今日の夕飯の当番は、佐藤だ。仕事を終えて帰宅する吉田の為に、嬉々としてせっせと夕食作りに勤しんでいる。
 から揚げの下準備をしつつ、佐藤は時刻を見て揚げるタイミングを図っていた。やはり、こういうものは出来たてを差し出したい。
 やがて、ただいま!と吉田が元気よく声を上げて帰宅したのを受けて、佐藤は仕上げに入る。これから吉田が手洗いうがいを済ませ、着替えたりし終り席に着く頃、料理も完成を迎えるだろう。
 吉田は仕事に向かう服も基本ラフなものだが、もっとくつろげる部屋着に着替え、てとてとと可愛い足音を立てて食卓に着く。
「わー!唐揚げだ!」
 美味しそう!という歓声が、吉田の口から出る前にすでに佐藤似届く様だった。
「ビール出そうか?」
「ううん。とりあえずご飯が食べたいな」
 お腹空いたーと可愛く訴える吉田に、白ゴマを混ぜた白飯を茶碗に盛って差し出す。ゴマを混ぜておくと、ぷちぷちした食感が楽しいし風味も増すし、何よりミネラルが豊富で女性の持病と言っても良い貧血の改善にも効果があるのだ。後は豆腐と海藻のサラダと塩分と油分に気を付けて作った自家製梅肉ドレッシングを置いて夕食の準備は完了だ。みそ汁は、野菜を具材にしてある。
 いただきます!と整った夕食を前に、吉田が嬉々として手を合わせる。それに倣うように、佐藤も手を合わせる。思えば食事の前に手を合わすのは、吉田と居る時の様な気がした。1人の時は元より、姉と2人暮らしだった時も。家族と暮らして居たは一応手を合わしていたけど、本当に手を合わしていただけだった。そこに込められた食事への感謝は何一つとして存在していない物だった。
 吉田と居ると、大事な事を教わる。これまでも、そしてこれからも。
 そんな幸せを噛み締めながら、佐藤も食事に取り掛かる。大皿に盛った唐揚げを取り皿に取り、レモン汁をかけようと傍らの小皿にあるレモンを手にする。
 と、そこで吉田から声が掛った。
「あ、レモン貰っても良い?」
 その内容に、レモンを手にした佐藤の手が止まった。
「……良いけど、吉田って唐揚げにレモンかけてたっけ?」
 問いかけるような言い方にはなったものの、佐藤は吉田が普段唐揚げにはレモン汁を掛けないと知っている。カラリと揚がったものはそのまま食べたいようで、汁をかけたりはあまり好まないような素振りを見せる。そりゃ確かに、絶対しないと断固な態度でも無いけども。
「うーん、今日はちょっとかけて食べてみたいかなって」
 吉田は佐藤から手渡されたレモンをじゅっと絞り、自分へと取り分けた唐揚げにかけていく。そして、ぱくりっと一口。
「んー、やっぱり酸っぱい。でも、美味しい〜vv」
 鶏肉のジューシーな旨みに舌堤を打ちながら、吉田は次の唐揚げに端を付ける。
「…………」
 そんな吉田を、対面に坐る佐藤はじぃっと眺めていた。


「……で、その日の吉田はサラダにも梅のドレッシングをたっぷりかけて、とても美味しそうに食べていたんだ」
「ふーん」
「へー」
 内容、というかオチの見えない話に、上っ面の相槌を寄越したのは、かつて佐藤と一緒に施設で過ごした仲間たちだ。「ちょっと近くに来たから遊びに来た」とイギリス・日本間をご近所のノリでやって来る彼らに、言うべき突っ込みはもはや佐藤の中には無い。ちなみに、その「ちょっと近く」とは上海の事だ。アジア括りで近くとでもいうのか。
 そうして週末の夜を、彼らとこうして飲んで居る。特にジャックからヨシダも呼べよー!と散々言われたが、あっさりスルーさせて貰った。吉田をダシにしてからかう魂胆は見え見えだし、そして今日に限っては吉田抜きでちょっと相談したい事が佐藤にはあったのだ。
 だからだな……と、佐藤はやや切り出しにくい素振りを見せる。こんな佐藤は割と珍しく、友人達は顔を見合わせた。
「妊娠……してるんじゃないか、とか思わないか?」
 はぁぁ?とジャックが何とも言えない表情で応える。
「ほら、妊娠すると酸っぱいものが食べたくなるって言うし……」
 台詞の最後が消えゆくような、歯に物が挟まった言い方はおよそ彼らしくない。若干、怪訝そうな面持ちでジャックが尋ねる。
「それはそうかもしれんが、いくらなんでも飛躍し過ぎだろう?俺だって、たまには酸っぱいものくらい食いたくなるって」
 そしてそれは決して妊娠が原因ではあり得ない。
 ジャックの反論に、しかし佐藤は納得していない様子だった。難しい顔でグラスを傾ける。
「隆彦、相談して置いて隠し事をしたままってのはどうかと思うぜ」
 本当はさっさと切り上げて、買った漫画本を満喫しようと思ったが、この話の方が面白そうだ、と率先して切り込んでいく。にやり、とした色素の薄い顔を見て、佐藤は渋い顔になる。ジャックと違い、彼は中々鋭い所がある。
「疑う理由はそこじゃなくて、本当はもっと他に大きな心当たりがあるから、そんな些細な事が気になるんじゃないのか?」
「…………」
 あからさまに佐藤は言葉に詰まった顔を見せた。図星なんだな、とこれはジャックにも解る。
 佐藤は、酒を含み、口内を潤わせてから、言う。
「……一ヶ月くらい前だよ。吉田と、吉田のご両親と一緒に中華レストランに行ったんだ」
 吉田の所は、一家そろって酒飲みの家系で、その中で飲むと周りの平然とした様子から自分の酒量もまだ大した事無いと錯覚してしまい、ついつい飲み過ぎてしまうのだ。佐藤もそれで最初は醜態を晒してしまった。
 以降、吉田の一家と飲むときは気を付けているのだが、しかしその時間はとても楽しくて居心地が良い。心がけている注意はついつい疎かになり、酒が進んでしまうのだ。
「……会計を済ませて、タクシーに乗った記憶は何となくあるんだよな。でも、その後があやふやで……家に帰った時の事は全く残って無い」
 そして問題はここからだ、とばかりに佐藤は言う。
「次の朝、目を覚ましたら裸だったんだ」
「ほう。それで横に見知らぬ女性が、」
 ボクドシャ!!!(ジャックに強いパンチ)
「やったという確信も無いけど、同じくらいしてないっていう確信も無いんだよな。
 記憶は無いけど、帰宅は出来た以上、その時の俺にはまだ意識はあったって事だ。じゃないと、とても運べたものじゃないし」
 淡々と事実を説明する佐藤の横、「何故こうなると解って、何故」とパンチを食らって伸びたジャックにただただ呟く。
「で、だ。やってたとしたら、……その、……アレを使った形跡が無いから」
 妊娠の可能性が大いにあり得る、という訳だ。なるほど、と復活したジャック共々、納得を示す。
「そんだったら、ヨシダに直接聞けばいいじゃねえか。中出ししたか、って」
 懲りないジャックは発言が常にストレートだった。ある意味勇者である(特に山中からしれみれば)。
「まあ、そうだけど……でもなんか、翌朝の吉田の態度がちょっと妙だったっていうか、何かあったっぽいような気がして……
 だから……… …………………」
 佐藤は再び黙り込んだ。どうやら、抱える問題の核心は其処にあるらしい。
「もしも……もしかして、吉田は自分の妊娠に気付いて、敢えて俺に黙ってるのかもしれない、とか……」
 どういう事?と首を傾げる友人2名。
「子供が出来たけど、俺に父親がとても務まりそうじゃないからって思って、堕ろしたりしていたら……
 ……もしそうだったら、俺は吉田にも、堕ろされた子にも合わせる顔が無い……」
 そりゃ堕ろされたらならもう合わせるも何もないだろ、と、しかしいっそ脱力してしまった2人は、そんな力もない。
 傍から見れば万能で、自分をも適正に評価出来ているかと思える佐藤だが、実の所かなりのネガティブ思想で大切な事ほど後ろ向きに捉える傾向がある。それは時に、吉田に関わる事に顕著に表れるのだ。
 佐藤の場合、外野の揶揄よりも本人の性格が原因で破綻してしまう恐れが大きい。
「んー、でも、妊娠が確かだったとしても、まだ一カ月なんだろ?本人の自覚があるかどうかも解らないんじゃないか?」
 とにかく、佐藤を刺激しない様、ジャックもやんわりと言葉を選ぶ。
「3ヶ月くらいだっけ?悪阻とか出て来るの」
「まあ、大体そんなものだろうけど……中には出産するまで妊娠に気付かなかったっていうパターンもあるしな」
「何だ、それ。何で気付かないんだよ。どうかしてるぞ」
 佐藤の鋭い詰問に、「別に俺が関わった訳じゃないのに……」と胸中でぼやきつつも、返事してやる。佐藤は今、かなり切羽詰まっているのが目に見えて解るから。
「普段からそういう心構えがあれば、吐き気がしてすぐに妊娠だって思うだろうけど、逆にそんな意識がまるでなかったら悪阻が来ても胃炎か何かと思っちゃうもんなんだって」
 増える体重はただ太っているだけだと思えてしまうし、来ない生理も不順なんだろう、と済ましてしまえる。とにかく、心当たりがなければ解り易い事象すら、全部見過ごしてしまえるらしい。現在の佐藤と逆のパターンと言えるだろうか。
「まあ、とにかく。隆彦に心当たりがあるんだったら、早く言っておくべきだと思うぜ。自分の身体の事が、自分で一番良く解ってないかもしれないしな」
 それはそうかもしれない。吉田の場合、気力で体力を補おうとする所もあるから、尚更だ。
 うんうん、と横でジャックも頷きながら言う。
「確かに、勝手に酔い潰れてヤったかしてないかも定かでは無い上に、勝手に勘ぐって空回りした挙句ただの勘違いだったってのは、もうこの上なく格好悪いかもしれないが」
「……………」
「とりあえずはっきりさせない事には、ヨシダとベッドの中でイチャイチャ出来ないだろ?」
「…………………………」
 その辺で止めておけジャック!という悲痛な友人の心の叫びは、とうとう届かなかった。
 後ろの壁に吹っ飛ぶジャックに、この国のしきたり(?)に倣ってそっと合掌したという。


 相談相手を間違えた、と相談が終わった後に佐藤は気付いた。まあ、世の中そんなものだ。
 しかし、自分に心当たりがあるのなら、それを相手に打明ける必要があるというのはひしひしと感じた。何せ命に関わる事なのだから。それも、2人。母体と胎児に対して。
 吉田の様子を思い浮かべるに限り、どうもしていたとしてもその自覚は無さそうに思える。一か月そこいらじゃ、兆候らしいものだって出てこないだろうし、まだ今月の生理もまだなのだし。吉田にあの夜の明確な記憶が無ければ、いますぐにでも検査を薦めておこう。それも、市販の検査薬ではなくて、しかるべき機関できっちり見て貰わないと!信憑性が無いとは言わないが、市販のだと100%完全ともいかないだろうし。
 そんな覚悟を、密かに佐藤が心に決めて着いたテーブルにて。
「佐藤ー。次の土曜日、井上さんと産婦人科に行って来るね」
 なんてすごくあっさり吉田に言われたものだから、佐藤は強かにテーブルに頭を打ちつけるしか無かった。
 ゴン!!!と景気の良い音が、鮭のチャンチャン風アルミホイル包み焼きの芳香で満たされた食卓に響く。
「わっ!!どうしたの、佐藤!!!」
 それはこっちの台詞であると、驚く吉田を見上げて佐藤は言う。
「何……子供が出来……?」
 辛うじて呟かれた佐藤の言葉に、吉田は一瞬きょとんとした。それから、気楽な調子で手をパタパタと振る。
「違う違う。検診だってば」
 そう言えば、子宮や乳がんの封筒が来ていたな、と佐藤も思い出す。
「井上さんがねー。良い所知ってるから一緒に行ってみようって」
 もぐもぐ、と今晩の夕食を食べながら、吉田は言う。
「病院は新しいんだけど、そこの先生は前から評判の良い人なんだって」
 しかし勤めていた所は総合病院で郊外にあり、中々足が向かなかったという。そういう声を感じ取って、病院を街中へと移したのだろう。長期入院なら郊外でもまだ良いかもしれないが、定期健診はそうもいかない。
 それはそうと、これはかなりの好機である。これで妊娠しているか否かがはっきりするだろう。何せ専門の所だ。
「んで、佐藤どうする?一緒に来る?」
「え?
 …………い、いや、家で待ってるよ」
 すぐにでも知りたい半面、心の準備が欲しい。正直、今からでも動悸がして来そうだった。
「そっかー。まあ、女の人ばっかりだもんね。来難いよな」
 佐藤の胸の内を知らない吉田は、あはは、と笑って答える。
 とにかく、土曜日だ。この日、全てはっきりする!……筈だ!!


 そして土曜日。ついに、というか、とうとうこの日だ。
「じゃ、行ってきまーす!」
 にこにこ、と出掛ける支度を整えた吉田。
 どうも、吉田の主な予定としては、検診というよりはその後の食事や買い物の方にウエイトが置かれているような気がする。
 社会人になって、友達と遊ぶ機会も学生の時より余程減っている。存分に楽しむといい、と佐藤も快く送り出した。
 そして現在、佐藤は部屋に1人。
 堰をしても1人である。
 頭を抱える程プレッシャーを感じていても1人である。
 今更になって、やっぱり吉田にあの夜の事を言っておくべきだったもしれない!!と後悔し始めて来た佐藤だった。
(いやだって、いざ妊娠がはっきりしたらそんな事があったのにずっと黙ってただなんて、かなり心象悪いだろうし……!!)
 しかし吉田はもう行ってしまった。病院内では電源を切ってるだろうし。いや、今ならまだ着いていないか。しかし道すがらに打明けられる事でも無いだろうし、あああああ!←半壊
 妊娠の可能性の有無の時点でこうなのだ。はっきり確定した場合、どんな事になるのか、佐藤は自分で自分の想像がまるで出来なかった。
 このプレッシャー、あるいは山中も感じていたというのか?そして奴は、それに打ち勝ったと?
 いや、あいつは絶対何も考えていないに決まっている!!!
 へらへらとした顔を思い出し、佐藤は断言する。おそらく間違ってはいまい。
「…………」
 佐藤には、かなりの不安要素があった。自分は、我が子をちゃんと愛せるのだろうか。
 虐待まではいかないが、親からの愛情を満足に貰ったとも思えない。
 負の感情は連鎖するという。自分の子にも、あんな空虚な気持を味あわせてしまうのだろうか。
 だったら、いっそ、最初からそんな親なんて居ない方がいいんだろうか――


 何かもう、いろいろネガティブになり過ぎて、頭痛までしてきた佐藤だった。あるいは今日、病院に行くべきは佐藤ではなかったかという程に。
 サイコロの目は、結局出てみるまで何が出るのか解らないのだ。ならば、その時を待つまで!!
 クリームシシューを煮込みながら、佐藤は腹をくくった。と、いうか開き直った。
 自分が人間的に色々足りてないのは、吉田がよく知っている筈だ。その上で、こうして付き合ってくれているのだから、今更それを反故してしまえば、これまでの吉田を侮辱する事にも繋がってしまう。
 それに、吉田と再会する前に決めている。
 もう、逃げない、と。
 ……最も、仮に逃げた所で、艶子を筆頭とした仲間たちが首に縄付けてまで連れて引き戻すんだろうなー、とそんな事をつらつら考え始めた時だ。
「ただいまー!」
 玄関から、吉田の声が響き、佐藤の心臓がドキー!!と撥ねた。
 ついに……ついにこの時が来たか……!!ごくり、と人知れず佐藤の喉が鳴る。
「佐藤、此処?……わー。凄い良い匂いがする!!」
 キッチン前のリビングに着いた吉田は、鍋から漂う美味しそうな匂いに早速はしゃいだ。ああ、吉田はやっぱり可愛い。絶対、離れたくない!
「おかえり。楽しかったか?」
「うん!久しぶりにゆっくり話せた」
 楽しかったー、とにこにこと話す。
「あっ、これ、お土産。美味しいロールケーキのお店見つけてさ」
 手に持っていた小箱を、テーブルの上に置く。それなら、紅茶を淹れた方が良さそうだな、と佐藤はケトルを手にした。
「そういえば――病院は、どうだった?」
 震えそうな手を叱咤しつつ、佐藤は何気なく、自然な調子で尋ねる。吉田は、上着を脱いで、ハンガーに通していた。
「ああ、うん」
 ハンガーにかけた後、それを持ったまま佐藤の方を向いて言う。
「出来て三カ月だって」
「………―――――ッッ!!」
 ガッシャァァァン!!と、佐藤の手から滑り落ちたケトルが、床とぶつかって激しい音を立てる。
 その音に驚いて、目を丸くしていた吉田だが、その直後佐藤にぎゅうぎゅうに抱き締められ、更に驚くのだった。


 あれだけ派手な音を立てたけれども、ケトルはどこも破損する事も無く、湯を沸かす働きに関してなんの支障も無かった。
 沸騰した湯を注ぎ、蒸らしの時間もきちんと守って淹れられた紅茶を、吉田は仏頂面した佐藤の前に差し出した。こんな顔の佐藤だが、今は何か物を食べている訳では無かった。
 不機嫌ともとれそうな佐藤とは裏腹に、吉田は笑みを堪えるような表情になっている。
「ごめんってば。まさか、佐藤の中でそんな事になってるなんて思わなくてさー」
「……………」
 佐藤が顔を顰めているのは、吉田似では無く、醜態を晒してしまった自分にだった。
 吉田は、妊娠していなかった。
 出来て三カ月というのは、お腹の子の事では無く、病院自体の事だったのだ。そういえば吉田は言っていた。病院は新しく出来た所、と。
 その食い違いが判明した時、もう佐藤は寿命の半分減らしていいから時間を巻き戻せないかと思った程だった。格好悪い。あまりに格好悪過ぎる。
 ついでに言えば、佐藤にとって不明だったあの夜の事も吉田の説明によって判明した。そう、吉田の方にはちゃんとした意識があったのだった。
 おおよそ佐藤の想像通りで、記憶に無い時の佐藤も、一応自分で歩ける程には機能していた。しかし、寝室に着いた時点で力を使いきったとばかりに服のまま眠ってしまい、吉田はなんとかパジャマに着替えさせようと思ったが、脱がせた時点で断念。吉田の方も眠くなってきた事だし、しっかり密着して眠れば佐藤だって風邪を引かないだろうと決めて寝てしまったという。
 そして、途中で着替えを放棄した気まずさが、佐藤の疑念の元になっていたようだ。実態が解れば、なんとも間抜けな話だ。と、いうかなんでこんな間違いをしてしまったのか。
 こんな事、仲間に知られたら一生からかわれるな……今更に、相談してしまった迂闊さを呪う佐藤だった。
 自分で淹れた紅茶を飲み、しかし吉田はちょっとはにかんで言う。
「でも、嬉しいな。勘違いだったけど、子供が出来て佐藤があんなに喜んでくれるなんて」
 えへへ、と可愛らしい笑い声とその台詞に反応して、佐藤は顔を上げる。
「喜んで……って、俺、そんな顔をしてたか?」
 戸惑う様な佐藤の質問に、吉田はむしろきょとんとしていた。
「えっ?うん、そう見えたけど?」
 違うの?と表情で問いかけられても、佐藤には否定も肯定も出来ない。
「いや、あの時はなんていうか、何があっても吉田と子供は絶対守らなきゃっていうか……それで頭が一杯で」
 本当は吉田に守られているような立場で、守るなんてそれこそおこがましいのだけど、それだけしか佐藤には思い浮かばなかった。
 何があっても、何をしても。
「そう思うのって、やっぱり嬉しいからじゃないかな」
 吉田が言う。その顔は、見ている方が照れるくらい、嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
「……。そうかな」
「うん」
 迷いなく、吉田は頷く。
「………………」
 その自覚も感情も、佐藤には良く解らないのだけど、吉田が言うからにはそうなのだろう。
 自分を一番良く解っているのは、きっと吉田だ。
 そして、自分に一番愛情をくれたのも、吉田なのだ。
 自分には、親からの愛情は満足に貰えなかったのかもしれない。
 それでも、吉田からはたっぷりの愛情をそれこそ沢山貰っている。それを与えればいいのだ。簡単な話だ。
 何も臆する事は無い。
「ケーキ、食べようか」
 テーブルに置かれたままのケーキを見て、佐藤が言う。
 頷く吉田は、とても幸せそうだった。
 吉田がいつでも、こんな笑顔を浮かべられるような、そんな自分でありたい。
 これからも、色々間違う事があるだろうけど、そこだけは絶対踏まえておこうと、佐藤はそう思った。



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