに来てお風呂に入るなんて――」
「別に可笑しくは無いと思うけど?寛ぐ手段だって思えば良いよ」
 部屋でゴロゴロしてるのと一緒、と佐藤は言う。
 折しも、今日は雨で少し肌寒い。温かい風呂に入ると、さぞかし気持ち良い事だろう。
「じゃ、入れて来るから」
 そう言って、佐藤は吉田の返事も待たずにいそいそと風呂の準備をしに行った。と、言っても、ただボタンを押すだけなのだが。
 そして、すぐに湯が張る。吉田の止める暇なんて、本当に無い程だ。
 まあ、佐藤が勝手に風呂の用意をしようが、嫌ならそれでも入らなければ良いだけの事なのだけども、結局吉田は入る事にした。幸い着替えは佐藤の部屋に置いてあるし、やっぱりチョコレートの入浴剤にもそそられるし。
 どんなお風呂になるんだろう、とワクワクしながら、脱衣所。
「え――っ!佐藤も一緒に入るの!?」
 当然のように着いて来た佐藤は、当たり前のようにそう告げた。むしろ、驚く吉田を不本意そうに眺めている。
「だって、それじゃ吉田が入っている間、俺はどうすればいいんだ?」
 場所は部屋でもデート中である。一緒に過ごしたいという我がままの方が真っ当だ。
「そ、そ、そうだけどさー……」
 吉田もそれは思ったが、読書でもして適当に時間を潰すのだと思っていた。が、頭のどこかでこんな展開を予想していた。チョコレートの風呂に入ってみたいという欲求の元に敢えて目を瞑っていたが、得ていて予想と言うのはあまりなって欲しくない方が実現するものである。
 それでも、吉田は本当に拒めば、佐藤が退いてくれるのを知っている。
 だから――
「……じゃ、じゃあ、先にお風呂に入ってから、佐藤が来てね!」
 顔を赤くし、それがせめてもの譲歩だと佐藤の背中をぐいぐいと押す。勿論、そんな吉田の渾身の力も、佐藤にとっては子猫がじゃれつくようなものだが、大人しく力の向きに従い、一旦脱衣所を後にしたのだった。


 さらさらと袋から零れる粉末は、その時点でチョコレートの芳香を漂わせていた。
 安っぽい駄菓子のような香りでは無く、佐藤がくれる(辛くなくて)美味しいチョコレートを彷彿させる香りだ。
 湯船は、文字通りチョコレート色に染まっている。いつぞや佐藤が飲ませてくれた、ホットチョコレートそのもののように見えた。
 そっと足先を滑り込ませ、身体全体を潜らせる。お湯の熱さが丁度良い。吉田に合わせて、佐藤が設定してくれたのだろう。
 佐藤の家の湯船は吉田の所に比べて大分広いが、身体の大きな佐藤が入ると然程大きくも無いのだろう、なんて事を思った。
「佐藤、もういいよー。……佐藤ー?」
 湯船から吉田は佐藤を呼ぶ。しかし、佐藤は中々入って来ない。
 さっきの言い方がまずくて、居間で不貞腐れてるのか。迎えに行った方がいいかな、と悩んでいる時に風呂場と脱衣所を繋ぐガラス戸が開く。
「おまたせー」
 そう言いながら入って来た佐藤の手には、待たせる理由が乗っていた。見るからに涼しげな、グラスが2つ。片方にだけ、ミルクが入れられている。
「わー、ありがと!」
 来るのが遅かったのは、飲み物を準備していたからだった。怒って居なくて良かった、と吉田はちょっと胸を撫で下ろす。
 飲み物を持参して来たのは、長時間ここで過ごす為だという算段の表れなのだが、すぐに察する吉田では無いのだった。思い知るのは、もう少し後だ。
 嬉々とした声を上げた吉田だが、そのすぐ後には一糸纏わぬ佐藤の、惜しげも無く晒し出された体躯が目に入り、ぱっと目を逸らしてしまう。初めて見る訳でもないのに、初心な反応が出てしまう吉田を、佐藤は殊更愛しそうに眺める。
「入るよ」
「う、うん……」
 ざぶざぶ、と吉田は湯船の中を移動して、一番端に収まる。
 とはいえ、そんな広くも無い浴槽の中。入った佐藤の手に、呆気なく捕まる事になる。あわわ、と吉田は慌てたが、あまりに驚き過ぎてすぐに身体が反応し切れなかった。
 吉田の小さい身体が、佐藤にとって丁度良い位置に収まる。佐藤がそれ以上、何もしてこなかったので、吉田も徐々に身体を解していった。背中に佐藤の胸が当たる。
「……ホントにチョコレートなんだな〜」
 胸元でたゆたう水面を見て、吉田は呟く。
 香りといい色といい、まさにチョコレート。思わず、喉がこくりと動く。
「成分は同じらしいからな。でも、飲むなよ」
「のっ、飲まないよ!」
 パッケージにあった「たべられません」はさすがに大きな文字で書いてあった。
(でも、こんなに美味しそうなのにな〜)
 名残り惜しそうに、手で掬ってみる。佐藤は背後から、吉田のそんな様子を眺めていた。至福の時間だ。
「飲むならこっち」
 佐藤はそう言って、グラスを差し出す。
「アイスコーヒー?」
「いや、アイスココア」
 何せ佐藤のくれたものなので、吉田はちょっと警戒しながらストローに口をつける。今回は、ごく普通にアイスココアの様だ。
「美味しい。ありがとー」
 振り返りつつ、礼を言った吉田に佐藤は微笑みで返す。
「チョコレートとココアって何が違うの?」
「大ざっぱに言うと、チョコから脂分を抜いたのがココア」
「ふぅん」
 場所が風呂になっただけで、普段の様な会話をしているのが可笑しかった。小さく吉田が笑うと、その振動は湯を伝って佐藤を擽る。
 その後、最近見たテレビで何が面白かったとか、他愛ない内容が少し続いた後、どちらともなく口を噤む。居間で寛ぐ時でもよく起こる沈黙だ。何も無くても傍に控えている。そんな状態は幸せとも呼べるけれども、この現状だとやや困るな、と佐藤は胸中で呟く。
 何せ、双方裸なのである(当然だが)。佐藤の胸や足には、さっきから吉田の柔らかい肢体を否応なしに感じ取っている。
 見れば、吉田は氷の代わりにアイスココアの中に忍ばせた、凍ったバナナの輪切りを嬉しそうに口に含んで居た。もぐもぐと咀嚼する頬の動きすら、今の佐藤には堪らない媚態のように見える。
 お付き合いするのが佐藤と初めて、という、とても初心な吉田。決してがっついたりする事はせず、ゆっくりゆっくり育んで行きたいと思ってはいるが、その箍が外れる時は多い。
 ざばん、と佐藤は水面のを揺らして動き、吉田の身体を少し抱きあげる。浴槽についていた吉田の下肢は、佐藤の膝の上に乗ってしまった。
「ぅえっ?な、なに??」
 急に色んな場所で佐藤の肌を感じ、吉田がうろたえた声を出す。疎かになった手元から、佐藤が素早くアイスココアの半分残っているグラスを取り上げ、その為にと設けられたスペースにそっと置く。
 あわあわ、と慌てる吉田の肌は染まりつつあり、ほんのり赤らんだ肌はとても甘くて美味しそうに見える。はむ、と掴んだら壊れそうな細い肩に、佐藤はそっと噛みついた。
「わ――ッ!!ホントに、なにっ!??」
 痛くは無いが、口の触れた感触に吉田は驚いて飛び上がる。ちゃぷん、と湯が音を立てた。
「吉田、良い匂い……美味しそう」
 うっとりと呟く佐藤の声は、吉田の耳にダイレクトに響いた。鼓膜の中から身体の内側を撫でられてたかのように、吉田の身体がぞぞぞっと甘く痺れる。
「そ、それ、入浴剤の匂い……っ」
 このチョコレートの芳香なのだ、と吉田は諭すが、佐藤はそんな意見を無いもののように、吉田の肩に舌を這わせて行く。良い匂いの元はここだと知らしめるように。
「んん……っ」
 吉田の身体が震える。逃げるとは思ってないが、身体がずり落ちない様に腹に回した腕でより引き寄せる。その感触にすら、吉田は身じろいだ。
 まだまだ開発中の吉田の身体は、だからこそ触られるのに慣れていないで過敏な反応もする。行為を重ねるに従い、こんな反応も無くなるのだろうか、とも思うが、何だか吉田に限ってはずっとこんな調子のような気がして止まない。
 細い首筋もたっぷり堪能した後、佐藤はおもむろに吉田の脇に手を入れ、身体を反転させる。そして持ち上げ、胸をすっかり露わにしてしまう。
 すでに息の上がりつつある吉田の胸は、目で解る程上下していた。佐藤の視線がそこに集中しているのに気付いた吉田は、はっとなって腕で隠す。途端、不満そうな佐藤。
「何で隠すの」
「なっ、なんでって……」
「見たい。見せて」
 あまりに率直な要望に、怒るという気も失せる。
 見るだけじゃ済まないくせに……とも思いつつも、吉田はおずおずと胸を覆っていた腕を解く。胸の下でちゃぷん、と泳ぐ湯が気になって仕方ない。
 外気に晒されているのと、佐藤に見られている意識が胸の先端を疼かせる。胸と同じく密やに色づくだけだった突起だが、赤くなってぷっくりと膨らんでいる。
「……可愛い」
 どこの部分を指してそう言ったのかが解ってしまい、吉田はもう顔から火が出る程に恥ずかしかった。
 それでも佐藤を押しのけられないのは、こんな自分の胸を見て佐藤が喜んでいるのが解るから。何だか好物を出された子供みたいに、顔が輝いているのだ。嬉々として口に含むそんな所までも。
「ひゃっ!」
 見られているだけで疼いていたそこを、急に口に含まれて吉田の背筋が弓なりに反る。
「……あっ!さ、佐藤っ……!!」
「んー?」
「く、咥えて、しゃ、しゃべら…な……ぁ……っ!」
 ちゅうちゅう、ちぱちぱと浴室だからか、乳首を舐める舌の音がやけに響く。生々しいその音に、頭がくらくらしてくる。
「うー!そ、そんなに吸っても、何も出ないったらぁー!!」
 やたらしつこく、胸ばかり吸いつく佐藤の頭をぺしぺし叩き、吉田はそんな事で訴えた。
「そんな事言うなら、出るようにしてあげてもいいけど……」
「へっ?何か言った?」
 ある種物騒な佐藤の台詞は、本気で吉田の耳には届かなかったようでただきょとんとしている。
 佐藤は「別に」とごまかして吉田の胸をまた可愛がる。顔を摺り寄せ、胸の柔らかさも堪能する。
 胸ばかりを弄られ、吉田はなんともつかない曖昧な状態である。平素では決してないものの、苛む程の焦燥感も駆り立てられない。丁度、微温湯程度の快楽にずっと浸っているような気分だ。
 とりあえず、気の済んだらしい佐藤は、胸に吉田の身体を抱き寄せる。すっかりくたくたの吉田の身体は、決して抗う事無く、胸へと凭れかかった。胸同士がくっつくような形で。相手の鼓動が自分の胸に伝わり、何だか心臓が2つあるみたいだった。リズムに差が無いのを思うと、佐藤の鼓動も早いのだと解る。
 小さくてもちゃんとある吉田の胸は、吉田と佐藤の身体に挟まれている。質量が無いので、痛くないのを幸いと思うべきか。
 挟まれているにが、ぷつんとした小さい感触がある。佐藤の胸の飾りだ。当然だけども、男にもあるものだ。
「…………」
 何となしに、吉田はのそのそと身体を起こし、佐藤の胸部をしげしげと眺めてみる。佐藤の肌は、不自然に黒くもないし、変に白くもない。程良い感じの肌色で、今は入浴中の為ほんのりと朱に染まっている。佐藤はそんな吉田の行動を、少し訝しげに首を僅かに傾けたが、好きにさせていた。
 吉田は佐藤の胸の先端を、佐藤が自分にそうしたように、口に含んでちゅう、と吸ってみる。
「!!!?!!???」
 サバシャバッ!!と湯が盛大に揺れる。慌てた佐藤の手により、吉田はあっさり胸から引き剥がされてしまった。
「なっ……何してんだ」
 混乱と戸惑いを混ぜたような表情だった。風呂のせいではなく顔を赤らめた佐藤を見て、吉田はすぐに「可愛い」と思った。
「何となく……佐藤も感じるんだ?」
「感じるっていうか、それなりに感触はあるよ」
「気持ち良い?」
「……いや、それは、」
 佐藤にしては珍しく、言葉を曖昧にして視線を泳がす。あまりに解り易い、図星を指された時の反応だ。図星とまではいかないが、否定できない心当たりはあるのだろう。
 そう言えば、男でも此処が感じるって、何かどこかで本で見た様な気がする。そう思い出した吉田は、再び其処へ手を伸ばしたが、佐藤の手によって阻まれた。何だか佐藤は、食事中みたいな眉間に皺を寄せた顔になっていた。
「そこはそんな事しなくていいの」
「えーっ!なんで!佐藤はしてくるくせに!」
「俺はいいんだよ。っていうか、吉田みたいにそんなに気持ち良くなる所じゃないんだって」
 佐藤はそう言うが、それだとさっきの反応が釈然としない。
 両腕をがっちり止められてしまった吉田は、今度は直接顔を寄せる。
「あっ!コラお前ッ!!」
「ああもう!動くなぁー!」
「止めろっていってるのに、なんでやるんだよッ!」
「佐藤に言われたくない!佐藤には!!」
 バチャバチャバシャバシャ、と艶っぽい空気も忘れて、浴槽で暴れる2人。なんでこんな事になったんだ!と佐藤は多少混乱しつつも、吉田の手を片手で一括に掴む事に成功した。
「うわーん!離せよー!」
 片手に空きのある佐藤と違い、吉田の両腕は封じられてしまった。どちらが有利かなんて、考えるまでもない。
「全く……何を急に、」
 はぁ、と呆れたような息を吐くと、吉田がむっとする。
「だって!佐藤に気持ち良くなってほしくて……」
 言いながら、吉田はしょんぼりとなった。
 こんな貧相な体躯だ。愉しみ方も他より限られているのでは、と吉田は思うのだ。
「それに、いつも佐藤にやられてばっかで癪だし」
「癪ってなぁ……」
 いかにも吉田らしい意地の張り方に、疲れを感じる傍ら、和んだりもする。
 癪という言い方をしたが、結局は自分だけが気持ち良くなっている事に引け目を感じているのだろう。確かに、佐藤は吉田の前であまりイった所を見せるのが少ないから、そんな誤解もされてしまうのだろうが。
「まあ、とにかく。胸はいいから。胸は」
「? そんなに嫌なんだ」
 じゃあ、舐めたりしてごめん、と謝りそうな吉田に、そういうのでもないけども、と佐藤は適当に誤魔化しつつ宥める。
 まあ、男でも胸の先端は敏感な部分だし、今はそこまで顕著に感じる事は無いけども、弄られ続ければその内快楽も感じるようになるだろうが、気持ち良いとかどうとか言う前に、吉田に開発されるなんて佐藤にとって物凄い背徳感だ。正直、癖になったらなんというか、困る。実に。
(……でも、胸弄った佐藤、可愛かったんだけどな〜)
 嫌って言ってるから、しちゃダメだけど、たまにはいいかな〜、なんて佐藤にとっては物騒な事を思っている吉田だ。
「!」
 しかし、そんな思考も、胸に感じた感触で掻き消えてしまう。佐藤がまだ、胸への愛撫を施してきたのだ。
「あっ……ちょっ……んっ!ぁんッ!!」
「ほら。俺は吉田みたいな可愛い声出無いんだから」
 まるで仕返しのように、胸全体にキスをされ、さっきよりきつく先端を吸い上げられ、吉田も甘い声しか出せない。
 相変わらず、浴室内にはチョコレートの芳香がしていて、吉田はなんだか、自分も溶けたチョコレートのようになってしまった、そんな気がしてきた。


 風呂からあがり、シャワーも浴びてしまうと肌に染まった様なチョコレートの香りも大分薄れている。明日になれば、微かにしか薫らないだろう。
 今は佐藤の部屋に場所を移し、ベッドの上にて吉田はドライヤーで髪を乾かして貰っている。普段はバスタオルで拭く程度なので、色々と落ちつかない。そもそも、そんな手入れが居る髪だとも思えないのだ。こんな固い毛だし。どうにもならない癖っ毛だし。最も、だからこそ必要なのかもしれないが。
 湯に浸かるだけではなく、身体の隅から隅まで洗われてしまった。勿論、髪もだ。
 何だかシャンプーとリンス以外にも色々していた気もするが、その手の知識の欠片もない吉田には、何をしているのかさっぱりだった。それでも、何かされた今と普段では、髪の毛の状態が違う、というのは解る。何となくさらさらしている……ような気がする。
「ありがと、佐藤」
 後ろを振り返り、吉田は礼を言う。髪を乾かす為、吉田の背後に佐藤は座っていた。丁度、最初に湯船に浸かって居た時と同じ体勢だ。
「あの入浴剤、良かったな〜。今度あったら買ってみようかな」
 佐藤が言う。見ている分にも、佐藤が上機嫌なのが解る。
「佐藤もチョコの匂い、気に入ったんだ?」
 吉田も、あの入浴剤はちょっと気に入った。やはり、香りがいいし、はっきりした匂いの割にはそんなにしつこくもない。
 まあ、自分の家だと、さっき言ったように両親との兼ね合いがあって、使うのは難しいだろうけども。
「気に入ったっていうか……吉田がとーっても積極的だったしv」
「う、」
 吉田は固まって、真っ赤になった。その自覚は十分にあった。
 今日は恥ずかしさも照れも無く、佐藤に促されるまま、何度気持ち良いと啼いた事だろうか。思い出したくないけど、その前にまず忘れられない。
「あ、あれは……なんていうか……」
 やっぱり場所が風呂で、最初から裸だからが原因かな、と吉田なりの追究をしていた。
「チョコレートって催淫効果があるって、ホントだったんだな」
 佐藤がニコニコして言った。
 さいいん、と吉田はその漢字を思い浮かべるのに、少しの時間を要した。そして、また真っ赤になる。
「さ、さ、さ、催淫って、その、えっちな気分になる……?」
「うん、その通り」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
 吉田としては、わーとかぎゃーとか、そんな喚き声を上げたのだが、実際は声にもなって居なかった。
「そ、そんな!今まで知らないで食べてきちゃった!」
 そんな効果をもたらす食べ物だっただなんて!と衝撃の事実に衝撃を受けている吉田を、面白く眺めた後佐藤は言う。
「たくさんある作用の内、そういう効果もある、って事だよ。それだけじゃないって」
「そ、そう?」
 まだ若干の困惑を浮かべながら、吉田が頷く。縋るような視線が、佐藤には心地よい。
「まあ、チョコ食べる度に毎回えっちな気分になっても、俺の所に来ればちゃーんと解消してやるから」
「なっ!」
 とうとう極限まで真っ赤になった吉田は、絶句した。
 こんな風に、取るに足りない事で、全身に及ぶ勢いで赤くなる吉田が可愛い。そして勿論、さっきの風呂場で見せた、こちらが戸惑う程に積極的な吉田も当然可愛い。
 つまり吉田はどんな時でも可愛いのだ。
 改めて認識した、当たり前過ぎる事実に佐藤は幸せを感じる。
 佐藤にとっては、チョコレートを食べた時より、吉田を見ている方が、余程幸福感に満たされるのだった。



<END>